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検査室支援情報

精度管理の考え方中 恵一

Q28 Answer

Q.28

Xbar管理図を考えます。我々は管理物質を分析した場合に生み出される無数の測定値が構成する母集団より日々いくつかのサンプリング(QC測定)を行い、そのサンプルが示すであろう「T分布」から母平均を推定しておるのだと思います。この時の説明で、恐らくは簡単の為に測定数 n=2として説明される事が良くあるようです。2つのサンプルという事ですのでそれが示すであろう分布は「自由度 df =1T分布」であり、それは「標準Cauchy分布」に一致するとされています。

T分布 wikipediahttps://ja.wikipedia.org/wiki/T%E5%88%86%E5%B8%83

 

先生もご存じの通り、Cauchy分布は平均と分散が定義されない分布ですので、この分布を用いて平均値の推定を行うのは『統計モデル』として誤っておるような気がするのです( 実際のQC測定値がCauchy分布に従うと思っておる訳ではありません)。

上記理由により、正しい統計モデルを用いたXbar管理図による統計学的精度管理は測定数 n=3、自由度 df=2T分布を用いる方法が最小のQC測定回数ではないかな、と考えた次第です。(大阪府 A様)

A.28

臨床検査で、日常の精度管理、並びに精度保証を実施する際には管理図が一般的に利用されています。しかしながら、コンピュータの普及が通常になった今日ではRという測定値の差(最大値と最小値の幅)を用いるのは、統計学的手法を用いているにしてはお粗末です。そこで、バラツキを表現する標準偏差を用いた管理図を推奨しています。テキスト本文にあるように、あらかじめ新しい検査装置や器具が検査室に導入され、この検査工程の精度保証を考えると、まず、一つの精度管理物質を100回から500回繰り返し測定し、平均値と、標準偏差を求めます。

 

こうして得られた値からその検査工程を無限回繰り返した場合の平均値と標準偏差を推定することができます。この統計的手段はテキスト本文にあります。

 

得られた、標準偏差は〔バラツキ〕として、通常、 ±2SDの幅で臨床側に提示します。臨床側が日常診療に検査結果を利用する際、そのバラツキの程度でよいと納得されたとき、臨床検査室での精度保証でのバラツキの目標となります。これが日常検査での精度管理目標です。一方、平均値の方は、国際的な標準の値と照らし合わせるか、外部精度管理に参加し、標準的な値として通用するか確認をして精度保証とします。

 

日常の精度管理では、検体列の中へ、ランダムに先ほど試験した精度管理物質、あるいは新しい何らかの方法で、メーカーが保証してくれている精度管理物質を数本入れ込んで、それらの平均値と標準偏差を求め、上に設定した精度管理目標と照らし合わせることになります。検査値のブレについては平均値と標準偏差のバラツキの幅を統計学的手法で求める方法は本文にある通りです。日常ではこうして精度管理を行い、精度保証をして臨床側にこたえることになります。

 

ご質問は、それでは平均値と標準偏差の確率分布がどうなっているのか、という内容のようです。

 

平均値は、z変換をすると、正規分布として得られるとテキスト本文にあります。すなわち、

この式には、σが入っているので、先ずこれを取り扱うことにします。母集団の標準偏差σと検査工程で得られた標準偏差 s の比を考えますと、ですが、この比は期待値が1です。この期待値を確率分布として考えます。数学的にはx2 分布と同様に扱い、測定回数nに対する、下表のような確率分布の中央値が与えられています。

 

n 比の中央値
2 0.4769
3 0.6798
4 0.7691
5 0.8194
6 0.8516
7 0.8741
8 0.8906
9 0.9033
10 0.9134
11 0.9216
12 0.9283
13 0.9340
14 0.9388
15 0.9340
16 0.9467
17 0.9499
18 0.9527
19 0.9553
20 0.9575

精度管理物質の投入本数 n が増えるにしたがって、期待値1に近づきます。

 

これは検査室の経営上の判断で本数を決定すべきで、多い方がよいというのでもありません。オーバースペックは避けるべきでしょう。なお、検体列の数がどれほど大きくとも、保証される確率はあまり変わらないことが知られています。

 

何より肝心なことは、精度管理物質をランダムな位置に入れることです。このことがこうした統計学的手法や推計学的な手法を応用するときの要です。多くの場所で正規分布を用いますが、これはあくまで数学上のモデルを利用しているわけですから、このランダム性が重視されます。

 

なお表の数値は、「伏見康治:確率論および統計論、現代工学社、2002」から使わせていただいた。

 

中 恵一
2021年9月9日