SOLUTION
検査室支援情報
検査の樹 -復習から明日の芽を-
12. これからPCR検査を始めたい方への基礎知識
臨床検査に遺伝子検査が導入され、その複数項目に保険点数が認可されたのは比較的新しい。遺伝子検査は、高い特異性、高感度、迅速および簡易というキャッチフレーズの下に飛躍的な普及を遂げてきた。個別的には、確かに有用性の高い特性を持つ分析法といえるが、別の角度からみると、微生物の頻繁な遺伝子変異への対応、微小癌における微量変異遺伝子への対処、増幅産物汚染対策および増幅阻害など留意すべき課題もある。
また、遺伝子検査は検査技師の世代間により受講教育内容に大きな格差がある。高齢の人は、遺伝子講義の内容および時間数ともに比較的乏しいが、近年卒業された人は、多くの遺伝子理論と実技などを習得し、さらには院生として修学された人も増加傾向にある。このことは他の検査部門においても同様であるが、遺伝子検査での傾向は顕著である。
近年では、安価で簡易な解説書やネット情報なども入手しやすく、各人が興味を持てば学習可能な機会は増えている。しかし、現実的には、検査業務の膨大化とともに検査業務以外の作業が増大化しており、じっくりと学習できる時間は乏しいように見受けられる。さらに、書籍も遺伝子検査と直接的には関連しない難解な遺伝情報の解説が多く、肝心な遺伝子検査に限局した基礎を書きためたものは比較的少ない。
本稿では、PCR(polymerase chain reaction)を中心に遺伝子増幅検査の経験が乏しい、もしくは経験がなく、これからPCRを始めたい方々を対象に『これからPCR検査を始めたい方への基礎知識』を、続編としてすでに遺伝子検査を経験されている方々を対象に『いまさら、でも大切な遺伝子検査の基礎をふり返る』との2編に分け、遺伝子検査における基礎的課題を紹介する。本稿では、用途別に分かれる「遺伝子抽出法」と「プライマー設計法」は除外した。また、試薬・器具類は具体的な商品名を挙げたが、これは取り掛かりやすいように使用経験上から製品例を挙げたものであり、ベストとの意味ではない。
また本稿は、構成要素が多岐に渡ったため、読者の方が適宜分割して小休止しながらお目通しいただきたい。
1:遺伝子増幅の目的
PCRによる遺伝子増幅を確立するまでの概要と手順を図1にまとめたが、目的に合致する方法を確立するまでは、多くの要因の検証と確立および関連する知識とが求められる。また、これらは概要別に順を追って進める方が成功率は高い。本稿でもこの手順に沿って展開したい。
図1 PCR法による遺伝子増幅検査確立までの概要と手順
遺伝子の増幅にはいくつかの目的がある。すなわち、
- 遺伝子存在の有無を検出することが目的で、目視もしくは検出機器での検出可能なレベルまで増幅する。
- 遺伝子増幅領域のDNAシーケンス解析により、被験遺伝子の検証もしくはDNA塩基変異の有無を調べる。
- 増幅遺伝子をベクターに挿入し形質転換に用いる。
などがある。また、この目的により増幅遺伝子の鎖長など、その制約も変わってくる。他には、増幅時に標識塩基や標識プライマーなどを活用し、標識増幅産物を作成することなどもある。
PCRは、DNAポリメラーゼ酵素を用いて、鋳型(template)二本鎖DNAのセンスおよびアンチセンス鎖にアニールした一対のプライマー間をin vitroで複製する酵素反応である。従って、初心者でも基本理論を理解していれば比較的容易に目的遺伝子のDNA断片を増幅できる。さらに、理論的な机上構想に委ねられる因子も多いという特徴を持っている。増幅反応に求めるものとしては、収量、特異性、複製の正確性(fidelity)、増幅産物の鎖長などがある。これらに関与する因子としては、反応液の塩濃度、基質濃度、緩衝剤、使用酵素、添加剤、プライマー構成など反応を大きく左右するものが多く、目的を明確化すると同時に、最適な構成試薬を選択し、その増幅条件を設定する必要がある。
近年、PCRはend-point PCR、real-time PCRおよびdigital PCRなどいくつかに大別されている。そのほとんどが専用機器を用いた閉鎖反応系であり、遺伝子検査における重要な課題である、「増幅産物のキャリーオーバーによる汚染」対策が講じられてきたが、分析機器は高額なため導入できる施設は限られる。従って、多くの施設や多くの分野で、汚染防止に留意しながら、簡易かつ的確に目視結果が得られる増幅産物のアガロースゲル電気泳動による分析を行っている。
早期に遺伝子分析およびDNA増幅法として確立したPCRは、増幅の条件設定が比較的簡易で、かつ増幅後のアプリケーションも多彩なため広範囲な分野で活用されている。増幅は目的DNA上に設定した一対のプライマー間を挟んだ鋳型DNA領域を増幅する。増幅は、理論上は1サイクルごとに倍、倍で増幅し、30サイクルで一つの鋳型DNAからおよそ10億コピーの増幅産物が産生される。
さらに、PCR検査のなかには、鋳型DNAをバイサルファイト処理しCpGアイランドのメチル化DNAを調べるメチル化試験もある。これは、バイサルファイト処理により、メチル化シトシンはそのまま、非メチル化シトシンはウラシルに変換する化学反応を用いたもので、これをPCR増幅により検証する。このように、PCRは単に遺伝子を増幅検出するだけでなく、種々の遺伝子機能を分析評価する手法にも応用される。増幅目的を明確化した上での方法選択は必須であり、漠然と遺伝子検査を行うだけでは、その特質を活かせず課題も見えてこない。
2:DNA増幅反応の方向性
DNAの構造については詳細に説明した総説や教科書が多いので、それらを参照していただきたい。PCRで重要なのは、3’末端と5’末端の方向性と構造である。特にプライマーにおける3’末端のOHの存在は伸長反応(Extension)に重要である。DNAシーケンスの原理からも明らかなように“O”を欠いたddNTP (dideoxynucleoside triphosphate)を取り込むと伸長反応は止まる。従って、プライマーの3’末端に標識物を標識すると伸長反応は起きない。
また、DNA Taqポリメラーゼは5’→3’方向に鋳型(Template)DNAに沿って塩基合成を進める。熱変性前のDNAはセンス鎖(5’–––––––3’)とアンチセンス鎖(3’–––––––5’)が相補的に2本鎖を形成しており、熱変性後一本鎖となったDNAにフォワードプライマー(forward primer)は鋳型DNAのアンチセンス鎖に、リバースプライマー(reverse primer)は鋳型DNAのセンス鎖に相補的にアニーリング(Annealing)する(図2)。
