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検査の樹―復習から明日の芽を

13. いまさら、でも大切な『遺伝子検査』の基礎をふり返る(PCR)

遺伝子検査に従事していると、突如として理解に苦しむ結果に遭遇したり、操作上の誤りはないのに結果が出ない、新たなPCR検査の体系を構築したが意図する結果が出ない等々の経験をお持ちの方は多いのではないだろうか。このような事例に遭遇したとき、指導者が身近に居る場合は問題ないが、独学で取り組む方には、個別事例での問題解決への情報入手の機会は意外にも少ないのではないだろうか。

今回は、前稿『Vol.12 これからPCR検査を始めたい方への基礎知識』の続編として、すでに遺伝子検査の経験をお持ちの方で次の展開を模索したい方、もしくは経験をベースに再度PCR増幅検査を学びたいという方への一助になればとPCRの基礎知識の一端を集約した。なお、本稿の執筆では、PCRを詳細に解説した総説「Lorenz TC;J Vis Exp. 2012 May 22;(63):e3998」をベースに、文献や調査資料、筆者の経験などを加筆し構成した。

PCRは、微量の鋳型DNA(テンプレートDNA)または標的配列を増幅し、DNAの特定セグメント(アンプリコン)を目的量まで増幅できる技術である。PCRの増幅理論は、比較的簡易で技術的にも確立された方法のため、通常はさほど問題なく進行するが、反応が適正化条件から大きく逸脱した場合には、時として偽りの結果を生みかねない落とし穴もある。

PCR実験のトラブルは、ルーチンワーク中に発生した場合と新規の分析条件下で発生した場合に分かれ、その内容は大きく異なる。本稿では後者を中心に展開する。PCR実験で生じる失敗の具体的事例としては、意図するPCR産物とサイズの異なる非特異的なDNA産物の出現、アガロースゲル電気泳動上でのラダーやスメアの出現および増幅産物が全く無いなどの現象が挙げられる。さらに、意図する産物は出現せず、サイズの異なる非特異的産物が出現するなど、多くの現象がある。また、別の問題として、突然変異がアンプリコンに導入されたPCR産物の異種集団を生じることがある(図1)。

悩むPCR実験のトラブル

図1 悩むPCR実験のトラブル


PCR実験で生じたトラブルの原因が予測できる場合は、比較的容易に解決できるが、予測困難な事例では、解決に時間を要することが多い。このような事例ではまず原点に戻り、基本原理を熟慮した上で、トラブルシューティング集などを参照することが、解決への糸口をつかむ早道となる。トラブルの原因究明には、鋳型DNA、標的gene、PCRプロトコルおよびPCR試薬と、各々系統別に群別して考察すると的が絞りやすい。本稿でもPCRの基本知識の整理、増幅の方法論および反応の最適化と、可能な限り分別して記述した。

1:遺伝子増幅検査の留意点、鋳型DNAへの認識

遺伝子増幅は、多くの遺伝子検査に用いられる基本的な技術であり、遺伝子増幅にはそのベースとなる鋳型DNAは不可欠であり、鋳型DNAが無ければ増幅できない。さらに、鋳型DNAが存在しても、標的領域に切断や異常な高次構造形成などがあり、反応できない状態であれば陰性と評価されることもある。このように遺伝子増幅検査において、鋳型DNAの特性や、増幅試薬などの適正化および増幅阻害成分の混在などは、結果を大きく左右する重要な因子である。当然ながら、鋳型DNAが反応できない状態を解錠することは重要であるが、生じた現象に対し充分な理解と知識を持たなければ解決は困難である。

鋳型DNAが反応できない状態の例としては、増幅反応の標的遺伝子全体に関わるものとして、増幅反応試薬のMg2+などの塩濃度の不適とプライマーアニーリング温度の不適、およびGCリッチ遺伝子など鋳型DNAの標的領域に特有な変性温度や変性剤濃度の組み合わせに伴う一本鎖乖離の障害がある。
個別の試料においても、抽出・精製過程での鋳型DNAの標的領域内での切断や試料中に混在するPCR阻害剤およびそれらの含有量など、さまざまな課題が潜む。従って、遺伝子増幅検査の評価には、適正な内部コントロールが不可欠である。

このように、遺伝子抽出・精製の操作は、遺伝子増幅検査において最も重要な作業にもかかわらず、ややもすれば簡易・迅速化が先行して求められ、その質的評価は検証不足の感も歪めない。従って、一系統の遺伝子増幅検査で問題が生じなかったから別系統の遺伝子検査も同様に問題がないとは限らない。同じ標的遺伝子でも、標的領域が違えば塩基構成比率や塩基構成分布が異なる遺伝子は多々あることを常に念頭におくべきである。

PCR阻害剤は、PCRによる核酸増幅を阻害する因子である。技術・試薬・機器類の反応系には不都合無く、また、検出に充分量の鋳型DNAが存在する試料にもかかわらず、増幅の低下や増幅抑制現象が認められるときは、阻害剤の存在を疑う。しかし、強い阻害作用が生じた場合は気づきやすいが、阻害作用が弱い場合は対照実験との検証がない限り気づき難い。さらに、これらは同系統の試料間でも個々の試料ごとに含有物や含有量および影響の度合いが異なるため厄介である。

