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13-2. いまさら、でも大切な『遺伝子検査』の基礎をふり返る(PCR)
3:PCRトラブルシューティングでの重要な要因と対策
標準的な条件下で操作したPCR実験の結果、理論的に納得できないアンプリコンが検出された場合、PCR条件を最適化する必要がある。試薬濃度やサイクリング条件などを調査し反応のストリンジェンシーを高めれば、特異性を高めることができる。また、反応条件を緩くすると標的アンプリコンだけでなく、サイズが大小さまざまな不確定スプリアスアンプリコンも生成する。また、過度に厳し過ぎると生成物は産生されない場合もある。
PCR反応のトラブルシューティングの作業は労力とコストがかかる。従って、事前に人為的ミス、試薬の汚染や劣化など推察可能な原因は排除し、反応系の具体的な現象および原因を詳細に解析した後に実施する。
PCRストリンジェンシーへの影響因子の中で、Mg2+濃度およびアニーリング温度の改変は、問題解決に有用な因子となることが多い。劣化・変質などの問題を含む可能性の高いPCR試薬の検証には、新調試薬を一つずつ入れ替えて検証する方法が効率的である。
試料が古いDNAでPCR阻害物を含む可能性がある場合は、牛血清アルブミン(BSA)の添加が有益な場合もあるが、近年のPCR試薬にはすでにバッファー中にBSAを含むものがあるので、添付文書にて事前に確認しておく。また、プライマーダイマーが濃く検出され、予期したバンドは薄いか、または検出されず、他の非特異バンドが検出された場合は、プライマーと鋳型DNAの比率を変えてみる。
プライマーの濃度が鋳型DNAを越えて過剰に存在する場合は、DNA鋳型上でプライマー自身もしくは相互にアニーリングすることがある。このような現象では、DMSOの追加、または、ホットスタートPCRの採用により解決できることがある。もし、これらの対処法で解決できない場合は、プライマーの再設計が必要かもしれない。
PCR産物のアガロースゲル電気泳動にラダー状やスメア状の産物が検出された場合は、大小さまざまな非特異バンドが産生されていることを示し、PCRのストリンジェンシーが過度に低いことを意味する。対処法としては、ストリンジェンシーを高めるPCR条件の最適化が必要である。また、種々のサイズのスメア状バンドを産生する別の要因としては、ゲノムDNAを増幅する際に多くの反復配列に設計されたプライマーでも生じる場合がある。しかし、同じプライマーを使用してもプラスミド上の標的配列の増幅では問題とならないこともある。
プライマーにより形成された、プライマーダイマーおよびヘアピンループ構造や変性鋳型DNA中に形成されたヘアピンループ構造は、これらの分子が目的とするDNAカウンターパートと塩基対を形成しないので、PCR産物ができず増幅を妨げる可能性がある。この要因の一つに高GC含量がある。PCRでは、特に標的部位のGC比は重要なため事前に充分な解析調査が必要である。特に、GCリッチな領域のPCR(GC含量>60%)は、PCRにおいて難儀な課題を提起する場合が多い。
しかし、近年では、これらの課題を緩和するのに有益な、いくつかの添加剤やプロトコルが提唱されている。GCリッチな鋳型DNAおよび強力な二次構造を形成する鋳型は、DNAポリメラーゼ活性をストールさせる原因となるが、このような場合、ベタイン、DMSOおよびホルムアミドの添加は、障害部位の増幅に有益な結果を生む。
4:PCR試薬の最適化
MgCl2 、KCl、dNTPなどPCRにおいて濃度が大切な試薬は、バッファー中に一体化して含まれており、濃度を増すことは可能でも減すことは困難なため、通常、マスターミックスタイプの試薬では、最適化の条件も添加試薬の濃度範囲も限定的である。従って、試薬濃度の適正化には、個別試薬バイアルの試薬キットの準備が必要となる。
試薬系のトラブルとしては、試薬の使用後に不適状態で長時間の放置、保管温度の過誤、試薬の密栓不良、凍結試薬の不完全な融解など、試薬の劣化や濃縮を原因とするPCRトラブルがあり、これらの事例は意外にも多い。特に複数の人が使用する試薬では、ミスの内容が正確に伝達されないケースもあり、原因解明は困難である。このような試薬の取扱い上の過誤による劣化や濃縮は、スプリアスアンプリコンをもたらし、反応のストリンジェンシーを低下させる原因となる。
1 マグネシウム塩Mg2+(0.5~5.0mMの最終反応濃度)