図2 2本鎖鋳型DNA(テンプレート)と熱変性により1本鎖DNAとプライマー接合と伸長反応の模式図
さらにDNAの方向性で重要なものには、Exonuclease活性がある。DNAポリメラーゼは前述のように5’- → -3’方向に合成を進める。このとき塩基の取り込みエラーが生じた場合、3’→5’ Exonuclease活性(校正活性)を有するDNAポリメラーゼはエラーを起こした塩基を取除き、校正した後に伸長反応を進める。従って、忠実度の高い長い鎖長の増幅に適している。また、5’→3’ Exonuclease活性はDNAポリメラーゼの伸長と同方向に、すでにプローブなどがハイブリしていた場合、塩基を分解し剥ぎ取りながら伸長反応を進める。この活性はTaqMan® アッセイなどに応用されている。Exonuclease活性の有無は、試薬説明書に明記されている。
3:遺伝子配列情報
分析対象の遺伝子配列情報は、PCR条件の構築後は必須ではないが、分析上のトラブルや異常反応に対処できるように手元に持っておくほうが便利である。プライマーを文献や資料などから引用した場合は特にDNAシーケンスの検証や遺伝子内のプライマーサイトを確認することは大切である。この遺伝子情報を入手するには、NCBI http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedのGeneから検索する方法や、NCBI GenBank http://www.ncbi.nlm.nih.gov/genbank/に直接アクセスする方法がある。また、Accession Number(登録番号)がわかっている場合は直接検索できる(図3)。
*GenBankは、米国生物工学情報センター(NCBI: National Center for Biotechnology Information)が提供している、世界的な公共の塩基配列データベースである。
図3 Accession Number (登録番号)からの直接検索
細菌の抗生物質耐性遺伝子Carbapenemase「bla OXA-48」の検索を例示すると、NCBI GenBankのGeneを選択し、「bla OXA-48」と入力し検索する。類語などを含む検索結果が表示される。「bla OXA-48」を選択しクリックすると、bla OXA-48 Carbapenemase [Klebsiella pneumoniae] のFull Reportが出る、Genomic Sequence欄のgo to nucleotide: Graphics FASTA GenBankの GenBankをクリックすると、LOCUS NC_019154のKlebsiella pneumoniae Plasmid pOXA-48, complete sequence情報が表示される。この情報の最下部にアミノ酸シーケンスと798bpの塩基シーケンスデータが記載されている(図4、図5、図6)。
図4 NCBI Gene から「bla OXA-48」を検索
図5 NCBI Gene の「bla OXA-48 ID:13913776」を開きGenBankをクリック
図6 Klebsiella pneumoniae plasmid pOXA-48, complete sequenceデータ
この情報を基にプライマーデザインやプライマーシーケンスの確認などを行う。PCR成功の鍵はプライマー配列設計にあると言っても過言ではない。また、増幅領域の塩基配列の構成に伴うPCR障害は後述するが、増幅障害などに対処する手段の選択に有益となる。従って、PCR検査の経験が少ない方は、比較的熟慮された分析系である文献や資料などからプライマーを引用され、データベースとの検証に力点を置かれることをお勧めする。
4:PCRとは(関連用語)
PCRとは、鋳型二本鎖DNAを93~95℃の熱変性で一本鎖とし、その後プライマーのTm値付近(約55~65℃)まで冷却することにより、フォワードプライマーは鋳型アンチセンス鎖に、リバースプライマーは鋳型センス鎖にアニーリングする。その後、DNAポリメラーゼの最適温度域の72℃まで温度を上げ、鋳型一本鎖DNAをプライマーを起点に伸長複製する。この既定の3温度域(変性、アニーリング、伸長反応)を素早く加熱・冷却し、既定温度を保持し、さらに規定数までの反復を繰り返す機器がサーマルサイクラーである。
複製DNA(2本鎖)は、機器に設定したプログラムに沿って次のサイクルに入り、再度Denature, Annealing, Extensionを繰り返し1サイクルで2倍に増幅する。PCRではこの操作を25~40サイクル繰り返す。
*二本鎖DNAの単位はbp(base pair)で、40塩基対は40bp、1,500塩基対は、1,500bpもしくは1.5Kbpと記載する。ヒトゲノムのサイズは3Gbp(ギガベースペア、30億塩基対)、大腸菌ゲノムのサイズは4.8Mbp(メガベースペア、480万塩基対)という言い方をする。デオキシリボヌクレオチドの平均分子量はおよそ327であり、脱水重合で1塩基対あたり水2分子が抜けることなどを考慮すると、塩基対の大きさに616をかけることでおおよその分子量が求められる。(Wikipedia「塩基対」より抜粋)
1 PCRサイクル
1) 熱変性
試料中の鋳型DNAは、2本鎖DNAのままでは伸長できない。2本鎖DNAは、94℃で30~60秒間の加熱で1本鎖DNAに変性する。変性温度は93℃でも充分であるが、94℃のほうが無難である。また、標的配列によっては95℃に上げたほうが良い結果を生む場合もある。さらに高温で数秒の変性を行う方法もあるが、高温域では酵素の活性低下も考慮しなくてはならない。通常は、94℃30秒で充分である。
2) アニーリング
熱変性により1本鎖になった鋳型DNAにプライマーが接合し2本鎖を形成するプライミング反応を起こすステップであり、通常、アニーリング温度はプライマーのTm値以下に設定する。アニーリング温度を下げ過ぎるとプライマーの非特異的なアニーリングが起きやすく、結果として非特異的増幅が増え、標的配列の増幅が阻害される。アニーリング温度は高いほうがプライマーと鋳型DNAとのミスマッチが減少し反応の特異性が高くなる。しかし、高過ぎると標的配列も増幅できなくなる。
