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精度管理の考え方中 恵一

Q20 Answer

Q.20

不確かさ及びトレーサビリティについてお聞きします。
生化学の自動分析器で現在マニュアルに従い、各試薬指定の標準液及び標準血清等を用いて分析器のキャリブレーションを実施し、日常用いるキャリブレータ―の値付を行っています。この場合にトレーサビリティの連鎖で、不確かさの表記のない標準液の取り扱いと、不確かさの表記がないことで連鎖は途切れてしまうのでしょうか。
標準血清には不確かさの表記があり、標準液には当然ありませんが、不確かさの検定を行う時に元の不確かさがない場合の計算の方法とトレーサビリティの連鎖はどのように考えたらよろしいのでしょうか。(東京都 U様)

A.20

「トレーサビリティ」と「不確かさ」という2つの関連した概念は、計測における正確性を保証するうえで、欠かせない重要な問題であるため、計測に関わる技術者に徹底した理解を求めて実行できるよう、これまでもさまざまな啓蒙活動1)や勉強会、あるいは試料の配布が行われてきました。
国内においては、1994年から行われているJEMIC計測サークル関西支部技術専門部会(JMCT)の活動2)が啓蒙に熱心ですし、日本臨床化学会もISOの活動と共同してクオリティマネジメント専門委員会が勧告案を作成しています3)
(社)日本電子機械工業会 産業計測標準研究委員会の和訳による国際標準での関連用語は次のようです。

計測の国際規格ISO10012-1「測定装置への品質保証要求」
3.22 トレーサビリティ (traceability)
測定の結果の特性で、測定の結果が切れ目のない比較の連鎖(注:トレーサビリティチェーン)により、適切な計測標準、―般には国際標準あるいは国家標準に関連がつけられること。
4.15 トレーサビリティ
測定装置は度量衡総会(CGPM)の推奨に合致した国際計測標準又は国家計測標準に対し、トレーサブルな計測標準を用いて校正されなければならない。このような国家計測標準が無いときは(例えば硬さ)、当該分野にて国際的に認められている別の計測標準 (例えば、適切な標準物資、合意による標準又は工業的な計測標準) にトレーサビリティを確立すベきである。
「確認」システムにて使用されるすべての計測標準は、トレースした標準(源)、日付、不確かさ及びその結果が得られた条件(校正条件)を記した成績書、報告書又はデータシートで証拠づけられた機器で確保されねばならない。これらの名文書はその結果の正しさを証明する人により署名されていること。
供給者はトレーサビリティの連鎖の中で各々の校正が行われたことを、文書による証拠を保持すること。

