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18.「悪液質」思いちがいも、本態疾患の治療に抵抗を示す
Vol.18-1「悪液質」の実状
はじめに
近親の方が慢性消耗性疾患を患い治療中とお聞きし、慌てて見舞いに駆け付け、暫くお会いしてなかったがあまりにも痩せて衰弱した患者を見て驚いた経験をお持ちの方は意外に多いと思います。また、付添いの方に、食欲がなく食事がのどを通らないとお聴きし、患者にしっかりと食べ、飲み物を取らないと元気になれないよと激励の言葉をかけた経験をお持ちの方もいると思います。これは、がん、臓器不全、感染症、加齢に伴う疾患など、多くの慢性消耗性疾患に並存して発症する栄養不良の終末像、『悪液質』の可能性が高い。全身炎症を伴った栄養不良により筋肉が消耗し、衰弱した症状を「悪液質」という。
図1 久しぶりの面会に・・・・!
悪液質は、古くから知られており、頻繁に使用されて来た用語である。しかし、近年まではその定義すらも漠然としたものでした。
栄養不良に伴う症状は、筋肉消耗に顕著に認められる。筋肉の消耗は、骨格筋量と筋力の進行性の喪失につながる異化作用の亢進を特徴とする生理学的変化または病状の結果である。悪液質に陥った場合、がんなどの本態疾患の治療にも抵抗が見られ、さらに患者の予後やQOL(Quality of life:生活の質)をも悪化させる。患者本人は、悪液質による身体的負担により「心配、ストレス、不安および精神的苦痛」を伴う。また、前述の様に、治療においても食べるものを食べないと体力がつかないと憶測する健常者は、患者に食べさせるための術を画策する、もしくは担当医に点滴、注射、胃瘻処置などを嘆願するのである。しかし、この事は、患者の身体機能の実体としては極めて苦痛を提起する事となりかねない。点滴でさえも臓器の浮腫を誘発し、患者は苦痛を受けかねない生理的病態なのである。
この肉体的および精神的な衰退を目の当りにして、患者の身内の方は、何かせずにはおれず、はやる気持ちとの葛藤に苦悩するが、悪液質に陥った患者の治療は、現状では医療チームにお任せし、静かに見守るのが最善策といえる。このためには、患者の家族は悪液質についての知識を深め、心の準備が大切である。また、医療研究者には、この消耗症候群の発症機構の解明と発症早期に検知するバイオマーカーの探索、さらには代謝機構の解明と治療・進行阻止をはかる治療法の確立が望まれる。
近年になり、悪液質の定義提唱や多臓器炎症に関与する炎症性サイトカインおよびncRNA(non-coding RNA)の作用解明など発症機構の解明、治療の試みが急速に進展しつつある[1]。本稿では、がん悪液質を中心とした悪液質の概要を述べ、臨床検査としての側面から早期治療への寄与を模索する目的に、『Vol.18-1「悪液質」の実状』と『Vol.18-2「悪液質」診断への探索』との2部構成とした。
1.悪液質とは
悪液質(Cachexia:カヘキシア)は、「悪い状態」を意味するギリシャ語の語根kakos hexisに由来する。悪液質は、がん、結核などの慢性感染症、慢性心不全(CHF)、肝硬変、慢性腎臓病、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、クローン病・間接リウマチ等の自己免疫疾患など多くの慢性消耗性疾患に並存して発症する全身性の消耗症候群である。特にがんにおける悪液質は、cancer-associated cachexia(CAC)と呼ばれ発生頻度が高い。栄養不良、体重減少、筋肉量の減少、食欲不振、脂肪代謝障害、炎症、消化管発育不全、虚弱などを特徴とする病態である。体重と筋肉量の減少は、食物摂取量の減少、食欲不振、インスリン抵抗性、蛋白同化ホルモンの低値など、この消耗症候群の病因はタンパク質などの異化作用の亢進と関連しており、通常の栄養補給では元に戻すことはできない。
腫瘍と宿主によって産生される悪液質促進因子は、単なる栄養異常を生じるだけではなく、代謝異常、免疫異常、神経異常と複数の病態因子が複雑に交錯し引き起こされる多因子症候群とされている。CACを併発すると、本態疾患のがんに対する治療に抵抗性を示すと同時に、副作用の出現・増強、治療の中断、QOLの低下、生命予後にも悪影響を及ぼす。患者は食欲減退とともに栄養状態が悪化し、消耗により体重減少、骨格筋肉量の減少がみられ疲弊・衰弱が進む。栄養失調や飢餓とは対照的に、単なる栄養補給はほとんど効果がない。図2にがん悪液質の病態生理学を示した。
