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8. 必然性が高まる微生物検査の蛍光染色
II. 蛍光染色法の実際
臨床検査において蛍光染色は、顕微鏡検査や電気泳動ゲル染色およびフローサイトメトリー法などに頻用されている分析技術の一つである。さらに、抗原・抗体もしくは糖鎖・レクチンなどの生体親和性物質に標識し、その応用域も広く多岐の分野に渡る。近年、蛍光分析は、生細胞の代謝動態マーカーとして、各種プローブや蛍光標識物および蛍光タンパク質などを使用した分子生物学分野では不可欠な技法として高く認識されている。
本稿では、微生物検査の顕微鏡検査に限定し、前稿『Vol.8 必然性が高まる微生物検査の蛍光染色 I.蛍光染色の基礎知識』に続く『II.蛍光染色法の実際、1:微生物検査になじみ深い蛍光染色』として、多くの施設ですでに日常検査に導入されているアクリジンオレンジ染色、蛍光抗酸染色および蛍光真菌染色について、また次稿では『2:今後、展開を期待される微生物蛍光染色法』について、その方法論と留意点および幾つかの応用技法とを合わせて紹介する。また、詳細な染色操作等は参考文献を参照頂き、操作説明の記載を簡素化した。
1:微生物検査になじみ深い蛍光染色
1 アクリジンオレンジ染色
1-1 アクリジンオレンジの特性
アクリジンオレンジは単染料で試料成分に応じて、異なる蛍光色を発する。例えば、髄膜炎患者の脳脊髄液試料を染色すると細菌は赤色に、背景細胞は対照的な緑色や黄色に染まる。原虫の場合、細胞質は赤に、核は緑色に染まる。
アクリジンオレンジ(Acridine Orange)は通称名であり、化学名は3,6-Acridinediamine, N,N,N',N'-tetramethyl-, monohydrochlorideで、分子式:C17H20ClN3、分子量:301.81、CAS No.:65-61-2の染料物質である。
アクリジンオレンジは細胞周期の決定に有用な核酸の選択的蛍光カチオン性染料で、細胞透過性であり、インターカレーションや静電気力によりDNA、RNAと相互作用する。DNAに結合した場合は、励起極大502nm、発光極大525nm(緑色)と蛍光スペクトル的に非常に類似している。また、RNAや一本鎖DNAと会合すると、励起極大460nm(青色)、発光極大650nm(赤色)にシフトする。
また、アクリジンオレンジはリソソームの酸性コンパートメントに入り、プロトン化されて蓄積する。青色光によって励起されたとき、低pH条件において、色素はオレンジ色の光を放出する。よって、アクリジンオレンジは貪食時に蛍光を発するので、貪食したアポトーシス細胞の同定に使用できる。アクリジンオレンジは有核血液細胞、細菌および原生動物を含む核酸含有細胞の蛍光染色に使用することが多い。従って、近年問題視されている、VBNC: viable but non-culturable等への手軽で迅速な対応染色法としてもっと多用されるべき方法である。
1-2 アクリジンオレンジ染色には多くの改変法と応用が
アクリジンオレンジ染色は染料濃度や溶媒の種類およびpHもしくは他染料との組合せ等により多くの改良と応用が報告されている。アクリジンオレンジによる蛍光顕微鏡検査は簡易かつ迅速であり、ヒト由来細胞の核は黄緑色、細菌はオレンジ色と鑑別し易い蛍光を発するため低倍率での検出が容易で、感度も高い。また、細菌だけでなく、Borreliaなど血液塗抹標本での染色検出が困難な微生物の検出にも有用であり、染色液(アクリジンオレンジ(100mg/L / 0.15M酢酸緩衝液(pH3.5))で2~5分間染色)以外は通常操作と同様に染色できる。
また、新生児菌血症の迅速診断ではバフィーコート(血液を遠心分離して生じる白血球の層)染色にも応用されている。ヘマトクリット管を遠心後、バフィーコートと赤血球の境界面で毛細管を折り、スライドガラス上にバフィーコート標本を作成し、以降は通常の操作で固定染色する。染色は(染色液:アクリジンオレンジ - 0.2M酢酸塩緩衝液(pH4.0)、1:10000(w/v))室温で2分間とする、Trichomonas vaginalis感染症のための簡易で感度の高いスクリーニングテストなどもある。以下に具体的な応用例を示した1)2)3)4)。
1-2-1 一般的なアクリジンオレンジ染色
A:試薬
- 原液:アクリジンオレンジ1.0gを精製水100mLに溶解
- 使用液:原液0.5mLを0.2M酢酸緩衝液(pH 4.0)5.0mLに加える。
B:染色操作
- 乾燥したスライド標本にメタノールを満載し、2分間固定
- 固定標本にアクリジンオレンジ使用液を被覆し、2分間染色
- 水洗、風乾後に観察
C:結果
- 細菌はオレンジ色に、ヒト細胞は黄緑色に染まる5)。
1-2-2 アクリジンオレンジによる低菌量感染性試料の染色
弱酸性アクリジンオレンジ染色液を感染が疑われる脳脊髄液や体腔液などヒト由来細胞が混在する細菌数の少ない標本に応用する。
A:試薬
アクリジンオレンジ20mgを0.1M酢酸緩衝液(pH3.5)190mLに溶解し、孔径0.2もしくは0.22µmの
フィルターで濾過して使用
B:染色操作
- スライド標本を作成
- 標本を風乾
- 無水メタノールで標本を1~2分間固定
- 固定標本に上記アクリジンオレンジ液を満載し、2分間染色
- 水道水で標本を水洗
- 標本を風乾
- 染色標本を落射蛍光顕微鏡(FITCフィルター)弱拡大X100~X400倍で観察する。
確認は強拡大X500~X800倍の油浸対物レンズで行う。同標本によるグラム染色重染色も可。
C:結果
細菌は、黒、黄緑または黄色の背景に、鮮やかなオレンジ色に染色される3)6)。
1-2-3 尿中細菌数および液性試料の総菌数計測
アクリジンオレンジのアルカリ性染色液によりウェットマウント法での迅速な細菌尿の診断および液性試料中の細菌数計測への応用。本法は比較的菌量の多い試料に適した方法である。