耐熱性DNAポリメラーゼ反応には、マグネシウムが補因子として不可欠である。ただし、Mg2+は触媒として作用し、反応上消費されることはない。PCR反応中Deoxynucleotide(dNTP)はdNMPに解離し、隣接するヌクレオチドの3’OHと次のヌクレオチドの5’リン酸との間にホスホジエステル結合を形成する。ここで、Mg2+はdNTPのαリン酸基に結合し、dNTPからβおよびγリン酸を除去するのに寄与する。Mg2+の濃度を増加すると、Taq DNAポリメラーゼの活性は増加するが、特異性は低くなることが報告されている。他方、Mg2+の濃度が低ければTaq DNAポリメラーゼの活性は低下するが特異性は高まる。さらに、Mg2+はリン酸主鎖の負電荷を安定化させることで、プライマーおよびDNAテンプレート間の複合体形成を促進する。
Mg2+を最適濃度より高い濃度に添加するとPCR産物の収量は増加するが、DNAポリメラーゼの忠実度を減少させ、非特異的増幅レベルを増加させる可能性がある。Mg2+が多すぎると、二重鎖を安定化することにより鋳型DNAの完全な変性を防止すると同時に、誤った鋳型部位へのプライマーの誤ったアニーリングを安定化させ、非特異的PCR産物をもたらす。逆にMg2+が不足すると反応は進行せず、PCR産物は得られない。
これらの理由から、PCR実験では、各ターゲットに最適なマグネシウム濃度を検証し、確定する必要がある。検証には、0.5~5.0mMの範囲で、0.5~1.0mM増分のMg2+を含む一連の反応液を設定し、マグネシウム濃度と生成物の最高収量および非特異的生成物の最小量生成を視覚化し決定する。
Mg2+濃度および最適濃度範囲の影響は、特定のDNAポリメラーゼ酵素によっても変わる。例えば、Pfu DNAポリメラーゼはMg2+濃度への依存性は低いが、最適化が必要な場合の最適濃度は通常2~6mMの範囲内とする。
Tth DNAポリメラーゼなど一部のDNA ポリメラーゼは、Mg2+よりもMn2+を必要とするが、一般的に、Mn2+存在下でのDNAポリメラーゼ反応は、Mg2+存在下に比べ正確性が著しく低下する。
テクニカルエラーの対策として、塩化マグネシウムの単独溶液の場合は、使用前に塩化マグネシウム溶液を完全に解凍し、数秒間ボルテックス撹拌をしてからピペッティングを行う(ボルテックス不可の試薬構成品もあるため事前確認が必要)。塩化マグネシウム溶液は、凍結融解の反復による結果として濃度勾配を形成することがあり、均一な溶液を得るためにはボルテックスによる混合が必要である。
一般に、塩化マグネシウムの最終濃度を1.5mMと固定濃度での使用を好む研究者が多いが、Huらは、マグネシウムを含有する反応緩衝溶液の濃度差による性能変動を報告している(Huら、1992)。実験では、PCR増幅を用いた配列特異的オリゴヌクレオチド(SSO)タイピングにおいて、塩化マグネシウム濃度は増幅収量に劇的に影響した。また、バッファー液を90℃で10分間加熱することにより、溶液の均質性が回復したとの報告もある。これは、凍結融解サイクルを複数回行うことにより生じた塩化マグネシウムの沈殿を再溶解したものと推測される。
ほとんどのPCR試薬キットでは、PCR緩衝液にMg2+を含んでいるが、各反応別にMg2+濃度を最適なレベルに調製できるように、マグネシウム不含の反応バッファーと25mM MgCl2のチューブとに分けた試薬キットもある。さらに、一部の研究者は、マグネシウムを含有するPCR緩衝液を-20℃ではなく、冷蔵保存(4℃)することを推奨している。
2 カリウム塩K+(最終反応濃度35~100mM)
カリウムイオンは、DNAポリメラーゼ活性を高める。カリウム塩(KCl)非存在下での活性よりも50~60%の活性増加が見られ、終濃度は50mMが最適と考えられる。しかし、75mM以上の過剰なKClは酵素の活性を阻害する。しかし、まれなケースとして、アンプリコンが長いPCR産物(10~40kb)では、KClを35~40mMに下げた方が良好な結果が得られる場合もある。このときは、DMSOおよびグリセロール添加と併せて使用することが多い。
また、目的とするアンプリコンサイズが1000bp未満で、同時に長い非特異バンドが出現するケースでは、KCl濃度を70~100mMと濃くして特異性を高めた例もある。ただし、KCl濃度を変える場合は、MgCl2の濃度は変えないことを厳守すべきである。
PCRバッファーで汎用される陽イオンは、DNA骨格で負電荷を持つリン酸基と結合してこれらの負電荷を中和する。そのため鋳型DNAとプライマー分子間の静電的な反発力を弱め、プライマーのハイブリダイゼーションをより安定化させる。
ほとんどのPCRバッファーは1価の陽イオンK+を1種類だけ含む。K+イオンは特異的および非特異的なプライマーのアニーリングを共に安定化させるため、スメア状の増幅産物を生じ、非特異的なDNAが増幅されて収量の低下に繋がる。一部のPCRバッファーでは、プライマーのアニーリング特異性を高める目的でK+とNH4+の配合比を至適化し、ミスマッチ結合している塩基間の弱い水素結合をNH4+イオンにより不安定化させて、特異性を改善した反応液を採用している。