PCR阻害剤の作業行程別によるアタックポイントの概略を図2に示した。DNAとの相互作用もしくはDNAポリメラーゼへの干渉などにより増幅反応に影響する。阻害剤は何らかの形態でDNAと直接結合し、DNA精製操作を通過する。別の例としては、DNA精製に使用した試薬成分が微量残存し増幅阻害を示すこともある。さらには、精製DNAの溶解保存液もしくはプライマー溶解に使用するTEなども、増幅反応管への添加量によっては補因子(Mg2+など)利用性の低減、またはDNAポリメラーゼとの相互作用を妨げる増幅阻害を生じる。

サンプル調製およびPCR中のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)阻害物のアタックポイントの概略

図2 サンプル調製およびPCR中のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)阻害物のアタックポイントの概略

C. Schrader et al. Journal of Applied Microbiology 113, 1014—1026 を改変

特にマルチプレックスPCRでは、単一チューブ内で複数の標的配列を増幅するための複数セットのプライマーを加え、合理的に増幅するため、標的配列が異なれば当然阻害の度合いも異なる可能性が高まることを充分に考慮すべきである。

2:PCR増幅検査の基礎的要点

1 プライマーの設計

PCRに限らず遺伝子検査ではプライマーの設計は最も重要な作業であり、プライマーの出来いかんによりその後の実験の成果は大きく影響を受ける。PCRではforward primer(antisense strandとアニール)、reverse primer(sense strandとアニール)の一対のプライマーを使用する。DNAポリメラーゼは、プライマーの3’末端から3’方向へと生合成を展開する。プライマーに起因する一般的な課題としては、

i)
プライマーが自己アニーリングによりヘアピンループなど二次構造を形成する。
ii)
互いのプライマーがプライマーアニーリングする。
iii)
一対のプライマーの融解温度(Tm)が大きく異なり、二つのプライマーが標的配列に効率的に結合するアニーリング温度の設定が困難である。

などが挙げられる。

上記問題を解決するためのプライマー設計に際し考慮すべき一般的事項としては、

1)
プライマーの長さは15~30ヌクレオチド残基(塩基)とする。
2)
最適なGC含量は40~60%の範囲とする。
3)
プライマーの3’末端は、プライマーをクランプし、末端の「ゆらぎ」を防ぎプライミング効率を高めるために、GまたはCが望ましい。DNAの「ゆらぎ」は、末端がアニーリングされないほつれや分離により起こる。GC対の3つの水素結合は「ゆらぎ」防止には有用であるが、プライマーのTm値が高くなる。
4)
一対のforward、reverse primerの3’末端は、相補的であってはならないと同時に、単一プライマーの3’末端がプライマー中の他の配列と分子内もしくは分子間の相補的配列を持つプライマーは避ける。これらは、プライマーダイマーおよびヘアピンループの二次構造を形成する。二次構造の分子内領域は、鋳型へのプライマーアニーリングを妨害し、PCR本来の反応を減衰させるため注意すべきである。
5)
プライマーの最適融解温度(Tm)は52~58℃であるが、設計が困難な場合は45~65℃に拡大してもよい。一対のプライマーのTm値の差異は5℃以内とする。
6)
二塩基ヌクレオチド反復(例えば、GCGCGCGCGCまたはATATATATAT)または一塩基配列(例えば、AAAAAまたはCCCCC)は避けるべきである。DNAのプライミングされた部分または形成するヘアピンループ構造に沿って滑りを生じることがあるためであり、DNAテンプレートの配列上から回避できない場合は、リピートまたは1塩基繰返しは最大4塩基とする。
7)
非特異的なプライマーアニーリングを最小限に抑えるために、プライマーの3’末端付近の3つのGまたはC残基を避ける。
8)
プライマーには、以後の展開実験に応じ制限酵素部位などの有用な配列を含むように5’末端に設計ができる。例えば、PCR産物のその後のクローニングを容易にするため制限酵素部位をPCRプライマーの5’末端に配置する、もしくはT7 RNAポリメラーゼプロモーターを添加して、PCR産物をサブクローニングなくin vitro転写を可能にできる。

がある。(1~6:Lorenz TC;J Vis Exp. 2012 May 22;(63):e3998より引用)

プライマー対の設計をサポートするコンピュータプログラムとしてはいくつかあるが、以下に代表的な2つを示した。

『Primer design tool』(NCBI:米国生物工学情報センター)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/tools/primer-blast/

『Primer3』(Whitehead Institute for Biomedical Research)
http://frodo.wi.mit.edu/primer3/

