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精度管理の考え方中 恵一

8. 数理統計学的なもくろみ(3)

8.15 バラツキの管理

標本平均から母平均を区間推定し、その区間を既知のものにして以降のロットにおける標本平均がその区間内にあることをもって、平均値の管理を行うことにするまでが、これまでの章で議論してきた内容である。平均値の管理は、すなわちバイアスの管理であるので、真値に対しプラスマイナスされるという意味で平行方向へのズレを規定するものである。

この母平均を区間推定するとき、母標準偏差が未知であったため、それをさらに推定するという数理統計学上の技術と知識を利用した。その際、バラツキにはロット内のバラツキに加え、ロット間のバラツキもあることを知ったが、先にはこのことを保留事項としていた。

我々は、総合的なバラツキを管理下におくために、平均値と同様、数値目標を与えて一定の努力によって実現しうるバラツキの範囲を決定しなければならない。

一般の工場における作業工程では、 -R管理図がこの目的のために用いられる技法である。すでに平均値の方は理解をしたが、バラツキの管理ではR管理図が利用される。このときのRは、標本の最大値と最小値の差、すなわち標本のバラツキ範囲、あるいは幅とよばれる。

-R管理図が普及しているのは、日本工業規格協会(JIS)の啓蒙活動の結果であるが、理解しやすいテキストを数多く提供してきたこと、数式などの理解を完全にしなくとも換算表など使いやすい道具を考案し普及してきたことによる。
これに対して -s管理図は、標準偏差をその管理に用いるもので、平均値を区間推定したように試験対象のロットから母標準偏差を区間推定するもので、通常そうして計算した結果から、+3SD幅が工程管理に利用されている。

R管理図は、今述べたようにJISから簡易表など資料が多く出版されていて、それらを正しく利用すれば現場では比較的容易く導入できる。しかし、これはややこしい関数計算をするためにコンピューターの利用が限られていた時代の目論見であったといってよいだろう。今日では高速で計算処理するコンピューターの利用が比較的自由であるから、標準偏差を推定して平均値の管理と同様の考えをもって精度管理するのが適当であろう。

8.16 R管理図の特徴

平均値の管理の章において、AST活性測定について例を示した。これをもう一度思い出してみよう。精度管理物質AのAST活性測定を行って、148 IU/l と147 IU/l が得られた。このとき、R管理図で用いるのは、148-147=1 で、1である。平均値と同様、n個のRを得て を求め、これから管理限界を3SDに相当する値として計算し求める。

:一般に幅Rはゼロから始まる釣り鐘型の分布を示すが、数値の大きな方、図の右側のスソを長く引く分布型を示す(管理図法:日科技連QCリサーチグループ 日科技連出版、東京1984)。

図1:R分布図

図1:R分布図

Rの確率密度関数は次式で定義される。
 ・・・(E-1)
ただし、 、母集団は正規分布  をモデルとして仮定している。はこのよりとった大きさnの標本の最小値である。したがって、+Rは断るまでもなく標本の最大値をいう。
このR分布の平均値の期待値E(R) は、もとの母集団の母標準偏差をとして次式で表される
 ・・・(E-2)
 ・・・(E-3)
    ただし、 ・・・(E-4)

また、R分布の標準偏差の期待値D(R) は、次式によって与えられる。
 ・・・(E-5)

 ・・・(E-6)

ただし、Xmax=X1+R で、標本の中の最大値

日科技連の推奨するR管理図の上部管理限界は3SDに相当する次の値をとる。
E(R)+3D(R) ・・・(E-7)

母集団の母標準偏差が未知の場合には、(E-2)式を利用すると、

 ・・・(E-8)

これを、母標準偏差の推定値として用いる。
すると、(E-7)式は、(E-5)式を利用して次のように計算される。

 ・・・(E-9)
E(R)は、標本平均 を用いる。

およびの値は、あらかじめ表によって与えられている。

n
2 1.128 0.853
3 1.693 0.888
4 2.059 0.880
5 2.326 0.864
6 2.534 0.848

8.17 標本標準偏差

確率変数Xが平均値µ、分散2正規分布、N(µ、2)にしたがうものとし、この正規母集団から取り出したn個の標本から、母数であるµおよび、2を推定するために算出した標本平均および標本分散をそれぞれ、、S2 とする。このとき、母分散2の推定は、母平均µが既知であれば、次式を用いて行える。

 ・・・(E-10)

しかし、精度管理物質Aのような試料を測定し、精度管理の基準として数値目標を設定しようと目論んでいるときには、母平均µは未知である。そこで、(E-10)式に代えて次式を利用しなければならない。

 ・・・(E-11)

(E-11)式の右辺にある分子の平方和は母平均µを使っていないために、各項が独立な変数ではない。そこで、このS2分布を調べるために、次の変数を利用する。

 ・・・(E-12)

この新しい変数 χ2(カイ二乗)の分布は、詳細が調べられており、これを利用すれば母分散2の推定に利用することができる。

すなわち、S2が式(E-11)で与えられるとき、 は自由度n-1のχ2(カイ二乗)分布にしたがうことを利用して、 分布表から、自由度n-1に対する、次の2つの値を求める。

となる確率が、0.975となる

となる確率が、0.025となる

この2つの値から次の関係が成り立つ確率が0.95となる。

 ・・・(E-13)

(E-13)式の各項の逆数をとって次の式を得る。

 ・・・(E-14)

さらにすべての項にnS2をかけて次の式を得る。

 ・・・(E-15)

上で、カイ二乗分布の表から値を求めているので母分散は(E-15)式で示される範囲内にあることが推定される。標準偏差の推定にはそれぞれの値に対して平方根をとればよい。

図2:標本図

図2:標本図