SOLUTION

検査室支援情報

精度管理の考え方中 恵一

3. 臨床検査はなぜ保証されねばならないか

臨床検査技師が、国家的に身分を認められ、その専門性において職業上の責任を果たすには、医療が行われている現場で臨床検査情報を提供するというだけではいけない。臨床検査技師は、提供するその情報の信頼性を確実なものとして保証しなければならない。もしその信頼性を裏切るならば、個人の身分はおろか、他人の生命を脅かすものとして専門職としての社会的地位を失墜することにつながる。

また、職業としてその生業を考えてみれば、実施した検査結果に対して患者から代価が支払われ、あるいはそれに基づいた医療行為が行われて代価が患者から支払われるという一つの「契約」に基づいている。この契約が成立する根本は、医療を提供する病院側と、それを受ける患者との間に信頼関係が成立することに他ならない。

臨床検査技師が試料を分析し、得られた結果をただ無責任に提示することは、施される医療の保証が完全でないことを意味している。臨床検査に携わる技師が提供する情報として一つの結果を職業上保証するときは、その結果が情報として信頼に値するということである。重ねて言えば、保証されない臨床検査は、測定装置を動かすほどの知恵があるものならば誰でもできると言ってもよいが、それでは得られた結果が信頼できるものかどうかが保証されず、保証されない情報に頼って医療が行われることは許されるものではない。

有資格者としての臨床検査技師が提供する情報は、その実施者のサインがあるないに関わらず、その信頼性が保証されなければならない。

3.1 信頼性を保証するということ

例えば、血糖値の検査結果が、5.0mmol/l と報告されるとき、その数値がどれほど確からしいかを言うことは、検査結果を保証する行為である。一般的に、このような場合にはその値に対する誤差を併記する。すなわち、5.0±0.02mmol/l と報告するとき、±0.02mmol/l が誤差であり、情報の提供が「4.98~5.02mmol/l の間に正しい濃度が含まれている」と限定し保証することを意味している。臨床検査を除いて一般に分析の分野では、計測値の報告に際し、通常信頼の高さをこのように誤差として併記している。さらに詳しく言うならば、この例の場合、「4.98~5.02mmol/l の間に正しい濃度が含まれているのは95%の確からしさで言える」という一文を、「5.0±0.02mmol/l」という情報が表している。

誤差が併記されることには2つの意味があるだろう。一つは、その範囲に真値があるという保証を与えていること、もう一つは本来の品質を意味し、誤差が少ないほど、つまり分析精度が高いほど情報の品質は高く、おそらく料金は高い。料金が高くなるという意味は、実務的に言えば、その誤差をなくするために必要な手間と経費がより多くかかるのである。

3.2 臨床検査の誤差は保証として明記されない

臨床検査結果は、どういう訳か慣例的に測定結果に対する誤差を明らかにせず、したがって信頼性の程度を表記しないでやってきた。その主な理由は、検査結果の消費者、たとえばその代表である医者が、実際に検査の担当をする技師に対して、誤差に対する保証の程度を具体的な表現で要求しなかったからだと言ってもよいだろう。臨床側からすれば、処置の緊急性から情報がおおざっぱでもよいとする場合と、精密な薬物投与計画を立てるために誤差の少ない検査結果を要求する場合とでは明らかに信頼性の程度に対して要求の違いがあってもよい。また一方、検査結果の生産者側、つまり臨床検査技師は、そうした消費者側の希望とは別に、少ない人員で大量に検査をこなすためにはある程度の誤差を容認してもらいたいとする場合や、ごくごくまれにしか依頼のない検査のために消耗品や試薬を管理するのは無駄が多いという理由で、インスタントな調製試薬を用いる場合があるが、これらはそれほどの精度が出ない、などということをつぶさに通知することはなかった。つまり、誤差の程度についての議論は、それぞれの都合がそこにあったはずだが、それらは詳細な点で打ち合わせされてこなかったのである。

こうした消費者側の都合と生産者側の都合が議論される機会がまれであった理由は、おおざっぱな作業であっても精密な作業であっても、同一の検査項目には一つの料金しか設定されないことが預かって大きいにちがいない。ごく一部の項目で、精密な検査に対して簡易なそれより高額の料金が設定されている場合もあるが、あくまでも例外的である。

3.3 保証の程度が明記されない理由は画一な料金体系にある

検査に関わる経費計算根拠が明らかにされていないために議論できないものの、国の定める料金体系についてはその信頼性を保証する努力への配慮を考えるとき、いささかの問題があるだろう。例えば、代表項目として挙げれば、血糖値を測定する方法には日常法としてもさまざまな測定方法がある。それら測定方法によっては手間や精度に違いがあるにもかかわらず、国の定める料金は1つで、現在(2002年4月)は180円である。つまり、測定結果の報告が、5.0±0.02mmol/l であっても、5.0±0.05mmol/lであっても一律に180円の料金は変わらない。

