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検査の樹―復習から明日の芽を

4. 臨床検査:浸透し深まり行く「分子生物学」への糸口

1:臨床検査になぜ分子生物学が必要?

今、社会全般において、従来からの統治機構や経済機構など、社会全体の体系にゆがみが生じ、大きな変革のかじ取りが求められている。しかし、科学分野においてはこれらの難題を払拭するがごとく、次々と先端技術の開発や革新的な発見などが相次ぎ、未来への強靭なエネルギーのうねりさえ感じられる。

また、経済的に厳しい状況下の医療分野においても同様に、時計遺伝子の解明のみならずその生理作用を活用したがん治療、iPS細胞を用いた再生医療・創薬への応用、炎症反応における分子生物学的なシグナル伝達系の解明と治療応用およびバイオ医療オミックス情報など分子レベルを基盤とした作用機構の解明を臨床・基礎医学に応用し、数多くの革新的技術の確立とともにその成果が立証されつつある。

その一角にある臨床検査においても、業務機構・構成・拡張および人材育成など幾つかの変革が模索されつつある。本来、臨床検査は、生体を構成する細胞から個体に渡る広範囲な領域を分析対象とするが、個別の検査を検証すると、限定的な領域や部位のみしか対象としていないことがわかる。

生体成分の代謝の増減は流動的かつ連鎖的に反応するが、特に疾患時における流れの増減と連鎖は健常時とは異質なことが多く見られる。病因論の解明には、分子間伝達、細胞機能、組織機能、器官機能と連携した解析により、正確な個体変化を解明できるものと思われる。それには、各成分分子の生理作用と代謝機構、細胞内代謝と機能などを詳細に解明するための分析法の確立などが求められ、従来とはやや異なる技術の確立と知識の蓄積が必要になることが推察される。

臨床検査:対象領域は広範囲でも限定的

臨床検査:対象領域は広範囲でも限定的

今日では臨床への貢献性が確立された臨床検査も、このように急速に進歩する医療技術の潮流の中において、現行のままで検査技術や検査体系が推移した場合には、早晩、臨床上、寄与できるのは一部の領域のみに限定されるかもしれない。現行の検査技術だけでは、近年の、基礎医学から臨床へと目覚ましい速度で移行する分子生物学的治療法や診断への貢献は乏しくなる可能性すらうかがえる。すなわち、臨床検査の必要性は今後も変わることはないが、今の技術・知識だけでは、臨床への直接的な寄与は充分とはいえず新たな分析技術の開発・確立・導入の必要性が高まるものと思われる。

現在、急速な進展が見られる「分子生物学」の医療応用への高揚とともに同様な技術を駆使した臨床検査法が不可欠となることが予測される。分析を担当する検査技師は、分子生物学を充分に理解していなければ、分析結果の理解・解釈が困難な事態の増加も予想される。

分子生物学は生命現象を分子上から説明する学問であり、生化学や生命科学との明確な区分は難しい。さらに、対象領域も脳、再生、免疫、腫瘍など広範囲に渡るため、極めて難儀であるが修学に研さんしなければならない。まずは、比較的馴染みやすく大切な概要の一端を紹介することにより復習への糸口を引くきっかけとなれれば幸甚である。

2:わかっているが…基礎的な分子生物学理論

生体反応の一例を挙げても、周知の通り、生体の物質代謝の大部分は酵素(タンパク質:アミノ酸の集合体→DNA:転写・翻訳の形態を取る)の触媒作用と関連するシグナル伝達系タンパク質やパスウェイ関連タンパク質などの作用で動いている。この作用を行う酵素などの本質はタンパク質である。

タンパク質の一次構造であるアミノ酸の配列順序はDNAに書き込まれている。通常は、この情報をもとに、生体が必要なときに必要な量のタンパク質を転写、翻訳することにより、20種類のアミノ酸を連結し、触媒作用、免疫作用、情報伝達作用、酸素運搬など多彩な機能を持つタンパク質を合成している。

生物からは200種類以上のアミノ酸が発見されているがタンパク質を構成するアミノ酸は基本的には20種類であり、タンパク質の中にはこのほかのアミノ酸が含まれることがあるが、これは20種類のアミノ酸のどれかがタンパク質合成後に修飾により変化したものである。このことは、DNAのコドン情報から理解できる。ゲノムDNAには数万におよぶ遺伝子が散在しているが個々のタンパク質の生産・抑制は高度な制御機構により見事に制御されている。

タンパク質生産の制御には、非タンパクコードRNA(Non-coding RNA; ncRNA)や個別の遺伝子領域に存在するプロモーター(遺伝子のスイッチに担当する部分)、エンハンサー(プロモーターに働きかけて遺伝子の発現を促進する)、リプレッサー(遺伝子発現を抑制する)などの作用により制御されている。また、遺伝子の中には、より複雑な機構によって制御されているものもある。

