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精度管理の考え方中 恵一

Q9 Answer

Q.9

朝一番と午後からの測定開始前の1日2回キャリブレーションをしています。
キャリブレーションが正しくとれているかを確認するため、コントロール血清をキャリブレーション直後に2重測定しています。また、20本おきに同じコントロール血清を測定して同一の値が打ち返されることを確認しています。キャリブレーションの正しさはこれで確認できるでしょうか。(兵庫県 K.S.様)

A.9

まず、コントロール血清を検体列の中に挿入して測定する理由を考えて見ましょう。ある検体列の塊をロットと呼ぶことにします。たとえば、午前中の検体すべてを1つのロット、あるいは1日のすべてを1つのロットと考えればよいでしょう。今あるロットについて精度上管理下にあると決定するためには管理基準に照らし判断しなければなりません。このような場合には精度管理物質(コントロール血清)を利用するのが常套です。コントロール血清はすでに値と変動幅が知れており、値が未知である患者検体に代わって測定系が管理下で作業されたかどうかを確認することができます。コントロール血清の測定結果が予め設定された管理基準に照らしてそれを満足していれば今測定が終了したロットでは安定状態で測定されたと保証することができます。
測定系がこのように安定した状態で運転され、管理下にあるときを統計的管理状態と言っています。
コントロール血清はこのように測定系が管理下にあることを確認するために使われるので、それをどのように利用すればよいかについてはキャリブレーションの問題とは別の問題ですから、別の質問として次に解説を試みることにします。この問題については、続く質問10をご覧になってください。

さて、キャリブレーションが正しく行われたかどうかを確認するのは、正確性のことに言及することです。そこでまず、キャリブレーションとは何かということから考えてみましょう。

キャリブレーション

●定義
機器分析法において、装置キャリブレーションは、校正用資料から得られた計測信号の加工であって、透過光などの物理信号が電気信号へ変換されたものを原信号として、これを便宜的に試料中の濃度などへ換算表示する手続き、と定義すればよいでしょう。
やっていることは、電気回路でゼロの基線と増幅回路を操作して、入力に対する出力を一定の関係に割り当てることです。入力というのは、試料に含まれる測定の対象となった物質量をいいます。
通常、試料中の測定対象と原信号の間には一定の関係があり、それは直線関係が前提となっています。これは計測が成立する前提でもあります。この関係は片方もしくは双方の信号を対数変換などすることもあります。つまり、計測するときの原則として入力量が増えた分、出力がこれに比例して増えなければ計測が成り立ちません。

●作業
キャリブレーションと呼ばれる作業には2つの方法があり、日常の管理はこの作業の違いで異なります。したがって、2つの方法を明確に分類して、どちらの方法によるかを正しく知っている必要があります。
【キャリブレーション1】
分析装置の検出器から得られる出力を、装置定数と呼ばれる予め分析装置にセットされた「ファクター」をかける形で加工し、得られた加工出力を直接「報告値」とするもの。
「ファクター」は、別に定められた「任意の標準」によって電気回路を機械的に操作する(増幅)方法でセットされ、この作業がキャリブレーションと呼ばれます。この方法において、「合意された第2次標準」の値は、「任意の標準」に予めメーカーが反映させています。トレーサビリティの保証はこのキャリブレーション手法で確立されます。
キャリブレーションの管理範囲は、「合意された第2次標準」もしくは「メーカーが定めた同等品」を実検体と同様に測定し、これも予めメーカーが定めた管理範囲に入っていればよしとします。管理範囲を逸脱する場合は、メーカーの技術員が再度キャリブレーションをし直します。
場合によって、ユーザーがこれらの作業を行うケースもあるようですが、メーカーは一般にそれを推奨していません。頻繁にユーザーがキャリブレーションすると、精度管理上の基準が常にゆれて本当の装置異常に気付くのが遅れる危険があるからです。
【キャリブレーション2】
分析装置の検出器からの出力に対し、予めメーカーが設定したプロトコールに従い、メーカーの技術員がいくつかの試験を行って独自に設定している管理範囲にあれば、検出器は機械的に「問題がない」とされます。この状態において、ユーザーが「キャリブレーター」を計測します。通常このとき、装置に予め「キャリブレーター」が流されることと、その設定値を入力しておけば、内臓プログラムが入力された内容に従い自動的に「検量線」を設定します。この作業をキャリブレーションと呼びます。
「キャリブレーター」は測定に用いる試薬キットメーカーが指定するものを使用し、その「キャリブレーターの表示値」は「合意された第2次標準」の値を反映していることをメーカーが保証します。行われたキャリブレーションが管理範囲にあるかどうかは、ユーザーが独自にその管理範囲を設定し、ユーザーが任意に定めたプロトコールに従ってこの管理範囲で運転されているかどうかを知ることになります。したがってトレーサビリティの保証は、ユーザーの品質管理手法によって確立されます。