3 デオキシヌクレオチド5’-トリフォスフェイト(最終反応濃度20および200µM)
デオキシヌクレオチド5’-トリフォスフェイト(dNTPs)は、最適かつ等濃度(すなわち、[A]=[T]=[G]=[C])でない場合、および凍結・融解の反復による不安定性のために濃度ムラが生じた場合、PCRに問題を引き起こす可能性がある。通常のdNTP濃度は、4種のdNTPが各50µMである。各dNTP濃度は同一でないと、誤った取り込みを生じる原因となる。
また、DNAポリメラーゼの取り込みエラーの現象はdNTP濃度に強く依存する。PCRでは、通常20~200µMの濃度範疇に許容され、一般的な市販のTaqポリメラーゼは、200µMのdNTP濃度で最大活性を示すように組成を調製している。過剰濃度のdNTPはPCRを阻害する一方、より低濃度のdNTPは反応の特異性および忠実度を高める。しかし、長いPCRフラグメントでは、生合成の都合上、高濃度のdNTPを必要とする。 また、使用Mg2+の濃度によってもdNTPの至適濃度は変化する。
5:PCRエンハンサー添加剤
(増幅増強剤)
PCR増強剤の添加は、標的PCR産物の収量を増やす、もしくは標的産物以外の産生量を減少させるときに用いる。これらの目的のために、多くの異なる機構を介して作用する多くのPCRエンハンサーが存在する。しかし、これらの試薬はすべてのPCRを強化するものではなく、有益な効果は、鋳型DNA特有、もしくはプライマーに特異的であることもしばしばあり、その有用性は実験的にのみ決定される。
GCリッチな鋳型DNAは、2本のDNA鎖の非効率的な分離、または相補的なGCリッチなプライマーが鋳型へのプライマーアニーリングと競合する分子間二次構造を形成する傾向をもつことが問題となる。DMSOおよびホルムアミドは、2本のDNA鎖の間の水素結合の形成を妨害することにより増幅を助けると考えられる(GeiduschekおよびHerskovits、1961)。
エンハンサーが無い条件下では増幅が不充分な反応の場合は、ベタイン(1M)、DMSO(1~10%)またはホルムアミド(1~10%)を添加するとPCR産物の収率が高くなる。しかし、DMSOの濃度が10%、またホルムアミドの含有量が5%を超えると、Taq DNAポリメラーゼや他のDNAポリメラーゼの反応を阻害する傾向がある(Varadaraj and Skinner、1994)。
いくつかのPCR実験では、BSA(0.1mg/mL)、ゼラチン(0.1~1.0%)および非イオン性界面活性剤(0~0.5%)などの一般的な安定化剤は、PCRによる増幅困難もしくは失敗例を救済した。これらの添加剤は、DNAポリメラーゼの安定性を高める、もしくはチューブ壁への吸着による試薬の損失を低減するなどの効果が見られる。また、BSAはRT-PCRにおいてメラニンの阻害効果を克服することが示されている(Giambernardiら、1998)。
Tween(-20)、NP-40、およびTriton(X-100)などの非イオン性界面活性剤は、0.01%SDS(Gelfand and White、1990)などの微量な強イオン性界面活性剤の阻害効果を抑制する。アンモニウムイオンは、非最適条件下の増幅反応においても、より強固な反応性を示す。このため、いくつかのPCR試薬は10~20mM(NH4)2SO4を含む 。他のPCRエンハンサーとしては、グリセロール(5~20%)、ポリエチレングリコール(5~15%)および塩化テトラメチルアンモニウム(60mM)がある。
これらの添加試薬は、他のすべてが失敗した場合に良好な結果を得る可能性がある。どのような試薬が所望するPCR産物に最も効果的かを決定するには、試薬の使用目的・効果およびそれらがどのように使用されるかを理解することが重要である。また、同時に添加試薬を反応に加えることは、1つの試薬の作用が別の試薬の作用濃度に影響する可能性が考えられ、より複雑となる。今日では、カタログ調査を行えば、これらの試薬に加え、独自の市販添加物が多くのバイオテクノロジー企業から入手可能である。(表4)
表4 PCR添加物およびエンハンサー
添加剤 | 目的と機能 | 濃度 |
---|---|---|
7-デアザ-2’-デオキシグアノシン; 7-deaza dGTP |
GCリッチ領域増幅。二本鎖DNAの安定性を低下させる。 | 完全にdGTPを7-デアザdGTPで置き換える; または、7-deaza dGTP:dGTP 3:1で使用 |
ベタイン (N,N,N-trimethylglycine = [carboxymethyl]trimethylammonium) |