A:試薬
- :0.2Mホウ酸緩衝液(pH9.8)
- :0.5%アクリジンオレンジ水溶液
B:染色操作
- 小試験管にi液0.8mLを入れる。
- 被験尿(液性試料)0.6mLを加え、ゆっくり攪拌
- ii液25µLを加える。
- 40℃で5分間試験管を加温(ウォーターバスが望ましい)
- 試験管から一定分量を取り出し、トーマ細菌計数盤に入れる。
- 落射蛍光顕微鏡のX500倍でTRITCフィルター(励起550nm、蛍光570nm)を使用し、
計数盤で計測(液浸または油浸対物レンズ、水、グリセロール)
C:結果
細菌は明るい蛍光の赤い点として観察される7)。
1-2-4 アクリジンオレンジ染色による血液塗抹標本からのマラリア診断
アクリジンオレンジによる蛍光染色は簡易かつ迅速なためマラリア原虫の感染の有無の判定には有益であるが、熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、卵形マラリアおよび四日熱マラリアの4種の虫種鑑別にはギムザ染色標本による形態鑑別が必要である。
A:試薬
アクリジンオレンジ液:アクリジンオレンジ 5.0mg、グリセリン 2.5g、
10mMリン酸緩衝液(pH7.0~7.5)47.5mL
B:染色操作
- 血液薄層塗抹標本を作製(通常の血球形態検査と同様)
(耳朶血、指頭血、静脈血のいずれでもよい。採血後は速やかに塗抹標本を作製) - 血液塗抹標本を速やかに乾燥させ、メタノールで 2~5分間固定
- カバーグラスを濾紙などの上に置き、少量のアクリジンオレンジ液を1滴たらす。
- アクリジンオレンジ溶液を載せたカバーグラスを、固定標本に軽く押し付ける。(約1秒間)
余分な染色液は濾紙で吸収 - 蛍光顕微鏡で鏡検。B励起(450~490nm)/広域帯フィルター(520nm 以下カット)の
組み合わせで観察を行う。
C:結果
核:緑~黄色、細胞質:鮮やかな橙色の蛍光を発する。
アクリジンオレンジ染色のマラリア診断はギムザ染色より感度が高い。マラリアの虫種鑑別法や
他の検査法に関しては以下の資料を参照。
病原体検出マニュアル:マラリア - 国立感染症研究所8)
Fluorescence microscopy for disease diagnosis and environmental monitoring - WHO9)
2 蛍光抗酸染色
結核菌による結核症は世界全体で22億人が感染し、年間170万人が死亡している。日本でも年間約25,000人が発病し、約2,100人が死亡している重大な感染症である。(WHO:2007)結核菌は抗酸菌として位置づけられている。
結核症におけるヒトの体内で休眠状態から活動性疾患へと浮上する結核菌の潜伏機構についてはCD271+間葉系幹細胞に隠れることまでは示されていたが、部位は不明であった。しかし、ついにBikul Dasらにより、治療後の骨髄間葉系幹細胞CD271+BM-MSCsの低酸素ニッチに潜んで免疫系から逃れる結核菌の持続的存在の臨床的証拠が報告され、治療への貢献が期待される10)。
抗酸染色で対象となる主な抗酸微生物はMycobacterium, Actinomycetes (Nocardia, Rhodococcus, Gordonia, Tsukamurella, Dietzia), Legionella micdadei, oocysts (Cryptosporidium parvum, Isospora belli, Cyclospora cayetanensis)などが挙げられる。
これらの抗酸微生物染色では、Ziehl-Neelsen(Z-N)改良法やKinyoun法を用い脱色液を改良することにより染色の改善が得られている。蛍光抗酸染色でも同様に条件設定が必要かも知れない。本稿では結核菌を主体としたMycobacteriumの抗酸染色を記述する。
蛍光抗酸染色は抗酸菌特にM.tuberuculosisを高感度に検出する目的で開発された。従って同じ抗酸菌群でもミコール酸構成が異なるMycobacteria属菌種では、染色法により染色時に加温した方が染色性の向上がみられる菌種や菌株がある。
蛍光抗酸染色の主要な染料には、アクリジンオレンジ、オーラミンO、オーラミンO / ローダミンB染色、がある。さらにこれらは、染料濃度や試薬組成および対比染色剤等の組合せにより幾つかの変法に分かれる。近年ではオーラミンO染色を改良した迅速染色法やSYBR®-Goldを用いた蛍光抗酸染色法も報告されている。
最近は、蛍光抗酸染色液を自家調製する施設は少なく、多くの施設が市販キットを採用しており染色試薬管理の問題は低減している。しかし、染色液の使用頻度や保管温度、四季の染色室内温度などの施設間差は大きく、抗酸染色の管理は重要である。また、抗酸菌の染色検査では、標本作製から染色操作全般において感染の危険性が高いM.tuberuculosisの存在を強く認識したバイオハザード対策を怠ってはならない。
2-1 ミコール酸
Mycobacteriumのミコール酸(mycolic acids)は、炭素数60~90個程度の大きな超高級脂肪酸の総称で、ロウ様物質、ワックス成分などと呼ばれる疎水性成分である。しかし、ミコール酸は純物質ではない。結核菌では細胞壁(ペプチドグリカン)の外側にあるアラビノガラクタンの外側すなわち最外周部で自身を保護している。ミコール酸層は内側のアラビノガラクタンと結合し、ミコール酸同士はトレハロースと結合している。この構造が抗酸染色の独自機構を生んでいる(図1)。
図1 マイコバクテリア細胞壁のモデル
引用 : Marrakchi H,Lane'elle MA,Daffe' M:Mycolic acids: structures, biosynthesis, and beyond.
