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検査室支援情報
精度管理の考え方
Q16 Answer
自動分析装置の購入を検討しています。一般的な生化学試薬と装置において、カタログ値の測定範囲の「下限」「上限」を決定する基準はありますか?定量限界は3SD法が一般的とうかがったのですが、検出限界、上限を決定する基準を教えてください。(京都府 S様)
(メーカーの回答):弊社の「下限」「上限」に関しては、以下のとおり設定しております。
「下限」は、±2.6SD法でブランクと重ならない最低濃度の点を下限としています。「上限」は、直線性が確保されている点までを上限としています。また、免疫系の試薬については、被検液中の濃度が異常高値となるとプロゾーン現象が起こることが知られており、実際の濃度より測定値が下がって見えます。一般的に考えられている異常高値に対して、各自動分析装置のプロゾーンチェック機構を用いて「上限」を下回る測定値とならない点を「上限」としています。
関根 敏治 (株式会社エイアンドティー 開発評価グループ)
2006年11月8日
(ユーザー代表の回答):ご質問にある測定範囲の「下限」「上限」を決定する基準について、現在の時点で学会等によって公的に推奨されたものはありません。
「パニック値」としばしば言われるものがあります。これには臨床的なパニック値と測定機器のパニック値があり、これらは異なって用いられ、それぞれに重要な意味があることを意識しなければいけません。「臨床的なパニック値」は、患者を治療する上で緊急を要するような事態を示唆しているものを言い、検査室で一般的に用いられています。これはLIS・HIS(臨床検査システム・病院全体の医療情報システム)に設定し、自動的に検査データに付加され臨床側へ警告を発することができるようプログラムされていることが多いものです。
一方の「装置機器のパニック値」は、その装置機器の測定限界を超えた値を意味します。どんな測定装置であっても何らかの信号を試料から捉らえ測定値に換算するわけで、測定対象に合わせて捕捉する信号強度の範囲を設定しています。この設定された信号強度の範囲を超え、弱すぎるか強すぎれば測定が不能であることは言うまでもありません。臨床検査に用いられる測定機器も、すべて臨床的に意義のある目的物質の濃度範囲を予測し、この範囲の信号強度が適切に捉えられるよう設定します。この測定可能な濃度範囲を設定するについては、新規購入の装置であるなしに関わらず、試薬を新しく導入する時、あるいは定めた精度管理手順に沿って行われるべきで、たとえば、高値検体を段階的に希釈して求める直線性から得られた値の90%の値を測定範囲の「上限」にするのがよいでしょう。直線性の90%とするのは有効期限内における試薬の劣化を考慮してのことです。
一方、測定範囲の「下限」について、これまでは直線性の低値領域から決められることが多く、実測で求められてきた検出感度(10X法や3SD法)を用いる考えなど、ゼロ濃度と区別可能であるという表現とも合わせ様々な提言がありました。その規定方法に対する標準化が、ごく最近、国際標準機構(ISO)や臨床検査標準化委員会(CLSI)からこれまでの考えとは異なる、測定法の「検出限界」と「定量限界」を分けて表現する方法が発表されました。国内でも日本臨床化学会(JSCC)クオリティーマネージメント委員会より、より実用的な算出方法が提案され、審議されています。
この方法では一つの測定法に対して、次の3つの重要な値を定めます。
- ブランク上限(LOB:Limit of Blank)
- 被験物質を含まない試料の測定値分布の上限確率p=αに相当する測定値(通常α=0.05)
- 検出限界(LOD:Limit of Detection)
- 統計的にLOBと明確に識別できる最も低い試料値で、その測定値分布の下限確率p=βに相当する値がLOBと合致するように推定する(通常β=0.05)
- 定量限界(LOQ:Limit of Quantitation)
- 測定誤差が、あらかじめ設定した許容誤差範囲となる最小の試料値
実際のやり方、算出方法の詳細については「臨床化学」Vol.35 No3:280-294, 2006に掲載されています。この方法によって各装置メーカーならびに試薬キットメーカーが、それぞれの製品に対する測定限界のデータ表示を統一化するよう学会から働きかけ、近いうちに標準化されるものと期待しています。また検査室においても、メーカーが設定した検出限界や定量限界のデータが妥当なものであるか検証する場合には、LODは20回、LOQは25回の反復測定数で確認できます。測定範囲の「下限」は、この方法で求めるのが適当でしょう。
中野 幸弘
(宝塚市立病院 中央検査部)
2006年11月10日