GCリッチ領域増幅を容易にするTmを低下させる。 二重鎖の安定性を低下させる。 |
3.5M~0.1Mのベタインを使用。 ベタインまたはベタイン(モノ)水和物を使用し、ベタインHClは使用しない。 |
BSA (bovine serum albumin) |
BSAは、メラニンのようなPCR阻害剤を含む古いDNAまたは鋳型の増幅に有用。 | 0.01µg/µl~0.1µg/µlのBSA濃度を用いることができる。 |
DMSO (dimethyl sulfoxide) |
DMSOは二次構造を減少させると考えられ、特にGCに富む鋳型に有用。 | 10%DMSOはTaqポリメラーゼ活性を50%低下させるため、2~10%のDMSOが鋳型増幅に使われる。ルーチン的に使用すべきではない。 |
ホルムアミド | 二次構造が減少し、特にGC豊富なテンプレートに有用。 | ホルムアミドは、一般に1~5%で使用される。 10%を超えないようにする。 |
非イオン性界面活性剤 例えばTriton X-100、Tween 20または Nonidet P-40(NP-40) |
非イオン性界面活性剤は、Taqポリメラーゼを安定化させ、また二次構造の形成を抑制する可能性がある。 | 0.1~1%Triton X-100、Tween 20またはNP-40は、収量を増加させるが、非特異的増幅も増加させる可能性がある。 鋳型DNAからの0.01%SDS混入を、0.5%のTween-20または-40が中和。 |
TMAC (tetramethylammonium chloride) |
TMACは、潜在的なDNA-RNAミスマッチを低減し、ハイブリダイゼーション反応のストリンジェンシーを改善するために使用する。 それはTmを高め、ミスペアリングを最小限に抑える。 | TMACは、一般に、非特異的プライミングを排除するために15~100mMの最終濃度で使用。 |
Certificate of Analysis & Product Manual, PCR Additives & Enhancers(Gene Link社)を改変
(PDF)http://www.genelink.com/Literature/ps/M40-3021-PCR_Additives_Ver5.1.pdf
『Chapter 2 PCRの一般的なガイドライン』(ロシュ・ダイアグノスティックス社)にも詳細に記載されている。
(PDF)https://roche-biochem.jp/pdf/prima/molecular_biology/pcr/PCR_manual_J/third_edition/PCR_manual_chapter2_J.pdf
6:GCリッチテンプレートに役立つ添加剤
1 ジメチルスルホキシドDimethylsulfoxide:略称DMSO(最終反応濃度:1~10%)
鋳型DNAが、特にGC構成の高い(GC含量>60%)PCR実験において、DMSO添加により塩基対形成を破壊し、効果的にTmを低下させ反応を増強する。DMSOは多くの有機化合物や無機塩を溶解する非プロトン性極性溶媒かつ酸化剤である。また、皮膚浸透性が非常に高いことでも知られる。
Tm計算ソフトのなかには、PCR実験に使用するDMSOの濃度を加える可変エントリーを含むものがある。反応系に2%を超えるDMSOを添加すると、Taq DNAポリメラーゼへの阻害作用がみられるためDNAポリメラーゼの追添加が必要である。
2 ホルムアミド(最終反応濃度:1.25~10%)
ホルムアミドは、DMSOと同様に塩基対形成を分断し、プライマーアニーリングのストリンジェンシーを高め、非特異的プライミングおよび増幅効率の増加をもたらす。また、GCリッチ鋳型のエンハンサーであることが示されている。
ホルムアミドは、ギ酸から誘導されるアミドで、水と任意比で混合する。また、水に不溶な多くのイオン性化合物を溶かす溶媒として用いる。器官や組織の抗凍結剤、RNAゲル電気泳動では、RNAを脱イオン化し安定化させる。
3 7-デアザ-2’-デオキシグアノシン5’-三リン酸;7-deaza-2’-deoxyguanosine 5’-triphosphate(最終反応濃度;3 dc7 GTP(3パート):1dGTP(1パート)=50µM)
dc7 GTP(3 パート 37.5µM)を、dGTP(1パート 12.5µM)では、生成物中の二次構造の形成を不安定にする。アンプリコンまたは鋳型DNAが変性されると、それはしばしばヘアピンループのような二次構造を形成する。DNAアンプリコンへのdc7 GTPの取り込みは、これらの異常な構造の形成を妨げるものと推測される。また、dc7 GTPはエチジウムブロマイド染色のシグナルを減衰させるため、dGTPと3:1の比率で使用する。
