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検査室支援情報
精度管理の考え方
9. まとめ:精度管理の流れ
これまでの学習を通じて、計量して数値化される臨床検査各項目に対し、その計測の結果を保証する手だてを学んできた。ここで、我々が改めてそのためにしなければならないことを整理し見直して、正しく検査を運営できるよう考えることにしよう。
i ) 測定法の選択
正しい測定結果を得るために、我々が最初にしなければならないのは、与えられる経費の範囲内で最も優れた測定法を選択することにある。
経費計算は多面的に行わなければいけないが、少なくとも適切な利益が生まれる範囲内でなければ検査室の運営の問題に関わるとともに、その医療機関全体の経営上の問題に深刻な影響を与える。特に定額制に移行した医療では、臨床検査を含んで使われるすべての経費が一括して計算されるため、ともすれば必要であるはずの検査も実施されないまま治療が行われる危険がある。そうした事態を引き起こすのは、過去において検査の重要性より、検査をしないで済ませることの安易さを危険と見ないで通り過ぎた、医療スタッフの無謀さによる結果と考えてよいだろう。必要な情報がないまま治療に入ることは、治療そのものが成功しても、結果としてただ幸運が重なったと言えるだけで、同じ事例の次のケースが再び幸運を享受できるとは言えない。医療行為の全体を科学的な根拠をもって保証するために、検査情報の必要性を十分高く評価しなければならない。臨床検査がそうした科学性を挫くとすれば、ただむやみに経費をかける検査方法の選択と無反省である。
多面的な見方をして、適正な利益を生む検査方法をまず選択することは、その医療機関全体の技術的な裏付けを保証するものであるので、試薬、分析装置、周辺機器、情報処理機器などすべてについて十分議論をすべきである。
ii ) 正しい校正、トレーサビリティの確立
臨床検査の測定がいかに正しいか、ということは、適切な標準物質を使って測定を正しく校正することによって定まる。適切な標準化は、認証された上位の標準へトレーサブルでなければならない。すなわち、測定系の校正に用いるキャリブレーターは、必ず臨床検査の業界で認証された第1次標準へその単位の追跡ができなければならない。21世紀の検査室では、もはや日常の標準物質を自家調製する事がないだろう。メーカーから市販品を調達するとき、どの標準物質に対して単位移行が行われたか、その作業での信頼性はどうかなど、購入・使用に当たって、確実に受け入れ検査をすること。受け入れ検査とは、自ら受け入れるときの基準を定め、メーカーが示す特性・性能を自ら確認することをもっていう。
国際標準などの第1次標準物質に定められている「単位」を、適切に反映しているものでなければ、利用してはならない。
iii ) 選択された測定系の標準化と習熟
いったん測定系が選択され、採用されたら、関係するすべての臨床検査技師を含んで日常作業に関わるすべての作業行程は標準化されなければならない。
測定系には、作業環境、作業従事者の知識と技術レベル、消耗品、試薬、装置、標準物質、作業工程、作業ログ(作業記録)など、測定の準備から適切な検体、測定の終了までに関わる多くの要因がある。すでに議論したように臨床検査は、統計的な管理状態を維持して、「定められた限界内で再現しうるものでなければならない」。このためには、作業を担当する検査技師の手が替わればバラツキも変わるというのでは正しい管理下にはない。したがって、担当者がかわっても、試薬ロットが替わっても、全く均一な測定結果を返すために、必要な作業をすべて標準化し、誰がやっても同じ精度が保証できるようにしなければならない。
標準化のための第1ステップは、精度、処理速度、保証の程度、アフターサービスなど、検査の質に関わるすべての技術上、知識上の必要事項に標準を設定することである。次のステップで、すべての検査技師が同じ水準で計測を行えるよう教育訓練を受ける必要がある。
