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検査の樹―復習から明日の芽を

9. まさかの感染源とその対応策(火炎固定したスライド標本に結核菌が生存)

わが国の結核発症数は、散発的な集団感染例も含めて多くはないが、後を絶つことはない。このような状況故に、抗酸菌検査は有用性が高く、中でも抗酸染色検査は特に重要視されている。その論拠として、多くの検査室では簡易な迅速検査として抗酸染色検査を実施している。抗酸染色の標本は通常、火炎固定もしくは65~75℃2時間の加熱固定やメタノール固定などの処理を施してから染色操作に入る。

検査を担当する人の多くは、加熱固定した標本中に生菌が存在しているかも知れないと疑いつつも、つい固定後の標本の抗酸菌は死滅しているものとして取り扱っている。ところが、この加熱固定処理後の標本に抗酸菌(結核菌も含む)が生存することを数人の研究者が報告した。さらに、固定標本の殺菌には前述した固定法と化学殺菌剤とを併用する必要性が報告された。わが国では、これらのことを集約した解説が少ないため、今回は臨床検査室の立場からその危険性と対応策についてまとめた。

火炎固定したスライド標本に結核菌が生存

図1 火炎固定したスライド標本に結核菌が生存

1:結核菌(抗酸菌)検査の手順と抗酸染色の位置付け

結核菌を含む抗酸菌検査は通常、抗酸染色、培養検査(薬剤耐性検査を含む)および核酸検査と3つの検査体系で行われている。核酸検査は比較的規模の大きな施設でのみ実施されているが、抗酸染色、培養検査は多くの検査室で実施している。しかし、最近は、抗酸染色検査のみを実施して、他の培養検査および核酸検査については自施設では行わずに検査センターに依頼する施設が増加傾向にある。

今回テーマとして取り上げた抗酸染色検査は、主に喀痰を材料とすることが多い。検査手順としては図2に示したように、喀痰を直接もしくはスプタザイムなどで粘液成分を漿液化後、NALC-NaOH処理や漂白剤で処理したものを中和後に遠心濃縮し、スライドグラスに広げて標本を作製する。また、磁性体のTb-beads(極東製薬)を使用し、遠心せずに抗酸菌を濃縮する方法もある。

抗酸菌検査と抗酸染色の作業工程

図2 抗酸菌検査と抗酸染色の作業工程

詳細な操作法や標本での夾雑物の混在、細胞形態などは各方法により異なるため本稿では割愛する。試料を塗抹したスライド標本は自然乾燥した後に、メタノール固定もしくはガスバーナーやアルコールランプなどを用いた火炎固定、ドライブロックによる加熱固定を行う。固定した標本は冷却後直ちにもしくは標本が一定の枚数に達したら、まとめて染色操作に入る。

2:知らない間に感染伝播の危険性

一般的には、抗酸染色検査において固定を終えたスライド標本中の結核菌(抗酸菌を含む)は死滅していると思われているため、セーフティーキャビネットから出され、染色用流し台で染色することが多い(BSL2もしくは3の設備内で染色可能な施設は少なく、大半は通常の一般細菌と共用の染色台を使用している)。ところが、Blair et al.(1972年)、Goldforgel & Sewell (1981年)、Pelufo & Kantor(1984年)らの研究者により熱固定後のスライド標本に結核菌の生存が報告された。また、2002年にPamela Chedoreらは加熱固定と化学的抗菌剤との併用による殺菌効果について、2005年にはL.R.B.Giacomelliらが同様に化学抗菌剤の併用効果を詳細に報告した。

しかし、染色における熱固定後のスライド標本に結核菌が生存する可能性を疑わずに操作している人は多い。例えば、外部機関に検査依頼するための標本を郵送する場合に、火炎固定しただけの標本を通常の標本箱に入れ郵送したことや、抗酸菌陽性検体を新人教育や学生実習用に数十枚のスライド標本を作製し、火炎固定しただけで通常の標本箱中に保存しているなどと、無防備な輸送法や保管例を耳にしたこともある。

これらの事象と感染との因果関係は不明であるが、1999年Collins CHらは総説で、医療関係者の結核感染の大半は検査室と解剖室からと推察している。また、平成9年12月の『結核の院内感染対策について』(日本結核病学会予防委員会)の<おわりに>にも、「わが国では、医療関係者、特に看護婦、臨床検査技師の結核罹患率は同年齢層の一般住民に比し著しく高いことが知られている」と記載されている。