4 ベタイン;Betaine (N,N,N-trimethylglycine)(最終反応濃度:0.5~2.5M)
ベタインは、双性イオン性アミノ酸類似体であり、アミノ酸のアミノ基に3個のメチル基が付加した化合物の総称としても用いられ、生体物質としてはカルニチン、トリメチルグリシンなどがある。ベタインは、DNAのヌクレオチド組成によるTmを低下させるため、GCに富む標的のPCR増幅を助ける添加物として使用される。ベタインはDMSOと組み合わせて使用されることが多く、高いGC含量の標的DNAをも増幅可能となる。
5 TMAC:Tetramethyl ammonium chloride(最終濃度:15~100mM)
上記1~4の添加剤とは用途が異なるが、塩化テトラメチルアンモニウム(TMAC)は、極めて吸湿性が高い無色の結晶で、水や極性有機溶媒に可溶な第四級アンモニウム塩であり、[(CH3)4N]Clと表される。ハイブリダイゼーションの特異性を高め、Tmを上昇させる。GC、ATに富む領域では熱乖離の温度条件が異なるが、TMACはDNAのAT塩基対に結合して安定化させる性質があり、3mol/Lの濃度では塩基による熱安定性の差を完全に解消させる。このため、アミノ酸配列から演繹した、もしくは塩基変異を網羅するための縮重プライマー(degenerate primer::混合塩基プライマー)を使用するPCR条件ではしばしば使用される。一般に、TMACは、非特異的プライミングを排除するために15~100mMの最終濃度で使用し、DMSOおよびベタインと組み合わせて使用する。
また、「縮重プローブを用いたサザンブロッティングにおいては、縮重プローブはGC含量の異なる複数のプローブの混合物であり、通常はGC含量が最も低いプローブに反応温度を合わせるため、GC含量の高いプローブが偽陽性を生じる難点があった。しかし、3mol/LのTMACを含む反応系では、プローブのGC含量に依らず一定の温度で対合が起こるため偽陽性が減少する。低濃度では、PCRの収量や特異性の向上を目的とし用いられる。60mMの濃度では、AT塩基対の安定化により収量を5~10倍に向上させることが示されている。 」(Wikipedia「塩化テトラメチルアンモニウム」より引用)
これらPCR添加物は、ある種の増幅に対して有益な効果を示すが、どの薬剤が特定の状況において有用であるかを予測することは困難であり、テンプレートとプライマーとの各組み合わせについて実験的に施行する必要がある。
7:PCR阻害物と増幅阻害物の存在下で、PCRをヘルプする添加物
1 阻害物の種類
表5には試料中に存在する既知のPCR阻害物を例示したが、PCR阻害剤は血液や組織、便、尿、喀痰などの排泄物、および生物、植物、土壌など検査対象となる試料中に混在するものや、試料の前処理やDNA抽出操作により添加された試薬類など広範囲に渡る。これらは、何らかの機序で核酸と結び付き、試料の前処理や抽出操作を通過するものと推察される。さらに、KClおよびNaClなどの過剰な塩やデオキシコール酸ナトリウム、サルコシルおよびドデシル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate, SDS)のようなイオン性界面活性剤、さらにはエタノール、イソプロパノールおよびフェノールなどはさまざまな阻害機序を介して増幅低下を招く。
表5 試料中に存在する既知のPCR阻害物
阻害物 | 阻害物起原 | リファレンス |
---|---|---|
胆汁酸塩 | 糞便 | Lantz, P.G. et al. (1997) |
多糖類複合体 | 糞便、植物材料 | Monteiro, L. et al. (1997) |
コラーゲン | 組織 | Kim, C.H. et al. (2001) |
ヘム | 血液 | Akane, A. et al. (1994) |
フミン酸 | 土壌、植物材料 | Tsai, Y.L. and Olson, B.H. (1992) Watson, R.J. and Blackwell, B. (2000) |
メラニンおよびユーメラニン | 髪、肌 | Eckhart, L. et al. (2000) Yoshii, T. et al. (1993) |
ミオグロビン | 筋肉組織 | Belec, L. et al. (1998) |
多糖類 | 植物 | Demeke, T. and Adams, R.P. (1992) |
プロテイナーゼ | ミルク | Bickley, J. et al. (1996) |
カルシウムイオン | ミルク、骨 | Powell, H.A. et al. (1994) |
