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検査室支援情報

検査の樹 -復習から明日の芽を-菅原 和行(菅原バイオテク教育研究所)

2. 生命の重要な機構である 『リボソーム』

1:臨床検査と深いかかわりをもつリボソーム

臨床検査において、リボソーム(ribosome)は細胞のタンパク質合成装置として認識されるだけではなく、検査の標的物質ともなっている重要な細胞小器官である。例えば、結核菌の核酸増幅検査では、結核菌のリボソーム中の16S rRNAを直接あるいは16S rRNAをコードするDNA領域を増幅し検出している。また、細菌や真菌の同定として16S、23S、5S rRNAをコードするDNAの塩基配列を分析し同定している。さらに、臨床で汎用される抗生物質にはタンパク質への翻訳阻害作用を有するマクロライド系抗生剤などがあるが、この抗生剤に対する耐性指標として細菌のタンパク質合成装置である23S rRNAの塩基変異を調べ特定の塩基に変異が見られた場合は耐性と分析している。
遺伝子検査ではヒト細胞から抽出したRNAを電気泳動して28S/18S rRNAの量比を測り、その比が1.5以上を良質の精製RNAと評価している。さらに、定量RT-PCRにおけるhousekeeping geneに18S rRNA を用いるなど、リボソームの検査への応用は広範囲にわたる。また、近年では、全身性エリテマトーデス(SLE)の神経精神症状との関連で抗リボソームP抗体を測定するなど活用性の拡大が期待される細胞小器官である。
さらに、リボソームが関連した現象として、腸管出血性大腸菌が産生するShiga toxin(Stx)がある。Stxは大腸粘膜内に取り込まれ、標的細胞のリボソームRNAを切断することによってタンパク質合成を阻害し、強力な細胞毒性を示すことがわかっている。また、栄養飢餓状態における栄養源に対応したリボソーム合成を制御するプロテインキナーゼTOR(target of rapamycin)の存在なども報告されている。
ここでは、臨床検査において深い見識が求められる重要な細胞装置リボソームについて復習する。

臨床検査では深い見識が求められる重要な細胞装置リボソーム

臨床検査では深い見識が求められる重要な細胞装置リボソーム

2:リボソームはRNAが主役の巨大分子複合体

リボソームRNAとは、リボソームを構成するRNAで触媒活性をもち(ribozyme活性)、通常rRNAと表記され、RNAとして生体内で最も大量に存在する。リボソームはこのrRNAとタンパク質とで構成された巨大分子複合体で重量の60%はRNAが占めている。一個の細胞には平均で数百万個のリボソームが存在する。リボソームの主な働きはRNAが行いタンパク質は表面を覆うかRNAのすき間を埋めているだけといわれている。
リボソームを構成するRNAは核で、タンパク質は細胞質で作られる。タンパク質はいったん核の核小体(nucleolus)に入って、リボソームとして組み立てられたあとに細胞質へ運び出される。

3:リボソームはmRNAの遺伝子コドンに基づいてtRNAのアミノ酸を連結する

作用の流れとしては、タンパク質合成時に遺伝情報の設定図であるDNAからmRNAが転写され、転写されたmRNAの遺伝子コドンに基づきリボソームでアミノ酸が順次結合されてポリペプチド鎖が繋ぎ合わされていく。このとき、コドンとアミノ酸とのアダプターの役割をトランスファーRNA(転移RNA、運搬RNA、tRNA)が行う。
tRNAは、アミノ酸特異的な酵素(アミノアシルtRNA合成酵素)の作用を受け対応するアミノ酸を結合する。リボソームでは、アミノアシルtRNAが次々と運ばれ、対応するアミノアシルtRNAが触媒作用によってペプチドに連結されていく。この機構は原核生物も真核生物も同様である。

4:リボソームは、大サブユニットと小サブユニットが重なり合っている

このようにリボソームは、mRNAの情報をタンパク質に変換する(翻訳)装置である。リボソームは大サブユニットと小サブユニットが重なり合い、それぞれがRNAとタンパク質で構成されている。小サブユニット(30S)の中でmRNAが読み込まれ、大サブユニット(50S)の中でペプチジルトランスフェラーゼ(peptidyltransferase)の作用でアミノ酸が連結されていく。この際23S rRNAに含まれるアデニンが触媒作用をする。

5:Sは何の単位?

