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検査室支援情報

精度管理の考え方中 恵一

(付録) 回帰分析

補遺-2 キャリブレーションの検証

回帰によって与えられる誤差に関する考察

臨床検査において、キャリブレーションに着目するとき、キャリブレーションとキャリブレーションの間に起きるバラツキの主因を検量線のバラツキと見るなら、それは検量線に関わる回帰係数のバラツキに還元されるであろうし、同一のキャリブレーターを用い2つ以上の測定系で測定する場合、それらがある一定のバラツキ範囲内にあることを確認するための方法もやはり検量線に関わる回帰係数の管理問題として還元されるであろう。

そもそも計測によって得られる生の観測値がそのままの単位で利用されず、ある申し合わせた慣用単位に換算されなければならない場合には、計測装置に付属あるいは内蔵される換算器によって直ちにその慣用単位に換算され、出力されるのが通例である。このとき、未知試料の計測前に、値が与えられたキャリブレーターをあらかじめ測定系に投入し得られた信号を換算器に送って、未知試料の計測の際に必要となる換算係数を求めておく方法が用いられ、検量線作成、もしくはキャリブレーションと呼ばれる。オペレーターは計測で得られる生の測定値に係わりを持たない。計測による生の出力信号と測定系からの最終出力結果のあいだには、ある換算係数と呼ばれる数値があり、生の信号にこの数値を掛けることによって慣用単位を持った出力結果が得られる。本来この換算係数は、測定感度と呼称されることもあり、測定系の一つの性能として見られている。

臨床検査の計測では、この換算係数を測定系の管理に直接用いることが一般に行われず、キャリブレーションされた測定系へ新たに別の試料を投入し、その測定値を得てこれを管理する手法が用いられている。検量線の管理問題は本来そのy切片およびその傾きの2つの係数に関する管理問題であり、それは計測による生の信号と慣用単位の間の回帰問題であるはずである。しかしながら、臨床検査の管理問題で議論しているのは、別々にキャリブレーションされた2つの測定系を見るとき、それらを仲介するある試料の値によって2つの測定系のバラツキを議論しようとするものである。ここで用いられる手法は、段階的に3つ以上の異なる値を持つ試料を管理物質として一つの基準とする測定系へ投入し得られた測定値とその試料に固定された値をペアとする。試料に固定された値とは、表示値あるいは定められた手法により固定された値を意味する。このペアの値で回帰直線を求め、その0次および1次回帰係数の母集団を想定して母数を推定する。母数の信頼範囲を管理基準として用いる。管理される対象、あるいは比較される対象の測定系に、基準とした測定系へ投入したものと同一の管理物質を投入して測定値を得た後、同じ手続きで回帰係数を算出する。これが母数の信頼範囲にあるとき、測定系が管理下にあると判断される。

以下における議論は、測定系の管理手法として回帰による推定誤差を管理範囲とするとき、その推定手法に由来することが精度管理上誤った判断を与える危険に関することである。

キャリブレーターの表示値をXとし、それは固定したものとして扱い、計測による値をYとし、それはバラツキのある観測値を指すものとする。

図:一般的なキャリブレーションで与えられる回帰直線

図:一般的なキャリブレーションで与えられる回帰直線

一次回帰係数bを決定する因子について

回帰係数が定まると、これによって観測値の予測値が定まる。特に一次回帰係数bは、回帰直線の傾きを与え、一つのxiに対する予測値はこれによって単純に決定される。すなわち、あるxi について、Xの平均値からの距離にbを掛ければ、そのxiに対するYの予測値を計算できる。(図中1
ところで、bはXとYのペアで与えられるデータから推測される。
回帰式を
yi=a+bxi+ei
としてxからyを予測するとき、誤差ei(図中2)を最小にする回帰係数、a、bを求めることによる。すでにテキスト本文で示したように、bは次のような線形式で表現される。
式を簡略にするため、Biを次のように決めておく。
 ・・・(式1)

bは次のように表現できる。
 ・・・(式2)
Biは、xだけによって定められるので、定数として扱うことができる。そうすれば、(式2)から分かるように、観測値yiとBiのペアが係数bを決定する。

ここに重要なことが含まれている。すなわち、bを与える変数はyiであって、それへの重みがBiであるから、その分子である、観測データを与えたxiがその平均値からどれほどの距離があるかが重みであり、これがbの決定について意味を持っていることになる。つまりxiがその平均値から離れていればいるほどbの決定へ効果が大きい。したがって、xの値に関わらず、観測値yの分散は等しいことが前提であって、実際現場でしばしば観察されるようにxの値が極端に小さな場合、あるいは大きな場合、つまり検量線の両端に近くなると観測データがより大きなバラツキを見るようなケースでは、bの推測に際して等分散性が守られていないかもしれないことを留意しておかなければならないだろう。

ところで、一つのxiの値について反復測定する例では、上の図(図中3)のようにyの平均値の周りに観測値が正規分布することが前提にされる。このとき(式2)を見れば同じxiについては繰り返し測定で得られる観測値yjをまとめられ、そのBiをBkとして次のように変形される。
 ・・・(式3)

たとえば、実際的な例で3濃度のキャリブレーターを利用し、それぞれが反復測定されるような場合を考えれば、(式2)は次のようになる。
 ・・・(式4)

さらにこれは次のように変形される。
 ・・・(式5)
つまり、
 ・・・(式6)

この式を見て上述したことを再確認するなら、すべてのBi(それらはそれぞれのxiで与えられる)について観測データのバラツキが等しいことの前提が重要であり、それが確認されるなら、それぞれの濃度xiに対する観測値の平均値を用いれば、bの計算ができる。すなわち、bを推定する際、一つ一つの観測データは平均値を持って代表され、平均値からどれだけの距離を持つかというそれぞれの特性、つまり級内のバラツキ(図中4)については無意味である。
結論として、キャリブレーションのトレーサビリティに対する検証では、回帰分析を用いる限り、検証するすべての濃度においてバラツキが同じでなければならないことを留意しておきたい。