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16-2. COVID-19診断検査:NAATs RT-PCRを中心に
はじめに
SARS-CoV-2は、曝露後数日でコロナウイルス症2019(COVID-19)を発症する。このため、COVID-19の診断検査は、特異性・高感度・迅速性が求められ、初期検査では陰性でも複数回の監視が必要である。さらにCOVID-19は発症前からSARS-CoV-2 を飛散させる特性をもつため、SARS-CoV-2の感染を確定するCOVID-19の診断検査は重要である。特にウイルスを飛散する無症候感染者および発症前状態期の感染者と非感染者とを区分する事は感染拡大の抑止という観点からも診断検査は重要な意義を持つ。さらに、免疫抑制下もしくは感染後重篤化が想定される病状・病態を有する者もしくは類似症状を呈する疾患群患者との鑑別診断はことさら重要である。
COVID-19診断には、疫学的病歴、検査室診断、ウイルス分離、血清学的同定、分子確認、および放射線学的診断などが行われる。COVID-19パンデミックについては、Helmyらの総論を参照いただきたい[1]。
通常、検査室診断としては、ウイルスの分子構成成分の存在を調べる分子検査として核酸増幅検査 (Nucleic acid Amplification Tests:NAATs) と免疫学的な抗原検査、さらに、過去の感染履歴の確認として抗体検査が実施されている。
検査の手技的課題や操作上の留意点については、既に多くのマニュアルが刊行されているので、これらの点については既刊書を参照いただき、本稿では遅きに失したが主にSARS-CoV-2のRT-PCR検査を主として、その根幹に潜む課題を提起する。
なお、本執筆での英文資料の和訳には、www.DeepL.com/Translator(無料版)とGoogle翻訳を活用した。
1.COVID-19:診断検査と意義
SARS-CoV-2の感染によるCOVID-19は、2019年暮れに検出された後、瞬く間に世界中に蔓延し、数年の間に連鎖的に変異株を派生しながら猛威をふるい、危機的なパンデミックに陥っている。世界保健機構(以下、WHO)の報告によると、2022年5月22日の時点で、世界中で 5億2,200万人以上の確定症例と600万人以上の死亡が報告されている[2]。
わが国では2022年7月に入り、第6波を遥かに凌ぐ新規感染者数の更新を記録しながら猛烈な勢いで第7波を形成している。
COVID-19の診断検査では、偽陰性は無防備な感染拡大を、擬陽性は被験者に無益な拘束を強いる。また、事例によっては高密度なウイルスとの接触機会を増やすなどの理不尽な結果をも招来する。
NAATsは、SARS-CoV-2の核酸を増幅し検出する、主として以下の方法があるが他にも多くの方法が活用されている。
PCR法
- ・RT-PCR::Reverse transcription polymerase chain reaction (逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)
等温増幅法
- ・NEAR:Nicking endonuclease amplification reaction (ニッキングエンドヌクアーゼ増幅反応)
- ・TMA:Transcription mediated amplification (転写媒介増幅)
- ・LAMP:Loop-mediated isothermal amplification (ループ媒介等温増幅)
- ・HAD:Helicase-dependent amplification (ヘリカーゼ依存増幅)
- ・CRISPR:Clustered regularly interspaced short palindromic repeats (クリスパー/キャスシステム)
- ・SDA:Strand displacement amplification (鎖置換増幅)
などがある。
RT-PCRは最も主要な測定法であるが、略称が十分には統一化されていないために誤記も見られる。PCRはDNAを増幅するがRNAは増幅できない。RNAを増幅するときは、まずRNAから逆転写酵素(Reverse Transcriptase)を用い、逆転写(Reverse Transcription:RT)により相補的DNA(cDNA: complementary DNA)を合成する。その後はcDNAに対して通常のPCRを展開する。これがRT-PCRである(RNA-PCRと呼ばれることもある)。
さらに分析機器と技術・試薬等の導入によりPCRによるDNA複製過程をリアルタイムに計測する技術が確立した(アガロースゲル類を使用したDNA産物の確認操作が省ける)。これが、リアルタイムPCR(Real-time PCR)である。リアルタイムPCRはPCRプロダクトをサイクル毎にモニターできるため、試薬と分析機器により検出を兼ねた定量が可能である。これが定量PCR(Quantitative PCR)である。
厄介なことに、このRTをReal-Timeの略号と勘違いし、RT-PCRをリアルタイムPCRと誤解されることがある。定量を表記する場合は小文字のqを用いqPCRと記述する。
このRTとPCRを組み合わせた手法はリアルタイムRT-PCRまたは定量的RT-PCRと記述し、qRT-PCR、rRT-PCR、RT-qPCRと略記されることが多い。単にRT-PCRやPCRが用いられることもある。 MIQE(Minimum Information for Publication of Quantitative Real-Time PCR Experiments)ガイドライン(www.rdml.org/miqe)はRT-qPCRを提案している。近年は、高精度に定量可能なデジタルPCR(digital PCR):dPCRも加わった。
COVID-19診断の分子試験としては、NAATs、デジタルポリメラーゼ連鎖反応(デジタルPCR)、マイクロアレイ分析、次世代シーケンシング、抗原検査がある。さらに他の検査としては、抗体検査、スニフテスト、イメージング、血清学(コラボスコア)テスト、呼気検査、SARS-CoV-2のプロテアーゼ活性を検出する機能アッセイなどがある。
さらに興味深いのは動物の臭気機能を活用した方法がある。訓練されたミツバチや犬は感染したサンプル中のウイルス代謝産物を数秒で検出できるという。
犬の臭覚による診断の評価では、2つの鼻咽頭スワブ(NPS)、1つの唾液および1つの汗サンプルを同時に収集し、参照標準として鼻咽頭RT-PCR、唾液RT-PCRおよび鼻咽頭抗原検査とを比較評価した。
結果:335人の外来成人(有症者143人、無症状者192人)を対象とした。全体として、鼻咽頭RT-PCRで陽性となったのは、症状のある参加者(78/143人)または無症状の参加者(31/192人)のいずれか109/335人であった。イヌの検出感度は,NPS RT-PCRと比較して全体で97%(95%CI(CI:信頼区間),92~99)、無症状者では100%(95%CI,89~100)にも達していた。特異度は91%(95%CI,72~91)であり,無症状者では94%(95%CI,90~97)に達した。イヌの検出感度は鼻咽頭抗原検査の感度より高かったが(97%CI:91~99対84%CI:74~90,p=0.006)、特異度は低かった(90%CI:84~95対97%CI:93~99,p=0.016)。
犬の嗅覚によるSARS-CoV-2感染の非侵襲的検出は、大量スクリーニングの状況における抗原性検査と同じ適応症に従って結果を非常に迅速に得る必要がある場合に、NPS RT-PCRに代わる1つの選択肢となり得ると結論付けている[3]。
COVID-19の様に新規出現した感染症診断では、臨床検体から病原体を特定することは極めて重要である。このためには感染からの検査期間、検体採取部位、検査手技、SARS-CoV-2のプライマー/プローブ部位における塩基変異等々の偽陰性化要因についても考慮すべきである。例えば、疫学的、臨床的および放射線学的証拠が陽性にもかかわらずPCR検査の結果が決定できず、すなわち陰性のため、COVID-19診断が制限される場合においては、別のPCR検査を併用しその結果が弱陽性以上であった場合は、ハイスループット配列解析(HTS)による確認法が有効と思われる[4]。このことは、いくつもの多様化したSARS-CoV-2の変異体が蔓延している今日では、ことさら意義を増している。しかし、これには人的対応、機器と経済的付加を伴うため全ての施設での即応は困難である。
当然ではあるが、このようなケースでは、検体中の増幅阻害の混入や検査法の欠陥、PCRプロダクトもしくはサンプル間での汚染なども十分考慮すべきである。
COVID-19および急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を有する人々は、上昇したC反応性タンパク質(CRP)、プロカルシトニン、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)、Dダイマー、およびフェリチンを含むCRSの古典的な血清バイオマーカーも参考となる。
2.COVID-19の分子生物学的診断法の課題
個人におけるCOVID-19の分子生物学的診断検査は、当初は綿棒サンプルを主体として展開してきたが、最近では検体採取者の安全確保と被験者の負担軽減、作業の効率化から唾液検体が増えている。綿棒サンプルは(長いQ-Tipと同様)、鼻または喉からサンプルを採取する。サンプルの種類は、前鼻孔(鼻)、中鼻甲介、鼻咽頭、中咽頭がある。綿棒でのサンプリングは、被験者がくしゃみを誘発しやすく、不快に感じるため、遠慮がちに採取すると最適部位に到達できない、もしくは擦過不足のため、ウイルス採取量が不足したサンプルとなりかねない。反面唾液サンプルは、チューブに唾を排出するだけのため被験者・検体採取者ともに負荷が無い。
感染後何日目に検査を受けるかによって偽陰性の確率は変わってくる。また、データはウイルスの変異体によっても変わることが想定されるし、後述するように検体採取部位によっても変わってくる。検査の予測値が曝露および症状の発症からの時間経過によりどのように変化するかを理解することは、陰性の検査結果によって、被験者および医療従事者ともに誤って安心することを避けるために重要である。また、曝露後当初の感染確認はRT-PCRの結果のみに頼ることなく臨床情報全般からも推察することが大切である。