Chem Biol.2014 Jan 16;21(1):67-85. Figure 1を引用
結核菌は増殖するときにこのミコール酸を合成している。2014年に欧州、日本で承認された抗結核剤デラマニド(DLM)は、ミコール酸合成を阻害することで細胞壁合成阻害効果を示す。しかし、本剤は潜伏感染結核菌にも有効であることから結核菌特有のニトロ還元酵素の代謝を受けて産生した一酸化窒素による細胞障害活性をも併せ持つことが示唆される。抗酸微生物のミコール酸構造と特性を知ることは抗酸染色可否の重要な知識源となり得る。ミコール酸の構造・生合成については、Marrakchi Hらの詳細なレビューを参照頂きたい11)。
2-2 蛍光抗酸染色法
各染色法の試薬組成と添加量を表1に一覧化した。また、本稿では前述のように試料の前処理法など蛍光抗酸染色以外の操作は成書および参考文献を参照頂き、染色液を被覆する操作から記述し簡素化した。
表1 抗酸染色液および一部市販キットの組成表
I 染色液 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
染料及び染色法 | Acridine Orange | AuramineO-RhodamineB | Auramine O | |||
Phenol-AO | Truant | TB stain Kit T | AuramineM | Blair | ||
染料 | Acridine orange | 0.1g | ||||
Auramine O | 1.5g | 1.2g | 0.2g | 0.2g | ||
Rhodamine B | 0.75g | 0.6g | ||||
試薬 | Phenol | 5.0g | 10.0mL | 8.0g | 0.4g | 3.0g |
Glycerine | 25.0mL | 75.0mL | 60.0mL | 10.0mL | ||
95%Ethanol | 25.0mL | 10.0mL | ||||
Isopropanol | 14.0mL | 25.0mL | ||||
Distilled Water | 50.0mL | 50.0mL | 26.0mL | 65.0mL | 87.0mL | |
II 脱色液又は脱色・対比染色液 | ||||||
95%Ethanol | 74.0mL | |||||
70%Ethanol | 99.5mL | 100.0mL | ||||
Isopropanol | 70.0mL | 70.0mL | ||||
Distilled Water | 26.0mL | 30.0mL | 30.0mL | |||
concentrated HCl | 0.5mL | 0.5mL | 0.5mL | 0.5mL | 0.5mL | |
Methylene blue | 0.2g | |||||
III 対比染色液 | ||||||
Methylene blue | ||||||
Potassium Permanganate | 0.5g | 0.5g | 0.5g | 0.5g | ||
Distilled Water | 99.5mL | 100.0mL | 100.0mL | 100.0mL |
TB stain Kit T : TB Fluorescent Stain Kit T (TB Auramine-Rhodamine T) BD
AuramineM : TB Fluorescent Stain Kit M (TB Auramine M) BDを比較のために掲載
2-2-1 フェノール-アクリジンオレンジ法:Phenol-Acridine Orange stain12)
A:試薬
- :アクリジンオレンジ試薬
- :メチレンブルー/脱色液(0.2%メチレンブルー/脱色液)
B:染色操作
- 固定標本に、i液を被覆し室温で15分間染色
- 蒸留水で洗浄
- ii液を標本に被覆し、2分間脱色・染色
- 蒸留水で充分に洗浄
- 空気乾燥、濾紙などで吸い取ってはいけない。
- 蛍光顕微鏡(K530励起フィルター、BG12バリアフィルターまたはG-365励起フィルター、
LP420バリアフィルター)を用いて観察
C:結果
抗酸菌は暗い背景に明るいオレンジ色の桿状に見える。
2-2-2 オーラミンフェノール染色法:Auramine Phenol Staining Procedure
(a) Blair Fluorochrome Acid-fast Staining Procedure (Auramine O)13)
A:試薬
- :Auramine O
- :Acid Alcohol
- :Potassium Permanganate
B:染色操作
- 標本にi液を被覆し、15分間染色
標本の染色には熱を加えない。染色にフィルターストリップを使用しない。 - 標本を、塩素を含まない水で洗浄
塩素は蛍光を妨げる可能性があるため、蒸留水または脱イオン水で洗浄 - 標本をii液で被覆し、2分間脱色
- 標本の液を捨て、再度標本を水洗
- iii液で標本を被覆し2分間対比染色
過マンガン酸カリウム染色では時間は重要であり、長い対比染色は抗酸菌の蛍光を減衰する。
※アクリジンオレンジは、対比染色剤として過マンガン酸カリウムの代わりに使用することができる。
蒸留水100mLに無水二塩基性リン酸ナトリウム(Na2HPO4)0.01gを溶解し、
アクリジンオレンジ0.01gを追加し溶解。対比染色時間は2分
C:結果
明るい黄緑の蛍光
(b) 改良オーラミンO迅速染色:Modified Auramine O Rapid stain
(scientific device laboratory)
オーラミンO法には、染色操作2分間の改良法がScientific device laboratory社から市販されている14)。
A:試薬
- :Modified Auramine O Stain
- :Modified Auramine O Decolorizer / Quencher
B:染色操作
- 固定標本にi液を被覆し、1分間染色
- 水洗し水を切る。
- ii液を被覆し、1分間脱色・対比染色する。
- 水洗し水を切り、乾燥後観察
C:結果
抗酸菌は明るい黄緑の蛍光、一部赤色のバックグランドの領域がある検体がある。