設計したプライマーは、偽遺伝子(Pseudogene)または相同体の増幅を回避するために、プライマーをBLASTサーチして標的の特異性を確認する。

2 PCR増幅産物の検出と遺伝子増幅の基本的事項

SYBRグリーン™法もしくは蛍光ブローブ法などの増幅産物を検出する機器を用いるPCR以外では、通常、増幅産物はアガロースゲル電気泳動したゲルをエチジウムブロマイドなどでDNAを染色し、バンドをUV照射器で視覚化して検出する。もちろん、自動機器によるPCRでもこの視覚化による増幅産物の分析は大切である。
当然、正確な分析には明瞭かつきれいなバンド像で、さらに高感度な検出およびバンドのシャープな分離技術の鍛錬など、電気泳動に伴う解析に必要な基本技術は必須といえる。不明瞭なバンド像からは正確な解析結果は見えてこない。近年では、客観的評価を目的とするキャピラリー電気泳動装置も普及している。

このような可視化の染色に使用されるエチジウムブロマイドは、核酸の最も一般的な蛍光染色剤であるが変異原性が指摘されており、他にもいくつかの安全性や低毒性をうたった染料が市販されている。代替染料としては、ナイルブルーA 、peqGreen、Methylene Blue、Crystal Violet, SYBR® Safe, Gel RedおよびNancy-520などがある。エチジウムブロマイドはUV励起により蛍光を発するため、増幅産物の検出のみを目的とする場合は問題ないが、検出したバンドを以降の実験に供する場合は、DNAがチミンダイマーを生じる欠点がある。

一方、代替染料はUV光以外の可視光で検出するため、作業上からも安全性が高いといえる。また、エチジウムブロマイドは廃液処理上の課題も残る。水性廃液中のエチジウムブロマイドは、処分量を最小化するためにろ過媒体上に濃縮した後、焼却処分するのが適切である。また、時として見受けられるが、廃液を漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)で処理するのは止めるべきである。これは、廃棄物量を増加させると同時に、処理産生物は突然変異誘発物質だからである。

通常PCR実験では、試料としての鋳型DNAの添加量は抽出DNAの濃度もしくは容積量いずれかを固定する。これは、試料が細菌ゲノムやヒトゲノム群などに限定している場合は許容できるが、デジタルPCRやリアルタイムPCRなどの定量PCRもしくは極微量鋳型DNAを評価する場合には、コピー数の認識が極めて重要となる。すなわち、同濃度の鋳型DNAでも細菌ゲノムとプラスミドではコピー数は極端に異なる。PCRでは、結果としてDNA濃度の増量が得られるが、増幅はコピー数の複製であり濃度の複製ではない。計算上の二本鎖DNAの全コピー数は、PCRではDNAのコピー数を用いて反応あたりの鋳型量を決定するため、以下の式で表される。

DNA のコピー数=(DNA量(ng)×6.022×1023)/(DNAの長さ×1×109ng / mL×650ダルトン)

以下のサイトでは、DNA コピー数の計算を提供してくれる。

『Copy number calculator for realtime PCR』(SciencePrimer.com)
http://scienceprimer.com/copy-number-calculator-for-realtime-pcr

『Calculator for determining the number of copies of a template』
(URI Genomics & Sequencing Center)
http://cels.uri.edu/gsc/cndna.html

PCRにおける偽陽性としては、アガロースゲル電気泳動像に意図しないバンドが出現する非特異的増幅、ターゲットと混入したアンプリコン(場合によっては鋳型DNA)の両方が増幅する、もしくは陰性試料が陽性となるキャリーオーバーやクロスコンタミネーションによる増幅産物などがある。対策としては、非特異的増幅の場合はPCR増幅条件の適正化、および高感度視的検出の確立や反応系にネガティブコントロールを加えるなどがある。

また、キャリーオーバーやクロスコンタミネーション対策としては、『Chapter 2 PCRの一般的なガイドライン』(ロシュ・ダイアグノスティックス社)に詳細な予防策が記述されているので参照されたい。これとは逆に偽陰性が生じるケースとしては、反応抑制剤の混入や試料に混在した成分による増幅反応の抑制などが考えられる。まれなケースとして、鋳型DNAの切断やタンパク質分解酵素の混入によるDNAポリメラーゼの分解などがある。

PCRでは、サーマルサイクラーによる温度制御とステップ間の移行時間は反応成果に大きく影響する重要な因子である。機器の性能を充分に発揮させるには、ウェルに密着する適切な形状のチューブを選択し、熱伝導性を高めると同時に機器の特性を熟知しておくことも大切である。

3 熱安定性DNAポリメラーゼ

増幅反応における熱安定性DNAポリメラーゼは、Taq DNAポリメラーゼが開発当初から今日まで主流をなしてきた。これまで、新しいPCR酵素の発見や反応液のバッファーおよび添加物などの組成の改変など諸種の改良と創出が加えられ、PCR試薬は短期間のうちに飛躍的な進展を遂げてきた。熱安定性DNAポリメラーゼには、特異性、耐熱性、フィデリティ(忠実度)、処理能力の4つの特性が求められるが酵素間で若干の差異を伴う。このため、最適な酵素および反応系の選択は、目的に合致したアンプリコン産物を得るためには必然的要素であり、さらに個々の熱安定性DNAポリメラーゼの特質を熟知した上で適正な条件下で実験を行えば、目的に合致した遺伝子増幅を達成するのは意外に容易かもしれない。