Kucirkaらは、パンデミック初期の上気道からのサンプルを用いた以前の7つの研究結果を集約し、感染後の日別に偽陰性率を推定した。
図1 SARS-CoV-2感染後にRT-PCR検査結果が陰性となる確率(上段)およびRT-PCR検査結果が陰性後にSARS-CoV-2に感染している確率(下段)(曝露後日数別)
RT-PCR = 逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応、SARS-CoV-2 = 重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2型。
Kucirka LM, Lauer SA, et al. Ann Intern Med. 2020 Aug 18;173(4):262-267. doi: 10.7326/M20-1495. (Figure 2)を引用
図1に示した様に、典型的な症状発現時期(5日目)までの曝露から4日間で,感染者が偽陰性になる確率は,1日目の100%(95%CI,100%)から4日目の67%(CI,27~94%)に減少する。症状発現日の偽陰性率中央値は38%(CI, 18〜65%)であった。これは、8日目(症状発現の3日後)には20%(CI, 12〜30%)に減少し、その後、9日目の21%(CI, 13〜31%)から21日目の66%(CI, 54〜77%)と、再び増加の傾向が見られた[5]。これまで数回のSARS-CoV-2変異体による感染拡大が見られ、変異体によっては曝露から発症までの時間的近接が見られるため、現在の変異体では、若干の数値的差異が見られるものと思われる。
SARS-CoV-2は、コロナウイルス科、オルソコロナウイルス亜科、およびベータコロナウイルス属に属するエンベロープ、一本鎖、ポジティブセンスRNAウイルスである。ゲノムは29,903ヌクレオチドで、16個の非構造タンパク質(nsp1-nsp16)、8個の補助タンパク質(3a、3b、p6、7a、7b、8b、9bおよびorf14)、および4個の構造タンパク質(スパイク(S)、エンベロープ(E)、メンブレン(M)、ヌクレオカプシド(N))で構成されている[6]。
5'非翻訳領域(UTR)-レプリカーゼ複合体(オープンリーディングフレーム[ORF] 1ab)-構造タンパク質[スパイク(S)-エンベロープ(E)-メンブレン(M)-ヌクレオカプシド(N)]-3'UTRおよび非構造ORFの順に配置している[7]。
NAATsの標的遺伝子としては、E遺伝子、N遺伝子、S遺伝子、RdRpおよびORF1ab遺伝子領域が用いられている。
SARS-CoV-2は一本鎖RNAウイルスで、ゲノムは安定性が低いため変異が蓄積しやすい。SARS-CoV-2は、類縁のRNAウイルスと同様、複製する際にエラーを生じやすいRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)を用いて複製している[8]。しかし、コロナウイルスはエラーの校正機能を有する3‘~5’エキソリボヌクレアーゼをコードしているためエラー率は比較的低く、月に約1または2ヌクレオチドの低い配列多様性をもたらす[9]。推定される1年あたりの塩基置換率は、0.00084(塩基置換/塩基/年)であり、インフルエンザウイルスの塩基置換率の約1/6 - 1/2倍である[10]。
系統の多くはスパイクタンパク質の変異に見られ、共通変異としては、N501Y、D614G、E484KおよびL452Rなどを共有している。これらは、CDC当局によってVariant of Concern(VOC)とされている[11]。
SARS-CoV-2の急速な変異率と新しい変異体の出現により、変異部位によってはNAATsの機能低下をきたすことがある。特にウイルスは突然変異とまれに組換え体を生じる。この様にして生じた変異は、分子生物学的診断法では、指標領域(プライマー/プローブ)の塩基の置換、挿入、欠落などの変異に起因する塩基変異、塩基数、変異位置などにより特異性、測定感度などの反応性が影響を受ける[12]。
この様に、一本鎖RNAウイルスであるSARS-CoV-2も他の生物と同様に塩基配列の中の塩基が突然変異を起こす。これを「変異(mutant)」と呼び、これによりアミノ酸が変わりタンパク質の性質が変わったウイルスを「変異体(variant)または変異系統(lineage)や系統群(clade)」と呼ぶ。また、稀に同一人が同時に2種類の変異ウイルスに混合感染し、同じ細胞に入り込み、複製過程で2つの変異ウイルスのパーツが入れ替わる事が有る。これは「組換え(recombination)」と呼ぶ。例えば、オミクロン同士BA.1とBA.2間で起きた組換え体を「XE」と呼んでいる。
わが国からも、デルタ変異体とアルファ変異体の組換え体「XC」系統などが報告されている[13][14]。遺伝子組換え体は、進化過程でウイルス性病原体の特性を急速に変化させる可能性があるため注意深い観察が必要である。
SARS-CoV-2 は、これまで既にウイルスの感染性、伝染性、病原性に影響する突然変異を生じたいくつもの変異体が報告されている。
(ミスセンス変異表記の左のアルファベットは変異前の、右のアルファベットは変異後のアミノ酸の1文字表記で、中央の数字は、アミノ酸配列の何番目かを表す。)
〔変異体の表記法は、北里大学医学部 分子遺伝学 遺伝子変異の記述法:遺伝子変異の記述法 (kitasato-u.ac.jp)、遺伝子変異体の表記法 第1回、第2回、第3回):学会誌 (jst.go.jp)を参照。〕
遺伝子検査では検査の用途により、検査の条件設定を厳格化する場合と緩和する場合とがある。遺伝子検査は、特異性、感度、精度を限度上限に求め、プライマー/プローブのデザイン域も突然変異の発生が低く高度に保存された安定領域を検索し可能な限度までの特異性を求める。被検体の塩基構成がほぼ定まっているがんや遺伝性疾患検査および特定の感染症検査や細菌の同定検査では、PCR反応のアニーリング温度を高くするなど厳しい反応条件を設定し特異性を高める。他方、RNAウイルスなどの遺伝子検査では、対象遺伝子の突然変異の発生頻度が高く、かつ発生個所も予測できないため反応条件を過度に厳しく設定すると偽陰性例を生じやすく、また、緩め過ぎると擬陽性例が起きてくる。
特にプライマー/プローブ部位内に塩基変異が生じた場合、その発生位置や塩基変異数によっては致命的な結果を招く事が想定される。このため標的核酸領域、特にプライマー/プローブの配列変化を効率的に評価することは不可欠である。ウイルスゲノムの急速な変異と新しい変異体の出現によっては、測定条件の再検討や改変が必要となる。
このため、PCRの測定条件の設定後も、特にウイルスの地域特性や変異体出現などに注視し、プライマー/プローブ部位の塩基変異の監視には細心の注意が必要である。また、突然変異は、変異体集団だけでは無く、個々のウイルスにおいても発生する可能性があることを念頭に置くべきである。このためには、臨床症状と検査結果との乖離および検査における反応パターンの僅かな変化にも注視すべきである。
3.SARS-CoV-2:オミクロン変異体
COVID-19を引き起こすSARS-CoV-2を含むすべてのウイルスは、時間の経過とともに複製時に突然変異を重ねていく。ほとんどの変異はウイルスの特性に影響ないが、いくつかの変異は、ウイルスの伝播性、関連疾患の病状、ワクチン、治療薬、診断ツールなどのウイルス特性に影響する。未曽有の感染者数の増大を重ねるCOVID-19パンデミックでは変異体派生頻度が高い。3‘~5’エキソリボヌクレアーゼをコードしているにも関わらず、SARS-CoV-2オミクロン変異体は短期間に多数の変異を保持しつつさらに多くの変異体を派生している。短期間に突然変異、バリアント、系統、組換えと多くの遺伝子変異を積み重ねながら分化するSARS-CoV-2のネーミングと系統の追跡は困難を極める。WHOは変異株の公開討論を支援するため、SARS-CoV-2遺伝子系統の命名や追跡にパンデミック当初から運用され、確立された各システム、
GISAID systems[15]:(GISAID - gisaid.org)、Nextstrain systems[16]:(Nextstrain)、Pangolin nomenclature system[17]:(Cov-Lineages)は保持しながらもWHO Virus Evolution Expert Working Group(VEWG、現在のTechnical Advisory Group on SARS-CoV-2 Virus Evolution (TAG-VE))を立ち上げた。WHOが招集した専門家グループは協議の結果、懸念されるバリアント(VOC)/ 関心のあるバリアント(VOI)/ 監視中のバリアント(VUM)を、現時点では、ギリシャ語アルファベットの文字、すなわちアルファ、ベータ、ガンマ、デルタを使用することを推奨している。最初の症例(2019年12月)から同定されたSARS-CoV-2のゲノム配列を参照する場合は、「インデックスウイルス」を使用する。
現在、SARS-CoV-2変異体がWHOによって懸念されるバリアント(VOC)として、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、およびオミクロンの5つの変異体が注視されている。COVID-19を引き起こすSARS-CoV-2の懸念バリアント(VOC)という用語は、スパイクタンパク質受容体結合ドメイン(RBD)の変異がRBD-hACE2複合体(遺伝子データ)における結合親和性(例えば、N501Y)を実質的に増加させる一方で、ヒト集団における急速な拡散(疫学的データ)にも関連しているウイルスの変異に使用されるカテゴリーである[18]。
現在、最も関心を集めているオミクロン変異体は、
WHO Label:Omicron , Pango Lineage:B.1.1.529 , Nextstrain clade:21Kと表記する。
オミクロンの変種は、BA.1、BA.1.1、BA.2、BA.3の4つの亜系統に分かれていると考えられている[19]。興味深いことに4つの系統はすべて、ほぼ同時期に南アフリカで発見された。