抗酸微生物は、オーラミンOで染色されるが、M.chelonaeとM.scrofulaceumの2菌種の
標準オーラミンO法との一致率は80%と報告されている。
2-2-3 オーラミンO / ローダミンB染色:Auramine O / Rhodamine B stain
(a) Truant Fluorochrome Acid-fast Staining Procedure13)
A:試薬
- :オーラミンO / ローダミンB液
- :脱色液
- :過マンガンカリウム液
B:染色操作
- スライド標本にi液を被覆し15分間染色*1。標本は加熱しない。
フィルターストリップは使用しない。 - 塩素を含まない水を用いて標本を洗浄
塩素は、蛍光を妨害する可能性があるため、蒸留水または脱イオン水で洗浄 - ii液を標本に被覆し2分間脱染色
- 再度標本を洗浄
- スライド標本にⅲ液を満載し、2分間対比染色
iii液による対比染色時間は重要で、長過ぎると抗酸菌の蛍光が減光する。 - 標本を水洗、風乾後に観察
注意)アクリジンオレンジは、オーラミンO / ローダミンBで染色した抗酸菌とバックグランドとのコントラストを落すため本法の対比染色には不向きである。
C:結果
Mycobacterium赤みを帯びた橙色の蛍光 15)16)17)
*1)染色時間は通常室温で15分間と記載した操作書が多いが、60℃・10分, 37℃・15分, 25℃・20分間と記載されたものや、60℃・1時間と指定したものなど多様である。染色液はグリセロールを高濃度に含むため長時間の染色でも標本の乾燥は防止できる。染色機構上、染色時間の不足では染色性が低下するが、染色時間の延長は好結果が得られる。しかし、染色液温度の低下は急激に染色性が損なわれる。
2-2-4 蛍光染色に関する資料
(a) 蛍光染色の品質管理
管理用標本は、BBL™ AFB Slide(Cat.No.231391)など各社より市販されているもの、または、既知の抗酸性と非抗酸性菌とを使用して、染色毎に実行することを勧める18)。
管理微生物と結果例
Mycobacterium tuberculosis H37Ra ATCC™ 25177 | Positive |
Bacillus subtillis ATCC 6633 | Negative |
(b) 褪色防止用封入剤の使用
蛍光染色標本は染色後褪色が見られる。一時的な褪色防止策としては、冷暗所に保管する方法がある。褪色防止を講じる方法としては、各社から染料に対応した褪色防止用封入剤が市販されている。これらの製品は蛍光免疫染色を目的とするためDAPI添加製品もあるので留意すべきである。製品例として、Invitrogen社:SlowFade Gold, SlowFade Diamond, ProLong Gold, ProLong Diamond、コスモバイオ社:FluoroQuest™Anti-fading Kit II Optimized for Slide Imaging, FluoroQuest™Anti-fading Kit I Optimized for Slide Imaging、フナコシ社:VECTASHIELD Mounting Medium、VECTASHIELD Hard・Set Mounting Mediumなどがある。
2-2-5 蛍光抗酸染色操作および判定上の留意点
蛍光抗酸染色法には主要な3種の染料系と各々の変法が存在するが、以下の染色操作上の留意点はいずれの染色法にも共通である。
1. 脱色不足は禁物:蛍光抗酸染色での脱色(0.5%塩酸 / 70%アルコール)時間は1~3分間との記載が多いが、充分な脱色には2~3分間が必要である。グラム染色などでは過脱色は禁物であるが、蛍光抗酸染色では逆に脱色不足は禁物である。脱色操作中の脱色液の追加もしくは交換はより効果的である。実際、Z-N染色法などに用いる脱色液(3%塩酸 / 95%エタノールや25%硫酸)と比較しても極めて穏やかである(図2)。
図2 蛍光抗酸染色では、脱色液での脱色不足は成否を大きく左右
2. 対比染色の時間厳守:脱色時間とは逆に対比染色時間は厳守すべきである。対比染色液としては、主にメチレンブルー、過マンガン酸カリウム、アクリジンオレンジ、エリオクロムブラックTなどが用いられる。対比染色は非特異的な蛍光を抑制する反面規定時間より長くなると本来の蛍光を抑えるため時間を厳守すべきである。
3. 抗酸染色は長めが良い:蛍光抗酸染色の本染色は通常、室温15分間と指定されたものが多いが染色時間は20、30分間以上と長めの方が良く染色されることが多い。ただし、長時間染色する場合は、高温で加温しないことと染色液が乾燥しないように留意すべきである。
4. 塗抹標本は厚くしない:塗抹標本が厚いと脱色が適切に行われない、存在する抗酸菌を覆い隠す、材料がひび割れし易く操作中に剥がれることがある、陽性標本の剥離片が他の標本に付着する可能性も否定できないなどの弊害を生む。
5. 蛍光抗酸染色の確認染色:蛍光抗酸染色によって陽性と判定された塗抹標本は、結果確認のために同標本を使ってZ-N染色やKinyoun染色で重染色することができる。この場合、そのままでは重染色でき難い標本が有るが、染色標本を5%シュウ酸液で2分間処理後水洗し、そのまま重染色するとよい。シュウ酸処理後に同じ蛍光抗酸染色で染色し直すことも可能である(染色後すぐに観察できなかったときや、再確認時に蛍光褪色の可能性が疑われる場合、または教育機関での染色実習の反復使用にも有効である)。逆に、Z-N染色した標本は蛍光抗酸染色できない。
6. 蛍光染色標本の褪色防止:蛍光抗酸染色標本は褪色し易いので光を避け、染色後できるだけ早く観察する。染色標本を保存する場合、遮光は原則であり、アルミホイルもしくは黒色の紙に包んで冷蔵庫に保管する。また、各社より褪色防止封入剤も市販されているので、最適な封入剤の購入も一策である。
7. 寒冷期、寒冷地の染色液温染色時間には要注意:抗酸染色ではミコール酸構造が関与するため染色室の室温が下がる寒冷期や寒冷地での染色性は極度に落ちる。特に15℃以下では要注意である。加温器の準備がない施設での応急処置としては、使用済み角形細胞ボトル(スライド密着性が高い)に水とお湯を足して適温(35~60℃位:染色法により最適温度が異なるため事前に検証する)に調整したお湯を満杯にして発砲スチロールの上に寝かせ、その上に角を立てた家庭用アルミホイル(熱伝導が高く、染色液の保持ができる)を引くと標本と密着性の高い保温器具の代用が簡易にできる(図3)。また、寒冷な染色室では管理用標本の併用は不可欠である。