*Tm値(melting temperature): 二本鎖DNAの50%が解離して一本鎖となる温度で、塩基配列の構成と塩基数および反応液の塩濃度などにより決まる。フリーの計算ソフトも公開されている。プライマーのTm値の計算には、「Nearest Neighbor法」を用いるのが良い。
3) 伸長反応
プライマーを起点とする伸長反応は、DNAポリメラーゼによる鋳型DNAの連鎖的複製酵素反応である。通常のPCRでは、伸長反応は72℃で1分間ほど行うことが多い。伸長反応に必要とする時間は鋳型DNAの濃度や、標的配列のサイズによっても異なるが、標的配列の鎖長が1kb以下の場合は1分間で充分である(酵素は1分間に2~4kbを合成する)。増幅鎖長が1kb以上の場合は、1kbに付き1分の割合で長くする。近年は、機器や器具および試薬組成の改良などにより伸長反応を短くし、増幅時間全体を短縮化する傾向にある。
4) サイクル数
サイクル数は25~40サイクルに設定する。酵素反応であるからサイクル数が多過ぎるとDNAポリメラーゼ活性の低下、基質成分の減少、反応副産物の蓄積による伸長反応阻害および増幅DNA同士の再会合によるプライミング効率低下などを原因とした反応低下が生じるため、必要以上にサイクル数を増やすことは避ける。また、過剰なサイクル数では非特異的増幅を生む場合もある。
2 PCRに必要な構成物
1) プライマー
鋳型DNAに特異的な18~30塩基ほどの相補的塩基配列を持つ合成オリゴヌクレオチドで、増幅したい領域を挟むようにフォワードプライマーとリバースプライマーとの2か所(一対)設定する。短い一本鎖DNAであるプライマーの単位は20塩基の場合は20mer(マーと読む)と表記する。プライマーの塩基合成は、プライマーの塩基配列を記載した依頼書にて合成メーカーに依頼する。
2) PCRバッファー
反応に必要なものとしては、酵素:DNAポリメラーゼと基質(4種の塩基:dGTP、dCTP、dATP、dTTP)、Mg2+(一般的に2mMの塩化マグネシウム)、最適pH(pH7.5-9.5)を保持するBufferが必要である。また、カリウムイオンが酵素活性を高めるため50mM程度を添加する場合があるが75mM以上になると阻害する。これらのPCRに必要な試薬(プライマーと鋳型DNAを除く)はすべて装備された試薬キットが市販されている。さらに、近年は試薬類の操作が容易なように、反応に必要な成分などを混合したmaster mix濃縮液の形状でも市販されているが、個別の分別試薬もあるので組成や濃度変更が必要なときは活用する。
*PCR用バッファーは、製品によって界面活性剤が添加されており泡立ちやすいものがあるので、タッピング操作は穏やかに注意して行う。
3 PCRに必要な機器
1) サーマルサイクラー
PCRでは、変性温度、プライマーとのアニール温度、伸長反応温度の保持と3段階の温度が必要で、これらを1サイクルとした温度の上昇・下降を素早く移行するサーマルサイクラーが必要である。DNAポリメラーゼの酵素特性を活かすためには機器の温度作動は急速さが求められる。さらに、蓋部分を100℃付近まで高温化することにより反応液の蒸発を防止する機構が付けられ、反応液を20~25µLに少量化することが可能となった。さらに、Applied Biosystems® Veriti® 96-well Fast Thermal Cyclerと、専用PCR tubeおよびGeneAmp® Fast PCR Master Mixとを組み合せると2時間以上の増幅時間が25分まで短縮できる。
サーマルサイクラーは、サーモグラジェント機構を備え、一台で機能的には3~6反応系を同時に独立して進行可能な機種もある。現在では、特殊機能を求めなければ50万円を切る機種も市販されている。サーマルサイクラーは、サーマルブロックと呼ばれる金属板でプログラム通りに反応チューブを急速に加熱・冷却する機能を持つ。金属板にはヒーターやペルチェ素子などがついており的確に反応液の温度を上下させる。
2) クリーンベンチ簡易型
試薬の調製、混合時における増幅産物のキャリーオーバーによる汚染防止策としてクリーンベンチは必須である。ただし、感染微生物のDNA抽出など感染の危険性を防止するものではないため、卓上型の簡易なクリーンベンチで充分である。なお、UVランプの装着は必須である。また、作業前後にはUV灯の点灯、次亜塩素酸ナトリウム液やDNAZapもしくはDNA AWAYなどでの内部清拭が必須である。
5:プライマー域の設定
プライマーはPCRの可否を左右する重要な因子である。市販の既定品以外のプライマーは通常、塩基配列を記載し合成を依頼する。類似したものにプライマーとプローブがある。プライマーは3’端にOH基を有し伸長起点となるがプローブは3’端がブロックされているため伸長できない。両者はいずれも鋳型DNAおよび複製DNAの1本鎖の相補的塩基部位にハイブリするオリゴ塩基である。
DNAのPCR増幅領域は、数塩基と短いものから数十キロ塩基と長いものまである。また、遺伝子検査の目的によっては増幅領域内の1塩基の変異を検索するものや生物種間の塩基変異を検索する、もしくは遺伝子の欠損や挿入を検索するなど目的はさまざまである。
プライマー領域については、Tm値や塩基構成などの諸性質を調べるが増幅領域内部の調査は手薄なことが多い。増幅領域のGC、ATの塩基構成は、PCRの条件設定、増幅酵素の選択、増幅反応液への添加試薬を決める重要な因子である。これらの情報を基にたどれば最適なPCR条件や試薬選択の参考となる情報チャートが各試薬メーカーより提供されている。
本稿では、プライマー設計については言及しないが、異なる複数のプライマー資料を入手しその選択に迷った場合を想定し、プライマー設定に求められる条件の一部を示した。
プライマーのTm値は通常55~65℃に設定し、一対の温度差は5℃以内とする(効率的、特異性の高いPCR増幅をめざす)。GC含有率は40~60%とし、結合を促進するため3’端はCもしくはGにする。プライマー内部の二次構造形成を避け(専用ソフトの使用を推奨)、GCリッチ領域とATリッチ領域の分布バランスを取る。4個以上の連続した同一塩基の配列や繰り返し配列を避ける。片方のプライマー内部での3塩基以上の相補的配列を取る、もしくは1対のプライマー間での相補的配列は避ける(プライマーダイマー生成の回避)などがある。