これは発症者での論評であり、感染者を調査するとさらに高い数値が予測される。臨床検査技師は、結核菌を排菌している患者の喀痰などが検査材料であることや、結核菌を増菌培養した菌体を扱う業務であるため感染の危険性が高いことは容易に理解できる。しかし、患者の咳による飛散病原体との接触が高い看護師の感染防御よりは、セーフティーキャビネットなど感染防御の環境整備と自己意識とにより感染防御の成果を生みやすいように思える。しかし、ここに思わぬ盲点の存在が示唆される。

3:染色標本の火炎固定および加熱固定と生菌の存在

BW Allen(1981年)によると、ガスバーナー上を3回通過させた火炎固定後の喀痰のスライド標本186例中184例から、スライドカルチャー法により生菌が検出され(184/186:99%)、2例からは検出されなかった。さらに、抗酸染色陽性の検体49例をホットプレートで65℃、75℃、85℃と3つの温度帯について7.5分から120分まで加熱した後、スライド標本中の生存菌をスライドカルチャー法により経時的に追跡した。

その結果は図3に示したが、65℃2時間で63%、75℃2時間で37%、85℃15分で88%、85℃2時間で28%の抗酸菌の生存が認められた。しかし、フェノール・オーラミンO染色後のスライド標本のスライドカルチャーからは全例とも発育は認められなかった。

喀痰標本(49例)の温度別暴露時間による結核菌生存率

図3 喀痰標本(49例)の温度別暴露時間による結核菌生存率

J Clin Pathol 1981;34:719-722を改変

Kym M Blackwoodら(2005年)は、1白金耳の菌体を滅菌水とビーズ中に懸濁後、スライドグラス上に1滴と0.5%フェノール血清(自家製)を1滴滴下して、スライドを作成した。乾燥後のスライド標本を95℃のslide-warmer上で15、30、45分、1時間、1.5時間および2時間と加熱固定した後に、滅菌綿棒を用いて1mLの滅菌水とビーズを含むPyrex glass bottleにそぎ落として懸濁した。Vortex後、100µLを12B media vialに接種した。

この結果、slide-warmerで加熱時間1時間未満の場合、12B media vialで2週間以内の培養で陽性であったが、1時間以上加熱したものでは12B media vialで3~4週間の培養で陽性となった。12スメア全てが12B media vialで培養陽性であった。さらに、1時間と2時間のスライド培養を1例ずつ選び、Middlebrook 7H10 agarを用いたサブカルチャーによるコロニー形態もしくはAccuprobe法にてM. tuberculosis complex陽性であったと報告している。また、本論文ではスメアプロトコールのみでなく標準的なDNA抽出、protein抽出操作上の生菌についても報告している。

4:標本作製後の日数と生存菌の有無

C.L.Cardosoら(2001)は、46検体を用い、熱固定した喀痰塗抹標本での結核菌の生存性をスライドカルチャー法により、作製後から7日間追跡している。その結果生存率は、作成直後:22/46(48%)、24h:7/46(15%)、48h:7/46(15%)、72h:4/46(9%)、7days:6/46(13%)であった(このデータは累積ではない)。また、熱固定後にZiehl-Neelsen染色した標本からは結核菌の生存は確認されなかった(表1)。

表1 熱固定喀痰塗抹標本を選択的溶血液培地で培養した結核菌の増殖頻度

熱固定後の結核菌の生存a Total
no. (%)
Time 0
no. (%)
24 h
no. (%)
48 h
no. (%)
72 h
no. (%)
7 days
no. (%)
22 (48) 7 (15) 7 (15) 4 (9) 6 (13) 46 (100)

a:データは累積ではない

Mem Inst Oswaldo Cruz, Rio de Janeiro, Vol. 96(2): 277-280, February 2001 Tableを改変

5:スライドカルチャー法とは

火炎および加熱固定後のスライド標本に生存する抗酸菌の検証に使用されたスライドカルチャー法は、わが国でも初期の抗結核剤試験法として一部の研究者は採用していた。方法としては輸血用に採取したヒトの4週間以内のクエン酸加血液と等量の滅菌脱イオン水を加え、完全に溶血(場合によっては白サポニン終濃度500mg/Lを加える)するまでスターラーで攪拌する。汚染微生物の増殖を抑えるためにポリミキシンB 200units/mL、カルベニシリン 100mg/L、トリメトプリム 10 mg/LとアンホテリシンB 10 mg/Lを添加する(培地は-40℃で保存し、4週間までに使用した)。 