図3 抗酸染色の簡易応急保温具
8. 抗酸染色試薬は標本全体を被覆:スライド標本には試料塗布部位だけでなく標本全体に試料中の微生物が飛散している可能性が高い。従って、染色液は標本全体をフェノール殺菌する意味で全体を被覆するように満載する。
9. 重要な固定操作の過剰な過熱(燃焼)は過脱色を招く:固定法としては、65℃~75℃で2時間もしくは80℃で15分間の熱固定法やバーナー上を3回ほど横切らせる火炎固定法があるが、過剰な加熱は過脱色を招く。この他、メタノールで2分間固定する方法もある。固定操作は不可欠であり、標本作成後、乾燥しただけの塗抹標本を染色するとスライドから試料が剥離・離脱することがある。
この他の留意点としては、蛍光染色では水洗が不充分だと染料の結晶片が残り、判定し辛いことがある。洗浄水として、水道水は季節や地域により塩素濃度および微量イオン含量が染色性に干渉する可能性があるため、高純度精製水の使用が望ましいが、通常の染色では簡易精製水で充分である。
抗酸染色の観察では、試料の陰性を決定するのに最も労力を要するが、決定には×200~×400の倍率で少なくとも30の個別フィールドを調べる(図4)。
図4 抗酸染色での留意点
2-2-6 一歩先をゆく蛍光抗酸染色:できる、こんな活用
a. SYBR® Goldによる蛍光抗酸染色
近年、核酸染色剤のSYBR® Goldを用いた染色法が報告された。SYBR® Gold はDNA/RNAへ結合すると>1000倍増強蛍光を呈するためバックグラウンド蛍光が低い。さらに褪色に強く、オーラミンOよりも強い蛍光を発するという特徴を持つ。臨床材料への応用データは無いが、好気的条件下で活発に増殖もしくは低酸素条件下培養の非増殖M.tuberclosis両方の99%を検出した。対象としたチール・ネルゼンフクシンによる透過光顕微鏡検査およびオーラミンOまたはオーラミンO / ローダミンBによる蛍光顕微鏡検査では、M.tuberclosisの検出率は54~86%であったと報告されている19)。
A:試薬
i染色希釈液:結晶フェノール (8g)、グリセロール (60mL)、イソプロパノール (14mL)、
蒸留水 (26mL)
ii使用液:SYBR® Goldを1:1000の比率に染色希釈液で希釈し染色使用液とする。
B:染色操作
- スライド標本上に染色使用液を滴下
- ヒートブロック上で、65℃・5分間加温し、1分間室温で冷却
(この際、カバースリップで覆っても良い) - カバースリップで覆った場合は、スライド標本からカバースリップを除き、
acid alcohol (0.5% HCl , 70% isopropanol)を被覆して3分間脱色 - 水洗
- Prolong Gold褪色防止封入液を使って封入
(KMnO4による 対比染色は無し)
C:結果
励起波長:495nm 蛍光波長:537nm 菌体は黄緑色に見える。
b. Microwave(電子レンジ)の活用
抗酸染色は当初加熱染色から非加熱染色へと変遷し、蛍光抗酸染色では加温を禁じた染色法もある。しかし、ミコール酸が重要なポイントとなる抗酸染色では、寒冷地や寒冷期の染色性が落ちるのは周知の現象である。いかなる地域や季節においても良好な染色性の保持、迅速な染色時間、明瞭な染色を達成する技法としてmicrowave法が用いられる。
Microwaveは電磁波により迅速に水分を含む食品などを発熱させる加熱調理器具として重宝され、一般家庭では電子レンジとして普及している。電磁波の周波数は2.45GHzである。
今日では、家庭用(500~1000W程度)として安価な製品も市販されていて、充分な予備実験を重ねれば使用に耐え得る。しかし、機器の特性上の取扱、使用可能な器材、 染色液組成などには充分な配慮が必要である。また、microwave照射による染色液での染色は同温度に加熱した染色液より鮮明に染まる傾向が見られる。これは、1秒間に24億5千万サイクルで、+, -極およびS,N極の相互変換を反復する物理科学現象に起因するものかは明確でない。Microwaveを用いる染色法はコプリンジャーに染色液を入れ照射する方法がとられるが、 佐賀大学の永沢(現国際医療福祉大学)らのグループは、染色液が照射により飛散しないように試薬組成を工夫し小型タッパー内にスライド標本を入れ、殺菌処理した標本に染色液を被覆後、直接500W・10数秒間の照射により、迅速かつ高い染色性を得ている。
Microwaveで加熱するのは、抗酸染色の本染色液工程のみで以降の操作は従来法通りである。また、microwave法で顕著な効果が見られるのはオーラミンO / ローダミンB法とZ-N法である。オーラミンO法およびアクリジンオレンジ法では充分な効果は得られない。これは、試薬組成と染色機構に起因するものと思われる。
Microwave法(1):SURGICAL PATHOLOGY - HISTOLOGY Date: STAINING MANUAL — MICROORGANISMS AURAMINE-RHODAMINE FLUORESCENCE - ACID FAST BACTERIA
A:試薬
- :Auramine-rhodamine solution
- :酸アルコール
- :過マンガンカリウム液
B:染色操作
- 脱パラフィンを親水化処理
- i液に電子レンジ80W・45秒照射、その後5分間放置
(従来法:60℃オーブンで1時間染色) - 色素が出なくなるまでii液で脱色
- 水道水で4回洗浄
- iii液で2分間対比染色
- 蒸留水で6回水洗
- 脱水、クリア、およびカバーガラス
Microwave法(2):TB Fluorostain™ Kit Polysciences,Inc. Fluorescent Detection of M. tuberculosis and Other Acid-Fast Bacteria Catalog Number 22422-1 TECHNICAL DATA SHEET 488