プライマーは18~30塩基と短い配列であるが、この中の3’末端側の約8塩基は酵素が結合して伸長反応をプロモートする領域であり最も特異性が求められる。従って、鋳型DNAとプライマーDNAとの3’端の塩基配列にミスマッチがあれば増幅できない。また、5’末端領域は、Tm値と特異性を高める領域として利用する。塩基の長さを調整しながらプライマー全体のTm値を調整する。さらに、変異導入に用いるプライマーでは、プライマーの中央部にミスマッチ部位を導入するようにデザインする。
6:PCRにおける増幅試薬の選択
PCRにおける市販増幅試薬は、1) 早いPCR反応、2) ターゲットジーンがGCリッチ領域である、3)目的増幅域が数kbと長い、4) 忠実度(fidelity)の高い増幅、5) クルードもしくは抽出なしのtemplateDNAを増幅する、もしくは6) multiplex-PCRなどの要因により増幅試薬が選別される。さらに、ホットスタートの有無、master-mixの形状などの要因による場合もある。通常使用する場合は、いくつかの増幅試薬を使い分けることで充分である。一部の要因は別として、一般的には当初から使い分けるというよりはうまく増幅できなかった場合にたどる場合が多い。一般的には、TaKaRa Ex Taq®や AmpliTaq Gold®などの使用率が高い。
PCRでは、2本鎖DNAを93~95℃の高温で一本鎖に熱変性させる操作が必要であり、耐熱性酵素の使用は不可欠である。PCRに使用する耐熱性DNAポリメラーゼは、熱水噴出皓孔に生息している耐熱菌Thermus aquaticusが産生する高温でも比較的安定なTaq DNAポリメラーゼ(EC.2.7.7.7)で通称属名の頭文字と種名を取りTaqと呼ばれ、family A(Pol I型)に分類される酵素である(現在は、遺伝子組み換え体により生産)。
近年は、PCRに使用可能な耐熱酵素の種類も多く、試薬構成も多様化しているため目的に応じた試薬が入手しやすくなった。試薬メーカーも目的別に選択基準を提示している。いくつかを例示すると、
『ぱっと判るPCR酵素の使い分け』(タカラバイオ社 ウェブサイト)
http://catalog.takara-bio.co.jp/flowchart/flowchart.php?id=M100005564%7cM100005537
『PCR試薬セレクション ガイド』(ロシュ・ダイアグノスティックス社 ウェブサイト)
(PDF)https://roche-biochem.jp/prima/images/pcr_reagent_guide.pdf
『各種PCR実験に最適なPCRマスターミックス』(コスモ・バイオ社 ウェブサイト)
(PDF)https://www.cosmobio.co.jp/upfiles/catalog/pdf/catalog_11898.pdf
などがある。
単独の増幅酵素ではPCR産物の鎖長は2kb程度と言われるが、近年では、合成エラーの校正活性を持つ酵素との混合と同時に、増幅反応時には上下40℃にもおよぶ大きな温度差に伴うバッファーの酸解離定数に起因するpH変動と核酸プリン環損傷による伸長反応の停止を改善するバッファーの開発、さらには、構成試薬による緩和によりPCR産物の鎖長は飛躍的に伸びた。この技術はLong PCRに活用されている。Advantage® 2 DNA Polymerase Mix(タカラバイオ社)本製品は、Titanium® Taq DNA Polymerase (ホットスタート用Taq Start Antibodyを含む)と校正活性を持つ酵素をブレンドしている。
さらに、試薬形状としては、凍結乾燥プレミックスタイプ試薬として、High Fidelity PCR EcoDry™ Premix(タカラバイオ社)などが数社から市販され、保存期間の差異はあるが室温保存が可能である。また、REDTaq® DNAポリメラーゼ(Sigma-Aldrich社)は試薬に赤い色素を添加してある。酵素の添加や反応液の混和を視認できるため、操作が容易であり、さらにアガロースゲル電気泳動の動作時にローディング色素を追加する必要がなく、PCR産物の一部をアガロースゲルにそのまま添加できる。この他、伸長時間「10秒/kb」の高速PCRを実現するDye入りプレミックス試薬高速PCR用 Dye入りプレミックス試薬SapphireAmp® Fast PCR Master Mix(タカラバイオ社)など、特色を持つPCR試薬が数多く市販されている。
PCRにおけるもう一つの酵素選択基準としてTAクローニングの可否がある。すなわち、増幅産物の3’末端に余分な1塩基(主にアデニン:A)を付加するTdT(Terminal deoxynucleotidyl transferase)活性の有無である。厳密にはどのPCR酵素にも備わっている活性であるが、3’→5’Exonuclease(校正)活性が強い酵素では、一旦は付加しても校正活性で除去され平滑化する。A付加された増幅産物は直接TAクローニングでき増幅産物のシーケンスが容易である。また、平滑化された増幅断片にAを付加してTAクローニングするTArget Clone™/ TArget Clone™ -Plus-(東洋紡ライフサイエンス事業部)も市販されている。
7:オリゴDNA合成依頼とプライマー使用液調製
今日では、プライマーの塩基合成(オリゴDNA合成)は多数のメーカーが行っている。合成依頼メーカーを選定する際は、頻繁に合成を依頼している人や試薬納入ディーラーに相談する、もしくはPCR関連機器・試薬販売メーカーにオリゴDNA合成受託の有無を問い合わせるなどして決める。価格だけにこだわることなく、製品品質の高さに重きを置くべきである。大抵のメーカーは注文前に会員登録の手続きが必要である。
手続きを終え注文する前に調査しておくべきことは、プライマーのDNAシーケンスの依頼形態(FAXもしくはインターネット注文)、依頼する合成スケール、精製法、合成品の最終形態(粉末、100µMなど)、合成品到着までの期間、配送届け先(プライマーは注文者への直接手渡しが一般的)などがある。これらは、メーカーにより微妙に違いがあるため事前に確認する。例えば、プライマーシーケンスの記述では、小文字指定、大文字指定、混合塩基、修飾塩基の記載法などである。当初は、最小スケールの脱塩精製品でオーダーし検証すると良い。
プライマーのDNAシーケンスは論文や資料から引用した場合、規定により5’-を右、3’-を左側に記載されている。通常リバースプライマーは、sense鎖とアニールするためシーケンスは、sense鎖表記の相補塩基であり、5’-を右、3’-を左側に記載すると左右が逆となる。一度、目的geneの塩基配列を打ち出し確認すると理解しやすい。