リボソームのサブユニットやRNAの名称は超遠心機での沈降速度を表わすS(Svedberg)が用いられている。Sの値は通常重さに対応するがその形状にも影響を受けるため、例えば、原核生物の大小サブユニットは、50S(1600kDa:キロダルトン)と30S(900kDa)であるが両者が結合したリボソームは80S(50S+30S)ではなく70S(2500kDa)となる。

*Da:タンパク質やペプチドでは、1モルの物質の重量から単位のgを取った値を分子量とし、単位はDa(Dalton)や1000倍のkDa(kD)を用いる。

6:原核生物のリボソームは、23S、16S、5Sと3つのrRNAと53種のタンパク質(大腸菌)で構成

原核生物のリボソームは、50S(分子量160万)の大サブユニットが23S rRNA(2904ヌクレオチドnt)、5S rRNA(120ヌクレオチド:塩基数)と~34個のタンパク質からなっている。
30S(分子量90万)の小サブユニットは16S rRNA(1542ヌクレオチドnt)と21個のタンパク質からなる。すなわち、リボソームは3種のrRNAと53種のタンパク質(大腸菌)とからなる。原核生物のリボソームは細胞質に遊離状態で存在する。
前述のマクロライド系抗生物質の作用機序は、50S大サブユニットの23S rRNAに結合し、aminoacyl-tRNAの転位translocationを阻害するといわれている。したがって、この50S大サブユニット中のタンパク質もしくはRNAが変化することによって耐性化が生じる。細菌の抗菌剤耐性化の獲得は、生命維持に重要な小器官の変異であることからその代償の大きさがうかがえる。
また、16S rRNAが原核生物の系統解析に用いられるのは、リボソームという生物の本質的機能を持つRNAであるから機能変化を起こすような遺伝子変異が低いため進化系統が離れた生物間でも高度に保存された部位(この領域はPCR増幅でのuniversal primerとして用いる)と比較的変化しやすい領域とが存在するため近縁種間の比較にも使用可能である。さらに、16S rRNAをコードするDNAの塩基数が1600bp前後と比較処理に適した長さであること。細菌の場合、16S rRNAの遺伝子相同値が97%以下であれば別種と推定される。

7:真核生物のリボソームは、28S、18S、5.8S、5Sと4つのrRNAと82種のタンパク質で構成

真核生物では、60S(分子量280万)の大サブユニットが28S rRNA(4718ヌクレオチドnt)、5.8S rRNA(160ヌクレオチド)、5S rRNA(120ヌクレオチド)と49個のタンパク質からなる。
40S(分子量140万)の小サブユニットは18S rRNA(1874ヌクレオチドnt)と~33個のタンパク質、すなわちリボソームは、4種のrRNAと82種のタンパク質からなる。しかし、原核生物、真核生物いずれも種によって数値にはいくらかの違いが見られる。ヒトの場合は、rRNA前躯体(約2kb)RNAとして、18S、5.8S、28S RNAが一つの転写単位として、RNAポリメラーゼI によって核小体で転写される。5S RNAはRNAポリメラーゼIIIにより転写される。
真核生物のリボソームは、小胞体膜に結合し、粗面小胞体を形成する。一方、ミトコンドリア、パーオキシソームおよび核で必要なタンパク質は遊離状態のリボソームで作られる。

真核生物と原核生物のリボソームの構造

真核生物と原核生物のリボソームの構造

8:リボソームの3個の結合部位をシフトしながらtRNAからアミノ酸は付加されていく

リボソームには3個のtRNA と結合するA(aminoacyl-tRNA)部位、P(peptidyl-tRNA)部位、E(exit)部位がある。tRNAはまずA部位に結合し、P部位にシフトしながらアミノ酸を付加して、E部位にシフトしたtRNAはリボソームから離れる。

9:分子擬態(molecular mimicry)とは

リボソームには、tRNAと極めて類似した別のタンパク質も取り込む性質がある。翻訳の際に重要な働きをする伸長因子や終結因子もtRNAと形が似たタンパク質である。また、抗生物質のピューロマイシン(puromycin)もアミノアシルtRNAと形状が似ているために取り込まれ、結果としてタンパク合成を阻害する。このような現象を分子擬態(molecular mimicry)という。原核生物の翻訳にかかわる抗生物質と真核生物の阻害剤を図表に示した。

原核生物に作用するもの

抗生物質 作 用
ストレプトマイシン 開始fMet-tRNAのP部位への結合を阻害。
リボソームによる誤った翻訳を惹起。
クロラムフェニコール ペプチジルトランスフェラーゼを阻害。
テトラサイクリン アミノアシル-tRNAの結合を阻害。未成熟な鎖終結。
エリスロマイシン 遊離50Sリボソームに結合し、開始複合体形成を阻害。
ピュロマイシン アミノアシル-tRNA類似体として作用。

引用 : http://133.100.212.50/~bc1/Biochem/translat.htm#inhibitor

参考文献・web site

  1. 江島洋介:これだけは知っておきたい図解分子生物学、オーム社、72-74(2008)
  2. 丑丸敬史、塩田良:栄養源に応答したプロテインキナーゼTORによるリボソーム合成制御、
    蛋白核酸酵素、Vol.52.No.4.342-347(2007)
  3. 堀越弘毅監修、井上明編:ベーシックマスター微生物学、オーム社(2006)
  4. タンパク質の生合成(翻訳)
    http://133.100.212.50/~bc1/Biochem/translat.htm

イラスト/菅原 智美

 

2010.10

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