ご質問にあるキャリブレーションは上の【キャリブレーション2】に当たるでしょう。もしトレーサビリティなど、専門的な用語に説明が必要であれば「精度管理の考え方」テキストを参照してください。

では、日常の計測作業において、キャリブレーションを済ませたとき、装置が測定作業に対してスタンバイ状態になったことを確認する作業は、どのような手続きを踏めばよいか考えてみましょう。

●物質濃度と装置による測定結果表示値の関係
キャリブレーション作業は、原信号とそれを与えた試料中にある物質濃度を対応させるべく、何らかの換算をすることにあるので、ベースラインであるゼロ濃度での信号と、これに一定の量が加わって得られる数種類のキャリブレーターによる信号が、基本データとしてあるはずです。
計測系が、一定のレスポンスをしたかどうかは、これらの原信号を管理することで可能です。ベースラインの安定性の目安になる経時的変化、計測する物質濃度と対応する計測系からの信号の直線関係はとりわけ重要な指標でしょう。

【キャリブレーション2】の方法によってキャリブレーションを行い、精度保証をする場合にはユーザーが独自にそのプロトコールを設定する必要があります。このプロトコールをどう組み立てるか整理することにしましょう。

正確さについてキャリブレーションが形成する関係

私たちが、上図で関係(1)と関係(2)を別々に見るためには工夫を要することがあります。たとえば、測定物質に反応して反応生成物が生じこれが呈色するのを利用して吸光度を測定するケースでは、測定物質濃度に対応して呈色の度合いが高くなり、これが吸光度に反映しなくてはなりません。呈色反応が設定された時間で直線的に進行することと、吸光度が呈色物質の濃度に対して直線的であることは根源的に異なる問題です。

●関係(1):測定に用いている分析原理
関係(1)は計測に用いている測定原理を十分検討しておかなくてはなりません。たとえば、干渉物質によって影響を受ける場合などの検討は重要です。化学反応は温度と時間に大きく依存しているため、装置の計測条件の検討もきっちりとしておかなくてはなりません。場合によっては、実際に計測をする装置とは別の測定器を使わなくてはならないことも考えられます。実際の装置では一般に関係(1)と(2)が合わさってしまうため、日常の測定に導入する前、十分の検討が必要です。その検討結果から確証のためのプロトコールを作成しておくことが賢明です。
装置の計測が正確性の議論で保証されるためには、何らかのリファレンス測定法で検定されて濃度が知れている試料を測定することによって行うことができる、と考えてよいでしょう。これによって次の関係が精確であることを確定します。

  • 【入力】
    試料中の物質濃度 →
  • 【媒介するもの】
    検出されるべき物質の濃度

たとえば、グルコースの量を知るためにその変化量をNADHの量に変換する反応を利用する例では、NADHが媒介物になります。計測のため、検出反応を媒介させるのは利点と欠点があります。肝心なことは試料中の物質濃度と検出に利用するために変換された媒介物質濃度とに直線関係が成り立っていることを確認しておくことです。これは、その測定法を始めて導入するときだけに行うのではなく、一定の必要と思われる間隔で確認作業を実施すべきです。

●関係(2):検出原理
物質のもつ物理化学的性質を直接利用してその大きさを計測し、電気信号に変えて計測を成立させます。上述した媒介物質を利用せず、測定系への入力である対象物質に固有の物理化学的性質を、直接計測する測定原理が使われることもあります。電解質のイオン選択電極(ISE)法はこのようなものの代表例でしょう。ISEなどでは、図における関係(2)が重要な要素を占めています。
ここでは計測される物質のもっている物理化学量が、出力される電気信号と直線関係、もしくは対数変換された信号と直線関係が成立している必要があります。これが測定の基本原則です。これを確認するのは出力された信号をモニターし、場合によっては手作業でグラフを書いてみれば明らかでしょう。装置によってはこの信号を取り出せるものや、内部の管理ソフトに反映するようデザインされたものがあります。一度装置マニュアルを確認してください。