3:遺伝子、タンパク質の生合成には膨大な原料が必要、原料調達は…

DNAからの転写の際には、A、G、C、Uの4種の塩基が、遺伝子によっては数万を超える数量がその合成の原料として必要となる。A、G、C、Uの構成比は各遺伝子によって異なる。転写された後にスプライシングにより編集されたmRNAの情報に従い、tRNAが数百から数千個にもおよぶ数のアミノ酸を連結させタンパク質を合成していく。

この時のアミノ酸は、食べ物のタンパク質を分解して小腸から吸収したアミノ酸と生体内で合成したアミノ酸、ほかのタンパク質の分解などによって得た再利用のアミノ酸などが用いられる。この中で9種類の必須アミノ酸(覚え方として:『風呂場イス独り占め:フェニルアラニン、ロイシン、バリン、イソロイシン、ト(ス)レオニン、ヒスチジン、トリプトファン、リジン、メチオニン』、『トロリーバス不明』などが公開)と呼ばれるアミノ酸はヒトが合成できないか、もしくは微量しか合成できないアミノ酸であり食物に依存しないといけない。

ヒトには約10万種類のタンパク質が存在するといわれるが、60兆個の個々の細胞は、同時に数多くのタンパク質を合成するため、それぞれの細胞・組織が生を営むためには極めて多量のアミノ酸が必要となる。また、アミノ酸の合成やタンパク質生成、酵素活性発現にはビタミンや補酵素、金属イオンなど多くの成分を必要とする。ここに、食の大切さ、生理機能を含めた分子生物学的理論に基づく栄養学の意義が存在する。

アミノ酸はタンパク質合成の素材としてだけでなく、糖新生におけるグルコース合成、脂肪酸、ケトン体、コレステロールの合成、ヘムやプリンやピリミジンヌクレオチド合成の原料としても利用されるなど生体に必要な物質の窒素源としても重要である。ヒトの場合、非必須アミノ酸は臨床検査でも馴染みの深い4つの中間体から合成される。1)オキザロ酢酸→Asp、Asn、2)ピルビン酸→Ala、3)α-ケトグルタル酸→Glu、Gln、Pro、Arg、4)3-ホスホグリセリン酸→Ser、Cys、Glyが合成される。

タンパク質から分解されたアミノ酸や合成・吸収されたアミノ酸は、アミノ基を持つため酸化的分解を受けにくい。したがって、アミノ酸からエネルギーを生み出すためにはアミノ基を除去する必要がある。このため、アミノ基転移や酸化的脱アミノ反応やアンモニア処理反応が行われる。このアミノ基転移反応に関与する酵素としては50種類以上の酵素が知られ、中でもGPT/ALT(Glutamate Pyruvate Transaminase)およびGOT/AST(Glutamate Oxaloacetate Transaminase)は臨床検査において肝機能の指標酵素として代表的な酵素である。

4:タンパク質分解装置:ユビキチン・プロテオソーム機構

生体内では、不要になったタンパク質はプロテオソーム(proteasome)というタンパク質分解装置で分解される。プロテオソームは、分解の指標となるユビキチン(76アミノ酸からなる分子量8,500の小さいタンパク質。ユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン結合酵素(E2)、ユビキチンリガーゼ(E3)の3種の酵素群の働きでタンパク質を修飾する。)で修飾されたタンパク質を分解する。

プロテオソームは、タンパク質分解酵素のミックスを含む装置の中核をなす20Sの円筒構造の両端に、1個ずつの19Sキャップが付いた26Sで、分子量250万、総サブユニット数約100個から構成された巨大かつ複雑な酵素複合体である。この分子集合反応を促進する分子シャペロンとしてPAC1-PAC2複合体がわが国の研究者によって発見された。最近では、がん、神経疾患、免疫疾患など様々な疾患においてユビキチン・プロテオソーム機構によるタンパク質分解装置の破綻が原因であることがわかってきている。

ユビキチン・プロテオソーム機構は、選択的なタンパク質分解を担う大掛りな細胞内装置であり、細胞周期、アポトーシス、代謝調節、免疫応答、シグナル伝達、転写制御、品質管理、ストレス応答、DNA修復など生命科学の広範囲な領域で重要な役割を果たしていることが明らかにされてきた。分解するのは主に使用済のタンパク質であるが、リボソームで合成されたばかりの欠陥タンパク質もその3分の1がプロテオソームで分解されているといわれている。