図2 がん悪液質の病態生理学
Cancers 2023, 15(23),5590; より和訳引用
進行性がん患者の悪液質有病率は40~80%といわれ、がんの種類別有病率は、すい臓がん(27~74%)、胃がん(30~69%)、頭頸部がん(37~49%)、肺がん(30~45%)、大腸がん(23~60%)、甲状腺がん(34~69%)、肝臓がん(24~53%)、子宮内膜がん(11~41%)、乳がん(12~33%)、前立腺がん(14~28%)といわれている[2]。
これらのがんでは、進行がんの患者さんの半数以上に診断時および経過中にCACが発症している。がんの種類によって発症リスクが異なり、胃腸がんや肺がんの患者では早期に発症し易いが、乳がん、前立腺がんなどでは病気がかなり進行するまで起こりにくい傾向がある。
悪液質は炎症反応によって媒介されるため、がんに関連した顕著な全身炎症により、すべてのがん患者のほぼ50% が悪液質に罹患している。その発生率はがんの局在化によって異なり、固形腫瘍、特に胃がん、膵臓がん、肺がん、結腸直腸がん、頭頸部がんの患者では発生率が高くなる[3][4]。
Freireらは、固形腫瘍が異なれば悪液質を誘導する分泌遺伝子の発現プロファイルも異なることを示しており、特定の種類のがんが悪液質を発症しやすい理由を説明している[5]。
がん悪液質では、体重減少によりヒポクラテス顔貌(ヒポクラテス死相(死の前兆として現れる瀕死顔貌)医学英和大辞典:南山堂(1999年)より)と呼ばれる特有の顔貌が確認されることがある。これは頭筋喪失による頬のくぼみ、無表情、落ちくぼんだ眼球などが特徴である。
CACは、主に骨格筋量および脂肪の減少とさらにはがんおよび宿主免疫細胞からの悪液質促進因子の放出やエネルギーの不均衡を特徴とする。結果として、筋萎縮、脂肪分解、脂肪褐変および炎症に関与する多くのサイトカインや、miRNA(microRNA)、lncRNA(long non coding RNA)など多因子のアップレギュレーションおよびダウンレギュレーションが見られ、CAC患者またはCACの動物モデルの筋肉または脂肪組織において正常な代謝のみだれが観察される。
図3 がん悪液質を引き起こす炎症性サイトカインのさまざまな発生源
Cureus. 2022 Jul 12;14(7):e26798.より和訳引用し一部編集
図3にがん悪液質を引き起こす炎症性サイトカインのさまざまな供給源を示した。患者からの臨床データが少ない悪液質の病態生理学は、近年、動物モデルや培養細胞などを用い急速に進展しつつある。このため、結果解釈には発症機序の実験動物種間差およびエージングなどの課題が残されている[6]。
一般的には未だ悪液質の症状を、抗がん剤治療による随伴現象で嘔吐や食欲不振、もしくはがんによる終末期症状と誤解している方も多い。患者は家族や知人などの見舞客から摂食や水分摂取の勧奨を受けるが、悪液質の病態においては摂食できず、逆に苦痛を招く逆効果となる。難治性(不応性と同義)悪液質に陥った場合は、全身性の炎症状態によって引き起こされる壊滅的な代謝障害で、栄養補給によって回復することはない。がん悪液質の顕著な影響はヒトの体重の30~40%を占める骨格筋に見られるが、他の臓器の平滑筋、脂肪組織、血液、骨髄、肝臓、心臓および免疫力の低下と広範囲の臓器にも見られ、体重減少と重度の筋肉および脂肪組織の消耗を特徴とする。全世界には900万人もの患者がいるといわれている。
2.鑑別が必要なサルコペニア、悪液質、栄養失調
高齢者で体重減少を伴う筋量と筋力の進行性かつ全身性の体重減少に特徴づけられる類似の病状には、サルコペニア、悪液質、低栄養などがある。中にはこれらの重複罹患例もある。
CACは、がんに伴い発症する体重減少と食欲不振が典型的な症状であり、主に骨格筋および脂肪の減少、がんおよび宿主免疫細胞による悪液質促進因子の放出、およびエネルギーの不均衡を特徴とする。
サルコペニアでは、筋肉が小さくなる原因には多くの要因が関係している。加齢以外の原因がない場合を「原発性サルコペニア」と呼び、加齢に身体の活動性低下、病気、栄養不足など他の原因が加わる場合を「二次性サルコペニア」と呼ぶ。サルコペニアの定義は、2010年に発表されたThe European Working Group on Sarcopenia in Older People(EWGSOP)が頻用され、「筋量と筋力の進行性かつ全身性の減少に特徴づけられた症候群で、身体機能障害、QOL低下、死のリスクを伴うもの」と定めている。サルコペニアは、典型的には加齢に関連しており、広範囲にわたる進行性の筋消耗疾患であり、筋肉量と筋力が低下した状態である。随伴して歩行速度の低下や歩行の困難性などがみられ日常生活にも支障をきたす[7]。