オミクロン変異体は、26〜32個のアミノ酸置換、欠失、および挿入を含む50以上の変異を持つ[19]。オミクロン変異体のBA.1には39、BA.1.1には40、BA.2には31、BA.3には34の変異があり、そのうち21の変異が4変異体すべてに共有されている。スパイクタンパク質は、少なくとも30個のアミノ酸置換、3個の小さな欠失、および1個の小さな挿入によって特徴付けられる。注目すべきことに、30個のアミノ酸置換のうち15個がRBDにある。他のゲノム領域にも多くの変化および欠失が見られる。
オミクロンのRBDおよびサブバリアントには11の一般的な変異が見られる。また、病原性解析では、オミクロンとそのサブバリアントにおけるY505H、N786K、T95I、N211I、N856K、およびV213R変異が有害であると予測されている[4]。
武漢-Hu-1(WT)は1273個のアミノ酸を有し、オミクロンのBA.1、BA.1.1、およびBA.2は1270個を、BA.3は1267個のアミノ酸を有する。
図2 オミクロン(BA.1)とオミクロンサブバリアント(BA1.1、BA.2、BA.3)のスパイクタンパク質変異を4方向ベン図で比較した。受容体結合ドメイン(319-541残基)は太字で表示。Delは欠失、insは挿入を表す。
Journal of Medical Virology, First published, 2022 June 9. doi: (10.1002/jmv.27927) (Figure 1)を引用
図2に示したように、オミクロン系統の変異の比較によりユニークな共通の共有変異が見られる。オミクロンとWTによるサブバリアントの多重アラインメントおよび4方向ベン図から(図2)、BA.1に39個の変異、BA.1.1に40個の変異、BA.2に31個の変異、BA.3に34個の変異の同定が推測される。オミクロンとそのサブバリアントの4方向比較のうち、BA.1.1は1つのユニークな変異R346Kを有し、BA.2は8つのユニークな変異T19I、L24del(欠失)、P25del、P26del、A27S、V213G、T376A、およびR408Sを有し、BA.3はR216delの1つのユニークな変異を有していた。
スパイクタンパク質における主要なアミノ酸置換(太字はRBD(残基319~541)置換):A67V, del69-70, T95I, del142-144, Y145D, del211, L212I, ins214EPE, G339D, S371L, S373P, S375F, K417N, N440K, G446S, S477N, T478K, E484A, Q493R, G496S, Q498R, N501Y, Y505H, T547K, D614G, H655Y, N679K, P681H, N764K, D796Y, N856K, Q954H, N969K, L981F
オミクロン系統(BA.1、BA.1.1、BA.2、BA.3、4亜系統)の変異の比較および共有変異-(多重アラインメントおよび4方向ベン図(図2)より)
BA.1-BA.1.1(8):A67V, ins214EPE, R216E, S371L, G496S, T547K, N856K, L981F
BA.1.1(1) :R346K
BA.2(8) :T19I, L24del, P25del, P26del, A27S, V213G, T376A, R408S
BA.3(1) :R214del
BA.2-BA3(2) :S371L, D405L
BA.1-BA.1.1-BA.3(10):H69del, V70del, V143del, Y144del, Y145del, N211I, L212V, V213R,
G446S,
BA.1-BA.2-BA.3(21):G142D, G339D, S373P, S375F, K417N, N440K, S477N, T478K, E484A, Q493R, Q498R, N501Y, Y505H, D614G, H655Y, N679K, P681H,
N764K, D796Y, Q954H, N969K, T95I,
N501Yはアンジオテンシン変換酵素2受容体(ACE2受容体)への結合を増加させ伝達を増加させる可能性があり、N501YとQ498Rの組み合わせは結合親和性をさらに増加させる可能性がある。
H655Yはフューリン切断部位に近位にあり、スパイク切断を増加させる可能性があり、これも伝達を助けることができる。
N679Kは、フューリン切断部位の多塩基性に近位で付加的であり、スパイク切断を増加させる可能性があるため、伝達を助けることができる。
P681Hはスパイク切断を増強することが示されており、これも伝達を助けることができる。この変異はアルファに見出され、この位置の代替変異(P681R)はデルタに見られる。
オミクロン変異体は図3に示したように瞬く間に分化、派生し、BA.2.12.1、BA.4/BA.5、BA.2.75、組換え体XEなども検出され、今後の流行が懸念されている[20]。
図3 新型コロナウイルス分岐群の模式図
nextstrain / ncov-clades-schema / https://ncov-clades-schema.vercel.app/を引用
BA.2.12.1の特定の突然変異:L452Q, S704L
BA.4/BA.5の特定の突然変異:Del69-70, L452R, F486V, R493Q
BA.4/BA.5はBA.2から派生し、類似性の高い変異体でいずれも南アフリカで、BA.2.75はインドで発見された。
R493Qは復帰変異である(BA.2では、Q493Rであった)。
BA.1.1 は BA.1 の下位系統であるため、オミクロン BA.1 に含まれる[19]。
4.突然変異による塩基変異とアミノ酸変異
これまでSARS-CoV-2で経験した変異体の発生はアルファ(B.1.1.7)、ベータ(B.1.351)、ガンマ(P.1)、デルタ(B.1.617.2)、およびオミクロン(B.1.1.529))など、多様な変異体が生じている。変異体は、遺伝子突然変異による塩基変異に起因するが感染性、伝染性および病原性の観点から、ミスセンス突然変異が重要視される。特にスパイクタンパク質のアミノ酸変異は感染性上から重要となる。しかし、生じる遺伝子突然変異はミスセンス突然変異だけでは無く、塩基変異は起きてもアミノ酸の表現型は変わらないケースもある。RT-PCR検査などのNAATsではアミノ酸の変化は重要であるが、直接的には塩基が変わることが重要となる。
『突然変異(mutation)とは、生物やウイルスがもつ遺伝物質の質的・量的変化。及び、その変化によって生じる状態。(出典:ウィキペディア(Wikipedia):突然変異より引用)』をいう。
生じる遺伝物質の変異は1塩基だけでは無く数塩基に及ぶこともある。さらに塩基変異も置換、挿入、欠失、修飾および組換えなど多岐の形態をともなう。塩基変異は、生じた箇所および塩基変異の形態により表現型が変化する変異と単に1塩基の置換のみに終始する場合に分かれる。同じ点変異でも、コドンの1番目のコードに変異が起きた場合と2,3番目のコードに起きた場合とで異なってくる。しかし、メチオニンやトリプトファンの様に1コドンのみのアミノ酸では、コード位とは関係なく1塩基の置換で表現型が変わる。この様に、塩基変異は、発生位置、形態により点突然変異、ミスセンス突然変異、ナンセンス突然変異、フレームシフト突然変異を生じる。表現型に変異が生じた個体は突然変異体と呼ばれ、突然変異は蓄積し、複製体へ継承される。
一般的にSARS-CoV-2の変異体は、N501Y、del157/158(Δ157/158)、ins215EPEなど変異アミノ酸の表現型を表記することが多い。変異体の感染性、伝染性および病原性を考慮した場合、表現型のアミノ酸は臨床的に重要であるが、NAATsの観点からは前述のように塩基変異を的確に周知する必要がある。しかし、変異個所がプライマー/プローブ部位でなければ塩基変異は増幅反応の進行には問題とならない。プライマー間の変異は、PCR 増幅産物をプローブとのハイブリダイゼーション、増幅産物のサイズ、熱変性曲線を計測し標的物かを推定し検証する。
プライマー/プローブ部位に変異や組換えが起きると、RT-qPCRプライマーはウイルス配列を効率的に増幅することができず感度を低下させる可能性がある。SARS-CoV-2を標的とするRT-qPCRアッセイはプライマー設計の点で、特に多くの課題を抱えている。プライマーは、RT-qPCR アッセイの重要な要素である[21]。
5.SARS-CoV-2構造:診断検査部位
SARS-CoV-2の構造は、構造タンパク質(SP)と非構造タンパク質(NSP)の2つのタンパク質群からなる。SPは、エンベロープ(E)、メンブレン(M)、スパイク(S)、ヌクレオカプシド(N)遺伝子を含む4つの遺伝子によってコードされている[22]。
NSPは、主にウイルス複製およびメチル化において役割を果たし、感染に対する宿主応答を誘導し得る酵素または機能性タンパク質である。これらの遺伝子は、いくつかのグループ、すなわちORF1a(NSP1−11)、ORF1b(NSP12−16)、ORF3a、ORF6、ORF7a、ORF7b、ORF8およびORF10にコードされる。
パンデミック初期にNAATsの標的遺伝子として用いられた、ORF 1ab、E、およびN遺伝子は、ベータコロナウイルスの亜属であるサルベコウイルスの間で高度に保存されている。ORF 1ab上に位置するRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp;nsp12)は、RNA合成において重要な役割を果たしている[23][24]。急速な突然変異と組換えの特徴を持つ [25]、その結果、保存領域(ORF1ab、E、およびN遺伝子)は通常、プライマー/プローブ設計のための標準的な標的遺伝子として選択される[26]。現在ヒトに感染することが知られている6つの既知のコロナウイルス(HCoV-229E、HCoV-NL63、HCoV-HKU1、HCoV-OC43、MERS-CoV、およびSARS-CoV)の遺伝子配列が公開されており、利用可能なゲノム情報に基づいてプライマー/プローブを設計することができる。
6.RT-PCRの機構とプライマー部位のミスマッチの存在