納品されたプライマーは、数日中に使用する場合は室温で良いが、長期に渡る場合は-20℃に保管する。当初、戸惑うのがプライマー濃度の調製である。納品されたプライマーは、100µMと濃度を指定して注文した場合は液状の調製済み製品が納品される。粉末品の場合は溶解液(溶解液は精製水かTEとされ、TE [10 mM Tris-HCl(pH 8.0)、1 mM EDTA]が推奨される。水のpHは多くの場合弱酸性で、合成DNAの加水分解を引き起こす可能性があるためらしい)で目的濃度に溶解する必要がある。以下に実例を述べる。
製品に添付された説明書に65.74 nmolと量が記載されている例では、これを1nmol/µLにするには、この数字に等しい量(µL)のバッファーを添加する。この場合は65.74µLである。100pmol/µL(通常原液はこの濃度に調製する)にするには、この数字×10(µL)量のバッファーを添加する。この場合は、657.4µLである。この例では65.74×10=657.4µLで溶解したら100µM液(=100pmol/µL)が調製できる(Molは1L当たりの濃度)。複数本のプライマーが納品された場合、同じ100µMなのに各々の容量が異なることは多い。
PCR試薬の説明書には、25µLの系で、プライマー1 0.5~2.5µL(final concentration 0.2~1.0µM)と記載されている。これはX・µM×(0.5~2.5µL)/25µL=(0.2~1.0µM)と理解すると、X=10となる、すなわち原液(100µM)を×1/10倍したプライマー(10µM)を0.5~2.5µL添加するとの意味を表す。このように反応系の説明書を理解した上でプライマー原液を×1/10倍に希釈した使用液を小分けし保管しておくと便利である。また、プライマーは凍結融解を繰り返すと分解する恐れもあるので、10回程度で使い切るくらいの量に小分けして保存(-20℃)するのが望ましい。
プライマーは、通常のPCRではフォワード、リバースいずれも同濃度であるが、Multiplex-PCRではgene間で異なることがある。しかし、同じgeneのフォワード、リバースプライマーは同濃度である。このような場合、PCR全体の反応液量は精製水量を調製して揃える。
一般的なPCRでは、オリゴDNA合成の精製法は、脱塩で充分であるが、クローニングに用いるプライマーの場合は、最低でもカートリッジ以上のグレードが推奨される。
8:PCR条件設定
PCRの温度条件は、3段階法と2段階法とがある。PCRの温度条件の中で、94℃(or95℃)の変性温度と72℃の伸長反応温度は多くのPCR温度条件において同じで、アニーリング温度のみが変わる。また、各ステップでの時間は使用試薬やサーマルサイクラーの機能によっても変わるが、基本的には増幅産物の鎖長によって伸長反応時間のみが変わる。
DNAポリメラーゼは耐熱酵素ではあるが95℃に長時間さらすと活性が幾分ダウンしてくるため、変性時間は94~95℃で通常は30秒以内とする。熱変性はゲノムDNAでも20秒程度で一本鎖に解離すると言われている。通常、サイクルに入る前に2~5分間の鋳型 DNAの充分な変性時間を設定する。サイクルごとは前サイクルのPCR産物の変性であり、その鎖長は極めて短く変性は容易である。
72℃の伸長反応は使用する酵素試薬やサーマルサイクラーの機能によっても異なるが、基本的には増幅産物の鎖長によって異なる。増幅塩基鎖長/(50塩基/秒)位を指標に算出し、さらに数秒を加えテストする。アニーリングの温度はプライマーのTm値より2~3℃低い温度を設定する。このときのTm値は、プライマー1対のうちの低い方を用いる。長いプライマーを用いる場合は別であるが通常は、アニーリングの時間は30秒あれば充分である。アニーリングの温度域でもDNAポリメラーゼ活性は作用を始め伸長反応は進んでいることも加味すべきである。Tm値は、計算式により算出できるが合成を依頼した場合は製品説明書に付記されている。Tm値は、反応液の塩組成によっても変わる。
目的バンドが薄い場合はアニーリングの温度を下げ、非特異バンドが出現する場合は温度を上げる。温度の上下は2℃間隔でのテストがしやすい。サーモグラジェント機能があるサーマルサイクラーでは、同時に3もしくは6ポイントのアニーリング温度の条件検討ができる。PCRの酵素は、2価の陽イオンを要求するため、PCR試薬は至適な最終濃度として1.5~2.5mMのマグネシウム溶液をすでに含んでいる。非特異的な増幅産物が増えるときはマグネシウム濃度を下げる、また増幅産物の収量を増やしたい場合には濃度を上げてみる。
基本的なPCRは、(Denature-Annealing-Extension)3つの温度設定で遂行する。しかし、理論的にはプライマーをアニーリングさせる温度域でもDNAポリメラーゼの酵素活性は充分である(50℃で1~2kb/min)。従って、アニーリング温度を30秒保持している間に数100bpの伸長反応はすでに起きている。サーマルサイクラーのAnnealing-Extension間の上昇過程でも伸長反応は進行しているが、Annealing-Extension間の移行時間は機種により異なる。さらに、この後Extensionとして設定した伸長反応が遂行される。
このような観点からDenatureとAnnealing-Extensionを一緒にした2つの温度設定で遂行する2step(シャトル)PCRが推奨されている。従来は、プライマーが長めでTm値が高い場合に応用されたが、近年は通常のPCRへの応用例も見られる。但し、酵素によっては不適な場合もあるのであらかじめ検証する。2step PCRでは、Annealing-Extension時間は40~60秒/kbとし、最少時間は30秒と設定する。例えば、3ステップでは(94℃ 30秒→60℃ 30秒→72℃ 1分/kb)の場合、2ステップでは(94℃ 30℃→68℃ 1分/kb)となる。
9:PCR予備テスト
PCR条件が設定できたら設定条件通りに必ず一通りの予備試験を行う。PCR産物をアガロースゲル電気泳動し、目的バンドの有無、目的バンドの実測サイズと理論サイズとの一致性、非特異バンド出現の有無、プライマーダイマーの有無などを注意深く観察する。目的バンドが検出できない場合は、PCR条件を検証する。特にTm値の検証、アニーリング温度および変性温度は重要となる。次に操作ミスの検証として、試薬全体の検証と添加忘れ、試薬の有無、酵素試薬の充分な活性保持(他の確実なgeneの検出)などを検証する。次にプライマー分解の有無を確認(当初小分けした別tubeのプライマーを併用)する。