ヒトを含めた、従属栄養生物である動物は、何らかの形で生体外からエネルギー産生に必要な物質を摂取しなければ生きられず、飢餓が限度を超えた場合は餓死に至る。栄養不良、栄養不足とも呼ばれる栄養失調の根本的なメカニズムは、不適切な栄養素の摂取による負のエネルギーバランスを生じた結果であり、重度のサルコペニアへと繋がる可能性が高い。現代社会では、経済的な理由で食料の調達が行えない状態(貧困)、摂食障害、極端な偏食、自己流の菜食主義、自己流の制限食ダイエットなどに伴い発生する。特に高齢者や自己流の制限食に見られ、食事は摂っているが、エネルギー源の主食のみが主で、肉、魚などのたんぱく質や、野菜が不足しビタミンやミネラルの欠乏を起こしている状態である。
悪液質に類似した病態に飢餓がある。飢餓と悪液質との本質的な違いは、体重、脂肪組織はいずれも減少↓するが、骨格筋(飢餓:維持→悪液質:減少↓)、炎症性タンパク質(飢餓:維持→悪液質:増加↑)、安静時エネルギー消費量(飢餓:減少↓悪液質:増加↑)など大きな相違点が見られる[8]。
飢餓も体重減少を伴うが、悪液質は骨格筋の合成と分解のバランスが損なわれ、安静時エネルギー消費量(REE)も増加するという点において、飢餓とは異なる [8][9]。つまり、悪液質は「食べても痩せる」状態、飢餓は「食べられずに痩せる」状態といえる。
悪液質は、発症の幾つかの分子メカニズムは特定されているが、現段階においては、この壊滅的な病状に対し有効な治療法は無い。多くの研究者は骨格筋に着目しており、実態的に主要な影響を受ける臓器である。病状早期での運動と栄養療法に僅かな光明が見られるものの未だ解決には至っていない。これは、CACは多臓器不全を特徴とした、かつ多因子が交絡関与する難攻不落のテーマといえるのかもしれない。
CACが直接的原因となり全がん患者の20~30%が死亡するといわれている[10]。がん患者の体重減少の要因としては「飢餓」と「CAC」が推察される。「飢餓」は消化管の閉塞など器質的な障害や摂食関連症状(NIS)などにより食べる事ができずに痩せる状態である。一方、「CAC」は全身性の炎症状態で多因子によって引き起こされる壊滅的な代謝障害で、栄養補給によって回復することはない。体重減少への影響の度合いは、がんの種類、病期、患者の体質により異なるが、いずれも早期介入が重要である。悪液質を加齢に伴う筋萎縮(サルコペニア)や栄養失調と区別することは、複合疾患を患う高齢患者の大多数にとって非常に困難である。表1にサルコペニアと悪液質の違いを一覧化した[11]。
表1 サルコペニアと悪液質の違い
Gerontology (2014) 60 (4): 294–305. より表3を和訳引用し改変
3.悪液質の定義
ⅰ)悪液質の定義
(資料[12]から和訳引用し改変)
『近年、悪液質の定義が議論され、2008 年に「悪液質は基礎疾患に関連する複雑な代謝症候群であり、脂肪量の減少を伴うまたは伴わない筋肉量の減少を特徴とする」と提案がなされた。この定義では、過去12か月以内に少なくとも5%超過の体重減少(体液貯留を補正)を規定したことは重要な点である。さらに、がん患者では、期間を短く3か月から6か月とした。Evansらは、体重増加の履歴データがない場合は、ボディマス指数(BMI)が20.0 kg/m2未満の場合も悪液質の診断対象とみなした[13][14]。
図4 Evansらによる悪液質の診断基準
Evans W J,et al.,Clin Nutr. 2008;27(06):793-799.,
Nutrients 2021, 13(3), 761;より和訳引用し一部編集
同年、悪液質の診断基準も提案され、図4に示した様に基礎疾患がある状態で過去12か月以内に5%を超過する意図しない体重減少があり、さらに以下のうち3つを満たすことを基準とした[13][14]。
- ・倦怠感
- ・拒食症
- ・生化学検査結果の異常(炎症マーカーの上昇:C反応性タンパク質(CRP)> 5.0 mg/l、インターロイキン6(IL-6)>4.0 pg/mL);貧血(<12 g/dL);血清アルブミンの低下(<3.2 g/dL)