この均一な作業を獲得するため、大切なことは責任の所在を明らかにすることで、担当責任者が真っ先に習熟し、教育官となって一定の基準が満足できるよう、自らの経験からその項目固有の技術的標準化を行い、予防的に事故や故障が起きないよう標準化してゆくことが肝要である。責任者の不在のもとでは教育・訓練、ならびに標準化は成功しない。
標準化された事項はすべて文書化・マニュアル化し、必要に応じて内容を改訂していくこと。
iv ) ロットを決める
日常作業を実施するとき、測定系に投入する検体のひとかたまりを「ロット」として一つの単位に制定する。ロットは、同一条件で測定されることが基本条件であり、違う装置、異なる作業担当者、異なるキャリブレーションや試薬などで測定された測定結果を混ぜて同一としてはならない。検査の質の保証をするときは、関わるそうしたものいっさいを含めてある条件の下において計測作業がなされたものを対象とする。もし、質の保証ができない場合には、その原因を追求し排除しなければならないので、原因究明のために条件の異なる測定結果が混在すると、事態が複雑となって質の保証が全くできなくなる危険がある。
ロットは、例として、午前と午後に分けて自動分析装置を動かす場合など、午前を第1ロット、午後の運転分を第2ロットとすればよい。
ロットは、質の保証をする対象となる単位であるため、安易に変えてはならない。ご都合主義は禁物である。ロットの定義は、数、対象、検体種別など明確に定義し、異なる解釈が入らないように注意すること。
v ) 精度管理用物質
精度管理目標の設定には、管理を達成するために使う何らかの物質が必要となる。むろん臨床検査はヒト検体を対象とし、主としてその成分濃度を計測するので、管理の目的のためにもヒト由来材料が好ましい。しかしながら、ここで学んできたように、精度保証は統計学的な手法によって行われるものであるから、測定は複数回行われることが基本である。全く同一と見なせる検体を、数ヶ月あるいは年単位で利用できることが理想であるので、プール血清あるいは、ヒト血清に似せた動物由来の血清を多数本に分注して凍結保存するか、凍結乾燥処理をして冷蔵保存をすべきである。
成分によって保存条件は全く異なる場合もある。一般に化学成分のうち脂質成分は凍結乾燥処理によって不安定になる。凍結保存する場合にも-20が適する場合もあるが、-80でなければ成分の緩慢な変性・崩壊があるものもある。これらは予備実験や経験から取り決め、その保存と使用法を標準化すること。
精度管理を層別に行うために、精度管理物質は複数の濃度を準備し、低濃度、高濃度などに分けるのがよい。キャリブレーションは一般に検量線の平均値において最も性能が保証されるが、検量線の両端はバラツキが大きくなる。真値に対するズレを監視するために層別の管理をすることを推奨する。
vi ) 管理目標の設定
ここまで学習の中心となったのは、-s管理図法である。あるいは、-R管理図法でも同じである。これは測定系の平均値とバラツキをそれぞれ管理の対象とするものである。
測定系の平均値は主に校正に用いたキャリブレーターと校正の技術上のことが大きく左右し、標準からのズレを生じさせる。しかしながら、装置の部品が摩滅したり、恒温槽の温度管理や系の温度管理がずさんであれば、計測に用いている反応速度に影響して平均値はシフトする。平均値のズレはしたがって、これらの総合的な指標ということができるだろう。
一方、技術上の未熟さや、測定系のぶれはバラツキとなって現れる。
これまでもくどく述べてきたように、精度に対する保証は、一定の範囲内で再現できたことを保証するものであるから、むやみにバラツキを抑えるために神経質になりすぎる必要は全くない。標準化された作業内容を遵守することが肝要である。
vii ) 抜き取り検査
管理目標の設定のために理解しなければならない重要な問題がある。
臨床検査は、患者検体を測定材料とする都合から、その測定対象の体内成分濃度は、全く未知である。したがって、絶対にこれで正しいという濃度値は存在しない。
日常の臨床検査の測定結果に対して、精度を保証するのは、一つ一つの検体を測定した結果に対し行うのではない。
精度の保証は、4,で述べた、一つのロットに対して行うのである。