尿素 | 尿 | Khan, G. et al. (1991) |
ヘモグロビン、ラクトフェリン | 血液 | Al-Soud, W.A. and Radstrom, P. (2001)* |
免疫グロブリンG(IgG) | 血液 | Al-Soud, W.A. et al. (2000)* |
インディゴ染料 | デニム | Shutler, G.G. et al. (1999) |
*Radstrom, P. et al. (2004) Pre-PCR processing :Strategies to generate PCR-compatible samples. Mol. Biotechnol. 26, 133-46.より引用
Au Introduction to PCR Inhibitors(プロメガ社)を改変
(PDF)https://www.promega.es/-/media/files/resources/profiles-in-dna/1001/an-introduction-to-pcr-inhibitors.pdf?la=es-es
すでに、PCR実験の作業工程における阻害物のアタックポイントの概略を図2に示したが、一部の阻害物は試料中にも混在し、阻害機序は試料処理および抽出過程から始まり、各工程で諸種の阻害形式を発揮する。核酸と反応性物質とが干渉、逆転写を阻害、鋳型DNAを分解または修飾、アニーリングの妨害、DNAポリメラーゼの分解・阻害・変化およびプローブの結合またはフルオロフォアへの干渉などが挙げられる。当然、個々の阻害機序を詳細に解析すると、より具体的な対応策が可能となる。表6に体系的な阻害機序と阻害剤一覧を示した。
表6 PCR阻害剤およびその作用機序の例
インヒビター | 作用機序 | 参考文献 |
---|---|---|
ポリフェノール 多糖類 |
核酸との共沈降;沈殿したRNAを再懸濁する能力の低下 | John(1992)、Sipahioglu et al.(2006)、Su and Gibor(1988)、Wan and Wilkins(1994)、Wilkins and Smart(1996) |
細菌細胞 細胞破片 |
核酸の分解/隔離 | Burkardt(2000)、Katcher and Schwartz(1994)、Peist et al. (2001)、Rossen et al. (1992)、Weyant et al. (1990) and Wilson (1997) |
ポリフェノール 多糖類 |
核酸との架橋; 核酸の化学的性質の変化 | John (1992)、Opel et al. (2010) and Wilkins and Smart (1996) |
フミン酸 腐植物質 |
核酸および酵素への結合/吸着 | Abbaszadegan et al. (1993) |
ヘマチン インジゴ |
DNAの不完全な溶解 | Opel et al. (2010) |
金属イオン | プライマーの特異性低下 | Abbaszadegan et al. (1993) |
浄化剤 プロテアーゼ |
ポリメラーゼの分解 | Powell et al. (1994)、Rossen et al. (1992)、Saulnier and Andrenomont (1992) and Wilson (1997) |
カルシウム コラーゲン、 ヘマチン |
DNAポリメラーゼまたは逆転写酵素活性の阻害 | Al-Soud et al. (2000a)、Al-Soud and Rådström (1998)、 Eckhart et al.(2000)、Opel et al. (2010)、Peist et al. (2001) and Wilkins and Smart (1996) |
ポリフェノール タンニン酸 |
金属イオンのキレート化 | Abbaszadegan et al. (1993) and Opel et al. (2010) |
EDTA | Mg++を含む金属イオンのEDTAキレート化 | |
カルシウムイオン | ポリメラーゼの補因子との競合 | Rossen et al. (1992) |
抗ウイルス薬 物質(例.アシクロビル) |
ヌクレオチドとの競合、DNA伸長の阻害 | Bickley et al. (1996)、Opel et al. (2010) Yedidag et al. (1996) |
Exogenic DNA | テンプレートとの拮抗 | Tamariz et al. (2006) |
EDTA, ethylenediaminetetraacetic acid; PCR, polymerase chain reaction.