例えば、PCR産物の3’末端へのプロセッシング性、またはアデニン残基の付加を望む場合は、 Taq DNAポリメラーゼを使用する方がPfu DNAポリメラーゼを使用するよりも望ましい。3’アデニンの負荷は、TAベクターへクローニングする有用な手段である。反面、忠実度を求める実験では、Pfuのような忠実度の高い酵素を選択すべきである。各メーカーとも特殊なニーズに対応できるように、複数の酵素を組み合わせ、反応系の特性を改変したDNAポリメラーゼキットの機能性を高めた試薬系を取り揃えている。

また、忠実度、歩留まり、速度、最適標的の長さ、およびGCリッチ増幅またはホットスタートPCRなどの特徴を列挙したDNAポリメラーゼを選択するための一覧表やカタログ情報を検索して、目的条件と標的領域との特性をふまえて選択するとよい。近年では、個々に異なる特性に対応するために、これまで課題であった、忠実度、反応速度、最適標的の長さ、GCリッチ領域の増幅等々に対し、一気に対応できる酵素試薬キットも市販されているので、最新カタログに目を通す作業も重要である。

以下に、これまでPCR用酵素として用いられている、いくつかの一般的な耐熱性DNAポリメラーゼの特性をメーカーカタログより抜粋列記した。

1)
Taq DNAポリメラーゼ(ロシュ・ダイアグノスティックス社)
Taq DNAポリメラーゼは熱安定性細菌Thermus aquaticus由来で、PCRに用いられる熱安定性DNAポリメラーゼとして最もポピュラーかつ基本的な酵素である。 Taq DNAポリメラーゼは、最高95℃までの温度で長時間のインキュベーションにおいても安定し、有意な活性消失はない。
「Taqポリメラーゼの至適温度は75~80℃と言われており、半減期は92.5℃で2時間、95℃で40分、97.5℃で9分である。」(Wikipedia「Taqポリメラーゼ」より引用)
 
2)
Pfu DNAポリメラーゼ(Bioneer社)
超好熱性の古細菌、Pyrococcus furiosus、に由来する Pfu DNAポリメラーゼは他の熱安定性ポリメラーゼと比べて、優れた熱安定性とプルーフリーディング性質を備える。Pfu DNAポリメラーゼは、3’→5’エキソヌクレアーゼ(Proof-reading 活性)を持ち、増幅産物の末端は平滑末端(blunt end)になる。Pfu DNA ポリメラーゼは、ハイフィデリティDNA合成が必要な実験に用いる。表1にFidelity Assayを用いた熱安定性DNA ポリメラーゼの比較を示した。
 

表1 lacIOZαに基づくFidelity Assaya)を用いた熱安定性DNA Polymeraseの比較

熱耐性DNA polymerase エラー率b) 突然変異した1kb PCR産物の
パーセンテージ(%)c)
PfuUltra high-fidelity DNA polymerase 4.3×10-7 0.9
PfuTurbo DNA polymerase 1.3×10-6 2.6
Pfu DNA polymerase 1.3×10-6 2.6
Tgo DNA polymerase 2.1×10-6 4.3
Deep VentR® DNA polymerase 2.7×10-6 5.4
VentR® DNA polymerase 2.8×10-6 5.6
PLATINUM® Pfx 3.5×10-6 5.6
KOD DNA polymerase 3.5×10-6 5.6
Taq DNA polymerase 8.0×10-6 16.0

a) 忠実度は、lacI標的遺伝子に基づく公表されたPCR順方向変異アッセイを用いて測定した。
b) エラー率は、複製当たりの塩基対当たりの突然変異頻度に等しい。
c) 20の有効サイクル(220倍または106倍増幅)の1kb標的配列の増幅後の突然変異したPCR産物のパーセンテージ。
PfuUltra High-Fidelity DNA Polymerase Instruction Manual, TABLE1(アジレント・テクノロジー社)を改変
(PDF)http://hpst.cz/sites/default/files/attachments/pfuultra-high-fidelity-dna-polymerase.pdf

3)
KOD DNAポリメラーゼ(東洋紡社)
鹿児島県小宝島の硫気孔より単離された超好熱始原菌Thermococcus kodakaraensis KOD1株由来の高正確性PCR 用酵素である。強い3’→5’エキソヌクレアーゼ活性(Proof-reading 活性)を有しており、Taq DNAポリメラーゼの約50倍の正確性を示す。伸長反応は1kb/30秒で、Taq DNAポリメラーゼの約2倍、Pfu DNAポリメラーゼの約6倍の合成速度を示す。Taq DNA ポリメラーゼよりも耐熱性に優れ、100℃で1時間の熱処理後も約70%の活性を維持している。熱変性ステップの温度を高く設定でき、GCリッチな鋳型など特異的高次構造をとる標的に有用である。KOD DNAポリメラーゼは強いProof-reading 活性を有し、増幅産物の末端は平滑末端(blunt end)になる。
 