滅菌したスクリューキャップ28mLのMcCartney bottleに、10mLの上記培地とスライド標本(大きい場合は一連の操作に入る前に、ボトルに入るように縦にカットしておく)を入れ、37℃7日間培養する。培養後、ピンセットでスライドを取り除き、廃棄瓶の滅菌水に5分間浸漬して余分な血液を取り除く。スライドラックに入れる前に各スライドの背面をコットンで拭く。自然乾燥した後に80℃30分間オーブンの中に置く。これらのスライドをZN染色する。

マイクロコロニーは以下のように等級分けした。
0-:非培養コントロールの塗抹標本と比較して抗酸桿菌の増殖がない
1+:4桿菌以下のスモールクランプ
2+:桿菌のラージクランプだがコード形成がない
3+:いくつかのコード形成を伴うマイクロコロニー
4+:良好なコード形成を伴うラージマイクロコロニー
※コントロールスライド培養として結核菌H37Rv株を使用

6:抗酸染色後のスライド標本について

熱固定後の生存菌の存在を報告した諸家の報告においても染色後の標本からは結核菌の生菌が検出されたという報告はない。これは従来の染色液は通常4~8%程度のフェノールを含み、この染色液をスライド標本の全面に満載し染色時間も15~30分間とフェノール浸漬時間が長いため、生存菌が検出されないことが推察できる。

しかし、近年はフェノールを含まない、もしくはフェノール含有濃度の低い染色液や染色時間が1分間と短い染色液キットが市販されている。これらの染色液で染色した標本もしくは染色液を塗抹部位のみしかかけなかった染色標本などについては、染色後の標本でも結核菌の生存を否定できないため抗酸菌の生死検証の堅実なデータ作成が必要である。

もし、抗酸菌生存が否定できない場合は、染色前に5%フェノールを含む70%エタノール殺菌液に5分以上浸漬するなどの殺菌処理操作を加えることが安全性を高めると思われる。これらのことから推論すると、結核菌を含む喀痰が一般細菌検査に提出された場合、グラム染色などの染色操作では固定後も染色後も取り扱い操作には極めて注意が必要といえる。

7:化学殺菌剤と効果

Pamela Chedoreら(2002年)は熱固定(3回バーナー上を通過)後の標本を70%エタノールと70%エタノール中に、1、3、5%となるようにフェノールを添加した殺菌液で5分および10分間処理した。染色用標本はそのまま染色し、生菌検査のスライドは処理後の標本をゆっくりと2分間滅菌水に浸し、殺菌液を除去した。その後に0.5mLの滅菌生食水中に滅菌スワブでそぎ落とし、BTバイアルに接種し、サプリメントPANTA(BD)を加え、BACTEC 460システムを用いて培養した。

一連のおおまかな作業工程は図4に示した。2つのラボで行った結果は表2に示したように、5%フェノールを含む70%エタノールで5分間以上処理した場合には、生菌の存在は検出されなかった。また、火炎固定のみの標本全例から生菌が検出された。さらに、抗酸染色で強陽性の臨床喀痰を濃縮したスライド標本22例について、火炎固定後、さらに5%フェノールを含む70%エタノールで5分間殺菌剤処理した結果、全例とも生菌の存在は確認されなかった。

この報告で留意すべき点は、70%エタノールの結果である。培養菌体の殺菌は10分間でも完全ではない。喀痰の濃縮標本からは5分後でも生菌は検出された。このことから、抗酸菌の検査作業に70%エタノールを殺菌剤として使用する場合、短時間で気化するスプレーや清拭などの安易な使用は結核菌の殺菌という観点からは厳禁と言える。また、殺菌剤の作用時間を加味した場合、作業台の清拭には殺菌剤の選択とその特質および作用時間とを熟知したうえで複数回清拭することが不可欠と思われる。

実験のフローチャート

図3 実験のフローチャート

J Clin Microbiol 2002;40:4077-4080のFig 1を改変

表2 先行試薬の固定試験結果

標本材料 以下の試薬で示した時間(分)固定した後で
培養により生存した塗抹標本数の結果a
70% Ethanol 1% Phenol in
ethanol
3% Phenol in
ethanol
5% Phenol in
ethanol
5分 10分 5分 10分 5分 10分 5分 10分
M. tuberculosis sputum concentrates 2 0 1 0 0 0 0 0
M. tuspanerculosis LJ cultures 1 1 0 1 2 2 0 0

a:For each sample, reagent, and time, four replicates were used. Results from two laboratories are combined.