PCR条件の検証を終え、試薬・操作上の問題はないがバンドが検出できない場合はまず、増幅領域のGC含量を検証する。DNAシーケンスデータが得難い場合は、PCRの変性条件を94℃で30秒から98℃で10秒(半減期ぎりぎりなので30サイクルとする)に変え試してみる。
*Taqポリメラーゼ: Taqポリメラーゼは最適条件では、1秒間に30-100塩基の複製を行う。Taqポリメラーゼの至適温度は75~80℃と言われており、半減期は92.5℃では2時間、95℃では40分、97.5℃では9分である。また72℃で10秒間、酵素活性を調べた結果1000bpのDNAを増幅できることが分かっている。(Wikipediaより抜粋)
さらに、塩基配列情報からGCリッチ領域であることが判明したら、DMSO(dimethyl sulfoxide)を1~10%になるように加える。もしくは、天然の浸透性保護剤であるベタイン(betaine)を最終濃度0.5 ~2.5Mとなるように加える。これにより、GCリッチ領域の融解温度が下がる。またPCRにおける血液やヘパリンの影響も受け難くなる。ただし、試薬によってはすでに添加されているので確認が必要である。
PCRなどの遺伝子検査では、試薬や混合試薬量が微量なため作業中頻繁にスピンダウンが必要である。特に試薬添加の際1µLと微量な秤量物は、チューブ最底部もしくは添加液内に確実に添加する。また、タッピングしたチューブ内の試薬や水滴などはスピンダウンにより集積する。不慣れな初期の操作では、意外に添加した試薬同士の非接触が原因で反応が進まないケースも見受けられる。遺伝子検査では、添加試薬や作業工程が多いので操作書各欄の左側に□を設け、終了作業ごとにチェックを入れる。操作書をラミネートしマジックペンでチェックすれば、終了後はエタノールで拭き取ると何回も使用できる。
10:PCR増幅テストの実際
PCRなどの遺伝子増幅検査で最も留意すべき点は、増幅産物によるコンタミ対策と試料成分による増幅阻害である。厄介なことに、これらは試料ごとに異なる現象を呈する。増幅阻害の監視は、多くが試料中に存在する非目的遺伝子を増幅させ内部コントロールとして増幅の可否を監視する方法を取る。一方、コンタミ対策は、積極的な防止策として、分析作業前後におけるワークステーション、ピペッターなどの使用器具、クリーンべンチなどを0.5%次亜塩素酸ナトリウム液やDNAZap(Invitrogen®, Ambion®)DNA AWAYなどを用いて清拭する。さらに、アッセイ系には陰性コントロールとして試薬コントロールや抽出系からのコントロールを用いるが検出には数的な限界がある。また、PCRのモニターには陽性コントロールを用いる。
増幅産物の汚染対策としては、dNTP mixtureにdTTPの代わりにdUTPを用いてPCRを行う方法もある。PCR開始前にウラシル-DNA グリコシラーゼ(UNG)で増幅産物由来のdUTPのN-グリコシド結合を加水分解し脱塩基部位を生じさせ、さらに95℃で2分間の熱処理と、リン酸バックボーンの加水分解によりPCR増幅の鋳型は増幅できない。しかし、注意すべき点は、dUTPを使用した系では校正活性が使えないので試薬の選択には注意が必要である。
さらに、PCRに必要な試薬機器、PCR条件など万全な準備ができても回避できない課題として、多種多様な鋳型DNAが混在する試料中における低温領域でのミスマッチなアニーリングの回避がある。プライマーの特性上、ミスアニーリングしたプライマーサイトは次回のアニーリングからは100%のマッチングを示す。このような課題を避けるために試薬混合は氷上操作を規定しているが、これでも限界があり、目的配列以外のDNAの非特異的増幅が起きる可能性がある。
具体的には、室温など温度がTm値以下の状態でPCRを開始すると、37℃付近でも2本鎖DNAは部分的に解離し、生じた1本鎖DNA鎖のさまざまな部位にプライマーが非特異的にアニーリングする。これにTaqポリメラーゼの活性が低いながらも発揮され、非特異的増幅の原因を生じる。また、低い温度ではプライマーがダイマーやオリゴマーを形成しやすく、増幅効率の低下を招く。このような原因からプライマーの再考が求められる場合もある。
このような反応開始時点の非特異的反応を避け、特異的な増幅の効率を高める手段の一つが、ホットスタート法である。ホットスタート法はプライマーと鋳型DNAが低温で接合し、PCRが開始するのを防ぐ。方法としては、1)高温下で不足しているコンポーネントを追加する方法、2) ワックスバリアー法、3) DNAポリメラーゼのモノクローナル抗体を用いる方法、4) 加熱処理をすることで活性化するTaqポリメラーゼを用いる方法などがある。現在は、ホットスタート法の専用試薬が市販されている。これらの試薬が入手できない場合は、試薬説明書を熟読し、必ず氷上で試薬混合操作を行い、不用な操作は極力避ける。
PCR反応液は、多くの試薬を添加することが多いので、試薬の添加順番なども気になる。基本的には量の多い順、すなわち水、反応液(もしくはBuffer)、dNTP(反応液に加えられているものが多い)、プライマー、酵素を加え、最後にDNA(template)の順に加えるのが良い。これにより、数µLの微量でも確実に反応液内に添加されるために確実な反応が期待できる。酵素液は-20℃の不凍状態で保存されており、融かさずに使用できるため温める時間はできるだけ短くする。また、過度なタッピングやボルテックスは酵素タンパク質の失活を招く恐れがあるため避け、混和は緩やかに行う。また、酵素液にはグリセロールなどの不凍液が添加されているので秤量の際はマイクロピペットチップへの付着に注意する。遺伝子検査は、正しい知識の基に的確に施行しないと見えない要因に害される(図7)。
図7 遺伝子検査は適性な知識の基に的確に施行しないと見えない要因に害される
11:増幅産物の検出試験:アガロースゲル電気泳動