4)
Tth DNAポリメラーゼ(ロシュ・ダイアグノスティックス社)
好熱性真正細菌Thermus thermophiles HB8から単離され、非特異DNaseおよびRNaseフリーに精製。本酵素は高度に調製された5’→3’DNAポリメラーゼで、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を欠如し、酵素はpH約9(25℃で調製)および約75℃の条件下で最大の活性を示す。Tth DNAポリメラーゼは高温(95℃)の条件下、長時間のインキュベーションにおいても安定である。Tth DNAポリメラーゼは、マグネシウムイオン存在下で非常に高い逆転写酵素(RT)活性を示す酵素として発見された。
 
5)
Tgo DNAポリメラーゼ(ロシュ・ダイアグノスティックス社)
耐熱性古細菌であるThermococcus gorgonariusから分離され、組み換え酵素として供給されている。この酵素は、他のプルーフリーディング活性を持つポリメラーゼと比べて、明瞭な優位点を持ち、核酸配列をより正確に増幅する(高い忠実度)。平均より高い3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を持つ、高性能の5’→3’DNAポリメラーゼである。この組み合わせにより、Taq DNAポリメラーゼや他のプルーフリーディング活性を持つ市販酵素より、高い信頼性でDNA合成が可能である。また、3kbまでのフラグメントを至適化することなく特異的に増幅可能と説明されている。
 
4 鋳型DNA(テンプレートDNA)の品質

テンプレートDNAの量および品質は、PCR実験の増幅を成功させるための重要な因子の一つである。一般的に核酸の抽出・精製に使用する試薬類(塩、グアニジン、プロテアーゼ、有機溶媒およびSDS)には、DNAポリメラーゼの強力な不活性化剤となるものが多い。例えば、SDSは(0.01%では90%、0.1%では99.9%の阻害)Taq DNAポリメラーゼを強く阻害する(Konatら、1994)。PCR阻害剤の例としては、フェノール(KatcherおよびSchwartz、1994)、ヘパリン(Beutlerら、1990; Holodniyら、1991)、キシレンシアノール、ブロモフェノールブルー(Hoppeら、1992)、植物多糖類(Adams、1992)、ポリアミンスペルミンとスペルミジン(Ahokas and Erkkila、1993)などがある。
阻害剤の中には、核酸テンプレートとの反応とは関係なく発生するものもある。例えば、容器として使用されるポリスチレンまたはポリプロピレンは紫外線に暴露されると阻害物質を放出する(Paoら、1993; Linquistら、1998)といわれる。

鋳型DNAが阻害剤で汚染されている可能性が示唆された場合は、以前に問題なく増幅できた鋳型DNAとプライマー対を用い、疑わしいDNA調製物を対照反応物に加えて増幅反応を実施する。対照DNAが増幅できない場合は、阻害剤の存在が示唆される。このような検証実験により阻害剤混入が疑われた鋳型DNAは、フェノール:クロロホルム抽出またはエタノール沈殿などの操作を加え、DNA調製物を再浄化する、もしくは抽出法の変更が必要性となる。
特に、新たなDNA抽出法を採用したときは、試料に混在するPCR阻害剤の影響度合いが異なる可能性があることを念頭に置き検証する。

また、用いた抽出方法によっては、DNA以外の夾雑物が260nmに干渉して、実体のない濃度に測定されることもある。近年、DNAおよびRNA濃度は、ナノドロップの使用により260nmでの光学密度測定値を使用して決定することが多いので、特に注意が必要である。
A260=1.0のとき、溶液中の精製核酸の濃度は、DNA溶液の場合は50µg/mLに、RNAまたは一本鎖DNA溶液の場合は40µg/mLである。オリゴヌクレオチドは、塩基長や塩基組成により多少変動するが、おおむね33µg/mLとなる。ただし、この係数の適用は高純度な核酸試料についての場合であり、260nmに干渉する不純物が混入した場合は、混入量に応じた実体のない濃度として計測される。核酸の紫外部吸収スペクトルの特性を図3に示した。

核酸およびタンパク質の紫外部吸収スペクトル

図3 核酸およびタンパク質の紫外部吸収スペクトル

分光倶楽部 基礎講座 第5回:核酸の濃度測定、波長スキャンデータ(GEヘルスケア・ジャパン社)を改変
https://www.gelifesciences.co.jp/technologies/spectro/spectclub/theo_05.html

一般的にDNA抽出物からのPCR阻害物には、タンパク質、RNA、有機溶媒、および界面活性剤が含まれる。タンパク質OD280と核酸OD260の最大吸収とを比較(OD260/280)して、抽出されたDNAの純度の推定が可能である。理想的には、OD260/280の比は1.8~2.0である。より低いOD260/280は、タンパク質または溶媒の混入を示し、これはPCRにとって問題となる場合もある。

