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LISにおけるエキスパートシステム

 人工知能冬の時代と言われる。過剰な期待を抱いた/抱かせたのも悪いが、寒い現実に過剰反応するのもどうかしている。1980年代後半の人工知能ブームの反動で、エキスパートシステムという単語もすたれて久しい。しかしながら、技術は確実に進歩し続け、知識を扱うインテリジェントシステムの構築は、より現実的な可能性として目の前にあると思われる。4年前の本稿をベースに、その後の進歩と技術的可能性を述べたい。

1.エキスパートシステムと人工知能

1-1. エキスパートシステムとは

 エキスパートシステムとは、ある分野において文字どおり専門家(エキスパート)の代わりを行わせることを目的としたシステムである。ある分野とは、例えば石油プラントの運転や、資産の運用方法や、トラック運輸のスケジューリングなどである。エキスパートシステムを使えば、専門知識のない素人あるいは初心者でも専門家と同じレベルの問題解決が可能となる。その領域の専門知識をもとに動作するコンピュータシステムがすなわちエキスパートシステムである。

 もちろん従来の情報処理システムにおいても専門知識をプログラミングし、専門家らしい動きをするシステムもある。しかしながらこれはエキスパートシステムとは通常言わない。エキスパートシステムとは

図1.エキスパートシステムの構造
図1.エキスパートシステムの構造

 という形に明確に分離した構造をとる。ユーザからエキスパートシステムへの問いに対して、システムは必要な専門知識を引き出し、それらを操ることにより答となる結論を導き提示する。専門家が答を導く手順を真似たからエキスパートシステムであり、知識と問題解決処理とを分離独立させたところに構造上の特徴がある。

図2.エキスパートシステムの構成
図2.エキスパートシステムの構成

 では、知識と問題解決処理とを分離することにどのようなメリットがあるのか。従来の情報処理システムは、知識に相当する部分と問題解決処理に相当する部分が混ざり合って一体となったものである。このため、システムに何かしら変更を加える時には混ざり合った手順から必要な部分を慎重に見極め、適切な手順に改める必要がある。これに対しエキスパートシステムでは専門知識を追加すること、しかもそれは知識の順序には左右されないから、ただ単に知識を追加することでシステムを変更できる。さらにプログラムでは表現できないような知識を扱うことも可能である。

 エキスパートシステムの動作は知識により決定される。知識を一定の形式で表現し、その定義、変更、追加によりシステムが動作する。ユーザにとって難解なプログラミングの知識は不要であり、システムをユーザ自身の手で育てることが可能となる。

図3.知的な機能
図3.知的な機能

 知識をシステムにインプリメントし、その知識により動作するシステム。その可能性は大きなものであったが、現実にはその知識をいかに獲得し、いかにシステムに入力するかが最大のネックとなった。これを「知識獲得のボトルネック」と言う。知識と一口に言うが、浅い知識、深い知識、専門知識に一般常識まで、これらを取捨選択し、体系的にシステムに組み込む必要があった。知識を扱うための知識エンジニアが必要と言われた。これではユーザは使いこなせない。普及しなかった理由は他にもあるが、知識の扱いは、本質的な問題として残った。後述するように、システム的な課題は多くクリアされてきたけれども、知識をどのように扱うかというソフト的な課題は不十分なままと言えよう。

1-2. 医療エキスパートシステムの歴史

 エキスパートシステムの歴史を振り返るとき、人工知能について触れておく必要がある。なぜならエキスパートシステムは人工知能の実現形態の一つとして生まれたからである。人工知能とは「人間の知的な機能をコンピュータ技術によりシステム上に実現すること」である。では、知的な機能とは何であろうか。例えば記憶、計算、表現、推論、パターン認識、意味理解、学習、総合判断、創造、直感・・・などなどの順に知的になる。これらのうち現在の人工知能のターゲットはパターン認識、意味理解、学習あたりであろう。

 コンピュータにとって記憶、計算は当たり前であり、また創造、直感は到底手に負えそうもない。このように現在あるコンピュータシステムの持つ機能と比較して、「より知的な」機能の実現を目指すのが人工知能と言ってもよい。人工知能研究は絶えず知的な、言い換えれば難しい機能の実現を目指してきた。