C. Schrader et al. Journal of Applied Microbiology 113, 1014-1026 を改変
2 増幅阻害物の存在下でPCRをヘルプする添加物
- 非イオン性界面活性剤は、二次構造形成を抑制し、DNAポリメラーゼの安定化に作用する。アンプリコン産生を増加させるために、トリトンX-100 (Triton X-100)、Tween 20、またはNP-40のような非イオン性界面活性剤(Non ionic detergents)を0.1~1%の反応濃度で使用する。しかし、1%を超える濃度では、PCRに対して阻害的に作用する。非イオン性界面活性剤の存在は、PCRストリンジェンシーを低下させ、偽の産生物を形成する可能性がある。これらは、DNA抽出プロトコルからの汚染物質であるSDSの阻害作用を中和する。
- 400ng/µLで使用されるウシ血清アルブミン(Bovine serum albumin:BSA)または150ng/µLのT4遺伝子32タンパク質(T4 gene 32 protein)などの特異的タンパク質の添加は、FeCl3、ヘミン(hemin)、フルボ酸(fulvic acid)、フミン酸(humic acid)、タンニン酸(tannic acids)などの阻害物が存在する場合、もしくは糞便、淡水および海水から抽出した試料でのPCR増幅を救済する。しかし、胆汁酸塩、ビリルビン、EDTA、NaCl、SDS、またはトリトンX-100 などを含むいくつかのPCR阻害物は、BSAまたはT4遺伝子32タンパク質のいずれかを添加しても緩和できない。
8:サイクル条件の変更
1 アニーリング温度の最適化
通常、アニーリング温度は、Tm値から2~5℃低く設定するが、プライマー対の温度の差異、標的部位の塩基配列の特性などにより規定通りにはいかないことがある。特に、文献などから引用したPCRでは、使用サーマルサイクラーの機種の相違などにより最適化が必要な事例がある。多くのPCRにおいてアニーリング温度の最適化は、目的とするPCR反応が促進される、または、他の添加剤とを組み合わせ、さらに効果的な成果を生む場合がある。
一対のプライマーのTm値が異なる場合は、2つのプライマーのアニーリング効率を近似させるため、まずはそれらの温度(Tm-(2~5℃)のアニーリング温度)の中点に設定する。この条件で非特異的なPCR産物が出る場合は、アニーリング温度を1~2℃ずつ上げる。この結果、非特異的なPCR産物が出ない条件が、当然Tm値を超えることもある。さらに、この条件でPCR産物の収量を望む場合は塩濃度を上げるなどの適正化が必要である。
2 ホットスタートPCR
最初の変性時間を3~9分間と長く設定し、修飾により不活性化状態のDNA ポリメラーゼを活性化する方法で、設定アニーリング温度以下の低温域でのプライマーの非特異的なPCR反応を防ぐ反応系である。この改変は、サイクリング条件に対する他の改変の有無にかかわらず組み込むことができると同時に、アンプリコン形成のための添加物と組み合わせても使用できる。ホットスタートは、反応の特異性および忠実度を向上させながら、アンプリコン収量を増加させ、Tm以下の反応を防ぐ結果として、プライマー二量体および非特異的プライミングを排除できる。これには、多くの手法があり、固体ワックスバリア、抗DNAポリメラーゼ抗体およびアクセサリータンパク質の使用などがある。
3 タッチダウンPCR(Touchdown:TD-PCR)
PCRサイクリングのパラメータのアニーリング温度に変更を加え、特異性の向上をめざすアプローチである。最初の数サイクルのアニーリング温度を、プライマーの最も高い融解温度(Tm)より数℃~10℃高く設定し、PCRの増幅当初から増幅するプライマーダイマーや非特異的プライマーテンプレート複合体の形成を抑制することにより、非特異的なPCR産物を減らして、特異的な増幅産物の産生を促進するが、増幅産物の収率は低下する。
このため、最初の数サイクルにおいて、各サイクルでアニーリング温度を毎サイクル1℃(実験系によっては0.5℃)ずつ下げることにより、特異的なアンプリコンの収量を高める。アニーリング温度が最適温度(通常、最も低いプライマーTmよりも3~5℃低い)に到達(タッチダウン)したら、さらに残りのサイクル(20~25サイクル)により、通常のPCR同様にそのアニーリング温度を維持し増幅する。これにより、特異的なアンプリコンを増量する。類似の方法として、ステップダウン(Stepdown)PCRがある。