- ・低脂肪体重指数
- ・筋力の低下
2011年には、「従来の栄養補給では部分的には改善できるが、完全には改善できない、骨格筋量の継続的な減少(脂肪量の減少の有無にかかわらず)を特徴とする多因子症候群」と再定義された[13][15]。悪液質の診断基準も以下のように改訂された。
- ・過去6か月間で5%超過の体重減少 (単純な飢餓がない場合)
- ・BMI<20 kg/m2かつ体重減少の程度が2%を超える
- ・四肢骨格筋指数はサルコペニアと一致し、体重減少は2%を超える[12][14]
四肢骨格筋指数:男性<7.26kg/m2、女性<5.45 kg/m2
2019年には、Cederholmらは、世界的な臨床栄養コミュニティからのコンセンサスレポートに基づいて、がん性悪液質の最新の定義を発表した[16]。
悪液質は、炎症性変化を伴う慢性疾患関連の栄養失調と定義された。診断基準には、食物摂取量/消化吸収または炎症/疾患負荷の減少からの1つの病因基準と、不本意な体重減少、低BMI、または低筋肉量の1つの表現型基準が含まれた[16]。Rierらは、『悪液質は、悪性プロセスまたは慢性疾患の存在下での筋肉と脂肪量の両方の消耗プロセス、意図しない体重減少、および全身性炎症を伴う』とした[17]。
その後も幾つかの定義が提唱されたが、いずれの定義でも過小評価、過大評価の念は拭えず、現在の定義は「疲労や体力の低下など、その他のいくつかの症状のいずれかを伴う、過去6か月間の体重の5%以上の減少」とされている。しかし、この定義においても複雑な生理学的および生物学的状態の大雑把な尺度なため診断に難儀する例も見られる。
悪液質の定義には上記のように幾つかがあるが、その臨床経過は次の3段階をたどる。
図5 Fearon らによる癌悪液質のアプローチ
Fearon, K.;et al., Lancet Oncol. 2011, 12, 489–495.,
Nutrients 2021, 13(3), 761; より和訳引用し一部編集
ⅱ)悪液質のステージ分類
悪液質は、疾患の重症度に応じて前悪液質(precachexia)、悪液質(cachexia)、難治性悪液質(refractory cachexia)と図5に示した様に3つのステージに分類される。
ステージ分類
- ・前悪液質[15]
- ・悪液質
- ・難治性悪液質
病気の最初の段階で、軽度の体重減少<5%、食欲不振(食物摂取量の減少)、耐糖能障害を特徴とする代謝の変化
飢餓がない場合、過去6か月間で5%を超える体重減少またはBMI<20kg/m2および体重減少>2%、サルコペニア、または筋肉量の低下と体重減少>2%
病気の最終段階では可逆性が低下、程度の異なる悪液質、がん疾患はプロカタボリックであり、がん治療に反応しない。WHOパフォーマンススコア3または4
予想生存期間<3か月[18]
4.悪液質による臓器の機能変化
がん悪液質における多臓器の関与
CACにおける臓器の機能変化は、筋肉や脂肪組織の消耗とは別に、免疫系、心筋、脳、腸、脂肪組織、骨格筋、肝臓、血液、膵臓、骨組織など多くの臓器に惹き起こる。 CACは多因子症候群であり、交絡した因子が複雑に関与し多くの臓器に異変が起きる。さらに、がん患者では、多くの症例で複数の主要遺伝子において塩基変異を有するため、すでに代謝経路の異変を生じており、病態代謝はさらに複雑化する事が想定される。機能変化の提起因子としては、諸種のサイトカイン類やマイクロRNA類などが考えられている[19][20][21]。CACに陥ると多くの臓器や組織が機能変化を起こし、がんを含むいくつかの疾患の末期に関連する壊滅的な病状を展開しながら、体重減少と重度の筋肉および脂肪組織の消耗を特徴とする病状を呈する。
図6に「多臓器症候群としての悪液質:がん悪液質における多臓器の関与」を示した。
図6 多臓器症候群としての悪液質:がん悪液質における多臓器の関与
Nat Rev Cancer 14, 754–762 (2014),Int. J. Mol. Sci. 2023, 24(3), 1849, J Hematol Oncol 16, 54 (2023)から和訳引用し編集
複雑多様な全身性炎症を伴うCACにおける臓器・組織の主要な病変と機能変化を、以下に簡易化して表記した。さらに中でも発症初期から多くの臓器・組織に直接連結し作用する重要な免疫系については、参考文献[20]を和訳引用し改変した。
(↑:増加、↓:減少を示し、〔 〕は参考文献[21]の悪液質における臓器の比喩を引用)