A:試薬
- :TB Fluorostain Solution A(Auramine/Rhodamine)
- :TB Fluorostain Solution B(酸アルコール)
- :TB Fluorostain Solution C(Eriochrome Black T)
B:染色操作
- i液を35~40mLの電子レンジ対応プラスチックコプリンジャーに満たす。
- コプリンジャーを電子レンジ内に置き、キャップを緩め15~30秒間照射し、
液温を70℃~65℃にし電子レンジから取出す。 - スライドを2.の溶液に添加し、標本全体を均一に染色するように攪拌または浸漬し上下する。
染色を完了させるために3~4分間、室温又は電子レンジ庫内で静置。再加熱は必要ない。
(オーバーヒートしコプリンジャーからオーバーフローする可能性がある)。 - 3~4分間スライドを2.の溶液で染色する。このステップでは撹拌は不要
- 蒸留水を含むきれいなコプリンジャーにスライドを移し水洗
コプリンジャーに蒸留水を満たして廃棄する作業を3回行い、水洗 - コプリンジャー2つにii液30~40mLを入れ、各1分30秒で替える。
- コプリンジャーに蒸量水を満たして廃棄する作業を4回行い、素早く水洗
- コプリンジャーもしくは染色皿上に置き、iii液で8~10秒だけ対比染色
長い染色は蛍光染色を妨害する可能性がある。 - コプリンジャーに蒸留水を満たして廃棄する作業を3回行い、
素早く洗浄しスライドの余分な染色液を除去 - 乾燥
C:結果
M. tuberculosis, M. leprae, M. avium-intracellularを含むMycobacteriumは、濃い黒の背景に 橙黄色の蛍光を発する。多数の棒状の生物が検出される。結核菌は、端部が丸みを帯びた わずかに湾曲又は直棒状。ロッドの長さは0.3~0.6µmである。
c. 染色標本からの耐性遺伝子検査
結核菌は培養に日数を要し、近年耐性菌株の出現が多くなったことより、薬剤耐性株を遺伝子検査から推定することが多い。また、リファンピシン耐性が広く多剤耐性(MDR)結核の指標マーカーとして使用されている。検査依頼時に遺伝子検査依頼を受けた場合は良いが、臨床医が予測していなかった結核菌の検出例や、耐性菌を疑っていなかったとき、もしくは検体採取が困難で検体量が極めて微量だったなどのケースでは、検体の保管管理がうまく伝達されず、必要なときに材料が手元に残って無いケースなどが多々ある。このようなときに一助となる方法として染色したスライド標本からDNAを抽出する方法がある20)。
スライド標本からの遺伝子抽出は病理部門や遺伝子検査部門では比較的早期に導入された方法である。報告では、Z-N染色標本からDNAを抽出し、リファンピシン耐性のスポリゴタイピングを行っている。報文では、Z-N染色標本を用いているが、蛍光染色標本でも可能である。また、染色標本からの遺伝子抽出は標本を遮光乾燥保存しておけば数年単位の保管でも対応可能である。しかし、RNAの保管は厳しい要因が多い。感染試料を塗沫して作成した標本とブロックを薄切した標本とでは遺伝子の保存状態は大きく異なる。作成工程での断片化や汚染にも充分配慮すべきである。
Z-N染色顕微鏡標本からのDNA抽出
- 顕微鏡検査を終えた標本のミネラルオイルをキシレンで除去
(ミネラルオイルを使用しない蛍光抗酸染色標本では不要) - Z-N染色材料は滅菌蒸留水25µLを添加後、顕微鏡スライドから削り取る。
- Chelex懸濁液*2の75µLを加え、試料を十分に混合した後、サンプルを97℃で30分間
インキュベート
*2)Chelex懸濁液:5%Chelex-100 (Bio-Rad Laboratories), 0.01% lauryl sulphate (Sigma),
1% Nonidet P40 (Sigma), and 1% Tween 20 (Sigma). - サンプルを10分間、13,000×gで遠心分離。上清を新しいマイクロ遠心チューブに移し、
PCRに直接使用
PCR増幅
Z-N染色スライドからのDNA抽出物の10または2.5µLをPCRに使用する。van der Zandenらによって記載されたスポリゴタイピングのためのPCRを行う。リフォリゴタイピング用PCRは、55µLの反応混液(50mM KCl, 2.9mM MgCl2, 0.23mM (each) deoxynucleoside triphosphate, 0.22µg of TaqStart, 1 U of Taq polymerase, 1 U of uracil DNA glycosylase, 14.5 mM Tris (pH 9.0), and 50 pmol (each) of primer rpoB-for1 (5'-TGGTCCGCTTGCACGAGGGTCAGA-3') and primer rpoB-rev1 (5'-biotin label-CTCAGGGGTTTCGATCGGGCACAT-3'), )でrpoB geneから437-bpの増幅産物を得る。
反応混合物を添加する前に室温で15分間TaqStartモノクローナル抗体とTaq polymeraseを加温することにより非特異的アニーリングを回避した。混合物にはPCR-grade mineral oil (Sigma)1滴を重層し、uracil DNA glycosylaseのために37℃で3分間インキュベートし、そして96℃で10分uracil DNA glycosylaseを不活性化しDNAを変性する。96℃で1分間の変性とプライマーアニーリング72℃—69℃(2サイクル毎に1℃落とす)、伸長は72℃で1分間行う。続いて96℃・1分、69℃・1分、72℃・1分にて40サイクル増幅し、増幅産物は分析するまで-20℃で保管する。
rpoB geneの変異検出は、reverse line blot hybridization とDNA sequencingで行った。rpoB geneの分析はリファンピシン耐性 Mycobacterium tuberculosisが有する、RNA polymeraseのコドン516, 526と531の塩基変異を調べた21)。
