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検査室支援情報
精度管理の考え方
5. 検査結果ははたして保証できるのか
管理の作業は、4つのことがサイクルとなって繰り返されている。すなわち、
- 「設計」
- 「標準化された作業の実施」
- 「規格」との照合=「検査」
- 「再設計」
の繰り返しである。臨床検査で正しい結果を保証し、報告しようともくろむとき、精度についての保証は、数値化された規格との照合であり、議論はその数値をどのように設定するかである。
まず管理サイクルの始まりである「規格」を設ける段階で、明確な数値としてそれを決定するためには、「精確さについて望まれている値」について議論する必要がある。もし規格が、数値として決定されないなら、「規格」との照合による「検査」のステップは完了されず、つまり「保証」されない。
臨床検査において、ある誤差の範囲内で情報の提供を受けることができれば、それを信頼し医療上の判断材料として利用できるという医師側の希望、あるいは積極的な要望があるなら、それを一つの「規格」に対する候補とすることができる。上述したバーネットの許容限界で例示されたものはそのよい見本である。むろん、でき得るならば医療機関内で話し合い、検査に関する信頼性規格を設定することがもっとも好ましい。
ここで例えば、測定の誤差を3%とすることにし、この数値を「管理をするに当たっての規格」に決めようとするなら、次のように示されるだろう。
[規格の例]
測定結果が「真値に対して、たかだか3%の誤差しかもたない」ときは、その測定結果を「合格として保証する」
5.1 オーバースペック
さて、例示した規格を設計にあたって決定するについて、我々は、2つの大切なことに注目しなければならない。
その1つは、オーバースペックの問題といわれる。測定の作業では誤差を少なく望むほど、すべての作業が厳密に行われなければならず、このための諸経費は必然的に高くなり、技術的にも高度となって手間も多くかかる。一定の報酬しか期待できない臨床検査にあっては、検査する経費が高騰することになると、勢い健全な利益が失われてしまう。健全な利益を期待し、円滑な運営を望むなら必要以上の性能で測定が実施されるのは上策とはいえない。たとえ医療が奉仕的な面があっても、そこには健全な利益を保証し、経営面で問題が起きないように配慮されなくてはならない。それに経営的な議論は別にしても、手間がかかる厳密な検査を選択すれば、報告までに要する時間が長くなる懸念がある。
しかしだからといって、期待される精度を満足しないのはもっと正しくない。このかねあいの議論はとても重要である。測定結果を提供する側の満足度と、それを情報として利用するために料金を支払う側の満足度とが、うまく一致する必要がある。この例で言えば、3%の誤差を合格とするなら、3%がよいのであって、2%や1%などの誤差で測定しようとすると結果的に上で議論したような不具合が生じる可能性が高い。
このように誤差を3%以内に抑えればよいと希望されているにもかかわらず、徒らに2%、1%を考えることを、オーバースペックと言い、「無駄」や「無理」の多い作業となる危険があることに留意しなければならない。
5.2 目的成分濃度と保証するそれの誤差
管理の目標とする規格を決定するにあたって、2つめに大切なことは次の議論である。
上に例示した「±3%以下の誤差」について、より厳密に考えてみよう。
誤差の保証は、原則として一つ一つの報告結果に対して行われなければならないだろう。生理的・病理的な変動範囲内のあらゆる濃度について、どんな濃度であっても得られた測定値についてはその誤差を保証しなければいけないし、保証する誤差が±3%以内というなら、それは測定系の測定可能とする濃度範囲全体をカバーしなければ意味をなさない。いったい濃度には関係なく、その誤差が保証できるのであろうか。
ここで、測定値ができてくる一般的な測定系のことを考えてみよう。そこでは、上位の標準にトレーサブルな(語句参照)キャリブレータを使って検量線を設定し、未知検体の濃度はこの検量線を利用して測定系で得られた吸光度などの原信号から目的濃度に変換される。ここでの議論においては、検量線を使用する濃度範囲内全体でその精度が保証されなければならない、と解釈できる。
こうした一般的な測定系を見ると、しばしば議論されるように、検量線中央では再現性(バラツキ)がもっとも小さく、検量線の両端の濃度では再現性が悪い。これは、測定するときの信号を識別する性能上の問題に関わることで、一般的な機器分析では、原信号の大きすぎる領域も小さすぎる領域も目的の信号と装置ノイズの比が小さくなって、目的の信号を選り分けるための計測性能上の限界を見る。つまり、誤差は濃度に依存することは容易に推測される。
5.3 保証に対する試行錯誤
一般的な測定系では、測定誤差は必ずしも目的成分の濃度を問わず一定であると考えるのは無理があるようだ。こうした事情について配慮して、精度の保証をより明確にするために、次のようないくつかの案を考えてみよう。
- 予め実験で、ゼロ濃度から臨床的に有用と考えられる最大値までの測定範囲全体について連続的なデータを得ておいて、これを示す。
- 検量線の有効範囲を限ることにし、その検量線の上限値と下限値の誤差を表示する。あるいは「検出限界」としてこれを表現する。
- 例えば、「バーネットの許容限界」を利用することにし、その定義されている濃度を併記して、その濃度での誤差を保証する。保証を明示する濃度は、必ずしも1点だけとは限らないが、あくまでも点での保証とする。
用いている測定系の性能について、測定精度をどう保証するかは、これら1~3のいずれかに決定し、それを明確に表示すれば、臨床検査の利用者には、定義されている誤差が明らかにできるだろう。
これらの3つの案は、いずれにしても「かたより」と「バラツキ」を加味した誤差を表記できるように考えられるが、しかしあくまでもそのデータを集めることができるのは、濃度についての情報を持っている実験用試料についてだけであって、濃度が未知の患者試料は、まず「かたより」が未知であるので、それを中心とする「バラツキ」を加えて考えるなら、多重測定で得られた測定値の中には、保証する誤差を超える測定値を見ることも考えられる。
それにも関わらず、上の3つの案のように実験用試料で得たデータを表示してこれに代え、すました顔をしていてよいのだろうか。