- ・骨格筋肉:〔主な標的だが、最初に影響を受ける組織ではない〕
- ・骨:骨溶解
- ・脳:神経炎症〔被害者か、それとも加害者か?〕
- ・心臓:心機能不全
- ・白色脂肪組織:脂肪喪失〔悪液質の特権的な標的〕
- ・褐色脂肪組織:熱発生
- ・肝臓:急性期反応〔エネルギー消費の主要な調節因子〕
- ・消化管:吸収障害〔腸と胃:がん悪液質における悪玉の味方〕
- ・膵臓:〔悪液質進行における二重の影響〕
- ・血液:
- ・『免疫系:〔味方と敵〕
- ⅰ)全身性炎症:
- ⅱ)身体運動の影響:
- ⅲ)主要なサイトカイン:
- ⅳ)遺伝的多様性:
- ⅴ)免疫系とクロストーク:
- ⅵ)好中球の役割:
- ⅶ)マクロファージの役割:
- ⅷ)骨髄由来抑制細胞(MDSC):
- ⅸ)T細胞の役割:
- ⅹ)免疫学的変化:
筋脂肪症(myosteatosis)[22][23] 予後のバイオマーカー
タンパク質合成↓、タンパク質分解↑、筋力低下↑、インスリン抵抗性↑、脂肪酸の酸化↑、ZIP14発現↑、亜鉛流入↑
Ca2+動員の増加、破骨細胞の活性化、溶骨性転移
神経炎症、摂食反応の変化、うつ、味覚・臭覚の減退
消耗、萎縮、神経支配の低下、エネルギー消費量の増加、心機能不全
脂肪喪失:脂肪分解の増大、脂肪酸の放出、褐変
エネルギー消費(非効率性)
糖新生↑、Cori cycle*↑、陽性急性期タンパク質の合成(CRPとα-フェトプロテインなど)↑、エネルギー損失↑
陰性急性期タンパク質合成(アルブミンなど)↓、PPAR-α依存的ケトン体産生↓、VLDL分泌↓、トリグリセライド搬出↓
グルコース代謝の変化,
*Cori cycle: 嫌気呼吸の過程において、赤血球や筋肉でグルコースから乳酸を作り、肝臓で乳酸からグルコースに戻すまでの経路のことである。
腸管吸収の変化、微生物叢の変化、腸管バリア機能不全、胆汁酸組成の変化、再吸収、グレリン産生の変化、吸収不良
外分泌膵機能障害(栄養素の吸収不良)、内分泌膵機能低下(インスリン産生低下)
貧血、血栓症のリスク増加
免疫系は、腫瘍塊と、脂肪組織、脳、肝臓、腸、心臓など悪液質の進行に直接関与するすべての組織や臓器を直接結びつけ、悪液質プロセスの中心的役割を果たす。
全身性炎症がCACの重要な要因である。これは、免疫細胞から放出される循環分子が骨格筋に直接影響を及ぼし [24]、中枢神経系の制御、食欲、エネルギー摂取と消費、インスリン抵抗性、性腺機能低下症など、骨格筋量を調整できるその他の全身性障害を誘発し起きる [24][25][26]。
運動が肺がん患者の筋肉のパフォーマンスを改善する可能性から、運動、免疫システム、腸内細菌叢の相互作用が実証された[27]。
腫瘍壊死因子-α(TNFα)は、主に骨格筋への直接的な異化作用により悪液質を引き起こすサイトカインである[28]。インターロイキン-1β(IL-1β)とIL-6も、動物モデルと患者の両方で悪液質表現型への関連が報告されている [29][30][31][32][33]。IL-1β媒介の神経炎症は、筋肉のタンパク質分解と脂肪分解の増加をもたらし、食欲不振と安静時エネルギー消費の増加につながる。骨格筋では、IL-6はプロテアソームとオートファジーのタンパク質分解経路を誘導し消耗につながる[34]。さらに、IL-6は脂肪組織、腸、肝臓をも標的にするなど、悪液質における中心的な役割が示されている[35][36]。個々の効果の他に、これらのサイトカインは協力して、収縮期心不全[37]、肝機能障害[38][39][40]、骨粗鬆症[41]、粘膜損傷、腸透過性[42]など、いくつかの病理学的メカニズムを引き起こす可能性がある。最近では、TNF 様アポトーシス誘導因子(TWEAK)、TNF 受容体(TNFR)関連因子 6 (TRAF6)、インターフェロン ガンマ(IFN-γ)、白血病抑制因子(LIF)などの他のサイトカインが、がん誘発性筋萎縮のメディエーターとして特定された[43][44][45][46]。
IL-1、IL-6、IL-10 遺伝子の一塩基多型は、消化器がんの悪液質と関連している[47]。これらの知見は、免疫の遺伝的変異が、同じがん種に罹患した患者が悪液質を発症する素因または発症しない素因の原因である可能性を示唆している。 これらのサイトカインが悪液質の中心的役割を担っていることが特定されたことで、それらを標的化した治療戦略や組織間のクロストーク研究が始まっている。