パンデミック当初のデータでKhanら(2020年)は、ウイルスゲノムのプライマー/プローブ標的領域内の配列変動性の評価を、世界中から集めた17,000以上のウイルス配列を用いて行った。この解析では、研究した27のアッセイのうち7つのアッセイのプライマー/プローブ結合領域に、変異/ミスマッチの存在が見られた。SARS-CoV-2のPCR診断アッセイのインシリコ包括性評価のバイオインフォマティクスアプローチには、任意の診断アッセイに適用可能なソフトウェアプログラムを使用し、診断用PCRアッセイとコロナウイルスSARS-CoV-2ゲノムのミスマッチの有無について調査した[27]。SARS-CoV-2はCOVID-19パンデミックの原因であり、RT-PCRが患者検体からの診断の標準法であり、極めて重要な調査であった。本研究では、WHOが推奨するものを含め、公表されている診断用PCRアッセイについて、公開されているウイルス配列とのミスマッチを評価した。これらの知見は、臨床医、検査室専門家、政策立案者にとって重要な情報を提供した[27]。本稿では各論的詳細には触れないが、その後も、多くの研究者が多種のプライマー/プローブ部位のミスマッチの存在と反応性について報告している。
7.RT-PCR診断検査における偽陰性、擬陽性化要因
RT-PCR診断検査はいずれも、被験者の検体採取部位、感染後の経過時間、感染変異体の特質、さらには検査作業のミス、検査法の特性、検査室の構造・規格、担当者の熟練度など、結果に影響を及ぼしかねない多くの要因を含んでいる。これらはウイルス本体の感染部位への移行などCOVID-19の謎多き病態に起因するのかもしれない。さらにこれらの要因に、プライマー/プローブ部位に塩基変異が加わると影響は増大する可能性がある。さらに、今回のパンデミックのように、連日の膨大な検査数、資材の枯渇状態下では、NAATsで最も重要な陰性コントロール数への充分な配慮を見失いがちになりかねない。もちろん、実務の臨床検査スタッフの長期に渡る激務とご心労には敬意を表したい。
RT-PCRによる臨床サンプルの感度は、鼻腔スワブで63%、咽頭スワブで32%、便で48%、痰で72~75%、気管支肺胞洗浄で93~95%と報告されている[28]。食品医薬品局FDA)は、SARS-CoV-2検査を担当する臨床検査スタッフおよび医療従事者に対し、以下の点に注意するように勧告している[29]。
- 『・SARS-CoV-2の遺伝子変異は定期的に発生し、検査結果に偽陰性が生じる可能性がある。
- ・陰性結果は、臨床的観察、患者の病歴、疫学的情報と合わせて考慮すること。
- ・検査結果が陰性でもCOVID-19が疑われる場合は、EUA認可またはFDA認可の別の分子診断検査(異なる遺伝子標的を持つ)で再検査すること。
- ・検査性能は特定の変異体によって影響を受けることがある。
- ・単一の標的を持つ検査は、ウイルスの変異による性能の変化の影響を受けやすい、つまり新しい変異体を検出できない可能性が高くなる。
- ・複数のターゲットを持つ検査は、新しい変異体が出現しても、検査のラベルに記載された通りの性能を維持する可能性が高い。マルチターゲットとは、SARS-CoV-2ゲノムの複数のセクション、または抗原検査の場合はSARS-CoV-2を構成するタンパク質の複数のセクションを検出するように設計されている分子検査であることを意味する。
- 資料[29]を引用』EUA:Emergency Use Authorization (緊急使用許可)。
さらにFDAは、検査法各論についても以下の例のようにコメントしている。
オミクロンバリアント:分子生物学的検査への影響(2021年12月22日現在)
FDAのこれまでの分析により、オミクロンバリアントにより性能に影響を受ける可能性のあるEUA認可の分子検査が特定された。これらの検査は、以下のように、オミクロンバリアントを検出できないと想定されるものと、特定の遺伝子脱落検出パターンでオミクロンバリアントを検出できると想定される2群に分けられる。
SARS-CoV-2 オミクロンバリアントの検出が期待できない検査項目(2021/12/27現在) FDAはこれらの検査がオミクロンバリアントを検出できないという問題が解決されるまで、以下の検査を使用しないよう推奨する。----以下に各々を列記する----
『例1)Revogene SARS-CoV-2
テスト名:Revogene SARS-CoV-2
製造元:Meridian Bioscience, Inc.
FDAの分析 この検査は、N-geneの28370-28362位の9塩基の欠失により、SARS-CoV-2 オミクロンバリアント(B.1.1.529)の検出に失敗すると想定される。この検査の単一遺伝的標的は、N-遺伝子の欠失が生じた部分を覆っている。
潜在的な影響 この検査は単一標的であるため、SARS-CoV-2 オミクロンバリアント検出できず、オミクロンバリアントを持つ患者の結果が偽陰性となることが想定される。この9塩基の欠失はオミクロンバリアントに特異的であると思われる。したがって、最初のバイオインフォマティクス解析によれば、この検査の性能は他の既知のSARS-CoV-2バリアントに対しては影響しないと想定される。
注意事項 FDAは、Meridian Bioscience, Inc.がこの検査をまだ配布しておらず、この問題が解決されるまで米国内外でこの検査を配布するつもりがないことを理解している。FDAは引き続き追加情報を収集し、製造元と協力してこの問題に対処していく。
例2)DTPM COVID-19 RT-PCR テスト
テスト名:DTPM COVID-19 RT-PCR テスト
製造元:タイドラボラトリーズLLC
FDAの分析 この検査は現在、SARS-CoV-2 オミクロンバリアント(B.1.1.529)を検出することが期待されている。当初の検査は単一標的検査であり、単一標的がカバーするN遺伝子の一部である28370-28362位の9塩基の欠失により、SARS-CoV-2 オミクロンバリアント(B.1.1.529)を検出できないと想定された。この検査は改変され、現在ではオミクロンバリアントを検出するためのリバースプライマーを追加したマルチプレックス検査となっている。
潜在的な影響 この検査はSARS-CoV-2 オミクロンバリアント(B.1.1.529)を検出するように変更された。
注意事項 バイオインフォマティクス解析により、デルタバリアント配列と同様に、オミクロンバリアント配列と100%一致することが証明された。また、初期検査において、オミクロンバリアントの検出が可能であることが確認されている。2021年12月22日に再発行されたEUAの条件として、追加の臨床検査が進行中である。資料[29]を引用』
これらの検査を使用する臨床検査スタッフ及び医療従事者への推奨事項
- 『・これらの検査を使用する場合、標的の失敗や遺伝子脱落の検出パターン(1つの遺伝子標的で感度が低下する)は、オミクロンの変異体の一部のサンプルに見られるものを含む特定の変異と一致していることに注意すること。検査機関が検査結果を提供する際に遺伝子ドロップアウトの検出パターンを報告する場合、そのパターンが何を意味するのか、あるいは意味しないのかを説明することを検査機関に勧める。
- ・遺伝子ドロップアウトは、他の変異型における異なる突然変異によって起こるかもしれず、オミクロンの変異型に特異的でないかもしれない。また、遺伝子の標的の感受性のため、標的領域に変異がなくても遺伝子ドロップアウトが観察されることがある。したがって、遺伝子脱落の検出パターンの存在は、オミクロンバリアントの存在を確定的に確認するものではない。
- ・遺伝子ドロップアウトの検出パターンの存在は、その検体におけるバリアントの特徴を明らかにするためにシーケンシングを検討すべきことを示す。
- ・N遺伝子およびS遺伝子のドロップアウトは、通常、デルタバリアントでは観察されない。遺伝子ドロップアウトの検出パターンがある検体は、オミクロンバリアントである可能性があり、配列決定の確認を優先させる必要がある。
- ・遺伝子ドロップアウトの検出パターンが確認された場合、迅速な全ゲノム配列決定サービスを利用できる検査機関は、遺伝子配列決定で検体をさらに特徴付けることを検討するべきである。そのようなサービスが容易に利用できない場合は、追加情報を得るために疾病対策予防センター(EOCevent177@cdc.gov)に連絡を取ることを検討すべきである。
- 資料[29]を引用』
8.COVID-19核酸診断検査向上への試み
- ⅰ)マルチプレックスアッセイ
- SARS-CoV-2の様に塩基変異の出現が多いウイルスの遺伝子検査では、標的部位が単独の場合、プライマー/プローブ部位に塩基変異が生じると検出に影響を受けることがある。このような場合の回避対策として、同一反応試験管内でSARS-CoV-2の別の複数の標的遺伝子を同時に増幅するマルチプレックスPCRがある。マルチプレックスアッセイでは、さらにヒト細胞の標的遺伝子を加え、検体中に含まれるヒト細胞の採集評価も可能となる。現在では、市販のウイルス感染症の増幅試薬の多くにマルチプレックスアッセイが導入されている。
当初、マルチプレックスアッセイは、高感度で特異的なアッセイは困難との評価が強調されていた。これは、マルチプレックスPCRを例とした場合、複数のプライマーペアが存在すると、主にプライマーダイマーの形成のために、偽の増幅産物を得る機会が増えるためである[30]。
これらの非特異的生成物は、標的遺伝子よりも効率的に増幅され、デオキシリボヌクレオシド三リン酸(dNTP)などの必須反応成分を消費し、アニーリングおよび伸長の速度を損なっていた。このため、マルチプレックスPCRの最適化では、感度や特異性の低さ、および特定の標的遺伝子の優先増幅など、非特異的な相互作用因子を最小化または低減することが指標とされた。プライマーについても、プライマー設計の一般的なパラメータを満たすものの中でも、選択されたプライマーペアの性能特性を予測する手段が無いために、複数のプライマーペアをテストする場合、経験的テストと試行錯誤のアプローチを使用することが多い[31]。ただし、プライマーと標的核酸配列との相同性、長さ、GC含量、およびそれらの濃度などのプライマー設計パラメータには特に注意が必要である[32][33][34][35][36][37]。
理想的には、マルチプレックスPCRのすべてのプライマーペアは、それぞれのターゲットに対して同様の増幅効率を可能にする必要がある。これは、ほぼ同一の最適アニーリング温度(プライマー長が18~30bp以上、GC含量35~60%が望ましい)に設定したプライマーの利用が望ましい。最適なPCR反応速度を妨げる要因としては、増幅酵素の選択、試薬濃度の最適化、設計が不十分なプライマー、最適でないバッファー成分、アニーリング温度などがある。特異的プライマーと標的ハイブリッドの伸長速度は、増幅酵素の活性、デオキシリボヌクレオシド三リン酸(dNTP)などの必須成分の利用可能性、および標的DNAの性質に依存する。このため、PCR性能の改善の大部分は、アニーリングもしくは伸長速度に影響を及ぼす因子を中心として改変された。