鋳型DNAの品質に加えて、DNA量の最適化はPCR実験の結果に大きな利益をもたらす可能性がある。今日では、ナノ分光光度計の出力であるng/µLの濃度を測定するのが簡便であるが、PCRの反応は濃度でなく標的領域のコピー数が増幅される。すなわち、成功したPCR実験のための関連単位は分子数である。 最適な標的分子は104~107分子であり、前述の2.2に記載したように計算される。

核酸濃度を測定する技術で最も多く使用されるのは、260nm(A260)の吸光度測定である。しかし、本法は相対感度がA260の0.1に相当する濃度が約5µg/mL dsDNAという測定感度の制約があり、さらにこの測定法ではRNA、ssDNA、dsDNAを区別できない欠点がある。

・核酸の蛍光測定 :PicoGreen®(Molecular Probes社)
PicoGreen®試薬アッセイは、蛍光を基にした迅速かつ簡単な手法により、dsDNAを正確に定量できる。このアッセイは、従来のUV吸光度法に比べて感度が数倍高く、さまざまな濃度範囲に対して適応可能である。PicoGreen®を用いたDNA定量法は、通常、PCRによるアリル特異的なジェノタイピング、PCR増幅前後のdsDNAサンプルの定量、およびシーケンス前のPCR増幅収量の測定などに用い、ハイスループット処理が可能である。検出限界は250pg/mL、直線範囲は0.25~1,000ng/mLである。

PicoGreen®試薬は、二重らせんを形成しているDNAと特異的に結合し、DNAと結合することで青色光(λ=488nm)を吸収し、緑色光(λ=522nm)の蛍光を発する。他の蛍光DNA測定法としては、Hoechst色素のビスベンズイミド33258がある。本法は、DNA濃度を10ng/mLまで検出、定量できる。また、別の蛍光色素結合法として、Quant-iTTM試薬がある。これは、Hoechst色素を用いた測定法の400倍以上の感度を有する。これらの蛍光色素結合法は、サンプル中に混在するRNA、一本鎖DNA、タンパク質などの影響を受けることなく高感度な定量が可能である。

5 テンプレート数

PCR実験の増幅に使用する鋳型DNAの量は、目的用途が多様なため一概には決められない。すなわち、標的遺伝子の生物種および試料に混在するゲノムの生物種、もしくは遺伝子分析の過程で生じた試料によって異なってくる。例えば、ヒトの微生物感染性試料では、ヒトゲノム(ヒトミトコンドリア)および細菌ゲノム(プラスミド)が含まれる。また、試料によっては、ウイルス、酵母、真菌、原虫などのゲノムが同時に含まれることもまれではない。これらのゲノム遺伝子は、抽出方法によっても含有量は違うし、病態ステージによっても異なる可能性がある。従って、単にDNA濃度のみを測定しても、標的生物のゲノムDNAの抽出量は評価できないことが想定できる。

さらに、PCRなどの増幅実験には標的DNAのコピー数が重要なため、DNA濃度を表記しても試料中の鋳型DNAのコピー数は不明で、抽出試料によっては大きく偏在する可能性もある。生物種のゲノムサイズ例を挙げると、λファージ(4.8×104bp)、ヒトミトコンドリア(1.7×104bp)、大腸菌(4.6×106bp)、出芽酵母(1.2×107bp)、ヒトゲノム(3.3×109bp)と大きく異なる。表2にさまざまなDNAの重量とモル濃度を例示した。

表2 1µg中のさまざまなDNAタイプと分子数

DNAのタイプ 分子数
1kb RNA =1.77×1012分子
1kb dsDNA =9.12×1011分子
pGEM® Vector DNA =2.85×1011分子
pBR322DNA =2.1×1011分子
λ DNA =1.9×1010分子
E.coliゲノムDNA =2×108分子
Saccharomyces cerevisiae
 半数体ゲノム
=6.0×107分子
ヒトゲノムDNA
 半数体ゲノムDNA
=2.8×105分子
Zea mays(トウモロコシ)
 半数体ゲノムDNA
=2.3×105分子


遺伝子増幅により生じた増幅産物をテンプレートとする場合は、一般的には102~103bpである。このように、DNA量は同じでもテンプレート数は大きく異なる。仮に4kbプラスミドとヒトゲノム(3.3×109bp)で反応あたり同じ標的コピー数を維持するには、約100万倍のヒトゲノムDNAが必要となる。PCR実験での一般的過誤例として、反応系への多量のプラスミドDNAやPCR産物の添加がある。

確かに、あまりにも少量の鋳型DNA数では増幅収率は低いが、逆に多過ぎるDNA鋳型数での反応は非特異的増幅を生じやすくなる可能性がある。望ましくは、25~30サイクルでシグナルを得るために>104コピー程度の標的配列数から始め、反応の最終DNA濃度は≦10ng/µLに保つ。PCR産物を再増幅する場合、PCR産物の濃度は不明なことが多い(環境拡散を配慮して測定しないことが多い)ため、増幅反応物を1:10から1:10,000に希釈したものを使用する。

