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検査室支援情報
精度管理の考え方
6. 濃度未知の試料について誤差が示せるか
例として考えてきた、誤差についての厳密な議論は、これまでの議論だけでは済んでいない。まだ問題がここに残っている。
例えば、グルコース濃度が正しく120mg/dlである血清試料を手に入れることができたとしよう。この血清試料を、これから日常作業を行う測定系を用いて同じように多重測定し、統計量として平均値と標準偏差が求められる。そしてこれらの比から±CV値が計算できる。この値をもって、「誤差」とする案がここで考えられる。
この作業で、理解しておかなければならない大切なことは、測定した血清試料は、真値が120mg/dlであることを知っているということである。つまり、「誤差」成分の内、「かたより」がない値として、グルコース濃度を120mg/dlの濃度の試料として扱っている。
したがって、ここで保証できることは、グルコース濃度が120mg/dlである試料を、ある測定系で測ると、再現性の上でこれこれの「バラツキ」をみるということで、あくまでも120mg/dlは決定されており、もし、多重測定の1つの結果が125.0mg/dlなら、このデータが真値に対して+5mg/dlずれていることを測定者はすでに知っているのである。
しかし本来、臨床検査技師が分析し測定する試料は、患者から得られたものであって、その血清に含まれるグルコース濃度は患者自身も含めて知るものはいない。すなわち、その測定値としての数値がこれであるという真値はその時点において存在しない。
6.1 真値と測定値
繰り返していうまでもなく、真値が120mg/dlであると知っている試料は、測定しなくともその濃度が120mg/dlであることを知っているのである。ところが濃度が未知の試料については、そうはいかない。まず、測定系を準備して検量線を作製し、その未知試料を測定する。この結果、120.0mg/dlと報告値が得られても、あくまでもそれは一つの測定値である。もし正確さの議論をするなら、その値は「かたより(バイアス)」をもっている可能性がある。また、同じ試料をもう一度同じ測定系で測定すれば、バラツキをみることになる。複数の測定値は、「ある値を中心として」バラツキをみせるであろうが、そのバラツキの中心が「真値」であるとは言えない。
1つの試料を多重測定したとき、我々はその平均値と大小不ぞろいの測定値を得る。測定値の正しさを保証するときには、平均値が真値とずれる「かたより」と、測定値の不ぞろいさである「バラツキ」を言うことになる。「誤差」と単にいうなら、この両者を合算したものをとして取り扱うことになるだろう。
6.2 保証は詭弁か
実際問題を考えて、濃度が未知の患者試料を測定して、その「誤差」が信頼できる程度以下だと保証できるのだろうか。
すでに我々は、信頼性についての議論をしてきた。「測定系の確からしさ」を考えることは、次の測定においても「信頼できる」と予測することである。そこで打率の高いバッターは、次の試合でヒットを打つと「信頼できる」のか、という議論をし、次に打てるかどうかを、これまでの打率成績で議論するのは意味のあることか、という疑問を発した。
つまり、直前までうまく行っていたのだから、次もうまく行くんだと、主張するのは聞き入れられるものなのだろうか。
例えば、しばしば取り上げた「バーネットの許容限界」では、グルコース濃度が120mg/dlのとき、
±CV=4.17%を保証するよう推奨している。すでに上で例示したように、一つの試料を多重測定し、統計量として平均値と標準偏差が求められて、±CV値が計算できる。この値をもって、「信頼性の確保」とする案を議論した。しかし、ある測定値に対して、その誤差が3%ということと、多重測定した結果で±CV=3%ということは、異なることを表現している。
誤差を表示する方法としてここで例に挙げた、「バーネットの許容限界」では、標準偏差が利用されている。これは、これから議論を進める「正規分布」を念頭に置いて考えるなら、正規分布では[平均値±標準偏差]の範囲内に、多重測定で得た測定値のうち、計算上68.3%の測定値が含まれているので、標準偏差の平均値に対する百分率は、この68.3%幅が平均値の何%に相当するかを表示している。
すなわち、±CVで測定系の精度に対する性能を表示するときは、一つ一つの測定値がもつ誤差を直接いうのではない。しかし、未知濃度の患者試料について、わからないその真値に対し、誤差を直接議論するのが困難ならば、我々は、正規分布のような数理統計学で用いるモデルで導かれる推定値を利用できるかどうか考えてみるのも、一つの案である。