免疫系を含むさまざまな組織や臓器が果たす役割、および組織間の相互作用(クロストーク)の理解が、効果的な治療戦略の開発に不可欠である。
CACの進行におけるさまざまな白血球集団の役割についてはほとんどわかっていない。最近の論文からは、好中球の増加が腫瘍の成長初期に全身で見られ、好中球増多は腫瘍増殖時の早期の全身的イベントと考えられている。特に、早期の時点で肺と肝臓でも好中球の数が増加していることが報告されている[48]。本論文筆者のFerrara らは、悪液質表現型の開始前に脾臓のサイズの増加と脾臓好中球前駆細胞の数が多いことから、全身性好中球増多は脾臓に起因する可能性を示唆した。腫瘍担がんマウスでは、好中球の数だけでなく、代謝も影響を受け、代謝が全体的に増加し、解糖系への依存が高まっていた[49]。好中球の増加は、がんの進行中に全身の代謝恒常性を維持する適応反応の可能性も考えられる。
マクロファージは脂肪減少や筋肉消耗に関与し、CACの進行に役割を果たしている可能性が示唆される[49]。
胃がんや膵臓がん患者の腫瘍や、C26やLLCを持つマウスなどのCACのいくつかのマウスモデルでは、免疫抑制機能を持つ骨髄細胞の不均一な集団である骨髄由来抑制細胞(MDSC)の数が多いことが報告されている。腫瘍、骨髄腫瘍、骨髄、脾臓におけるMDSCの増殖は、体重減少やエネルギー代謝の調整と相関しているが、その根底にあるメカニズムはまだ解明されていない[50]。
T細胞が悪液質症候群にどの程度寄与しているかについても、ほとんどわかっていない。がん患者のT細胞、顆粒球/食細胞、CD3-CD4+細胞の総数と筋肉量の状態との間に正の相関関係があることが報告されており、遺伝子相関分析では、CD8+ T細胞の存在が筋肉異化における主要遺伝子の発現と負の相関関係を示した報告もある[51]。同様に、消化器がんの患者の小規模コホートでは、循環T細胞集団の頻度と筋力、パフォーマンス、および体重との間に有意な相関関係が報告された [51]。T細胞が筋肉消耗に寄与していることが示唆されており、特にCD8+T細胞が骨格筋の消耗と関与していた。がん性悪液質におけるT細胞サブポピュレーションの役割を完全に特徴付けるには、さらなる調査が必要である。
体重減少前に免疫系の変化が観察され、免疫学的因子がCACの早期検出のバイオマーカーとなる可能性がある。
免疫機能不全および全身性炎症に関連する骨格筋の代謝および分子変化は、体重減少前の患者で発生する可能性がある[24]。特に、腫瘍を有する前悪液質マウスでは、細胞性免疫のパラメータである接触過敏症の低下が報告され、体重減少に先立つ免疫系の機能不全の証拠となっている[52]。したがって、前悪液質マウスでは、胸腺や脾臓などの免疫関連臓器の重量が大幅に変化しており、胸腺重量が減少し、脾臓重量が増加している[53]。脾臓内のT細胞集団の存在量は劇的に減少する一方、IL-6などの悪液質に関連するサイトカインは、C26腫瘍細胞接種後3日目から時間依存的に一貫して増加する[53]。総合的に、これらの知見は、前悪液質段階で体重減少の前に免疫学的変化が観察されることを示し、免疫学的因子がCAC早期検出の有望なバイオマーカーの可能性がある。』
図7 多臓器症候群としてのがん悪液質
J Hematol Oncol 16, 54 (2023).より和訳引用
図7に「多臓器症候群としてのがん悪液質」を示した。CACに関連し、CACの影響を受けることが多い主要臓器の相互作用を示している。筋肉(中央)で起こるCACは、脂肪組織、脳、腸、心筋、免疫細胞などの他の臓器の変化に依存する。CACを誘発する腫瘍は、サイトカイン、PTHrP、その他のメディエーターなどの多くの因子を分泌して、筋肉の消耗を直接誘発するだけでなく、脳、心筋、腸、脂肪細胞組織などの他の臓器にも影響を及ぼし、CAC症候群を悪化させる[19][54][55]。
5.筋肉の同化および異化シグナル伝達
Ⅰ)CAC筋肉消耗における同化経路の変化
(資料[55]より和訳引用し要約)
『筋肉の消耗は、生理学的変化または異化活性の増加を特徴とする病理の結果であり、骨格筋量と筋力の進行性喪失につながる。全身性炎症と異化刺激の発現増加によりタンパク質合成の阻害と筋肉異化の促進につながる。
骨格筋は人体で最も豊富な組織で質量の30~40%を占める。骨格筋は体の動きを含む多くの生理機能の重要な調節因子であり、筋形成によって筋線維束が形成され高度に組織化された筋組織で構成されている[56][57][58]。