PCRによる増幅操作が完了したら、目的増幅産物を分子サイズ上から推測する。機器によっては熱融解曲線(Melting curve)やTaqManプローブを用いた検出反応に即移行できるが、本稿ではアガロースゲル電気泳動による検出法を紹介する。本作業は、PCRの可否を決定するため緊張が走ると同時にこの作業からは、膨大な量の増幅産物を含む反応液が入ったチューブを開栓し増幅産物を扱う。従って、汚染回避策としては試薬調製や鋳型DNA調製室とは別室で作業する。また、一つ一つの操作が増幅産物汚染の源となることを強く認識する。当然、接触・飛散など不測の事態が生じる可能性を想定して清拭用次亜塩素酸ナトリウム液などを準備しておく。
アガロースゲル電気泳動のゲル染色法には2法がある。一つは電気泳動後にゲルを染色し検出する方法、もう一つはゲルの中に蛍光色素を含ませ電気泳動しながら染色する方法である。前者は、電気泳動終了後さらに染色操作が加わるため結果判読までの時間がかかる。後者は、電気泳動の終了と同時に結果判定が可能である。また、使用器具(LEDブルー光のトランスイルミネーターの上に透明泳動層を乗せ、オレンジフィルターで観察)によっては電気泳動しながらリアルタイムにバンド像が検出できるため染色時間を短縮できる利点がある。しかし、前染色では、染色色素のインターカレーション(Intercalation)によりDNAの2個の塩基対間への取り込み数や部位などの差異が微妙に影響するため電気泳動像の乱れや分子サイズに相違を伴うことがある。従って、バンドの有無の確認には良いが、正確な分子サイズを計測する場合は後染色を推奨する(臭化エチジウムはインターカレーターの代表例である)。
後染色法も前染色法もアガロース(seakem® GTG® :ロンザジャパン社)の溶解までは同じである。
アガロースゲルの作成
- PCR産物の鎖長が100~800bpであれば2%ゲルで良い。使用バッファーはTBE(Tris Borate EDTA)を使用する(バッファーは×5、×10など濃縮タイプが多いので、あらかじめ規定濃度×1~×0.5に希釈しておく:通常の精製水)。ただし、PCR試薬の説明書にバッファー指定があれば従う。ゲルの調製量はゲルトレイの縦横を測り、ゲルの厚さ5mmをかけ計算する。
- 使用ゲルの容量が決まったら2%相当のアガロースを秤量する。30mLのゲルを作成する場合は100mLのガラス製三角フラスコ、もしくはビーカーに0.6gのアガロースを秤量する。秤量したアガロースとTBEバッファーを三角フラスコに入れ、口をサランラップで覆い虫ピンで1,2箇所穴をあける(これは加熱中の蒸発防止と膨張防止のため)この状態で容器も含め全体を秤量して記録する。
- 電子レンジ(市販の安価品で充分であるが中の容器が見やすいものを選ぶ)500~750Wで加熱する。通常は2,3分間を要するが機種により異なるため耐熱手袋を着用し突沸に注意して操作する。通常、加熱開始から30秒位で庫内から出して軽く回転混和する。初期沸騰を観察しながら15~30秒ごとに庫内から出して回転混和する。沸騰を始めたら頻回に撹拌しながらアガロースの溶解状態を観察する。微細な粒状物がなく完全に透明状に溶解したら電子レンジの加熱を止めて外に出す。この時点で容器ごと全体を秤量し蒸発水分を計算する、重量が極端に変わっていたら蒸発した水分量にさらに0.5~1.0gの精製水(通常の精製水)を加え添加補正する。補正した場合は、再度電子レンジで加熱し、一度沸騰するまで再加熱する。
- そのまま電子レンジの外に置き室温で冷却する(急いで冷却したいときは50~60℃の温水中で撹拌しながら冷却する。水で冷却するとガラス壁に薄いゲル膜ができる)。前染色する場合は、60℃まで冷却したら蛍光染色液GelStar®(ロンザジャパン社)をアガロースゲル30mLに対し、3µL(×10,000の商品)添加し回転混和する。前染色法、後染色法いずれも50℃付近まで冷えたら、水平(水平器でセットした水平台もしくは厚手のガラス板を使用すると良い)にセットしたゲルトレイ(コームサイズはサンプル数によって変わるが不慣れな場合は大きいコームをお勧めする)にアガロースを流して静置し固化する(一気に流し込み、全体に拡散したことを確認する。もし、気泡が生じたら素早くアルコールを少し離れた位置から泡にめがけ軽くスプレーする)。
- わずかに白濁してゲル固化が確認されたら、固化ゲル上にTBEバッファーを重層した後でコームをゆっくり引き上げて外す。泳動槽に泳動バッファー(TBE)を入れゲルトレイごとゲルを沈め、規定線まで泳動バッファーを満たす。(もし、すぐに設置しない場合は、固化したゲル上にTBEバッファーを薄く張り乾燥を防ぐ)泳動槽にゲルを設置する場合は、ゲルトレイの底部にアガロースゲルが被膜状に付着している場合があるので設置する前にキムワイプで拭き取る。ここまでの操作はPCR中に終えておけば、PCR終了後、すぐに検出操作に移れる。
- PCRを終えた200µLチューブに直接もしくは新しいtubeに増幅産物を10µL採集して移す(パラフィルムを水平に広げ、その上にサンプル数だけLoading Buffer 2µLを露滴状に置き、適時PCR産物10µLを混合しアプライする方法もある)。
いずれにもPCR産物の1/6容の6 x Loading Buffer Double Dye(ニッポン・ジーン社)を加えピペッティングにより混合する(ローディングバッファーには、ウェル[ゲルの穴]の中にPCR増幅サンプルが沈むように比重を高くするグリセロールまたはフィコールと、電気泳動の進行状態が観察できるように、単独、2種もしくは3種の色素を含んだものがある)。
増幅tubeの開栓時使用したグローブは、接した箇所を次亜塩素酸ナトリウム液含浸ガーゼに、次に精製水含浸ガーゼで拭いながら作業を進める。 - ローディングバッファーを加えたPCR産物10~12µLをアガロースゲルウェルに注入する(マイクロチップ先端でゲルを穿孔しないように注意する)。最端ウェルに分子サイズマーカー(マーカーはラダー状:サイズの間隔と領域で選択する、DNA Digested Markers[バクテリオファージなどを制限酵素で切断したもの]とがある。試料の分子サイズに近接したものを選ぶ)をアプライし、次のレーンから試料を注入する(各レーンにアプライした試料名を記録する)。分子サイズを正確に知りたい場合は分子サイズマーカーを両端にアプライする。
- アプライを終えたら100Vで電気泳動を開始する。電気泳動槽の通電に問題がない場合は、バッファー内電極線から発泡が確認できる。泳動開始20分後位から色素の移動度を観察しゲル長全体の2/3距離位まで移動が確認されたら泳動を止める。