テンプレートの精製度とクオリティは、PCR 反応の結果を左右する重要な要素であり、さらに、テンプレート量はPCR の正確性に影響を与える。標準的に、ヒトゲノムDNAは最大200ngまでとし、できる限り少量を使用する。
サイクル数を増やす、新しくデザインしたプライマーを使用する、ホットスタートPCRを使用するなど、個々の反応条件を変更する場合は、特に少量のゲノムDNAテンプレート(10ng以下のヒトゲノムDNAなど)を使用する。
50µL PCR反応あたりのテンプレート量は、細菌DNA:1~10ng、プラスミドDNA:0.1~1ng、cDNA:2µLとする。cDNAをテンプレートとして使用する場合、cDNAの容量がPCR反応総量の10%を上回らないようにする。(逆転写反応液から5µL以下の量のcDNAを用いる)。過剰量のcDNAはPCRを阻害する可能性がある。

6 計算融解温度(Tm)

オリゴヌクレオチドの融解温度(Tm)、二次構造および設計の正確な予測は、PCR実験の効率および成功を導く重要な因子である。今日では、Tm計算の多数のソフトウェアが利用可能であるが、ユーザーはその限界を理解しないと、予測の精度と信頼性を低下させることもある。Chavaliらは多くのモジュールを詳細に評価し報告している(Chavali S. et al.、2005)。
Tmの計算式には、nearest-neighbor法、Wallace法、GC%法がある。Wallace法[Tm≒4(GC)+2(AT)]は、計算が単純で手作業で迅速に行うことができるため頻繁に用いられる。

塩基情報などの諸情報を入力するだけで正確性が高いとされるnearest-neighbor法によるTm計算が利用できるサイトも多い(以下に例示した)。本法は、隣接する塩基対の積み重ねエネルギーを考慮に入れているため、より正確なTm推定ができる。しかし、いずれの計算法でも、特定の反応に関する特定の情報がないため、あくまでも実際のTmを推定した理論値と捉えるべきであり、プライマーアニーリング温度の目安に過ぎない。自社の使用酵素試薬を選択して、含有試薬の組成をも加味しTm値を計算するモジュールもある。

塩基組成、塩濃度、オリゴ鎖の濃度、変性剤およびコンジュゲート基(ビオチン、ジゴキシゲニン、アルカリフォスファターゼ、蛍光色素など)もTm値に影響を与える。Tm値は、高塩濃度では上がり、高オリゴ濃度では下がる。また、GCリッチな配列では上がり、変性剤の存在下では下がるなどの応答が見られる。このように、バッファー組成などが異なる条件下ではTm値も変わるので注意すべきである。

最適なアニーリング温度を計算するために、以下の式が使用される:
 TaOPT=0.3TmPrimer+0.7TmProduct-14.9

TmPrimerは、以下の式を使用して計算される:
 TmPrimer=(ΔH/(ΔS+Rx ln(c/4)))-273.15+16.6log[K+]

産物TmProductは以下のように計算される:
 TmProduct=0.41(%G-C)+16.6log[K+]-675/product length

ほとんどのPCR反応において、カリウム([K+])の濃度は50mMとして計算される:
『最近接塩基対法(Nearest Neighbor method)例

 TmProduct
1000ΔH
-10.8+ΔS+Rln(Ct/4)
-273.15+16.6log[Na+]


ΔH:ハイブリッドにおけるNearest Neighborエンタルピー変化の合計[kcal/mol] (表3参照)
-10.8:ΔS(initiation)[cal/mol・K]
ΔS:ハイブリッドにおけるNearest Neighborエントロピー変化の合計[cal/mol・K] (表3参照)
R:気体定数(1.987cal/deg・mol)
Ct:オリゴのtotalモル濃度[mol/l](0.5µMで計算)
Na+:Na+のモル濃度[mol/l](50mMで計算) 』
ライフサイエンス > カスタム製品 > カスタムオリゴDNA > FAQ・技術情報:Tm値の計算(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社)から引用
http://www.sigmaaldrich.com/japan/lifescience/custom-products/custom-dna/oligo-learning-center.html

表3 最近接(Nearest Neighbor)塩基対パラメータ

Interaction ΔH ΔS
[kcal/mol]  [cal/mol・k] 
AA/TT -9.1 -24
AT/TA -8.6 -23.9
TA/AT -6 -16.9
CA/GT -5.8 -12.9
GT/CA -6.5 -17.3
CT/GA -7.8 -20.8
GA/CT -5.6 -13.5
CG/GC -11.9 -27.8
GC/CG -11.1 -26.7
GG/CC  -11 -26.6

※ 表の見方
Interactionは次のように表記
5’→3’ 3’←5’
AT/TA
例えば、AC(5’→3’)のΔHは、GT/CAのΔH:-6.5[kcal/mol]となる

ライフサイエンス > カスタム製品 > カスタムオリゴDNA > FAQ・技術情報:Tm値の計算(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社)から引用
http://www.sigmaaldrich.com/japan/lifescience/custom-products/custom-dna/oligo-learning-center.html