骨格筋量の維持は、同化経路と異化経路の恒常性に依存し、同化はタンパク質合成に関連しており、同化機構としては、mammalian target of rapamycin(mTOR), insulin and insulin-like Growth Factor1 (IGF1)-AKT, Bone morphogenetic protein (BMP)/Smad1/5/8. などのいくつかの重要な経路で構成されている。異化経路はタンパク質分解に関連しており、ubiquitin (Ub)-proteasome system (UPS), cell Autophagy/Lysosomal Pathway (ALP), および Ca2+-activated degradationが含まれる[57][59]。これらの経路間の不均衡は、筋肉量の減少と筋肉消耗状態につながる。
がんなどの慢性疾患によって引き起こされる筋代謝による同化経路と異化経路の不均衡は、筋肉の消耗に繋がる。同化経路では、タンパク質合成を増加させ筋肉の成長を刺激することにより細胞質にタンパク質や細胞小器官が蓄積する。増殖因子と栄養素はPI3K-AKT-mTOR経路を活性化し、その結果筋肉のタンパク質合成が増加する。さらに、MAPK (Mitogen-activated Protein Kinase; MAP キナーゼ)とSMAD 1/5/8活性化も蛋白質転写を誘導し、筋肉成長を導く。逆に、CACでは腫瘍および免疫細胞由来の炎症性サイトカインが転写因子NF-kB(nuclear factor-kappa B)の活性化を誘導し、UPSおよびALS(Autophagy-Lysosome System)の活性化を引き起こし、これが筋肉の消耗につながる。 さらに、アクチビンとミオスタチンはSMAD2/3をリン酸化するActRIIB(Activin type II receptor)に結合し、UPSを活性化する。グルココルチコイドおよびAngII(Angiotensin II)もそれぞれUPSおよびALS経路を活性化し、筋肉の消耗をもたらす。』
(シグナル伝達経路の詳細な図は参考文献[55]を参照)
Ⅱ)がん悪液質における主要な構成要素と脱調節されたシグナル伝達経路
(資料[55]より和訳引用し要約)
『CACにおける異化経路の変化:骨格筋の維持は、筋タンパク濃度を決定する動的な異化反応と同化反応のバランスに依存する[60]。骨格筋における異化経路は、タンパク質、細胞小器官、細胞質の損失により筋肉の損失を誘発し、細胞の縮小と筋萎縮を引き起こす[61]。 CACでは、骨格筋はタンパク質合成の低減とタンパク質分解/タンパク質分解の増加を受ける。これらの変化は、炎症性メディエーター遺伝子のアップレギュレーション、アンギオテンシンII (AngII)、IGF1、およびさまざまな受容体、タンパク質、キナーゼの発現異常を特徴とする細胞小器官の機能不全と関連している[62-73]。 骨格筋タンパク質の変化は、最終的にCAC発症による筋萎縮につながる。
5-Ⅱ-ⅰ)ミオスタチン/アクチビンA
TGF-βファミリーの一員であるミオスタチンは、筋細胞から分泌され、血液中を循環する[74][75][76]。ミオスタチンは、Akt/mTOR経路を抑制し、衛星細胞の数を減少させる筋肉成長の負の調節因子である[75]。アクチビンAの循環レベルは、がん細胞から分泌される。ミオスタチンとアクチビンAは、同じ受容体のアクチビンタイプ2受容体B(ActR2B)を共有する[77]。アクチビンAはCAC患者で上昇することが示されている[76][78]。さらに、ミオスタチン欠損マウスでは骨格筋量の増加がみられる[79]。ミオスタチン/アクチビンAはFOXOの発現をアップレギュレーションし、MuRF1およびMAFbx/Atrogin1の発現を介してタンパク質分解を引き起こす一方で、SMAD3の活性化を介してAkt/mTORシグナル伝達経路を抑制することでタンパク質合成を阻害する[74][80][81][82]。しかし、ミオスタチン/アクチビンAレベルは筋萎縮に対して逆効果が見られることがあるなど調査が望まれる。
5-Ⅱ-ⅱ)NF-κB経路