さて、日常現場において計測作業に従事される技術者にとって、ご質問にあるように、表示値に不確かさの表記がないものと何らかの不確かさに関する情報が付帯しているものとがあり、疑問をもたれることがしばしばあることと想像します。
一つには、精度管理という概念が臨床検査室に持ち込まれた際に一つのメーカーが精度管理試料を提供した場合、装置ごと、試薬ごとに測定された値は異なるものだとする考えがあって、メーカーは1本の精度管理試料にそうしたデータを可能な限りつけて販売したことに端を発したと考えられます。つまり、ある臨床検査室が、A社から「標準血清」を購入して、自施設の計測装置にかけたとき、「○○○mg/dl」の値が出るはずだ・・と、A社が市場にある分析装置ごとの参考データとともに「標準血清」を販売していたのです。本来ならば、どのような精度管理試料でも、自施設で評価し、その計測値を保証するべきなのですが、もしそうするとなると、評価・検定するための「より次元が高い」分析方法と標準物質を持たなければなりません。持つには持てても管理が出来ないでしょう。
今、まさにここに記しました、「自施設で評価・検定すること」についてご質問の主意が含意されていると考えます。
日常の計測は、日常の測定方法用に試薬キットをメーカーから購入して、臨床検査室へ提出のあった検体測定に使われているでしょう。試薬キットには使っている分析装置に適合させるための各種パラメーターの資料と、キャリブレーターが同梱されているはずです。しかしながら、これだけでは本当にメーカーが保証する計測が行われるのか、各検査室の技師の方々には保証が不十分に思えます。そこで、別途精度管理血清を購入して、これを測定することがしばしばあります。問題は、その別途購入した精度管理試料の計測値がどのような値なら満足で、どんな境界値を越えると不満足なのかです。
ご質問の文中に、『各試薬指定の標準液及び標準血清等を用いて分析器のキャリブレーションを実施し、日常用いるキャリブレータ―の値付を行っています』・・とあるのは、「標準液」と「キャリブレータ―」の呼称を混乱されているのではないでしょうか。検量線作成をするために用いるのが、「キャリブレータ―」で、「幅のない」単一の値が書かれているでしょう。「キャリブレータ―」がなければ、検量線が作成されず、一般に計測が始められません。もっとも検量線を使わない計測では別です。
問題は、2つあります。「キャリブレータ―」の表示値が疑わしい時はどうすればよいか。そして、もう一つの問題は、別途購入した「標準液」がどのような範囲に計測値が出てくれば、その分析装置と試薬キットで構成されている計測法が保証されることになるのか。
「キャリブレータ―」の表示値は、その試薬キットの計測原理に適合させて、メーカーが計測方法をあらかじめ設定しているので、上位の標準を用いて評価・検定することが難しい場合があります。無難なのは、メーカーに相談されることです。人工的な試料では、少なからずマトリックス・エフェクトとよばれる妨害があって、測定原理が異なったときに、見かけ上違った値が得られることが多いからです。それに上位の測定方法と標準を持っていて管理していなければなりません。
もし、「幅のある」表示値のついた標準を使う場合、この「幅のある」というのが、その標準の「不確かさ」に関する情報になるのですが、2回測って両方ともその範囲に入っているとよい、とか、2回のうち少なくとも1回入ればよいとか、管理上の問題を自施設で設定できるかどうかが疑問です。
臨床化学会の勧告では、「不確かさの成分の見積り」を次のようにしています。

1)標準物質の不確かさ(標準不確かさ = us,またはその相対値)
標準物質の表示値(Cs)の拡張不確かさ(Us)は一般に次式で示され、通常は認証書で指定される。

表示値の不確かさ: Cs±Us

Usが包含係数kを用いた拡張不確かさで表示されている場合、標準不確かさ(us)は、us = Us/k で求められる。
一方、Usが最大値と最小値を表す±Us(%、公差)の形で表示されている場合は、矩形分布(一様分布)とみなし、標準不確かさをで推定する。

ご質問の主意は、日常で活用するための管理法でしょうから、一般に試薬キットを購入してこれを使用されている場合、もし添付の使用方法を改変されていなければ、メーカーが「キャリブレーター」の表示値を保証するもので、これによって得られる検量線はメーカーが保障するものです。とは言っても、自動分析装置を用いた測定では、装置の問題やオペレーターのミスはそのメーカーの保証の範囲ではありません。従って、自施設における標準操作マニュアルが守られていて、計測全般が管理下にあるなら、「メーカーにある上位の標準と測定法がトレーサビリティを保証する」と考えるのが妥当でしょう。
概略に関するよい解説4)が出ていますので、それを先ず通読されて、できることをきちんとしていただけるとよいと考えます。

<参考>

  1. 「計測の不確かさ表現に関するガイド(Guide to the expression of uncertainty in measurement:GUM)」 ISO TAG4: Guide to the expression of uncertainty in measurement (GUM), BIPM, IEC, IFCC, ISO, IUPAC, IUPAP, OIML, 訂正版1995.
  2. トレーサビリティハンドブック: JEMIC計測サークル関西支部技術専門部会(JMCT)
    http://www.jmct.org/
  3. キャリブレータおよびQA用試料の不確かさ評価方法(Ver.1.4)」日本臨床化学会クオリティマネジメント専門委員会: キャリブレータおよびQA用試料の不確かさ評価方法(Ver.1.4),臨床化学32:186-199,2003.
  4. 「トレーサビリティと不確かさの概念」細萱繁美、尾崎由基男: 臨床検査 49(12):1283-1288,2005.

中 恵一
2008年3月31日