●正確性を確認する管理物質の投入
トレーサビリティを確立させる問題は、日常作業でとても重要な作業です。この作業でしばしば質問を受けることがあるのは、定法通りキャリブレーションを済ませたが、これを打ち返しなどで確認したいという希望をどうかなえるかについてです。上位のリファレンス法で値付けがなされている精度管理物質を、日常作業で稼動している患者検体列のどの位置に配置するかが、問題となるでしょう。
今回のご質問でもキャリブレーションの作業直後にコントロール血清を流すとあります。
結論を先に申し上げます。
測定系が統計学的に安定していると考えるなら、配置は無作為である必要があります。測定系が精度上管理下にあるとき、反復されるすべての作業は統計学的にランダムな状態にあるはずです。したがってそれを確認するならサンプリングは無作為でなければなりません。確認する行為が作為的であると得られた観測値は測定系の状態を反映していると言えないからです。
未知検体が検体列のどの位置であれ、その計測の【正確性】が保証されるべきだというなら、値の知れている精度管理用の試料であってもなくても、すべて同様にその検体列における位置は、予め作為された位置では統計学の見地からは偏った見方をしているということになってしまいます。つまりキャリブレーション直後にいつも測定するのはランダムサンプリングではないのです。このことは質問10の回答に詳しく書いてありますのでそちらをご参照下さい。

●装置のベースラインが安定していること
キャリブレーションでは一般に言って検量線y=b+axのy切片bはゼロとします。これを時間を追って見たものがベースラインです。ベースラインは経時的に安定していることが求められます。
吸光光度法の場合、ベースラインが経時的に上昇するような試薬系では、吸光度が同じ物質濃度に対して当然高くなるでしょう。一般に吸光度は1.0を越えると不正確になり直線性を失います。これはほかの電気計測でも同様の注意を必要とします。
装置が稼動を続けていることにより、発生する熱で徐々に過熱され、検出器が出力にゆがみを見せることがあります。この影響はベースラインに現れることもあり、一定の入力があったときに得られる出力へ影響することもあります。いずれにしろ、経時的に検出器が安定しているかを何らかの工夫でモニターするのが妥当でしょう。
注意しなければならないのは、オートゼロの回路を作動させている場合に、バックグランドノイズは常にキャンセルされていることです。用いる試薬が経時的に発色・退色し、バックグランドの吸光度が上昇・下降するような場合、あるいは検出器が周辺温度などで干渉される場合など、オートゼロ機能を働かせていると、始めにゼロをキャリブレーションした状態でのブランクがどう利用されるかにより異なるものの、検出側とブランク側の入力に差がなければ、常に装置出力はゼロを表示します。そこで、どんなふうに装置がベースラインを常時モニターしキャンセルしているか、その装置の工夫を知って対策しなければなりません。そうしなければ、装置のベースラインは常に変動しているのが普通なので、安定していることをモニターする作業が定義できません。

●装置の安定性のモニター
分析装置が精確性を欠く場合として大きくは次の2つのケースに分類されます。

  • 周期的なゆれ
  • 予期しないノイズ

通常、精度管理手法で統計学的なバラツキの範囲を定義するものはこのうち2)に関する問題ですが、これは「精度管理の考え方」テキストをご覧ください。ここで論議するのは1)に関する問題です。
1) の問題に関してもっとも重要なことは、装置や作業工程の管理上、安定を核問題に対して原因と対策が明らかにされていなければならないことです。
たとえば、ウォーミングアップに必要な時間の問題がそうで、ウォーミングアップに要する時間を常に同じ条件となるよう標準化してこれを守らなければなりません。供給電源の不安定さが分析装置の不安定さに直結する場合があります。装置を設置したとき、供給電源の安定性を計器で連続記録し、そのゆれが装置へ影響しない範囲にあることを確認することや場合によってはスタビライザーを用いるべきです。装置の信号処理がデジタル化されていても、計測はアナログで行われていますから、供給電圧・電流のゆれは計測に直接影響します。また、瞬間停電への対策はデジタル化された部分への影響が大きいので、そういう観点からも供給電源の安定性確保は欠かせません。
1)の問題、すなわち周期的なゆれが計測に見られることは、日常運転に際してすでに明らかになっているはずです。したがって、何を管理指標として点検・確認するかを明確にし、これを記録しておくべきです。安定性を欠く装置をどうしても利用しなければならない場合は、特別のプロトコールを持って測定に当たるしかなく、精度保証についても例外的に対策しなければなりません。日常の臨床検査にそのような装置を用いることは勧められることではありません。

