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検査室支援情報
精度管理の考え方
4. 実績と予想
測定系の性能特性のひとつである精度は、まずこれを用いて実際に測定を行うことでしかそれを知ることができない。しかも、もし今、目前にある測定系について、「どれほどの精度で測定できるかを、知っている」としても、それは「その測定系で測定したとき、これまではどれほどの確からしさで測定できたか」、つまりその測定系の「過去の状態」を知っていると証言するだけである。これまでのことを「知っている」ということが、これからそれを使って測定するときの精度を決して確定的なものにするものではない。
全く別の例を考えてみよう。
ここに極めて性能の良い照準器を備えた大砲があり、標的を100回撃って100回破壊したとしよう。その実績をふまえて、次の標的もこの大砲さえあれば必ず破壊できる、と確証するのは勝手である。その大砲の性能をそのように「保証する」ことは、「次に当たること」を保証しない。なぜなら、次に砲手をつとめるのは誰か、どんな状況下で撃つか、取り上げれば枚挙に暇のないそうしたさまざまな妨害因子が挙げられ、それらに考慮しなければおそらく「次は当たらない」だろうと言えるからである。「次も当たる」ということは、あくまでも推測の範囲においてのことである。現実に砲弾を標的に当てて初めて、「100回撃って100回当てた」という事実が確認される。
ここで、「標的を100回撃って100回当てた」という大砲と、同じように撃ったが、「1回も当たったことがない」という過去の実績を知っている場合と、知らない場合を考えてみたい。2台の大砲がそこにあって、それぞれの過去の実績が記録として貼り付けてあったとき、次に撃つ命令が出たなら優秀な砲手はどちらを使うだろう。つまり知っているときと知らないときには、2台の大砲の1台を選ぶとき、その知識が何らかの影響をするだろうか。
測定に話しを戻して、どれほど測定系が確かであるかについて議論するときは、いつも過去の実績を出してきて議論する。つまり「次の確かさ」を予測するにもかかわらず、「これまでの確かさ」で議論している。それで何か予感できるのだろうか。しばしば、この過去の実績を評価するとき、「信頼」という言葉で語られる。「信頼性」という言葉がこうしたときに出てくることに注意しておこう。過去の成績がよいということは、「信頼性」が高いという意味につながっているがはたしてそうであろうか。
「測定系の確からしさ」を我々が議論するとき、測定系の精度に関する「信頼性」をこのように議論する。そして、その信頼性をふまえて、次の行動に対する仮説をたて、その仮説を吟味することになろう。次の行動とは、同じ測定系で次に来る試料を測定することであり、仮説とは、その測定においても「信頼できる」と予測することである。ここでいう「信頼できる」とは、何を意味しているのだろう。
打率の高いバッターは、次の試合でもヒットをたくさん打つのだろうか。議論をひっくり返して、打率が低いバッターは、次の試合でも打てないのだろうか。次に打てるかどうかを、これまでの打率成績で議論するのは意味のあることなのだろうか。我々は打率というこれまでの成績、つまり過去から何を期待しているのだろう。
ここまでの議論で、やや明らかになったと思うのは、過去を論じることと、未来を論じることの交点に我々が立っていて、我々がはっきりと言えるのは過去についてであり、未来を見れば不確実であいまいなことしか知っていないのである。測定系に対してそこから得られたデータを用い、(1)統計学的な処理をすること、(2)その結果をふまえて次の出来事を推定すること、この2つは、明らかに別のことである。与えられたデータに対して単に統計的な処理をして正確さを確認しても、それだけでは、次の試料を正しく測定できると、確信を持って言えない。それは仮説を立て、その「確からしさ」を判断しなければできないことである。この「確からしさ」を判断するということはどういうことだろう。
4.1 測定系の作業が均一なこと
測定系の性能について現実のそれを知るには、作業の一つ一つを分けた上で子細にそれらを検討しなければならない。そうしておいて、再び全体を統合し、その測定系から得られる結果の評価をする必要がある。そうしなければならない理由は、誤差は一つ一つの作業から生ずる可能性があり、結果として得られた総合的な誤差を見るだけでは、その誤差を小さくする工夫が取れないからである。簡単な例から入って、「管理すること」というのはどういうことか考えてみよう。
通常一般的な今日の臨床化学に関わる測定は、およそよく似た作業によって組み立てられており、それが流れ作業的に行われている。もっとも典型的な系では、反応容器に試料の極微量が秤取され、これに必要な反応試薬が加えられる。一定の反応時間が経過すれば、吸光度等を測定し係数をかけて成分濃度とする。こうした測定系では実際の作業において、シリンジの往復による液体量の秤量、反応条件を一定にするための恒温槽や撹拌装置などのメカニックな機構と、反応時間を管理するタイマー機構などに加え、厳密な光学系を備えた計測器による測光作業のような流れがある。測定系から得られる結果に対して「均一性」を求めるなら、繰り返される作業に「均一性」がなければならない。この作業の「均一性」を維持するためにはメカニックの動作に関する画一性、部品の磨滅消耗に対する堅牢さ、消耗品の劣化を予測した適切な部品交換、などなど測定結果を得るまでに関わるすべての作業と用いる器具・装置が安定していなければならない。