NF-κBの活性化は、筋萎縮発症における重要なイベントとしても特定されている[83]。TNF-αシグナル伝達に応答して、NF-κBは筋消耗に関与しており、その結果、筋細胞死が誘導され、IGF1同化経路を阻害する特定の転写制御が起こる[84][85]。CACでは、NF-κBはTNF -α活性化後の転写レベルで筋制御因子であるMyoDの発現も抑制する[86][87]。TNF-α経路に加えて、NF-κBは骨格筋タンパク質のタンパク質分解を活性化することでMuRF1発現の増加が示されている[88]。 NF-κBはiNOS/NO経路を介して骨格筋萎縮を促進することも多くの研究で報告されている[86][89][90]。臨床研究では、NF-κBは健康な患者と比較してCACおよび進行性NSCLC患者で高発現していることが判明した[69]。
5-Ⅱ-ⅲ)TNFα経路
骨格筋は、炎症性サイトカインなどの悪液質因子に対して著しく脆弱と考えられる[64] [84][90]。UPSの活性化は、通常、TNFα、IL-1β、IL-6、IFNγなどの炎症メディエーターの持続的な活性化、および炎症シグナル伝達経路に関与するいくつかの必須分子の異常発現を伴う[64][71][84][90]。TNF-αは、マクロファージおよび腫瘍細胞によって分泌される炎症因子であり、悪液質誘発性筋萎縮にも必須である[91][92]。TNF-αは、UPSにおけるユビキチン遺伝子の発現を誘導し、骨格筋の異化に直接影響する[84][93]。TNF-αシグナルはNF-κBの誘導に部分的に関与し、NF-κBはその後ユビキチン結合とiKbのプロテアソーム分解に関与する[84]。結果、TNF-αは骨格筋タンパク質のUPSに関与し、直接的および間接的に筋萎縮を引き起こす可能性がある。
5-Ⅱ-ⅳ)IL-6-JAK-STAT3シグナル伝達
STAT3シグナル伝達は、骨格筋幹細胞、筋線維、マクロファージなど、複数の種類の筋細胞で極めて重要な役割を果たす[94]。IFNγ、TNF-α、IL-6などのサイトカインの産生増加は、筋肉の消耗や悪液質に共通する特徴である[95]。 STAT3は筋肉の消耗に顕著に影響を及ぼし、特にIL-6/Janus Kinase(JAK)シグナル伝達に関連している[96]。IL-6/JAK/STAT3シグナル伝達は、炎症反応を調節することでCACの進行に重要な役割を果たす[63][97]。IL-6がその受容体に結合するとSTAT3のリン酸化が誘導され、骨格筋のタンパク質分解と筋肉の消耗につながる[63][98][99]。IL-6を介したIL3の活性化は、胃がんや乳がんの悪液質患者で観察されている[100]。STAT3はまた、IκBキナーゼ(IKK)/NF-κBシグナル伝達経路を活性化することでアポトーシスと筋萎縮を誘導する[89]。 STAT3の活性化はNF-κBの急速な核への移行を誘導し、NF-κBが一酸化窒素合成酵素(iNOS)プロモーターに結合してiNOS/一酸化窒素(NO)経路を活性化し、筋萎縮を誘導した[89]。STAT3のリン酸化はミオスタチン、MAFbx、およびMURF1の発現も増加させる。STAT3活性化に関連する関連シグナル伝達経路と下流ターゲットの特定は、今後検討されるべきである。
5-Ⅱ-ⅴ)代謝異常
CACの患者は、骨格筋ミトコンドリアの機能不全による代謝亢進を経験することが多い。このことは筋肉の消耗につながる[101]。ミトコンドリア代謝の調節不全がCACにおいて筋肉消耗に重要な役割を果たしていることが実証された[102][103]。CACの前臨床モデルでは、ミトコンドリアの動態、品質、機能の変化が筋萎縮を引き起こす可能性がある[102]。ミトコンドリア表面の増加、ミトコンドリア動態の障害(分裂の増加[Fis1]、融合の減少[Mfn1およびMfn2]、または生合成[PGC1α]を含む)、呼吸鎖複合体の減少、およびUCP2およびUCP3遺伝子発現の誘導などのミトコンドリア機能障害は、筋肉の減少と関連する[102]。ミトコンドリア機能障害は、異化刺激によるFOXO1/3の誘導とも関連する[104]。乳がん患者の骨格筋では、酸化的リン酸化とミトコンドリア機能障害を制御する標準的な経路の調節不全が観察されている。さらに、エネルギー代謝を制御するPPARシグナル伝達が減少し、β酸化の減少を介してミトコンドリア機能障害につながる。さらに、高齢の胃がん患者では、筋肉の減少はミトコンドリアタンパク質含量の減少とミトファジーの増加と関連している[68]。』
以上、「悪液質」の困難な実状Vol.18-1「悪液質」の実状を述べた。参考文献はVol.18-1とVol.18-2の重複例もあるため、Vol.18-2の最後尾に記した。
図1イラスト/菅原 智美
2025.03