J Clin Microbiol 2002;40,11:4077-4080のTable 1を改変

8:抗酸染色はどこで、どうすべきか

スライド標本を抗酸染色する際の染色法としては、いくつかの方法がある。セーフティーキャビネット内で小型の染色容器を使って染色する方法であれば菌体の飛散を防ぐことができるが、わが国では大部分の施設がセーフティーキャビネット外の流しに橋渡ししたスライド保持棒に載せるか、スライド標本を染色バットに浸漬して染色する方法がとられている。また染色の際、染色液は標本全体に満載すべきか、試料の塗布部位だけで良いかは前述の殺菌剤併用の有無や使用染色液の組成により異なる。

スライド標本には、微少ながら試料塗抹部以外にも菌体が飛散していると考えるべきである。大部分の抗酸染色液はフェノールを含むがその濃度はまちまちである。L.R.B.Giacomelliら(2005年)の報告によれば5%のフェノールは5分では不足で、10分以上で完全な殺菌作用を示している。このことは、5%以上のフェノールを含む染色液では、スライド標本全体に染色液を満載した場合、10分以上の染色時間で生存菌を死滅させられることを示す。しかし、適切な殺菌剤を含まない染色液や染色時間が短い染色液の場合、満載することにより生存菌を放散する危険性もある。

これらの対策としては、熱固定後に適切な化学殺菌液を併用することが望ましい。化学殺菌液を併用したスライド標本では、染色液は試料の塗布エリアに多めに載せれば十分と思われる。一方、染色バットに浸漬する方法は、染色液の中に剥離する菌体や細胞および標本成分による汚染などの課題はあるが、染色液の殺菌効果だけを考慮した場合は合理的と言える。ただ、殺菌作用のない染色液や短時間染色液の場合には、染色前に化学殺菌液の併用は不可欠である。

L.R.B.Giacomelliら(2005年)は、喀痰標本の熱固定後の未染色標本を用い、5% Phenol、 3.7% Buffered formalin、2% Glutaraldehyde、1% Sodium hypochloride、5% Sodium hypochlorideの固定剤について1分、5分、10分および15分と作用後に固定剤を除去し、スライド法を用いてその殺菌効果を調べた。また、同時に染色性への影響も比較している。

その結果からは、いずれの固定剤でも5分では5% Phenol(1/102)、3.7% Buffered formalin(2/102)、2% Glutaraldehyde(2/102)、1% Sodium hypochloride(5/102)、5% Sodium hypochloride(3/102)とわずかながら生菌が検出されたが、10分以上の処理時間では全ての固定剤で生菌は検出されなかった(表3)。また、染色性については、5% Phenol、3.7% Buffered formalin、2% Glutaraldehydeでは1分、5分、10分および15分間の作用でも染色性に変化は認められなかった。一方でSodium hypochlorideでは1%、5%いずれも1分間の作用では影響はなかったが、5分以降ではわずかながら染色性の低下が見られた。

表3 各種除染剤のスライド法による2040の熱固定、未染色の喀痰塗抹標本の
汚染除去の有効性

除染剤 除染剤の処理時間とスライド塗抹標本における結核菌の生存a
1 min 5 min 10 min 15 min
5% phenol 3/102b 1/102 0/102 0/102
3.7% buffered formalin 9/102 2/102 0/102 0/102
2% glutaraldehyde 3/102 2/102 0/102 0/102
1% sodium hypochlorite 3/102 5/102 0/102 0/102
5% sodium hypochlorite 6/102 3/102 0/102 0/102

a:結核菌の生存はSLBの培地で培養したスライド塗抹標本上のコード形成マイクロコロニーの産生によって立証した。
b:生存数/ 総数

J Clin Microbiol 2005;43,8:4245-4248のTABLE 1.を改変

9:安全な抗酸染色操作

危険な感染性微生物を含む可能性のある検体の検査作業は、バイオセーフティーキャビネット内で行うべきである。従って、抗酸菌検査の喀痰や培養菌のスライドグラスへの塗抹は、バイオセーフティーキャビネット内で作成し、そのままコンテナ(オートクレーブもしくは化学抗菌剤処理が可能なもの)の中で自然乾燥させる。乾燥したスライド標本を、ガスバーナーの中を3回通過(火炎固定の場合、過剰の加熱固定は染色性の低下を生じる)させて固定する。冷却後、一例として5%フェノールを含む70%エチルアルコール液(殺菌処理剤)にスライド標本全体を5分間以上浸漬する。