情報の提供を考えるとき、その速さと正確さは互いに拮抗する特性である。情報の速度が優先される場合には、精度を犠牲にすること考えなければならず、報道のスクープと同じく、医療機関の経営者は検査情報の速さか正確さのいずれを優先するかという二者択一を、常に考えなくてはならない。しばしばその選択が経費上大きく異なることがあって、むやみに一方のみの特性を高く要求すれば不利益を生じる。どんな測定方法でも速度と正確さは逆比例していて、いつも両方を満足させることができない。臨床検査を利用する医療の現場では、状況によってどちらかが優先されるはずにもかかわらず、これまでその議論が十分ではなかった。まして、安易に両方を満足するために2つの検査室を運営するのは、診療の側には都合が良くとも病院全体の経営を圧迫するのが必至であろう。

とはいえ、この議論をここで始めるつもりはない。速度か精度かの二者択一的議論は、計量化された測定値の正確度に対する保証とは異なる次元で行われるべき問題であり、ここでそれとは切り離した問題として精度管理の議論に集中したい。

新しく導入が検討される医療料金体系の一つには、1つの疾病に対して支払われる料金を画一とする案があり、この制度の下では診療報酬の中に占める検査料金の割合は、もはや議論が必要ではない。1つ1つの検査情報に支払われる金額の問題より、むしろその利用がどれだけ全体の治療に貢献したかが重要であり、その議論の性質から、臨床検査は最低必要限度にまで抑えられるとする危惧が言われている。つまり、冗長に検査を増やせば病院の経営を圧迫しかねないという警告である。このような新しい保険制度の導入に関する議論もあるので、検査情報の代価に対することは他の機会に譲りたい。

ここで議論するのは1つの臨床検査情報を得るために必要な経費がいくらであれ、検査情報が備えなければならない「信頼性」の問題である。もし必要とされる信頼性を犠牲にしてまで、医療側と検査技師が安易な経費の削減に気を取られれば、医療過誤につながることになって、結果は患者の生命を脅かし、病院の信頼を損ね、事業の成り立って行かないことになってしまう。しかし、信頼性もただではない。信頼性を満足するための経費も、十分議論する必要がある。求められる信頼性にも必要で十分なある閾値があるに違いない。検査を処理するときにかかる経費には、信頼性を保証するのに必要となる経費も当然ながら含まれる。したがって、保証する行為に対しても慎重さが求められるだろう。

3.4 これまでの精度保証の程度に対する議論

ところで、検査情報の消費者と生産者の間には、これまでにもその信頼性の保証がどの程度であれば双方が良しとするか、つまり、診療に直接当たる医師はどれほど検査結果が精確であることを要望しているか、一方、日常的な作業で検査室ではどれほど精確な測定が可能か、適正な両者の接点についてさまざまな取り組みがあって議論がなされてきた。現在、まとまりのある成果は、バーネットの許容限界として参照される値である。付表1で示した。

バーネットの許容限界とは、「一定の医療上の判断点における精密度」を示したものである。付表1に示された変動係数(CV%)で測定結果の精度が保証されるならば、医師側はその検査情報は有用であり、自らの医療上の判断に信頼を持って使うことができるとするものである。上で例に挙げた血糖値は健常者上限である100mg/dlの濃度において、±5mg/dlの変動幅が希望されている。この値は、標準偏差の±1倍で表現されているので、変動幅としては正規分布の理論上、68.3%が保証される範囲である。(注:詳細は正規分布の項を参照)一般に適応される95%範囲であれば、標準偏差の±1.96倍までの範囲を含むことになるので、5×1.96=9.8、すなわち、91.2~109.8mg/dlの範囲が、100mg/dlと表記される検査結果の95%保証範囲である。言葉を換えれば、100mg/dlと表記することは、正確性と精密性の両方を含んだ意味において、91.2mg/dl未満ではなく、109.8mg/dlを越えることがない、と保証することであり、その保証は95%の自信で宣言することを意味している。検査を利用する者は、この保証で納得した上で料金を支払うことになる。

また故北村元仕は、個人個人に見られる生理的変動幅を導入することによって、一般的な許容誤差を算出するモデル式を考案した(北村元仕、中山年正:技術としての臨床化学分析の特徴 f.精密度としての測定誤差の許容限界. 日本分析化学会編:臨床化学分析I-総論- 2版 p29-31、東京化学同人 1979年)。それによれば、次式で求めた値を許容できる±CV%としてみなし、これを信頼性の幅とする。

許容できる±CV%=
{[生理的変動幅の標準偏差]/[生理的変動幅の平均値]}x(1/2)x100

この考え方の基本は、一人の患者に見られる生理的な変動幅を疾患とは関係のない動きとして許容する一方、これを越えるものには敏感でなければならないとするもので、測定系はこれを満足する日内・日差再現性を必要とするものである。

いずれにしても、こうした話し合いはこれまで十分になされたとは言えないし、数値化された情報に限ってもすべての検査項目に議論が及んでいるわけでもない。測定値に対する信頼性の目標値とも言えるこの議論はひとまずおいておき、保証する対象としての検査精度というものをもう少し深く考えてみよう。