 人工知能の研究は1950年代までさかのぼり、エキスパートシステムとしての開発は1960年代あたりから始まった。1970年代に至り画期的なシステムが開発され、人工知能型システムが実際に構築可能であると大きな注目を集めた。スタンフォード大の感染症診断治療支援エキスパートシステム(MYCIN)である。医療という領域で専門家の知識が必要という意味が分かりやすく、またあたかも医師と対話しているかのような優れた質問応答機能と説明機能を持っていた。今から振り返ると、初期のエキスパートシステムが医療分野であったことは興味深い。

 1970年代後半から多くの分野において活発にエキスパートシステムが開発されるようになり、医療分野においても、緑内障診断支援(CASNET)、腎臓病診断支援(PIP)などのシステムが開発された。日本においてはやや遅れ、1980年代あたりから汎用システム(MECS-AI)、輸液診断(FLUIDEX)などのシステムが開発されてきた。

1-3. なぜ普及しなかったのか

 人工知能研究という意味で大きく貢献してきた医療分野でのエキスパートシステムであり、その能力の高さにおいても専門家並みと評価されたが、実用化という点では残念ながらあまり成功しなかった。それには多くの理由が存在する。背景として次のことが言える。

 人工知能の実現としてのエキスパートシステムが主たる目的だったことである。すなわち、新技術の研究開発というところに主な関心があり、臨床現場での実用ニーズを満たすことはあまり考慮されていなかったのである。また人工知能として扱う問題領域の選択が医療での「診断」という高度に知的な分野であったこともあげられる。「診断」は人工知能技術で挑戦するに十分な、あるいは十分すぎるほど知的な機能と言える。エキスパートシステムに入力された情報で本当に診断が可能なのか、という本質的な問題もそこにはある。

2.LISにおけるエキスパートシステム

2-1.従来システムの実用的な問題点

 これまで述べたように、医療全体を見た場合のエキスパートシステムは必ずしも臨床上で成功したとは言えない。それは基本的に難しい、あるいは難しすぎる領域にチャレンジしたことが一番の原因である。本書の領域である臨床検査分野での応用の場合も、実際に多くの試みがあったにもかかわらず成功例が極めて少なく、心電図の自動解析や、蛋白電気泳動解析などのパターン解析などがあげられる。やはり難しい領域にチャレンジしたことが、実用とならなかった一番の理由であろう。

 さて、実用にならなかった理由は他にもある。実際には当時のシステム側にも多くの問題点があったことがあげられる。

  1. 非実用的なデータ入力環境
    従来の代表的なエキスパートシステムは対話型である。すなわち、多くのデータを対話に従って手入力しなければならない。このプロセスにかかる労力と時間は莫大なものと言える。
  2. 非実用的なコスト
    従来のエキスパートシステムは難しい問題を解くために、コンピュータとしても特に高性能のものを用いてきた。専用の推論マシンを使用する例もある。このため、ハードウェアに異常なコストがかかっていた。その上で動作するソフトウェアも当然のごとく高コストのものであった。
  3. 非実用的な正解率
    複雑な医学知識を体系的にもれなく整備することは至難のことであり、このため一般的に正解率は満足する水準にはなかった。さらに日々進歩する知識に対して、いかにメンテナンスするのか、つまり知識を成長させていくシステムであるとする設計運用思想を持っていなかったために、正解率は向上していかなかった。
  4. 非実用的な利用環境
    特定の人が、特定の場所でしか利用できないというシステムが多く見受けられた。わざわざ出向いてまで利用する、それに足るシステムがなかった。

 心電図や蛋白電気泳動の解析がなぜ成功したか、を考えることは今後のエキスパートシステム構築上で大いに参考になる。まず、装置に付属または密着したシステムであるからデータは自動で入力される。対象とする問題を限定しているから、それに必要な知識も比較的小規模で複雑なものではない。このため、コストも小さく、正解率も高く、装置と一体となって利用されたことで実用になったのである。

2-2.実用システムへの環境整備

 コンピュータ技術の進歩はめざましく、特にハードウェアのコストパーフォーマンスの点では衝撃的な革命が進行中である。今後もこの傾向はずっと続くであろう。検査室情報システムだけでなく、病院内情報システムの整備状況、さらにはインターネットの普及まで考え合せると、前節で述べた多くの障害のうち、システム環境にかかわる部分はクリアされている。