精度管理物質をあらかじめ多数回測定し、 管理図のための上方管理基準と下方管理基準を、管理目標として設定する。この管理目標はしたがって、あくまでも同じ精度管理物質に対して適用されるものでなければならない。
ロットの定義が厳密でなければならないのは、そのロットの検体列へランダムに入れ込まれた精度管理物質を同じ条件で測定し、得られた測定結果が、先に目標を設定したときと同じ条件で計測されたか、その測定系の状態を、その精度管理物質の測定結果から判断する。
つまり、精度管理物質を予備的に測定し、管理目標を定めるときのロットはすべてがその精度管理物質であるが、そのときの測定状態が「再現されたか」を判断するのは、その中から定めた数本だけを取り出して管理基準に照らし、合否を判断するものである。
臨床検査では、一般の製造業と違う点がこの抜き取り作業にある。同一の電球を生産しているラインにあっては、ランダムな状態で抜き取るのは条件を定めることが困難ではないが、臨床検査では、そのロットにおいて列が形成されそれぞれの検体の置かれる位置を席と仮定すると、列のなかで精度管理物質以外の席は患者検体でなければならない。この精度管理物質の席はしたがって列を形成したときすでに決められている必要がある。
この精度管理物質を検体列のどの席に置くかは、あらかじめコンピューターによる乱数発生を利用するなどして決定すればよいが、この際に重要なのはロットの定義である。ロットが何本の検体で形成されているかによって、乱数発生の初期条件が変わる。したがって、精度管理物質の抜き取りがランダムさを守れるよう、ロットは途中で安易には変更するのはよくない。
図1:ロットからの抜き取り
viii ) 管理図の判断
ここに述べている精度管理手法は、基本的に正規分布をモデルとして統計学上の手法を利用している。したがって、まず対象となったロットの状態が、最初想定した母集団とかけ離れていないかどうかを分布の問題として判断する必要がある。もsも管理図に記入する際は1つの点であるので、その背景にある集団の分布を想像で補ってみなければならない。
特に、それぞれの管理外とする判断基準をz値で決定しているが1.96SDなら、95%がその範囲にあり、5%ははずれる。3SDなら0.3%が同様にはずれる。したがって、たとえば3SDの範囲に設定した場合、管理図において
- 連続した35点で、1回のはずれ
- 連続した100点の2回のはずれ
は、いずれも管理範囲にあると判断してもよいとされている。
この点に注意して、 管理図を見る際、s管理図から判断する。特に上方管理限界線をはずれて外に出ていないかどうかを判断するとよい。s管理図はバラツキの平均的な指標を与える。
また、正規分布をモデルとしているところから、 管理図で中心線(平均値)の片側だけに連続して点が並ぶのは不都合である。一般に設定されている3SDの範囲では
- 連続した11点で10回
- 連続した14点で12回
- 連続した17点で14回
- 連続した20点で16回
が、中心線(平均値)に対して同じ側に出るのは確率的に不都合といえる。中心線の両側に同じ頻度で出現することが統計学上、理にかなっている。
さらに、 管理図でドリフトと呼ばれる、一定方向への傾向についても注意しなければならない。これは、連続した点が上昇もしくは下降傾向が7点以上続くような場合である。
これらの現象が、 管理図にある場合は、そのロットの測定系が異なる母集団で構成されている、すなわち平均値にズレがあると判断する。この判断は測定系が管理状態にないという解釈に当たる。すなわちロットに含まれるすべての患者検体に対する測定結果の保証ができないことを意味している。
ただし、s管理図では平均値に対する片側への偏向は重視しない。
いずれにしても、管理図を用いる精度管理は厳しくしすぎると、測定結果を情報として提供するのに遅れて処置を待っている患者には不都合である。とはいえ、あいまいな情報で処置にためらいが生じたり、誤った処置が施されるのはさらに不都合である。
管理基準の「設計」段階での判断は、こういう意味で大変重要な問題である。