4 Slowdown PCR
TD-PCRの改変で、ランプ速度および冷却速度の調整が可能な最新のサーマルサイクラー機能を用いたプロトコルで、非常にG-Cに富む(83%を超える)配列を増幅する場合に有益である。プロトコルはまた、増幅反応を阻害する2次構造形成を減少させる目的で、dc7GTPを使用する。ランプ速度はアニーリングサイクルで2.5℃/秒に、冷却速度を1.5℃/秒に低下させた。第1段階はアニーリング温度70℃(Tm+10℃)から、アニーリング温度58℃に達するまで3回ごとに1℃ずつ下げた。その後、第2段階は、58℃のアニーリング温度で15サイクル増幅した。48サイクル実行し、プロトコルは5時間を要した。本法は、非常にGCリッチな領域の増幅だけでなく、アニール温度の異なるテンプレートのルーチンDNA診断および薬理遺伝学のための汎用的な方法としても期待される。
5 COLD-PCR(co-amplification at lower denaturation temperature-PCR)
COLD-PCRは、野生型と変異を含むDNAの混合物から変異型対立遺伝子を増幅する改変PCRプロトコルである。過剰の野生型対立遺伝子の存在下で微少多型および低レベル体性 DNA変異を優先的に増幅する手法として、腫瘍などの突然変異検出に有用である。COLD-PCRでは、通常より低めの変性温度が特徴である。
(検査の樹 Vol.11 こんなとき、この方法を試してはいかがでしょうか参照)
6 ネステッドPCR
熱サイクリングの変更ではないが、スプリアス増幅産物を排除するために使用される強力なツールで、ネストされたプライマーの使用は、単一のゲノムに複数のパラロガス遺伝子が存在する場合、または異種配列の異種集団内に標的配列のコピー数が低い場合に特に有用である。基本的には、DNAの単一の領域を増幅する2組のプライマーを含む。外側のプライマーは、目的のセグメントにまたがっており、20~30サイクルでしばしば非特異的であるPCR産物を生成するために使用される。 次いで、最初の50µLの反応から約5µLの小さなアリコートを鋳型DNAとして使用して、第1のセットに対して内部位置にアニールする第2のプライマーセットを用いて20~30サイクルの増幅を行う。
他のPCRプロトコルとしては、より特殊化された RACE-PCR、Multiplex-PCR、Vectorette-PCR、定量的PCR(Quantitative-PCR)、Inverse PCRおよびRT-PCRなど多くが存在する。
まとめ
PCRは、生物科学分野において不可欠なツールであり、その応用範囲は拡大の一途をたどっている。 また、基本的概念をマスターすれば比較的容易に確立できる分析系でもある。さらに、関連試薬の充実も極めて豊富で、使い勝手のよい試薬系へと急速に改良・改善されている。このことは手技的に慣れた人には便利な反面、不慣れな方は選択に迷うこととなる。このとき知識を高め的確に選択できた人はよいが、誤った選択をした場合、結果に大きな過ちを犯しかねない。それはまた、何の兆候もなく結果を誤らせることになる。例えば、GC比の高い標的遺伝子を何の躊躇もなく通常試薬で増幅し「陰性」と結果を報告することは、度々生じる過誤である。また、分析担当者が何も気づかなければ陰性が最終結果となりかねない。このような過誤が生じかねない事例は身近にひそんでいる。この回避には、担当者、もしくは共同担当の仲間同士が切磋琢磨して基礎知識の向上を目指す必要がある。さらに、今日では次世代シーケンサーの出現や、諸種の分子生物学に関連した分析機器など、次々に最新機器が登場している。このためにPCRなど遺伝子増幅の基礎的分析技術は陳腐な感が歪めない。しかし、これらの機器も全て斯様な分析をベースとして生み出され、さらに、これらの最新技術系を最大限活用している機器も少なくない。従って、遺伝子増幅の基礎的知識・技術の修得と熱い探求心こそが、明日の新規発想を生み出す礎となるものと確信している。
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図1イラスト/菅原 智美
2017.12