ユビキチン・プロテオソームシステムによる標的タンパク質の分解

ユビキチン・プロテオソームシステムによる標的タンパク質の分解

5:アミノ酸が並んだだけではタンパク質の活性は発揮できない

タンパク質は、通常、アミノ酸が羅列した一次構造だけでは活性は発揮できない。このアミノ酸の縦列が二次構造、三次構造、四次構造と分子シャペロンの作用を受け高次構造を形成して、基質などの作用体との結合ポケットが形成され、活性発現のための鍵と鍵穴構造ができる。さらに、活性発現には、金属イオンや補酵素、糖鎖などの補助因子を必要とする酵素やリン酸が結合するリン酸化やリン酸が外れる脱リン酸化により作用する細胞分裂などの情報伝達物質、さらには折りたたまれたタンパク質が切断されて活性化する(プロセッシング)酵素やホルモンなどがある。したがって、高次構造を形成するのに必要なアミノ酸が、DNAのたった1塩基の変異で変わり立体構造が変化し作用体と合体ができず不活性化する事態も生じる。

6:高度な特異反応の創薬応用、iPS細胞の臨床検査応用への可能性

逆にこのような高度な特異反応を利用して治療薬は開発されている。基質と構造の一部が異なる物質や基質の結合部位だけを持つ物質などを酵素タンパク質と結合させ触媒反応を阻害する治療薬などが多く用いられている。また、近年は小さな分子が一つの酵素タンパク質のさまざまな場所に結合し、その酵素の形状と機能を変化させる現象(アロステリック効果)を用いた創薬戦略が盛んである。

明らかにDNAの塩基変異が認められ、タンパク質構造異常が推察される症例では現行の技術でも分析は比較的容易である。しかし、転写以後に生じるタンパク質活性の強弱や不活性化などの異常により誘発される疾患を分析する検査方法は、現行では細胞などの代謝活性を測定するバイオアッセイでないと分析は困難であり、分析のための細胞の入手は極めて困難な現状がある。さらに、現在注目されている再生医療に用いられている誘導多能性幹細胞(iPS細胞幹細胞)の 応用も今後の分析技術に期待がもたれる。例えば、難病患者自身の細胞を用いてiPS細胞を作り出し、そのiPS細胞を特定の組織細胞へと分化誘導する。この細胞を用い、難病の病因・発症メカニズムの研究、もしくは患者自身の細胞での薬剤の効果や毒性評価が可能となるかもしれない。

7:代謝経路を推考するたのしさ 代謝サイクルを敬遠しないためには

一般的に、生体成分はA→B→C→D→Eと連鎖的反応により生じる。仮にCという成分が血液中に大量に検出された場合、合成促進、異化・排出障害、細胞貯留物の流出などの要因が考えられる。合成促進の場合は、指標細胞が得られればCを合成する酵素のmRNAの発現量を定量することもできるが、細胞が得られない場合(通常は得られない場合が多い)は連鎖反応であるA、Bの成分量も同様に大量に検出される可能性が高い。異化・排出障害の場合は、D、Eの成分量の減少が見られる。細胞貯留物の流出においては、ほかの細胞成分の検出が同時にできる。

当然医療においては、タンパク質相互作用ネットワーク、運搬機構、生合成・異化などが複雑多岐に作用するため単純には解釈できないが、反応経路を絞った場合の推考法としては有益かもしれない。臨床検査の分析担当者が、検査成績を解釈する際に代謝サイクルを考慮に入れにくい要因としては、

1)
臨床検査の項目は孤立しているため、単独反応と錯覚しがちであるが、生体内では一つの物質や成分が突如として生合成されることは極めて少ない。
2)
疾患→生体成分の増減→疾患 の対応解釈が正確に認識されていない。
3)
代謝反応上から孤立した疾患関連項目が多く、代謝障害を関連つけ難い。
4)
タンパク質は固形物的な感覚で捕らえられ、細胞内や細胞膜上におけるその作用発現時の分子の動き、流動性などが充分には理解されていない。
5)
細胞の微細構造や機能についての理解、細胞の種類と機能、細胞間の連結、細胞膜の機能と状態、膜中で作動する膜タンパク質の動きと作用などの情報が乏しい。
6)
検査情報を解釈する際、分析を担当している分野の検査値に対する依存性が強い。

などが挙げられる。
これらの背景には、これまでは、比較的敬遠しがちであった分子生物学分野の理論が主流をなしていることが原因であったかもしれないが、身近な成分から代謝サイクルを理解したら病態の理解度がさらに深まり視点が変わるかもしれない。

参考文献・web site

1)
佐藤 敬、高垣 啓一訳:キャンベル スミス 図解生化学、西村書店(2005)
2)
上代 淑人(翻訳):イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書27版、丸善(2007)
3)
Newton別冊:この不思議な「生命の万能素材」タンパク質がわかる本(2003)
4)
分子生物学
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
5)
生物学
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
6)
アミノ酸の代謝分解
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
7)
酵素の化学
http://133.100.212.50/~bc1/Biochem/biochem5.htm
8)
アミノ酸の合成
http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/aminoSyn.htm
9)
アミノ酸の分解
http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/amino_met.htm
10)
プロテアソーム(たんぱく質分解装置)の分子集合機構を解明
http://www.jst.go.jp/pr/info/info219/index.html

イラスト/菅原 智美

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