しかし、この根幹をなすものとしては、オリゴヌクレオチドプライマーの経験的選択とホットスタートベースのPCR方法論の使用である。この結果、感度と特異性を高め、自動化を促進するためのこれらの進歩は、感染性病原体、特にウイルス核酸を標的とする診断におけるマルチプレックスPCRの適用につながってきた。近年では、マルチプレックスPCRの合理性評価が高まり、遺伝子欠失解析、変異・多型解析、定量解析、RNA検出など、核酸診断の多くの分野で適用されてきた。ウイルスを検出するためのマルチプレックスPCRの原理、最適化、適用についてはElnifroらのレビューがある[38]。 - ⅱ)SARS-CoV-2の参照配列および縮重プライマー
- 『縮退(degeneracy、縮重とも言う)とは量子物理学において、2つ以上の異なったエネルギー固有状態が同じエネルギー準位をとること。出典:ウィキペディア(Wikipedia)』
ウイルスが変異や組換えを発生すると、初期のゲノムデータから設計された既存のRT-qPCRプライマーでは感度が低下しウイルス感染を効果的に診断することが困難となるケースが生じる。この時の一助となる手法として縮重プライマーの導入がある。
Liらは、縮重プライマー/プローブを含めたプライマー/プローブを系統的かつ合理的に設計する方法および感度と特異性の改善法についてレビューしている[39]。
縮重プライマーは、標的配列が未知、またはばらつきがある場合に標的配列をアミノ酸配列から推測して応用する、もしくは、バリアントプライマーが複数の配列を同時に増幅することにより、複数の遺伝子型にまたがる標的配列を増幅できる。
パンデミック初期の研究ですでに5種類のSARS-CoV-2ハプロタイプが検出され、活発な遺伝子組み換えが起きていることが示された[40]。変異領域は、RT-qPCRの検出精度を低下させる可能性がある[41]。
このようなウイルスのプライマー/プローブ部位の変異に対応するには、縮重プライマー/プローブを設計することが有効である。そのために縮重プライマー設計には、指標とする多様な変異集団を網羅すべく、より多くの参照配列データの分析が必要である。 プライマーには、通常のプライマーと退化したプライマーがある。縮重プライマーの設計には参照配列のセットが必要である。通常のプライマーが合成された場合、PCR反応にはフォワードプライマーとリバースプライマーの2つの集団だけが存在するが、縮重プライマーを合成した場合、複数のフォワードプライマーとリバースプライマーが存在する可能性がある。高効率な縮重プライマーを設計するための良い原則は、縮重の限界値を最大64(混合プライマー内の異なる配列の数)に設定することである。縮重プライマーは、各位置に2つ以上の変異を持つB(C/G/T), D(A/G/T), H(A/C/T), V(A/C/G), N(G/A/T/C)、もしくは、各位置に2つの変異を持つ R(A/G), Y(C/T), S(C/G), W(A/T), K(G/T), 及び M(A/C)が用いられる [42]。SARS-CoV-2のRT-PCRで、Germanyから報告されたRdRp geneのプライマー/プローブも縮重プライマー/プローブを応用している。例として図4に示した[43]。 - ⅲ)プライマー:遺伝子の選択、反応条件および設計戦略
- SARS-CoV-2のパンデミック勃発当初は、十分なゲノムシーケンスが解析されていない時期だったため、近縁のコロナウイルスの保存領域を用いてプライマーはデザインされた。N遺伝子(Nタンパク質)、Orf1b遺伝子(ヒトRNAポリメラーゼタンパク質)、およびE遺伝子(Eタンパク質)を含む3つの主要な遺伝子がSARS-CoV-2ウイルス検出の標的とされた。
この中で、構造タンパク質エンベロープ(E)遺伝子の保存領域は、E遺伝子アッセイに適用され、第一選択スクリーニングアッセイとされた。Cormanらによって研究された、SARS-CoV-2の参照E遺伝子(MN908947·)および SARS(NC_004718)配列をヌクレオチドBLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/)によるアラインメント結果を図5に例示した[42]。
図5 参照の配列アライメント(MN908947·)およびSARS (NC_004718)シーケンス。赤色はミスマッチ位置を示し、ピンク色はCormanらによる研究におけるリバースプライマーおよびフォワードプライマーの相補配列を示す。(39)
Li D, Zhang J, Li J. 2020 Jun 1, 10(16), 7150-7162. doi: 10.7150/thno.47649.(Figure 2)を引用
Cormanらは同論文において、N遺伝子およびRdRpのプライマー/プローブセットも報告した[43]。E遺伝子を標的とするプライマーの位置をピンクのテキストで、不一致箇所を赤のテキストで示した。Cormanらは、SARS-CoV-2とSARS-CoVの両方を検出できるように、完全一致位置のフォワードプライマーとリバースプライマーを選択した。E遺伝子を標的とする特異的プライマー/プローブを設計する際には、ミスマッチ位置を考慮する必要がある。SARS-CoV-2参照配列間のE遺伝子のアラインメントから(MN908947 ·)SARS-CoV(NC_004718)は、94%の相同性が見られた。同時に記載されたE遺伝子プライマー/プローブセットは、N遺伝子およびRdRpのプライマー/プローブセットよりも感度が高いことが検証された [44]。
その後、シーケンスデータが蓄積されORF1ab/RdRp、E、N、およびS遺伝子は、RT-qPCR法によるSARS-CoV-2検出に最も頻繁に使用される標的となった[45]。
SARS-CoV-2のE遺伝子長(228)と比較して、S(3,822)、ORF1ab(21,290)およびN(1,260)の遺伝子長は長いため、1つの標的遺伝子に対して、プライマー/プローブが設計できる領域が多数存在する可能性があり、さらに、塩基変異の発生個所も多くなることが想定される。ORF 1abおよびN遺伝子領域は、通常、確認的試験の標的に選択された。標的遺伝子、設計されたプライマー/プローブについてこれまで多くの検証成績が報告されたが、多様なバリアントや多くの塩基変異を生じたことにより、当初のプライマー/プローブ機能も変わった可能性が高い[46]。
当初、ORF 1ab(中国)、2019-nCoV_N2(米国)、およびNIID_2019-nCOV_N(日本)セットの適切な組み合わせを選択して、SARS-CoV-2の高感度で信頼性の高い実験室での確認を行う必要があった。Cormanらによって記載されたE遺伝子プライマー/プローブセットとCDCによって開発されたN2セットなどが推奨された。しかし、バリアントの出現、複数バリアント株の混合流行への対応には適宜臨機応変な検証が求められる。これまでも最適gene、特異性、感度などに関した多くの検証と評価が報告されている[47][48][49][50][51][52][53]。
プライマーの観点から、RT-qPCRの感度を向上させる主な方法は、プライマー濃度、縮重プライマー、マルチターゲット検出の3つがある。まず、プローブベースのアッセイのためのプライマー濃度は300-900nMである[54]。全ての試験のプライマー濃度をこの範囲内とし、プライマーの濃度を適宜高めれば、RT-qPCRの感度が向上し得る。例えば、Vijgenらは、プライマー濃度が反応あたり400nmまで増加すれば、アッセイの感度を改善できることを見出した[55]。感度に加えて、特異性はプライマーおよびプローブを考慮する際の重要な指標である。交差反応性があるかどうかは、特異性を評価する上で重要な側面である。共感染の割合は、感度の欠如またはウイルス検出技術の限界のために過小評価されてきた[56]。共感染が発生する可能性があるため、別の呼吸器病原体(ウイルス、細菌、真菌など)が見つかったかどうかにかかわらず、疑いのある症例定義を満たすすべての患者についてCOVID-19の検査をする必要がある。
PCR反応は多くの要因の影響を受けるが、その大部分はプライマー設計の品質に関係するものである。理想とする概要は、プライマーは16~28ヌクレオチドの間とし、融解温度(Tm)は50~62℃の間(GC含量による)が望ましく、プライマーのGC含量は45〜55%が好ましい。さらに、フォワードプライマーとリバースプライマーのGC含量およびTm値を近づけることが望ましく、2つのプライマーのTm値の差は5℃[57]以下が好ましい。アニーリング温度はTmの低い方のプライマーよりも5℃低いことが好ましい。
縮重プライマーでは標的部位の塩基配列が変動するため、特定のプライマーに設定しても良いが、アニーリング温度を50~55℃の間に設定した方が良い結果が得られやすい。 プライマーやプローブの機能を定期的に検証することの意義が強調されている[58]。塩基変異の高いコロナウイルス遺伝子を増幅する場合、1〜2個のミスマッチを許容するための対応として、融解温度が60℃を超えるプライマーやプローブを設計し、アニーリング温度を55℃にしてアッセイすれば、偽陰性の低減化を図れる可能性がある。
さらに、プライマーの5‘末端と3’末端とは異なる役割を持つ。特に3‘末端のマッチングはPCRの増幅効率に重要である。ミスマッチの影響はプライマーの塩基構成やミスマッチの塩基数および試薬組成などによっても異なるが、一般的には3’末端から数えて8塩基目付近までは単独塩基のミスマッチでも何らかの増幅効率の影響を受けやすい。ミスマッチに伴う影響の度合いは、各反応系について実験にて検証すべきである。また、ミスマッチによる増幅効率の度合いはPCRのみならずNAATs全般においても影響を受けるがその度合いとパターンは異なる。NAATsの中でもPCRに関しての検証データは多い[59][60][61][62][63]。