- ニトリルグローブを着用する。前染色した場合はそのままブルー光(480nm)を照射して、オレンジのメガネもしくはオレンジのフィルター板をかざし観察する。後染色の場合は、泳動バッファー50mL に対し10mg/mlのEtBt液2.5µLを加え、軽く揺らしながら15~30分間染色する。染色後のアガロースゲルをプラスチックラップ上に置き、UVカット板で覆い300nmのランプを下から照射してバンドを観察する(バックグランドが濃く染まり過ぎた場合は、水、0.5×TBEもしくは1mM MgSO4に10~30分間浸漬して脱染色する)。
*EtBt染色液は、変異原性があるので取扱いには注意が必要である。過剰量は調製せず短期間であれば数回の染色に兼用できる。EtBt染色液には次亜塩素酸ナトリウム液を加えてはならない。処理剤としてはEtBt Destroyer(FAVORGEN Biotec社)などが市販されている。
アガロースゲルに蛍光染色液を添加する前染色法では、GelStar®のようにDNAと結合した色素のみが発光する色素系では問題ないが、EtBrは、DNAは陽極方向に泳動し、EtBrは陰極方向に泳動するため、DNAの移動が遅い場合はEtBrがゲルを流れ切らずに残りバンドを観察できないことがある。この場合は、再度セットし電気泳動を継続する。 - 電気泳動のバンドが観察できたらまず、目的バンドと分子サイズマーカーとの相対移動距離(サンプル孔先端からバンド先端までの距離を対比する:片対数グラフを使うと便利)から分子量を推定し、目的バンドと合致しているかを確認する。目的サイズのバンドが検出されたら一応PCR増幅は成功したといえる。しかし、この他に非特異バンドの出現や多くのプライマーダイマーが出現した場合は、PCR条件の再考が必要となる。観察後は、記録のためにデジカメや、iPhoneもしくは専用の写真撮影装置を使ってアガロースゲルのバンド写真を撮影する。この場合、使用した蛍光色素によりフィルターが異なるので事前に適不適を調べておく。
- PCR検査の汚染は、増幅後のチューブ開栓が必要な検出検査中に発生することが多い。不要な増幅チューブの開栓や増幅産物の採取は避け、もし操作中に誤ってテーブルに滴下・飛散した場合や他の器具に触れたときなどは、速やかに0.5%次亜塩素酸ナトリウム液で予想よりも広範囲を丁寧に清拭し、その後を数回水拭き(水道水)する。
- 撮影を終え、その後の操作がなく不要となったアガロースゲルは、敷いていたプラスチックラップでゲルを包み、着用している片方のニトリルグローブの掌側に載せ、グローブを裏返しに脱ぎながら包み込む、脱ぎ終えたらグローブの手首側を結んで封入し、さらにもう片方のグローブで覆い封入する。高熱焼却処理する廃棄物として廃棄する。電気泳動に使用した緩衝液もそのまま廃棄せず、大きめの蓋付タッパーに入れ(泳動槽も少量の水道水で2,3回共洗いし一緒にためる)0.05~0.50%相当の次亜塩素酸ナトリウムを入れ、蓋をしてよく混合し室温で30~60分間ほど置いてから水道水を流しながら周りに飛散しないように廃棄する。
使用したマイクロピペットチップやチューブなどは0.05~0.50%次亜塩素酸ナトリウムを入れた広口タイプのペットボトル(飲料水用)中に廃棄する(満杯になったペットボトルは転倒させ満遍なく液を行き渡らせた後、蓋に数か所の穴を開け[クリップの端を伸ばしアルコールランプもしくはライターで熱しキャップに穴をあける]、水道水を流しながら中の液を捨て[遺伝子検査室以外の別室が望ましい]、高熱焼却処理する廃棄物として廃棄する)。これらの操作は、PCR増幅産物による汚染防止の作業のため改良や工夫が必要である。また、作業を終えた後の作業箇所や使用器具の清拭も作業工程の一つと認識すべきである。
まとめ
遺伝子検査は、初心者でも知っておくべき知識が多く、また、知識は多いに越したことはない。はじめて遭遇する分野であってもそのような分野の知識が必要となってきたこと自体が自らの進歩であることを憂い闊歩していただきたい。遺伝子検査は、ルーチン検査に流されるだけでなくわずかなバンドサイズの違いを見過ごさない、もしくは手持ち機器を最大限に活用するなど各人の意欲に委ねられる点が大きい。その分、わずかな違和感から重要な糸口を引き出せる可能性も秘めている。まだまだ潜む発見の可能性を見つけ出す視点を養ってほしい。本稿を読んで遺伝子検査の利点・欠点を少しでも学んでいただき、可能な範疇において応用範囲を広げられたとき、一歩前進した知識を獲得されたものと喜びを分ちたい。
参考文献・web site
- Applied Biosystems® の PCR サーマル サイクラー®(サーモフィッシャーサイエンティフィック社ウェブサイト)
https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/pcr/thermal-cyclers-realtime-instruments/thermal-cyclers.html
http://www.appliedbiosystems.jp/website/jp/product/modelpage.jsp?MODELCD=113289 - 関谷剛男、藤永蕙 編:PCR法最前線、共立出版(1996)
- 中山広樹:バイオ実験イラストレイテッド 3+「本当にふえるPCR」、秀潤社(1998)
- Taqポリメラーゼ(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
- 真木寿治/監修:PCR Tips 使いこなすためのコツとヒント、秀潤社(1997)
- 真木寿治/監修:改訂 PCR Tips 可能性を広げるコツとヒント、秀潤社(1999)
- ヘパリン含有サンプルを用いたPCRにおけるBetaine添加効果(東洋紡社ウェブサイト)
(PDF) http://www.toyobo.co.jp/seihin/xr/lifescience/tech/upload/revived/heparingan66tr03.pdf - 日本電気泳動学会 編:最新 電気泳動実験法、医歯薬出版(1999)
- 川村越 訳:カラー図解 見てわかる生化学、メディカル・サイエンス・インターナショナル(2007)
- 佐々木博己 編:目的別で選べるPCR実験プロトコール―失敗しないための実験操作と条件設定のコツ(実験医学別冊)、羊土社(2010)
- 佐々木博己 編:ここまでできるPCR最新活用マニュアル、羊土社(2003)
- 養王田正文 編:もっと知りたい!PCR実験、講談社(2010)
図7イラスト/菅原 智美
2016.12