同一の試料を測定したときには、同じ測定値が得られることを期待しているが、このためには全作業での「均一性」が維持されなくてはならない。もし、均一な作業から逸脱がある場合は、その結果として測定値にその逸脱が反映し、均一な測定値が保証されなくなるだろう。
測定系に与える保証は、この「均一性」が継続されることへの保証であり、このために関わるすべてを「管理」しなければならない。
4.2 簡単な系から複雑な系へ
作業の均一性を理解するために、一つの単純な系を想定してみよう。
ここにスプーンをもってきて、容器に入っている砂糖を一匙すくい取り、コップの水に加えるという簡単な作業で砂糖水を作ることを考えてみる。同じ、濃度の砂糖水を何杯も何杯も反復して作る使命を帯びたとすれば、作業の均一性は、できあがった砂糖水の濃さで判定できる。
この作業で、我々が均一な出来上がりを保証する場合、管理しなければならない重要なものは、コップに入れられた水の量と加える砂糖の量である。そこで、水の量はともかく別にするとして、第一にすくいとる砂糖の量を一定にすることを考えよう。もし、この作業に用いるスプーンが、すくい取る砂糖の量よりたくさん入るなら、作業員は注意深く自分がすくい取る砂糖の量を加減しなければならない。使えるのは自分の目で見た量とスプーンを持った手で感じる重量だけであるので、これには相当の練習が必要であろうし、熟達しなければ常に一定量をすくい取れるとは思えない。その熟練した腕を管理するより、我々は求められている濃度が数値としていくらであって、何グラム砂糖を取ればよいかを知り、それがぴったりすくえる計量匙を作製すればよく、十分堅牢な材質でその匙が作られたなら、その匙を管理し、匙に余計に載った砂糖をどう処置すればよいか決定して、常に同じ作業でできるようにすればよいだろう。
さて、計量匙と、それですくう作業が画一であれば、はたして我々はいつも同じ濃度の砂糖水ができあがってくることを期待してよいだろうか。
実際それだけでは、不十分である。砂糖が「均質」でなければならないことを我々は忘れている。砂糖水として求められている濃度が数値としていくらであって、何グラム砂糖を取ればよいかを計量匙を作る際に測定した。このとき用いた砂糖が基本となっている。その基本となった砂糖の純度がいくらであれ、また砂糖を製造するための材料が何であれ、我々が使用する砂糖は、「その砂糖」でなければならない。
この考察で、我々が均一な結果を得るために、考えなければならないことがいくつか想定することができた。使う材料が均一でなければならないし、その使い方が作業として画一的でなければならない。作業で相当の熟練を要求するものは、作業を単純化するために何らかの器具を考案するのが便利だろうということも知った。
さてこうして、均一さを維持することのできる作業が確立されたとき、我々はある種の安心を感じることができる。しかし、すでに考察したように、それはできあがってそこにあるものについて保証をすることができるだろうが、はたして次に作る砂糖水への保証もできると、言えるのだろうか。
ここで、我々は「管理する」ということの初歩的で、重要なことを学ぶことができる。つまり、材料の質に対して注意を払い、作業内容とその時用いる器具に注意を払う必要があり、そうすれば今作った砂糖水も、次に作る砂糖水も「おそらく」先のものと同じ出来映えでできるだろうと言えるのである。もし、それらのいずれか一つでも、注意がおろそかになって「管理」されなかったとすれば、期待が裏切られる可能性があり、それはすなわち同じ濃度の砂糖水であることの「保証」があいまいになってしまう。
4.3 管理は単一な作業ではない
単純な例でみた、保証を与えること、そのために必要となる管理のことで、管理が一連の作業から組み立てられることを学ぼうとしている。すなわち、「均一な」結果を得るために、作業をよく見てより簡単に画一な作業ができるように工夫するのがよいことをまず知った。この過程で考える「管理」の仕事は、何を要求されているかということであり、その要求を満足するために実際行われる作業をどう組み立てるかということである。砂糖水の例では、要求されているのが濃度だとして、その濃度を数値で表されるようにし、それに基づいて匙という器具を考案すれば、作業が円滑に行える期待がもたれた。数値化された砂糖の量を決定することは、管理の作業における「設計」と呼ばれる。設計されたことが、出来上がりの「規格」になる。
さらに、困難さを排除した画一的作業を工夫することは、管理における「作業の標準化」と呼ばれる。また実際の作業では、均一なものが供給できたか点検することが必要となってくる。画一的に、流れ作業でものを作ったとしても、決定された「規格」に適っているかどうかを知らなければ「保証」を与えることができない。この作業は、管理における「検査」と呼ばれる。この「検査」に合格し、要求された「規格」に適っていれば、それでようやく要求した相手に渡される。もし、何らかの理由で、規格から逸脱していればできあがったものを要求した相手に渡すことはできない。まず、逸脱を引き起こすことになった原因を追究し、それを排除し改めて均一なものが供給できる体制を組み直さなければならない。規格から外れたために行った作業の見直しによって、点検すべき事項、すなわち管理対象が追加されることになるだろう。このことは、管理における「再設計」と呼ばれる。
管理の作業は、
の繰り返しである。