プライマー設計において、効率的なPCR反応の増幅に3’末端の最後の5塩基は特に重要で、最後の5塩基には3つ以下のG/C残基を含め、GGGやCCCなど3連続したG / C残基で終えないようにする。同じ増幅系内の複数プライマーのペアはまた、プライマーダイマー形成の確率が高まることがある。これはOligo7などの関連ソフトウェアによっても予測できる[64]。プライマーの塩基はランダムに分布している事が望ましいが、実際は必ずしも標的部位が理想的構成とは限らない。また、プライマーダイマー形成の防止策としては、以前の研究でも報告されているように[65]、最後から2番目の塩基を2'-O-メチル塩基で修飾することによって防止することができる[66]。
- ⅳ) RT-PCRにおけるプライマー/プローブ:ループ構造を回避
- プライマー/プローブセットは、ループ構造を避けるためにステム構造上の保存された配列から選択することを推奨する[67]。
『ステムループ(stem-loop)は、1本鎖の核酸分子内に形成される塩基対のパターンである。DNAとRNAのいずれでも形成されるが、RNAの方がより一般的である。ステムループ構造は、ヘアピン(hairpin)またはヘアピンループ(hairpin loop)としても知られている。ステムループは、同じ鎖の2つの領域、通常は相補的なヌクレオチド配列を持つ領域が塩基対形成によって二重らせん(ステム)を形成したものであり、ステムの末端には対合していないループ領域が存在する。ステムループ構造は、多くのRNA構造において重要なビルディングブロックとなる二次構造であり、RNAのフォルディングの指示や、mRNAの構造的安定性の確保を行い、RNA結合タンパク質の認識部位や、酵素反応の基質となる[68]。(出展:ウィキペディア(Wikipedia)より引用)』
RNAヘアピンは、RNAの必須の二次構造である。RNAの折り畳みを導き、リボザイム内の相互作用を決定し、メッセンジャーRNA(mRNA)を分解から保護し、RNA結合タンパク質の認識モチーフとして機能する、酵素反応の基質として作用することができる。
SARS-CoV-2はRNAウイルスであり、不安定でRNAaseによって容易に分解される[69]。
ステム構造はループより安定しているため、分析前における不適切な輸送および保存条件下での影響を緩和できる可能性があり、より広い適応性が得られる[70]。
逆転写反応の温度(55℃)によりRNA二次構造は開口すると思われるが、すべての二次構造が開口するかは事前に確認しておくことが重要である[71]。
また、3‘末端塩基がステム上にあることを核酸の2次構造予測ソフトを使って確認する。
SARS-CoV-2の変異体はワクチンの効果を低下させるだけでなく、RT-qPCR検査を回避する可能性すらある。Dongらは、SARS-CoV-2のRT-qPCR検査のための革新的なプライマー設計戦略を提唱している。すなわち、プライマーは、コードされるタンパク質の核酸配列および構造の両方に基づいて設計すべきと述べている。さらに、プライマーの3'末端に最も近い3つのヌクレオチドは、構造コア中のトリプトファンをコードするコドン(UGG)であるべきと主張している。この原理に基づき、ヌクレオカプシド(N)遺伝子を標的とした一対のプライマーを報告した[72]。トリプトファンは1つのコドンのみによってコードされるので、この位置で起こる任意の変異は、アミノ酸残基を変化させ、不安定なNタンパク質をもたらす。これは、この種のSARS-CoV-2バリアントが生き残れなかったことを意味する。
図4 縮重プライマー/プローブ例
B(C/G/T), D(A/G/T)の代わりに、各位置に2つの変異を持つR(A/G), Y(C/T), S(C/G), W(A/T), K(G/T), M(A/C )
Corman VM, Landt O, et al. Euro Surveill. 2020, 25, 2000045. doi: 10.2807/1560-7917.ES.2020.25.3.2000045.(Table 1)を抜粋し改変
9.SARS-CoV-2のゲノムデータベースと解析ツール
SARS-CoV-2のゲノムデータベースと解析ツールを例記する。
- ●NCBI SARS-CoV-2 Resources(SARS-CoV-2 Resources - NCBI (nih.gov))
SRA runs, Nucleotide records, ClinicalTrials.gov, PubMed, PMC - ●Nextstrain SARS-CoV-2(Nextstrain)
- ●COVID-19 Genome Sequence Dataset(COVID-19 Genome Sequence Dataset - Registry of Open Data on AWS)
- ●GISAID (http://www.gisaid.org/)
変異コロナウイルス株のシーケンス結果を得た場合GISAIDやNCBIデータベースにアップロードすることが可能である。Primer 7.0は、参照塩基配列と関連するヒト分離株の塩基配列を比較し、異なる位置での変異を分析するために使用することができる。また、MEGA(7.0.14)や Mafft(7.450)ソフトウェアは、ClustalWプログラムを使用して、相同性解析や多重配列アライメントを解析できる。これらの配列は、実験データやオンラインデータベースから取得することができる。主な一連のツールについては表1を参照ください。
表1 実用的なプライマー設計ツール一覧
Aim Name Software or Website Secondary structure prediction Mfold http://mfold.rna.albany.edu/?qZmfold RNAfold http://rna.tbi.univie.ac.at//cgi-bin/RNAWebSuite/RNAfold.cgi RNAStructure http://e.informer.com/rna.urmc.rochester.edu/RNAstructure.html SFold http://sfold.wadsworth.org/cgi-bin/index.pl Primer design Primer Premier Software Primer Express Software DNAMAN Software Oligo 7 Software Prime3 Plus http://primer3plus.com/cgi-bin/dev/primer3plus.cgi QuantPrime https://quantprime.mpimp-golm.mpg.de/ Primer Blast https://www.ncbi.nlm.nih.gov/tools/primer-blast/index.cgi Primer bank https://pga.mgh.harvard.edu/primerbank/ JCVI Primer Designer https://sourceforge.net/projects/primerdesigner/ Test the primer specificity NCBI Primer-BLAST https://www.ncbi.nlm.nih.gov/tools/primer-blast/ Primer Blast https://www.ncbi.nlm.nih.gov/tools/primer-blast/index.cgi Li D, Zhang J, Li J, 2020 Jun 1, 10(16), 7150-7162. doi: 10.7150/thno.47649.(Table 3)を引用
この他、CDC>Advanced Molecular Detection(AMD)>COVID-19 Genomic Epidemiology Toolkitにいくつかの解析ツールの使用法が紹介されている:
COVID-19 Genomic Epidemiology Toolkit | Advanced Molecular Detection(AMD)| CDC。
10.COVID-19今後への懸念
SARS-CoV-2感染者の大半は2週間以内に急性期から回復する。中には無症状で感染を終えるヒトもいるため、今では、パンデミック当初とくらべて軽視傾向にある。しかし、実態は本感染者の一部重篤者の死亡、RT-PCRでの長期持続的な排出者の存在、長期後遺症を有する感染者の存在、および複数回感染者の存在など、本感染症は未だ充分な病態解明には至っていない。
ⅰ)Batra等は、COVID-19患者の持続的なウイルスRNA排出についてレトロスペクティブに評価し、以下の様に報告した。
「SARS-CoV-2の持続的なウイルスRNA排出は、COVID-19入院患者におけるせん妄発生率および6カ月死亡率と関連する」[73]
『SARS-CoV-2のCOVID-19後の持続的なウイルスRNA排出が認識されつつあるが、COVID-19入院患者の転帰に与える影響はあまり知られていない。2020年3月から8月までのNorthwestern Medicine Healthcare(NMHC)患者における持続的なウイルス排出についてレトロスペクティブに評価した。バイナリロジスティック回帰を用いて,持続的なウイルス排出、院内せん妄、6か月死亡の予測因子について評価した。結果、RT-PCRでCOVID-19と確定診断された入院患者2,518人のうち、959人が最初の陽性反応から少なくとも14日以内にSARS-CoV-2 RT-PCRを繰り返し受けた。
そのうち405人(42.2%)に持続的なウイルス排出が認められた。持続的なウイルス排出は、男性、BMIの増加、糖尿病、慢性腎臓病、COVID-19の初回入院時のコルチコステロイドへの曝露と関連した。持続的なウイルス排出は,呼吸機能障害の重症度などの要因を調整した後、入院中のせん妄の発生率と独立して関連した(OR 2.45;95%CI, 1.75~3.45)。年齢、呼吸機能障害の重症度、院内せん妄の発生を調整しても、持続的なウイルス排出は6か月死亡率の上昇と有意に関連した(OR 2.43;95%CI, 1.42~4.29)。
全体として、持続性排出群における最後のRT-PCR陽性者は、最初のRT-PCRから中央値34.56 [21.40~56.66]日目に発生した。しかし、49人(12.1%)は90日以降にもRT-PCR陽性となり、最も長く観察された陽性RT-PCR検査は、最初の陽性RT-PCR検査から269日目であった。