計測の不正確さをまねく1)の問題に対して、しばしば検体列にダミーを挿入する方法がとられることがあります。ダミーは一般的にプール血清など精度管理試料と呼ばれるものと同等のものが多く利用されます。
ダミーを用いる目的は次の2つです。

  • a) ゼロ濃度(基線)を確認する
  • b) 一定の濃度における再現性を確認する

ここで正しく認識をしておかなければならないことは、これらを挿入する目的が装置にゆれの見られることを知っている場合に限ることです。ゆれがある一定の範囲を超えた場合、管理問題として対策を講じる必要があると、考えています。繰り返して言いますが、そういう計測装置は日常の臨床検査では用いるべきではありません。
対策としては一時分析を中断し、装置を含み測定系を初期化することが常套手段として行われます。
ゆれには、周期的に基線が波状の変動を示す場合(サイクル)と、次第に下がるもしくは上がる一定の方向への変動を示す場合(ドリフト)があります。したがって、一般的に10本おきや50本おきなど、ある一定検体数おきにダミーが配置されます。
この方法によって装置の不安定さを管理する場合には、次の危険を認識していなければなりません。

  • ダミーによる検体列で後ろに並ぶ検体への干渉(キャリーオーバー)
  • ダミー自体が前の検体により干渉を受ける(キャリーオーバー)
  • 波状の周期がずれること:1つのサイクル幅が変動すること

また、ダミーを挿入するのは、上述しました通り、予め認識している装置の変動をモニターするためのものにしか過ぎませんので、そのデータによってキャリブレーションを動かしてはいけません。装置の変動をモニターするために挿入したダミーの計測値もランダムな誤差から逃れることがありません。ランダムな変動のあるたった1つの観測値を根拠に正確性を疑うのは正しくないのです。
混同してはいけないことは、同じようにコントロール血清を用いても、それを当該ロットの検体測定に、ある信頼確率での精度保証を与えるためのものである場合は、あくまでもそのロットから選ばれた標本として扱われるわけですから配置位置はランダムである必要があることです。装置の周期性のあることをし監視するダミーである場合は、変動を有効に検出できる一定間隔で配置する必要があります。しかし、そのような一定間隔が観察されるのはまれですし、またそれを対策できないということはありえないと言ってよいでしょう。質問10を続けてご覧ください。

●まとめ
キャリブレーションの本質は、日常一般法で得られる測定値が基準測定法によって得られる値と等価になるように標準物質を介して上位の分析法による値を移す作業であり、ロットの測定を開始する前に行う測定系のトレーサビリティを確立する作業です。
ロットの管理状態を観察するコントロール血清と同じものを用いるとしても、キャリブレーションが正しく行えたかを確認することと、その後の測定が精確に行えているかということを確認する作業は厳密に分けておかなければなりません。
キャリブレーションの確認の問題では、入力信号に対応すべき応答出力を見て、その期待値からのずれを問題にします。これがバイアスであり、計測誤差として定義されるものです。
一方、測定系の安定性を確認する品質管理作業ではランダムさが定義されます。
分析装置は供給電源のゆらぎや装置自体の発熱による検出機構への影響、試薬の経時変化などの原因により装置自 体が常にゆらいでいて、一瞬たりとも同じ状態にはないと言ってよいでしょう。
キャリブレーションの直後に精度管理試料を測定し、その値が管理限界内に収まっていることを確認したとしても、『キャリブレーションが正しく行えた。後に続く検体測定も正しく行える。』ということの論理的裏付けにはなりません。また、検体列でコントロール血清を一定間隔に配置してこれを観察することも、分析装置が安定して稼動しており、最初にキャリブレーションした状態が持続していることを保証する論理的裏付けとはなりません。

キャリブレーション直後のコントロール血清の測定結果だけで判断することは、『多分大丈夫だけど絶対じゃない』と言ってよいでしょう。臨床検査の結果に対して品質保証を論理的な裏付けをもって行うには、精度管理試料の測定はあくまでもランダムに配置される必要があります。

キャリブレーションの正確さを評価する方法は細萱らにより詳しく研究されています。参考となる論文を挙げておきます。

  1. 細萱茂実:自動分析装置に於ける検量線作成上の問題点. 生物試料分析9(2):14-20, 1986
  2. 細萱茂実 他:標準物質による」正確さの確認と校正法. 臨床検査 41:1645-1650, 1997
  3. 細萱茂実:標準物質を用いた正確さの評価 偏りがどのくらいならば校正が必要か?.検査と技術 28:289-292, 2000

篠倉 潔
(NTT西日本大阪病院 臨床検査科)
2004年8月6日