近年では、スライド標本からのDNA抽出キットとしては、Pinpoint Slide DNA Isolation System(ZYMO)、QIAamp DNA FFPE Tissue Kit(QIAGEN), TaKaRa DEXPATなどが、RNAの抽出キットとしてはPinpoint Slide RNA Isolation System(ZYMO)が市販されている。
3 蛍光真菌染色
3-1 蛍光染料について
通常の蛍光真菌染色に使用する染料は蛍光増白剤や直接染料が一般的である。これらの染料は世界の化学メーカーから同一構造物や類似品が多くの名称で市販されている。また、これらの製品は工業分野への利用を目的に開発され、販売単位が大きいため検査室では試薬キットを使用することが多い。しかし、染色結果の考察には使用染料の特性を理解する必要があるので染料名の表記法の規定概要を示した。
多くの商品名や慣用名で呼ばれる染料であっても、個々の化学物質につけられる固有の識別番号であるCAS登録番号は(CAS RN, CAS番号とも呼ばれる)世界共通に用いられている。CAS登録番号自体には化学的な意味はないが、一つの物質もしくは分子構造にさまざまな体系名、一般名、商品名、慣用名などが存在する場合に確実な染料同定の手段となる。
染料は性質や色、化学構造に基づいてカラーインデックス(Colour Index, C.I.)に収録され、名称および番号が与えられている。例えば、有名な青藍を呈する染料のインディゴは、Colour Index Generic NameはVat Blue 1、Colour Index Constitution NumberはC.I. 73000である。
蛍光増白剤:蛍光能を持つ染料を蛍光染料もしくは蛍光剤という。よく目にする蛍光増白剤は白物衣料の増白効果を目的として、または製紙の白さ向上の表面加工時に用いられる。この蛍光増白剤が真菌のセルロースやキチンを染める染料として蛍光真菌染色剤に使用されている。
染色では、指標物に染着するには指標物の分子と結合しなくてはならない。絹、羊毛はタンパク質からなるのでアミノ基(-NH2)と塩形成できるスルホ基(-SO3H)を有する染料が染着し易い。セルロースからなる綿はヒドロキシ基(-OH)と水素結合できるヒドロキシ基やカルボキシル基(-COOH)を持つ染料が染着し易い。
直接染料:タンニンや金属イオンなどの媒染剤を使わないで直接染めることのできる染料を直接染料(direct dye, substantive dye)という。臨床検査で馴染みが有るのはコンゴーレッドである。直接染料は分子自体が大きく、アゾ基をもつものが多い。
3-2 グルカンとは
真菌類(カビ、キノコ、酵母)の細胞壁はキチンやキトサン、β-グルカンなどが複雑に組み合わされてできている。この中でβ-グルカン(多糖類)は、D-グルコースがグリコシド結合で繋がったポリマーで、デンプン、グリコーゲン、セルロースなどの総称である。
さらにそのグリコシド結合様式によりβ-1,3-グルカン、β-1,6-グルカンに分けられる。一つのグルカンの中に結合様式の混在はあるが、α-様式もしくはβ-様式が混在することはなく、それぞれα-グルカン、β-グルカンと分けられる。
出芽酵母の細胞壁の維持にβ-1,6-グルカンは不可欠であり、細胞壁に最も多いβ-1,3-グルカンやキチンや細胞壁タンパク質を結合する働きがある。真菌に特有の成分としては、β-グルカン、マンナン、ガラクトマンナンがある。また、蛍光真菌染色の指標物質であるキチンはムコ多糖の一種で、N-アセチルグルコサミンの1,4-重合物であるポリ-β1-4-N-アセチルグルコサミンのことである。構造はセルロースと類似しているが、2位炭素の水酸基がアセトアミド基になっている(図5)。溶解性に乏しく、ほとんどの溶剤に溶解しない。セルロースは、天然高分子で、β-グルコース分子がグリコシド結合で直鎖状に重合したβ-グルカンの一種である。細胞壁の構成は、子嚢菌や担子菌の多くはキチン-グルカンを主成分とし、接合菌ではキチン-キトサンを、出芽酵母ではマンナン-グルカンを主成分とする。
引用 : Wikipedia 『Beta-1,3-1,6-glucan』 / Wikipedia 『Beta-1,3-1,4-glucan』
引用 : Wikipedia 『セルロース』 / Wikipedia 『キチン』
図5 グルカンの結合様式とセルロースキチンの構造式
3-3 蛍光真菌染色液
染料が開示されている主な染色液の一部を記載した。
3-3-1 カルコフロールホワイト染色:Calcofluor White Stain (SIGMA-ALDRICH)
使用染料:Calcofluor White M2R(FLUORESCENT BRIGHTENER 28)
CAS No.:4404-43-7
(Fluorescent Brightener 28 F3543 SIGMAから原末も市販)
A:試薬
Calcofluor White M2R 1g/L, Evans blue 0.5g/L
B:染色操作
- 清浄なスライドグラス上に被検サンプルを置く。
- カルコフロールホワイトステイン1滴と10%水酸化カリウム1滴を追加
- 試料の上にカバースリップを載せ1分間置く。
- UV励起光の下で×100~×400の倍率で観察
C:結果
カルコフロールホワイト染色は、真菌や他の生物体の細胞壁に含まれるセルロースやキチンと結合する非特異的蛍光染料である。カルコフロールホワイト染色は、多くの酵母および病原性真菌Microsporidium, Acanthamoeba,Pneumocystis, NaegleriaおよびBalamuthia種を検出する迅速な方法である。対比染色のエバンスブルーはブルーライト(UVではない)で励起した場合、組織や細胞のバックグランド蛍光を減少させる。励起は300~440nm(最大355nm)、0.1M燐酸緩衝液pH7.0中のセルロースの最大蛍光は433nmである。綿繊維は強く蛍光を発するため真菌菌糸と区別しなければならない。分節の有無や形状、末端構造などにより区別できる。(18909 Calcofluor White Stain:sigma-aldrich.comより抜粋)
3-3-2 FUNGI-FLUOR® Kit (Polysciences,Inc.)