持続的なウイルス排出の検出は、初期の重症度、ウイルス量、およびサンプルソースに影響される。入院患者の定期的な鼻咽頭スワブから持続的に検出されるSARS-CoV-2 RNAが、複製中のウイルスか、単に細胞破片中のウイルス核酸なのかは不明である。さらに、持続的なRNA検出が、入院患者の臨床経過や長期的なウイルス感染後の症候群を発症する可能性について、予後やメカニズムに関する情報を提供するかどうかは未解決である。
結論 COVID-19入院患者における持続的なウイルス排出は,院内せん妄および6か月死亡率の上昇と関連した。文献[73]を引用』
さらに、他のウイルスを用いた多くの研究により、ウイルスの排出が持続する患者はT細胞応答の機能不全を示すことが示唆されており [74] 、重症の入院患者はウイルスの複製 がより活発で持続的である [75]。このような環境では、宿主の免疫反応の弱体化が、ウイルスのクリアランスを遅らせ、ウイルスの持続的な排出の一因となる可能性がある[76]。
重症のCOVID-19疾患、男性の性、および治療のための受診の遅れはすべて、ウイルスの排出が長引く危険因子として認識されている[77]。
ⅱ)SARS-CoV-2 RNAの長期排出、PCR検査陽性の再発、long COVIDなど回復後の患者において広く報告されている。これらは原因が未だ解明されていない本感染症の不可思議な症状である。この様な状況下、一石を投じる以下の論文が提出された。
概要は、SARS-CoV-2が細胞に感染すると、LINE-1が上昇し、LINE-1の逆転写酵素が働き、ウイルスの一部がDNAとなる。ウイルスDNAがゲノムの中に飛び込み、ウイルスとホストのゲノムがキメラを形成する。さらに、LINE-1はサイトカインがでている細胞でも上昇が確認された。
『SARS-CoV-2 RNAの逆転写とヒトゲノムへの組み込みについて [78]
SARS-CoV-2 RNA reverse-transcribed and integrated into the human genome
SARS-CoV-2 RNAの長期排出とPCR検査陽性の再発は、回復後の患者において広く報告されているが、これらの患者は非感染者である場合がほとんどである。我々は、SARS-CoV-2 RNAが逆転写され、ヒトゲノムに統合される可能性を検討し、統合された配列の転写がPCR検査陽性の原因であることを明らかにした。この仮説を支持するものとして、我々はSARS-CoV-2感染培養細胞および患者の初代細胞の公開データセットにおいて、ウイルス配列と細胞配列が融合したキメラ転写物を発見し、ゲノムに組み込まれたウイルス配列の転写と矛盾しないことを確認した。ウイルスの後方統合の可能性を実験的に裏付けるために、我々はSARS-CoV-2 RNAがヒト細胞内でLINE-1要素から逆転写酵素またはHIV-1 RTによって逆転写され、これらのDNA配列が細胞ゲノムに統合されてその後転写できることの証拠について述べた。ヒトの内因性LINE-1の発現は、SARS-CoV-2感染時や培養細胞でのサイトカイン曝露により誘導され、患者におけるSARS-CoV-2のレトロ統合の分子機構が示唆された。SARS-CoV-2感染のこの新しい特徴は、患者が回復後もウイルスRNAを生成し続ける理由を説明し、RNAウイルス複製の新しい側面を示唆するものと思われる。
文献[78]を引用』
一方、「SARS-CoV-2、ヒトDNAに組み込まれる」に対し、以下の否定意見も述べられた。
『No evidence of human genome integration of SARS-CoV-2 found by long-read DNA sequencing[79]
本論文では以下の3点が強調された。
- ①SARS-CoV-2感染HEK293T細胞およびコントロールサンプルのナノポアシーケンスどのサンプルにもSARS-CoV-2ゲノムインテグラントは検出されなかった。
- ②HEK293T 細胞では、レトロトランスポジションの特徴を持つ LINE-1 挿入が検出された。
- ③肝がんサンプルのシーケンスにより、B型肝炎ウイルスのインテグレートが観察された。
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2型(SARS-CoV-2)は、LINE-1(L1)レトロトランスポジション機構を乗っ取って、感染細胞のDNAに統合することが、最近の研究で提唱された。この発見が確認されれば、臨床的に重要な意味を持つ可能性がある。我々は、SARS-CoV-2を感染させたHEK293T細胞に対して、50倍以上のロングリードのOxford Nanopore Technologies (ONT)シーケンシングを行い、ゲノムに組み込まれたウイルスは発見されなかった。別々のHEK293T培養細胞からのONTデータを調べることにより、L1過剰発現系がない場合に試験管内で生じた78個のL1挿入を完全に解決した。B型肝炎ウイルス(HBV)陽性の肝臓がん組織に適用したONT配列決定では、1つのHBV挿入を検出した。これらの実験は、レトロトランスポゾンと外来ウイルスの挿入を、ONT配列決定によって確実に解決できることを示すものである。SARS-CoV-2の統合の証拠が見つからないということは、そのような事象はせいぜい生体内で極めてまれであり、したがって発癌を促進する、ウイルスの回復後の検出を説明することはありえないということを示唆している。
文献[79]を引用』
このヒトゲノムへの組み込み現象の真偽は、多様な変異体が出現しているSARS-CoV-2の今後の検証結果を待ちたい。
ⅲ)SARS-CoV-2の野生動物貯水池は、変異株出現、ヒトへの再感染などの脅威となる
SARS-CoV-2感染者とペットや野生動物との接触は云うにおよばず、無造作な日常行動にも危険をはらんでいる。SARS-CoV-2罹患者(偽陰性者、未検査者、陽性判明前者など)の飲食残渣・容器は家庭・飲食業の産業ゴミなどとして、ウイルス本体が排出される。これら廃棄物や使用食器類に付着したウイルスをあさった害獣が感染もしくは付着させて散布し、他の生物へも拡散する。また、害虫による付着散布など様々な伝播ルートが考えられる。
さらに、SARS-CoV-2の動物貯水池:ヒトへの脅威?野生動物間での動物感染はSARS-CoV-2の変異を生じやすく、このために有力な調査法であるPCR検査が偽陰性となり検出できないなどのミスマッチも懸念される [80][81]。
報告によると動物から単離された28の診断用PCR検査および793の公的に入手可能なSARS-CoV-2ゲノムを用いて、包括的なバイオインフォマティクス分析が実施された。調査した28件のPCR検査のうち16件で、0.5%の閾値で標的とのミスマッチが少なくとも1つ示された。ミスマッチは、ORF1ab、スパイク、エンベロープ、およびヌクレオカプシド遺伝子を標的とした7つ、2つ、および6つのアッセイでそれぞれ検出された。診断用PCR検査のターゲットをモニタリングして、ウイルスが動物間で進化し続けるにつれて起こり得る将来の変異について調べる必要がある。
Rhinolophus属コウモリから発生したと疑われているSARS-CoV-2は、おそらく哺乳類のブリッジホストによって媒介したものと思われる。今日では、ヒトからヒトへの伝播により世界中に広まっている。実験的研究では、ネコ、フェレット、タヌキ、アカゲザル、オジロジカ、ウサギ、エジプトコウモリ、シリアンハムスターなど多くの動物種がSARS-CoV-2に感染しやすく、さらに、ネコからネコ、フェレットからフェレットへ接触や空気を介して感染しうることが示された。しかし、SARS-CoV-2の自然感染は、ペットの犬や猫、動物園のトラ、ライオン、ユキヒョウ、ピューマ、ゴリラ、養殖のミンクやフェレットなどでしか報告されていない。ヒトから動物への感染は報告されているが、動物からヒトへの感染はミンクの養殖場などわずかであったものの、最近では散発的に報告されている。
危惧されるのは、SARS-CoV-2がミンク集団内で急速に伝播した後、ミンクに関連した新しいSARS-CoV-2亜型が出現し、ヒトとミンクの両方で同定された。肉食動物におけるSARS-CoV-2感染の報告が増えていることは、肉食動物に属する動物種がより感受性が高いことを示している。家畜および野生動物におけるSARS-CoV-2感染の散発的な報告は、SARS-CoV-2または関連するベータコロナウイルスが、飼育動物、野生動物または野生動物集団に定着し、最終的にウイルスの貯水池として機能するかどうかを明らかにするためのさらなる調査が必要とされる。
北米では、オジロジカ(Odocoileus virginianus)がSARS-CoV-2の動物貯水池を構成する可能性がある[82][83]。2022年3月7日の共同声明で、OIE、WHO、FAOは、SARS-CoV-2の動物貯水池がもたらすリスクと、突然変異または組換えによる新しい変異体の出現におけるその潜在的な役割を強調している[84]。さらに、COVID-19パンデミックの発生源にあるコロナウイルスの動物貯水池はおそらくコウモリであり、SARS-CoV-2に非常に近いコロナウイルスが最近この種で確認されたことを忘れてはならない[85]。
ⅳ)変異体の共感染
1つの個体に異なるSARS-CoV-2変異体が感染すると稀ではあるが組換え体を生む危険性が高まる。SARS-CoV-2変異体は、伝達性、重篤な疾患を引き起こす能力、およびワクチン接種後の誘導免疫を回避する能力の点で異なるのみならずNAATs結果に影響するものもある。さらにこれまで異なる変異体の共感染例の研究報告は少ないが共感染の実態は不明である。Rockettらは、維持血液透析を必要とする慢性腎臓病の成人患者2名における、懸念されるSARS-CoV-2の変異体オミクロンおよびデルタの同時感染について報告した[86]。両変異体は検出時に地域社会で共流行していた。患者の呼吸器検体中のデルタおよびオミクロンウイルスの亜集団が同定、定量化された。これらの知見は、病態的に脆弱な宿主集団における統合的なゲノムサーベイランスの重要性を強調し、ゲノムデータを用いてSARS-CoV-2併発を認識した診断経路を提供した。
