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検査室支援情報
精度管理の考え方
Q12 Answer
Zスコアを用いた精度管理について教えてください。
- Zスコアを求めるための標準偏差と平均値を最初に求めますがどのくらいのサンプル数を用いるのが適当なのでしょうか?「精度管理の考え方」では100-200、他のサイトでは100-400とありました。最低100は必要と考えてよいのでしょうか?
- 「母集団が正規分布でなくても、標本の大きさnが大ならば、標本平均値のXバーの分布は近似的に正規分布と考えてよい。」と他サイトで読んだのですが、この時のnは最低どの程度が妥当なのでしょうか?
1、 2ともに参考となるような文献、サイト、法令なども教えていただければ幸いです。(Y.I.様)
1) 日常の精度管理手法とは、ある同一対象を統計的管理状態の下で無限に測定して得られる結果の集合である『母集団』を想定し、今のロットがその母集団から抜き出されたものか違う母集団から抜き出されたものかを検定する作業と言い換えることができます。今のロットが目標とする管理状態の母集団から抜き出されたものであると言えるかどうかを判断するということです。
母集団はあくまでも概念としての存在ですが、実際に得られるデータはその母集団からの確率的抽出と見なせますから、この実際に得られるデータを用いて推定により母平均、母標準偏差を求めます。つまり、ご質問の最初に求める平均値と標準偏差とは母平均と母標準偏差を指しています。
精度管理作業において測定の対象は目標となる『ある値』を持っており、測定系が統計的管理状態にあるならば、実際の測定値の分布はその『ある値』を中心に正負両側に同様にばらつきを持つ正規分布となることが予想されます。
ここで記号を使うことにして次のようにそれを決めておきます。
母平均 | μ |
---|---|
母標準偏差 | σ |
母平均の不偏推定値 | ![]() |
母標準偏差の不偏推定値 | ![]() |
標本平均 | ![]() |
標本標準偏差 | s |
標本 | x1, x2, x3, ・・・・, xi |
n個の標本による標本平均は母平均μのまわりに
の標準偏差で正規分布をしますから、σがわかっている場合、母平均の推定値の95%信頼範囲は次の式で求められます。
・・・(1)
現実にはσは未知で、標本標準偏差sを使って求めることになります。
これは次の式で与えられます。
・・・(2)
n個の標本による標本平均を標本標準偏差sを使って標準化した値をtとします。
・・・(3)
この値は、t分布をすることが分かっています。数式の取り扱いについての詳細は「精度管理の考え方」テキストにありますからそちらを参照なさってください。
上の(3)式を変形すると次の式が得られます。
・・・(4)
この(4)式から、標本標準偏差sを用いて母平均の推定値の95%信頼範囲を求めるにはt分布表を使います。
どれほど精密に推定するかは、(4)式の右辺第2項で決まります。すなわちtの値とnの値によって左右されることになります。このために自由度n-1でP=1-0.95=0.05を与える値を、t分布表から読み取ります。
たとえば、自由度100における値は、t=1.984、また自由度200における値は、t=1.972 です。
これらの値を正規分布におけるP=0.05を与える点 z=1.96と比較してみますと、それほど大差の無いことが分かります。そこで一般的に母数の推定値を得るために必要なサンプル数を、100~200と考えることにします。
ちなみに、(4)式にあるの値は、それぞれ、0.1994、0.1398で、サンプル数が100個の場合に比べて倍の200になると、推定の幅がずいぶん狭くなります。このことを併せて考え、各検査室がどれほど狭い推定範囲をもって管理範囲とするか決定しなければなりません。問題は母数の推定を正確にすることを考えるのではありません。サンプル数を増やせば推定はより正確になりますが、それを管理維持するのにはコストがかかることになります。最低100個なければならない、と考えるのではなく、どれほどの精度で日常の管理をしたいかを考えなければなりません。おっしゃられているご質問の答えは、以上の推定の理論からご自身でお出し下さい。
2) 標本平均の分布が正規分布と見なせる標本の大きさnについては、元の分布の型による影響を大きくうけます。また、必ず母集団に母平均がなければなりません。分布のスソにきりがない場合にはこの法則が成り立ちません。
サイコロの出目のような矩形分布でも、2個のサイコロを同時に振ることにして、その平均を求める作業を10回も繰り返せば、ほぼ正規性を認めることができますが、指数分布や極端な場合で正弦分布などの場合は標本平均の分布に正規性が認められるには、少なくとも20~30個程度の大きさが必要でしょう。左右対称な分布では少ない標本数で正規分布に近づきますが、非対称な分布では標本に大きさが必要になります。
こうした疑問には必ず実際のデータで確認することが大切です。貴施設の測定系で実際に測定をされ、グラフをお作りになって正規性を確認なさってみてください。分布に対する積率を計算して正規分布であるかどうかを検定することが簡単に行われますが、それよりも実際のデータについて、その分布を人間の目で確認すれば正規分布をしているかどうか正しく判断することができます。
参考資料
- 竹内啓著 東洋経済新報社 数理統計学 1998年
- 吉澤康和著 共立出版株式会社 新しい誤差論実験データ解析法 1994年
- 鳥居泰彦著 日本経済新聞社 初めての統計学 2002年
- 島根県環境保健公社サイト; 平成14年度精度管理調査結果(主催:全国給水衛生検査協会):http://www.kanhokou.or.jp/
篠倉 潔
(NTT西日本大阪病院 臨床検査科)
2004年10月28日