使用染料:Cellufluor
CAS No.:4193-55-9
A:試薬
- :Fungi-Fluo® Staining Solution A:0.05% Cellufluor脱イオン水溶液にクリアリング剤の
水酸化カリウムを添加 - :Fungi-Fluo® Counterstaining Solution B:バックグランド蛍光を減少させるEvansBlue水溶液
B:染色操作
試料調整:標本またはスメアを1~5分間無水メタノールで固定する。スライドは、蒸留水または脱イオン水で洗浄した後すぐに染色できる。
- スライドにFungi-Fluo® Staining Solution Aを数滴滴下もしくは標本全体を被覆し、1分間染色
- 液を捨て、精製水で緩やかに水洗する。精製水を2回交換し緩やかに水洗
- スライドにFungi-Fluo® Solution B Counterstainを直接数滴下、もしくは全体を被覆し、
1分間染色 - 液を捨て、精製水で緩やかに水洗。精製水を2回交換し緩やかに水洗
- スライドは、95%エタノール、無水エタノールと2回ずつ交換し脱水。そしてキシレンを通して
Poly-Mount(Cat.#08381) Coverslipping Mediaで封入
C:結果
Excitation 340nm to 380nm Suppression Filter 430nm
対比染色している場合は、赤のバックグランドに蛍光材料は青
Excitation 420nm to 490nm Suppression Filter 515nm
対比染色している場合は、赤のバックグランドに蛍光材料は緑
Celluflourはさまざまな生物の細胞壁に見られるキチンやセルロースなどのβ架橋ポリサッカライドと非特異的に結合する。Candida sp., Histoplasma sp., およびAspergillus sp.他を含むさまざまな真菌と酵母タイプを蛍光染色する。またキットはPneumocystis carinii cysts, Plasmodium sp.などの原虫、菌糸は分化中領域などが染色される。ケラチン、コラーゲンおよび弾性繊維も染色され診断のための構造的なガイドラインを提供する。(Fungi-Fluor® Kit:TECHNICAL DATE SHEET 316Aより抜粋)
その他の真菌染色染料例
- Uvitex 2B C.I. Fluoresent Brightener 362;スチルベンジスルホン酸誘導体
CAS No.: 27344-41-8(Polysciences,Inc.)
Excitation Max:350nm Emission Max:435 in PBS Buffer - Solophenyl Flavine 7GFE 500 (Ciba Specialty Chemicals)
Olympus BX-61 excitation filter BP470-490 emission filter BA510-550 - Pontamine Fast Scarlet 4B (C. I.,Direct Red 236; 2-Naphthalenesulfonic acid, 7,79- (carbonyldiimino)bis(4-hydroxy-3-[(6-sulfo-2-naphthalenyl)]azo)-,sodium salt, compounded with 2,29,20-nitrilotris(ethanol)(9CI)) (Bayer Corp.)
Olympus BX-61 excitation filter BP530-550 emission filter BA590
H.C. Hochet, et al.,Mycologia. 2005, 97(3), p.580?588 - 我が国では、ファンギフローラY(トラストメディカル社)、KBM GPフルオファンギー(コージンバイオ社)が市販されているがいずれも染料名は開示されていない。
まとめ
ここまで、臨床微生物検査で最も馴染み深い蛍光染色法について述べてきたが、これらは通常の可視染色法と蛍光染色法とで技法を二分するものではなく相補し、微生物検出の向上および検査作業の効率化を目指すものである。例えば、白癬菌の検査でも、KOH処理後の無染色標本および蛍光染色標本での検出率が比較されるが、この場合も処理時間、対象物(ツメや皮膚)の厚さ等により条件は異なる。すなわち、真菌が組織表面に露出しているか深部に潜入しているかにより検出は異なる。透過光でみる無染色標本は薄い組織では検出が容易であるが厚い組織の上部に存在する場合は検出し難い。一方、蛍光染色標本を落射式蛍光顕微鏡で観察する場合は、同様に薄い標本での検出は容易であるが厚い組織で底辺部に存在する場合の検出は容易ではない。画一ではない試料や状況変化に対して臨機応変に相補的に対応出来るように蛍光染色の技術と知識の研鑽が望まれる。
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図2・3・4イラスト/菅原 智美
2015.11