SARS-CoV-2の異なる変異体による共感染は、SARS-CoV-2の進化を促すと考えられる組換え現象の重要な前兆といえる。このような共感染を迅速に同定し、地域社会における共感染の頻度を明らかにすることは診断ウイルス学におけるCOVID-19ゲノムサーベイランスの重要な役割を強調する。さらに、ブラジルでは、B.1.1.28(E484K)とB.1.1.248またはB.1.91系統の発生による2つの独立した共感染の事象が特定された[87]。他にもいくつの共感染が推測される事例が報告されている[88][89][90]。研究者は、免疫不全患者の持続的な感染を留意している。共感染は、同種ウイルスだけではない、他のウイルスや細菌、真菌など感染微生物全般も念頭に置くべきである。しかし、一方ではCOVID-19陽性者(特にRT-PCR(-)、CT(+)者など)の検体操作管理の安全指針の確立など課題も残されている。
11.COVID-19パンデミックを起に、躍進した測定法
- ⅰ)ゲノム編集技術CRISPR/Cas systemによるCOVID-19診断法
- CRISPR (clustered regularly interspaced short palindromic repeat; クリスパー)は数十塩基対の短い反復配列を含み、原核生物における一種の獲得免疫系として働く座位である。プラスミドやファージといった外来の遺伝性因子に対する抵抗に寄与している。
CRISPRと呼ばれる反復クラスターは、石野らによって1987年に大腸菌で初めて記載されたが当時は機能や意義については不明であった[91]。2002年にCRISPRと命名された。またCRISPRリピート近傍にはヌクレアーゼやヘリカーゼをコードするCRISPR-associated(cas)遺伝子群が存在することが示された[92]。CRISPRの機能や役割は不明であったが、Barrangouらによって、CRISPRの役割として知られるバクテリオファージへの耐性獲得機能が実験的に証明されたのは2007年であった[93]。
一方、CRISPRのDNA切断機構は遺伝子工学的応用にも用いられるようになった。2012年、JinekらがII型CRISPR-Casシステムを構成するCas9がRNA依存性のDNAエンドヌクレアーゼであることを見出し、生化学的にCas9による標的DNAの切断が可能であることを示すと、翌年には同グループを含めた複数のグループが哺乳類細胞のCRISPR-Cas9システムによるゲノム編集に成功した[94]。今日では、CRISPR/Cas systemは、ゲノム編集技術の他にも転写制御、イメージング、核酸検出法など、様々な応用法が検討ないし実用化されている[95][96]。2015年、細菌Francisella novicidaに由来するCpf1系において、ヌクレアーゼCas12a(旧名Cpf1)が発見され、2016年にはRNAを標的とするエンドヌクレアーゼCas13a(旧名C2c2)が発見された。Cas13はRNA誘導型RNAエンドヌクレアーゼであり、DNAは切断せず、一本鎖RNAのみを切断する機能をもつ。
現在、COVID-19 の診断検査として確立しているCRISPR/Cas systemには以下のものがある[97]。この中のCONAN[98]とSATORI[99]はわが国で開発された。
- SHERLOCK assay (CRISPR-Cas13a enzyme based), [100] [101]
- DETECTR assay (CRISPR-Cas12a Enzyme based), [102]
- FELUDA assay (CRISPR-Cas9 enzyme based), [103]
- CONAN assay (CRISPR-Cas3 enzyme based), [98]
- VaNGuard assay (CRISPR-Cas12a variant Enzyme based), [104]
- SATORI (CRISPR-Cas13a enzyme based +amplification-free digital RNA detection), [99]
- SHERLOCK v2(CRISPR-Cas12a & 13a enzyme based), [105]
と多くの測定系が確立しており、FDAからコロナウイルスの診断薬として、SHERLOCK 法を用いた「CRISPR SARS-CoV-2キット」やDETECTR法を用いた“SARS-CoV-2 DETECTR Reagent Kit”は緊急使用許可が下りた。CRISPR/Cas systemは、ペーパーベースアッセイとして簡易化し、専門的な技術が無くても分析ができる、安価かつ高感度な迅速測定法として展開している[106][107][108]。CRISPR/Cas検出プラットフォーム上でのSARS-CoV-2検出のための実験プロトコルを図6に示した。
図6 CRISPR/Cas検出プラットフォーム上でのSARS-CoV-2検出のための実験プロトコル
- 抽出したSARS-CoV-2ウイルスRNAをまずプレ増幅(RT-RPAおよびRT-LAMP)して二本鎖DNA(dsDNA)にする。
- Cas13a-SHERLOCKアッセイの場合、dsDNAは、まずT7を一本鎖RNA(ssRNA)に転写し、続いてCas13a切断レポーターを活性化する。
- Cas12aまたはCas12bアッセイの場合、予め増幅されたdsDNAを直接検出することにより、Cas12aまたはCas12b切断レポーターの活性化が可能になります。
- 蛍光および横流読み出しによるCRISPR/Casアッセイ結果の可視化
Ding, R. Long J. et al. Front Cell. Infect. Microbiol. 2021 Apr 23, 11, 639108. doi: 10.3389/fcimb.2021.639108. (figure1)を引用
Cas13を用いた検査に関しては、サンプルRNAに関して感度95%以上・特異度99%以上という高精度で、かつ検査1回当たり0.05ドルという安価な費用、2時間以内という迅速性が利点としてあげられている。さらに、理化学研究所・東京大学先端科学技術研究センター・東京大学大学院理学系研究科・京都大学ウイルス・再生医科学研究所の研究チームが開発したSATORIは、SARS-CoV-2由来のウイルスRNAを分子レベルで5分以内に迅速に高い特異度で検出する、COVID-19を含む感染症の超高感度な検査技術を開発した。
これは、従来のCRISPR-Cas13aによる検査法にマイクロチップ技術(マイクロチャンバーアレイ)を組み合わせたもので、唾液などの混入物質にも影響されないため、RNAを純化する作業が不要である。臨床に応用しやすく、従来の検査法で精度が高く確定診断に用いられるPCR検査と比較して極めて迅速である。迅速でスクリーニングに適している抗原検査よりも検出感度や特異度が高いと開発者は述べている。
また、オフターゲット変異が少ないとされるタイプⅠのCas3を用いた日本の国産ゲノム編集技術をLAMP法(Loop-mediated Isothermal Amplification)と組み合わせることで、東京大学医科学研究所の研究チームがCOVID-19検査法として応用したCONAN法(Cas3-operated Nucleic Acid Detection)という診断薬技術をプレプリントで発表した。この検査技法は40分以内の迅速な検査が可能で、Cas12(Cas12aを用いたDETECTR法(DNA Endonuclease-Targeted CRISPR Trans Reporter))やrRT-PCRを用いた検査に匹敵する速度や感度であり、特異度はより高く低コストかつ熟練した検査人員や機器が不要であり、SARS-CoV-2以外にもA型インフルエンザウイルス(H1N1pdm09・H3N2)の検査等にも応用可能である[109]。rRT-PCR CRISPR/Cas systemは、簡易性、迅速性を追求し、イムノクロマト法と同形体のペーパーベースアッセイ、自動化が進展している[110]。 - ⅱ)排水サーベイランスで感染者の監視、新規変異株の監視
- 今回のCOVID-19パンデミックを機に、躍進した検出法としては生活排水(下水道網)サーベイランスがあげられる。COVID-19患者数と排水中のSARS-CoV-2遺伝子濃度間には高い相関関係が見られ、排水監視が疫学的に重要な役割を果たすことが報告された[111]。排水を利用した疫学調査はこれまでも、ポリオ、A型肝炎、ノロウイルスなどの感染症に利用されてきた。
排水サーベイランスは地域社会における利用者集団の感染状況を網羅的に包括する可能性を示唆できる方法として躍動した。さらに今日では、Droplet Digital PCR(ddPCR)を用いたマルチプレックスアッセイも可能となった。ddPCRでは野生型と変異体の両方のゲノムコピー数を測定可能である。排水サーベイランスは、特にSARS-CoV-2変異体の出現をいち早く検出し、同時に関連する進行中の感染動向を把握し対策を講じるためには不可欠な技術といえる。症例ベースの疫学的記録と詳細に配列決定された排水サンプルとの比較により、新規変異株出現の監視のみならず利用者集団内での発症者監視など高い応用性が想定される。また、実際、排水中のウイルス集団の組成が感染集団内を循環するウイルス変異体と強く一致していることが示された[112][113][114][115][116][117]。
おわりに
2019年末に確認されたCOVID-19は、2022年夏においても感染者数の増減を繰り返しながら第7波に突入し、未だ収束の兆しは見られない。次々と新たな変異体が出現し、SARS-CoV-2の感染者数は怒涛の如く押し寄せ連日の増多傾向が見られる。罹患者は比較的軽症で推移する者が大半であるが、反面において、依然として重症者、死亡者の存在、Long COVIDと呼ばれる後遺症群の存在が見られる。重症化要因として、脱稿直前に「Myl9の増加[118]」、「DOCK2発現低下、DOCK2の一塩基多型パターン[119]」などが報告され、ようやく、病態解明にもひとすじの光明が差しつつも、未だ充分な病態解明には至っていない。一日も早く治療と病態解明に灯りをともせる診断検査の樹立を祈念しています。かつて、今回のパンデミックほどPCR検査の名声向上と技術開発・普及・進展が見られたことは無かった。この進展の渦中においても、NAATsの基底を成す、陰性・陽性の意義と分界を銘記して進めて欲しい。これを機に診断検査の分子生物学への深化・導入・技術革新を興起される方の奮起を渇望します。
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