ここまで終了したらスライド標本の染色は、バイオセ-フティーキャビネットの外で行っても良いと思われる。キャビネット内で使用できる染色器具を用意している施設では、バイオセーフティーキャビネット内で染色操作ができれば最も望ましい。また、安全性を高めるためにも作業終了後には作業面を5%フェノールで消毒し、UV灯を照射する。また、バイオセーフティーキャビネットのHEPAフィルターやUV灯の定期点検は重要事項の一つである。

10:改めて現行法における感染の危険を整理して安全な作業遂行のために

ここまで述べてきたことを再度整理すると、抗酸菌染色検査においては染色法にもよるが、染色の前後を問わずにドライヤーの使用は厳禁である。ましてや、染色前の標本には絶対に使用してはならない。作業を急ぐ場合や緊急の検体への対応としてはドライブロックの使用が望ましい。細菌検査には高精度の機種でなくともドライブロックの常備は不可欠と言える。

少なくとも標本作製はバイオセーフティーキャビネット内で行うべきであり、さらに染色操作までも行えれば理想的である。スライド標本の固定に際しては、熱固定単独では生菌の存在を十分に留意した取り扱いが必須と言える。また、できるだけ熱固定と化学殺菌剤との併用が望ましい。また、化学殺菌剤と染色液の組成は正しく認識し、有効期限の厳守を徹底すべきである。

また、どんなに注意深く作業してもわずかな菌体の飛散は防ぎきれないため、作業場にはUV灯の設置とそのメンテナンスは不可欠である。近年は、作業中でも天井空間を効率的に照射できる機種も市販されている。また、作業に際してはディスポーザブルの二重の手袋、キャップ、マスク、ガウンの着用は述べるまでもない。

標本染色は検体塗布部位だけでなく、スライドグラスの全面もしくは外にも飛散していることを想定した処置をする。標本には固定後といえども絶対に素手では触れずに、ピンセットの使用が不可欠である。また、ループなどの器具類は可能な限りディスポーザブル製品を使用するのが望ましい。

また、わが国の検査室では、積極的には行われていないがM. tuberculosisを取り扱うためには、経験者と監督責任者との細部にわたる指導を通じて、適切なプラクティスとスキルを学習する必要がある。さらに、検査を担当する人は、作業に就く前に安全な操作や知識の学習に加えて、緊急時の対応手順の研修を受けなければならない。検査室の安全基準としては、習慣と検査室の会議を通じて情報を共有する活動的なプロセスが必要である。検査担当者が一定の取り扱い能力に達するまでは、重篤な病原体やM. tuberculosisを含む臨床検体を作業させるべきではない。必ず弱毒化菌株による技術修練が必要である。

同じ結核症患者の喀痰でも、一般細菌の検査依頼を受けた場合と抗酸菌検査に検査依頼を受けた場合とでは、つい心理的な感染防御対策は異なる傾向がある。ましてや当初、主治医が結核症を疑わずに一般検査として検査依頼を続けた場合は、十分なバイオハザード対策を常備していないと大変な危険と遭遇しかねない。正しい知識と対応は高額な設備費を上回る成果を遂げることもある。

11:強い抵抗性を見せるしぶとい結核菌

結核は、結核菌によって引き起こされる細菌性疾患である。結核菌は染色上からも抗酸性を示し、通常の細菌と比べて酸やアルカリ液にも強い抵抗性を示す。また、結核菌は組織内に休止状態のままでいると長年にわたって永続化する。

結核菌の伝播は結核症患者の咳などにより小さな感染滴(液滴を生成する核)が飛散する。この時生じた感染滴を起因として飛沫感染する。1回の咳で3,000飛沫核を生成すると言われ、飛沫核は長時間空気中に滞在することができる。直射日光は比較的短時間で結核菌を殺すが、一般的に屋内で発生した飛沫核では長時間生き残る。また、消毒剤に対する抵抗性は他の非胞子形成細菌と胞子との中間と考えられている。

