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検査室支援情報
精度管理の考え方
Q6 Answer
S管理図法は、Z-Sum管理図法と同じという認識でよろしいのでしょうか?Z-Sum管理図法というのは、次式でZ値を計算します。
3種類の異なったコントロール血清(またはプール血清)を用い、このZ値から管理する方法がZ-Sum管理図法で、3個のZ値をZ-Sumとしてプロットします。Z-Sum管理図法を利用する利点は、系統誤差の検出、偶発誤差との区別に適する、機器、試薬、標準液の変動の管理に適すると聞いています。(岩手県 S.様)
ご質問にあるs管理図法は、Webサイトで推奨している管理図法を指されていると理解して、改めてs管理図法について説明をいたします。
s管理図法は精度管理試料を用いた測定系のバラツキに対する精度管理法の一つで、標準偏差sを利用します。
従来の管理図法のRに代えて、
管理図法では標準偏差sを用いるのが特徴です。従来用いられてきたRは、同一精度管理試料を反復測定したその最大値と最小値の差のことで、その絶対値を管理に用います。
例えば、ある測定系に対してこれを用いた場合を考えてみましょう。精度管理試料を1ロットの検体測定当たり5本測定することにして、2つのロットで管理血清の値がそれぞれ次のように得られたとします。
- 第1のロット (48、49、50、50、53)
- 第2のロット (49、49、49、49、54)
2つのロットの平均値は、どちらも=50です。
第1のロットのR値は、最大値(53)と最小値(48)の差の絶対値ですからR=5、第2のロットでは最大値(54)、最小値(49)で同じくR=5となります。両ロットでR値には差はありません。
一方、標準偏差sを計算してみますと、第1のロットでは、s=1.871、第2のロットではs=2.236となり、標準偏差値を比較しますと第2のロットが大きくなります。このことは2つのロットでバラツキに差があることを示しており、第2のロットが第1のロットよりバラツキが大きい状態にあります。
このように、バラツキを管理する指標としては、幅Rよりも標準偏差sを用いる方が精確に示すことができます。
ところで、実際に精度管理をする場合には、データに対してバラツキを単純に計算して議論するのではありません。管理図には管理限界線とよばれる測定の精度および正確さの品質に対して合格不合格を判定するための線が引かれています。管理を実施する上でこの合格不合格の判断が曖昧ではよくありません。不合格であるロットの測定値を報告することはもちろんよくないことですし、それに加えて測定系をそのままの状態にして、測定を継続することはできません。何らかの対策を打たなければならないのです。s管理図法は、バラツキの程度を如実に表すため、予防的にメンテナンスをすべきであることを示してくれる点で優れています。
以下に管理図法を実施する上で理解しておきたい基本概念を書きます。これはWebテキストとQ&Aコーナーの質問1の回答に詳しく書かれていますので、是非ご参照下さい。
管理図法を実施する場合には、まず精度管理試料の測定値の「母集団」を想定しています。そして、毎日の精度管理試料の測定値がその母集団から得られる標本であると想定します。
母集団とは、対象としている精度管理試料について何千回、何万回の測定を想定するような非常に大きな測定値の群のことです。従来から無限回に測定したすべての測定値を仮想的に指す概念上の集団をこう言いました。
しかし、この母集団を推定するために大量の精度管理試料を使ってしまっては実際の精度管理に使えませんし、そのための経費も莫大なものになってしまいます。そこで200回程度の測定で得られた結果を『標本』とし、この群から『母集団』の平均値(母平均)・標準偏差(母標準偏差)といった統計量を計算により推定します。推定値は、ある信頼確率で与えられ、信頼範囲とよばれる幅を持っています。一般的に信頼確率は95%が用いられ、それに対応する推定値の幅は95%信頼範囲とよばれます。
こうして標本平均、標本標準偏差から推定された母平均の95%信頼範囲が、精度管理図における精度管理試料の平均値の管理範囲として使用されます。これが一般的に使われる±2SDのことです。正確な95%信頼範囲は
±1.96SDですが簡略にされています。
母集団を想定して母平均と母標準偏差を推定し、これから改めて管理範囲を計算するのと、標本から単純に基本統計量として計算される標本平均値および標本標準偏差を使って管理範囲を計算することは違っている点に留意して下さい。
実際の精度管理では、1ロットの検体列へランダムに挿入した精度管理試料の測定結果から平均値と標準偏差を計算し、毎ロットの値が母集団の推定値の範囲内にあるかどうか推定し判定を行います。ここで、平均値については中心極限定理の適用により正規分布が分布モデルとして適用できます。中心極限定理は、『元の母集団がどのような分布型をしているかに関わらず、その母集団から抽出された標本の平均値を新たな標本として構成される群の分布型は、標本数が十分大きくなるにつれ正規分布に限りなく近づく』というものです。
一方、標準偏差にはその分布モデルとして正規分布が適用できません。このため、求めた標準偏差が母標準偏差の信頼範囲内にあるかどうかを推定するのに、やや複雑な計算過程が必要です。
最大値と最小値の差Rをバラツキの管理に用いることが好まれた一つの理由は、精度管理の考えが工場生産に使われ始めた当初、現在ほどコンピュータが普及していなかったために標準偏差を使った計算に手間が掛かって実用的ではなかったからです。そこで簡単に手計算でもできるよう最大値と最小値の差Rを使って、できる限り簡単に標準偏差に近似した値を求められるように工夫され、種々の推定値が表にされました。R管理図に用いる管理線は、そうした表によって与えられた数値を実測データに応用するだけでよいように努力されたのです。また表そのものも品質管理の導入を奨励する点から、JISの講習会などのテキストで普及が図られました。
今日ではコンピュータの普及が目覚ましく、計算に手間が掛かることが一つの障害になるものとは思われません。バラツキの指標には標準偏差sを使うことで、より正確な管理基準を設定できると考えます。
ちなみに、最大値と最小値の差が大きい測定系の場合にはR値でもs管理図法と同じようにバラツキの管理が行えます。しかしながら近年の測定装置を使った測定系のように、サンプル数が大きい場合や、最大値と最小値の差が小さい場合には標準偏差sが適しています。
管理図法は、ご質問にありましたZ-Sum管理とは違っていて、バラツキの状態を管理する指標として標準偏差を直接用いて評価する方法であり、それがこの方法を推奨する理由です。
ご質問で頂戴しましたZ-Sum管理図法について、原典となる論文を寡聞にして存じません。計算式からは、検査工程を管理する上でもっとも大切になる「管理目標」をどのように設定するのか詳細が不明で、その論理を理解するのも困難です。したがって、系統誤差の検出、偶発誤差との区別に適する、機器、試薬、標準液の変動の管理に適するとされている点についても、コメントできません。できましたら、原著論文に記述されている推計学上の説明を改めてお教えいただけませんでしょうか。再度ご質問いただければ、内容に沿った回答ができるかと存じます。
篠倉 潔
(NTT西日本大阪病院 臨床検査科)
2004年3月11日