  1. データ入力環境
    臨床検査室情報システムの普及により、データの手入力はさすがに必要ない。少なくとも検査データに関しては、もはやリアルタイムエキスパートシステムが構築可能になっている。ただし、投薬、病名、カルテ情報に関しては病院内情報システムとの連携が必要なため、これらのデータが必要な場合には別にデータ入力を考慮しなければならない。
  2. コスト
    エキスパートシステムのために特別なコンピュータを使うことはばかげている。1年たらずで、価格は低下し性能は上がるという状況が続いている。従って、数年前には驚くほどの高性能マシンが現在では驚くほど安価に入手できる。
  3. 正解率
    複雑な医学知識を体系的にもれなく整備することは、今後においても至難のことであろう。しかしながら、コンピュータの高性能化により、単位時間に扱うことの出来るデータ量が飛躍的に伸びている。従って、従来は扱うことのできなかった大量のデータを扱うことが可能である。判断論理は同じであっても、単純に大量のデータを処理するだけで正解率が上がることが期待される。量的な変化は質的な変化ももたらす。「出現実績ゾーン法」は量的効果の典型例ということができよう。数値にとどまらず、テキスト、スペクトル、波形、画像、さらに時間的な変化までを扱うことも可能である。判断の材料となる情報が広く選択できるようにならば、おのずと正解率も工場するものと期待できる。
  4. 利用環境
    LANを経由して、検査室、さらに病院内でどこからでも利用できる環境はすでに整っている。さらに、セキュリティやプライバシーの問題さえクリアすれば、施設間、地域、国内、国外を問わないインターネット環境も十分に現実的となっている。

2-3.なぜ必要か、どのようなシステムが考えられるか

 すでに実用システムが可能な環境にあることは述べた。では、実際にそのようなシステムが必要なのか、そしてどのようなシステムが考えられるのか。LISをただのデータ収集レポート作成システムにとどめず、基幹業務処理はもはやあたりまえとして、新しい付加価値、新しい役割を創造するツールとして変容すべき時代にさしかかっていると考える。医療経済を担い、さらに診断医学に貢献する形での、インテリジェンスシステムが期待される。

 実用エキスパートシステムはニーズに基づいて構築するのが近道であろう。LISでは、検査オーダと検査結果の情報を使うのが第一であろう。具体的に挙げてみよう。

  • 検査依頼内容のチェック
    依頼内容が医学的にふさわしいか、過剰ではないか、もれはないか。
    保険請求に妥当か。
  • 精度管理手法のレベルアップ
    患者データに基づいた、正常値、異常値、項目間相関などの出現などを組み合わせて精度を判断するなど。
  • 再検の質・迅速性のレベルアップ
    検査結果の検証を、リアルタイムにかつ多角的に実施し、本当に必要な再検のみを行う。
  • 報告データの各種チェック
    検査結果とその整合性、記載事項の妥当性をチェック。
  • 診断支援情報の提供
    検査結果から導かれる診断の各種支援(たとえば病名診断支援)。
  • 大規模データベースの有効利用サービス
    施設をまたがる大規模なデータベースより、施設間差の補正とデータの相互利用。

 などが身近なテーマである。これらは4年前の本稿で取り上げたものである。これらの中で、精度管理手法については、A&Tとして一つの解答を示すことができた。千葉氏の出現実績ゾーン法の記述を参照されたい。また、診断支援に関しては、中野氏の記述を参照されたい。

 本稿では詳細を記すことが出来なかったけれども、人工知能的な観点から魅力ある技術は数多い。ファジイ理論、ニューラルネットワーク、遺伝的アルゴリズムなど、適用分野によっては強力な武器となろう。さらに、知識獲得のボトルネックの解消のためにも、知識獲得や学習機能の装備が必要となろうし、昨今急速に普及しつつあるインターネット/イントラネット環境における、分散知識データベースやネットワークエージェントの応用なども興味深く、かつ実用システム構築の際には重要な技術となろう。

 これらの方法を目的に応じて組み合わせて使えば、最初に述べた知識ベースと推論エンジンという単純なシステム構造の「エキスパートシステム」ではなく、それらを包括したより高度な「知識情報処理システム」あるいは「インテリジェンスシステム」が構築可能であると考える。

 以上、エキスパートシステムの歴史と現在置かれている状況を述べてきた。LANをベースにシステム環境が整備されてきており、臨床ニーズにそったインテリジェンスシステムの構築が期待される。知識そのものは、現場にある。その知識・アイデアをシステムとして構築する手段が、エキスパートシステムあるいは知識情報処理システムといえよう。アイデア次第である。ユーザとシステムエンジニアとの協力にて、さらに有用な医療に貢献するシステムを実現していきたいと思う。


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