J.R.Schwebachら(2001)のM. tuberculosis Erdmanを用いた1時間の固定処理後のデータでは、0.5%、1%、2% Glutaraldehydeのうち0.5%ではほぼ毎回、1%、2%では2回の試験に若干の差はあるが生菌が検出されている。
2% Paraformaldehyde、2% Paraformaldehyde-2% Glutaraldehyde、4% Paraformaldehyde-0.5% Glutaraldehyde、5% Formalin、Vesphine II se(フェノールを含む商品名)では1時間の固定処理で発育は認められなかった。しかし、1 mM azide、10 mM azideでは1時間の処理でも多量のM. tuberculosisの発育が見られた。抗菌剤Glutaraldehyde、Paraformaldehydeは4℃でそれ以外の固定剤は室温で使用している。

このように、結核菌はミコール酸と呼ばれる脂質に富んだ特有の細胞壁を持つため、酸やアルカリに耐性を示すばかりではなく、抗菌剤や乾燥などにも強い抵抗性を示す。近年は、このミコール酸と結合する糖鎖に着目した感染機構の研究も進められている。

12:考察

現在、抗酸菌検査は長時間を要する培養検査に変わり、遺伝子検査が多用されつつある。さらに、遺伝子抽出の簡易化法の開発などが進み、簡易かつ短時間での分析が可能となり、顕微鏡判定に労力を要するスライド標本の染色検査はやや軽視される傾向にある。しかし、遺伝子検査はターゲット以外の微生物が存在する検体や、プライマーおよびプローブ部位の塩基変異に弱点がある。これに対してスライド標本の染色検査は極めて総合的な検査情報を提供する有用な検査なため、どの施設でも正しい知識と手技とを取得すれば簡易かつ迅速に結果が得られる方法であり、今後も遺伝子検査と併用すべき検査である。

そのために検査担当者の感染防御対策は十分に講じるべきであり、その知識や対応は正確かつ具体的でなくてはならない。一般的に消毒薬の効果一覧表では◎、○、△、×などで表記してあり、欄外に注釈として詳細事項が記載されているものが多い。記載は一般細菌、真菌、芽胞菌、結核菌、ウイルスなどと群別にまとめてあるため、その有効な作用時間に大きな差異があることは察しにくい。

例えば、○印(有効)の消毒用エタノールは一般細菌・酵母類は10秒~1分で死滅化できるが、結核菌には20分を要する。このことから、作業後の作業台をアルコール綿で丁寧に清拭しても気化するのが早く無効であることがくみ取れる。これは他の消毒剤でも同様で、濃度と作用時間および特質とを正しく認識すべきである。

また、標本の加熱時にドライブロックを使用する際も、断熱蓋の使用の有無により標本の表面温度は大きく異なる。検査室には、医師、看護師、メッセンジャー、試薬・機器の搬入業者、機器修理業者など多くの職種の人達が出入りする。その人たちがもし衣服に結核菌などを付着して持ち出したら、その家族や知人など不特定多数の人々にも伝播する可能性が否定できない。医療従事者の感染は「検査室」と「解剖室」からという前述のレビューもある。さらに、担当者自身もしくは身近な同僚の感染を防ぐためにも、従来の慣性から抜けだし一歩踏み込んだ感染対策への配慮が必要である。

まとめ

抗酸染色標本の加熱固定の危険性を報告した施設と作業条件が全く同じではないため、全ての数値が同様に適応されるとは思わないが、一部の危険性は十分に熟知すべきである。近年は、結核症を専門とする病院の検査室は別として、一般の検査室での陽性率は数%以下であり、このような状況下では感染防御の自己意識は緩みがちである。このような中、社会環境の変化でグループホームなど高齢者の共同住居の多様化や格差社会の拡大による医療難民と呼ばれる方々の増加などがあり、多量排菌者の突然の来院などが重なった場合に感染の危険性は高まりやすい傾向にあることを意識すべきである。

「これまで、この方法でやって来て感染したことはない。」「私は、この方法で大丈夫だ。」などという見解を聞くが、もう一度振り返って検証してみてはいかがだろうか。検証の結果、万全であれば良いが、感覚的な評価だけでは感染の危険が周囲にも及ぶ。過度な信頼は禁物である。絶対安全に近い対策を講じることが大切と思われる。

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図1イラスト/菅原 智美