Tm値計算のサイト例

『NGRL 便利ツール:Oligo Calculator』(日本遺伝子研究所社)
http://www.ngrl.co.jp/tools/0217oligocalc.htm

『Tm Calculator』(アプライドバイオシステムズ社)
http://www6.appliedbiosystems.com/support/techtools/calc/

『Tm Calculator』(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)
http://www.finnzymes.com/tm_determination.html

『Tm Calculator』(ニュー・イングランド・バイオラボ社)
https://tmcalculator.neb.com/#!/

『OligoAnalyzer 3.1』(Integrated DNA Technologies社)
http://www.idtdna.com/analyzer/Applications/OligoAnalyzer/

『Calculating the melting temperature of PCR primers』(MacVector社)
http://macvector.com/blog/2016/04/calculating-the-melting-temperature-of-pcr-primers-2/

7 熱サイクル条件の設定
1)
PCRは他の遺伝子増幅法と比べ、鋳型DNAおよびアンプリコンの二本鎖DNAを熱誘導変性(鎖分離)する点が大きく異なる。さらに、アニーリング反応および伸長反応と異なる3もしくは2ステップの温度を巡回させるサーマルサイクラーが不可欠であり、その機種の性能に依存した効果も受けやすい。サイクリング時間はテンプレートのサイズおよびDNAのGC含量により異なる。

最初の変性工程は94~98℃で始まり、通常は94℃で1分間セットされることが多い。耐熱性ポリメラーゼといえども、94℃以上の高温に長くさらすと酵素は不活化してくる。各社のHPで温度に伴う酵素の半減期を調べ、変性温度と変性時間とでの効率化を算出し、DNAポリメラーゼ酵素の不活性化を最小限に回避するように設定する。DNAポリメラーゼが不活化すると、PCR産物の収量が低下する。
ホットスタートPCRの中でDNAポリメラーゼに修飾を加えたものは、最初の変性時間を3~9分間に延長して酵素の活性化処理を行う。(方法の詳細については各社の添付文書を参照のこと)
 
2)
次のステップからは、PCR特有の熱変性、アニーリングおよび伸長反応と3変調温度サイクルの繰り返しで、25~35サイクル繰り返す。35サイクル以上に増やすとPCR産物は増加する反面、サイクル数が多過ぎ意図しない生成物が増加する。そのため、サイクル内の各工程の保持時間および温度は、標的アンプリコンの産生を最適化するように設定する。サイクル工程での最初の熱変性の時間はできるだけ短く設定する。ほとんどのDNAテンプレートでは、通常94℃の10~60秒で充分である。熱変性工程の温度と時間は、鋳型DNAのGC含量に影響を受ける。GCリッチな領域の場合は、98℃数秒の変性条件を試してみる。ただし、酵素の失活には充分に考慮した条件設定が必要となる。また、工程時間の設定はサーマルサイクラーの性能、設定温度までへの到達速度によっても変わる。

次の工程であるプライマーのアニーリング温度は、プライマーのTm計算値よりも約5℃低い温度(理想的には52~58℃)で30秒間と設定する。次の伸長反応温度と時間は使用するDNAポリメラーゼにより異なってくる。Taq DNAポリメラーゼの最適伸長温度は70~80℃で、2kbを伸長させるのに1分を要し、その後1kbの増幅追加ごとに1分を必要とする。Pfu DNAポリメラーゼは高忠実度を求めるPCRに推奨され、最適伸長温度は75℃で、1kbごとの増幅追加に2分を必要とする。特定のDNAポリメラーゼの正確な伸長温度と伸長時間については、製造元の解説書を参照する。
 
3)
熱サイクルの最終工程は、伸長不充分なアンプリコンなどの伸長完了を目的とすると同時に、Taq DNAポリメラーゼの場合は、すべてのPCR産物の3’末端にアデニン残基の付加を達成するために5分以上の伸長時間をとる。
 
4)
熱サイクル最終の反応停止は反応混合物を4℃に冷却、もしくはEDTAを最終濃度10mM添加することにより反応は停止する。
 

3:PCRトラブルシューティングでの重要な要因と対策

標準的な条件下で操作したPCR実験の結果、理論的に納得できないアンプリコンが検出された場合、PCR条件を最適化する必要がある。試薬濃度やサイクリング条件などを調査し反応のストリンジェンシーを高めれば、特異性を高めることができる。また、反応条件を緩くすると標的アンプリコンだけでなく、サイズが大小さまざまな不確定スプリアスアンプリコンも生成する。また、過度に厳し過ぎると生成物は産生されない場合もある。

PCR反応のトラブルシューティングの作業は労力とコストがかかる。従って、事前に人為的ミス、試薬の汚染や劣化など推察可能な原因は排除し、反応系の具体的な現象および原因を詳細に解析した後に実施する。
PCRストリンジェンシーへの影響因子の中で、Mg2+濃度およびアニーリング温度の改変は、問題解決に有用な因子となることが多い。劣化・変質などの問題を含む可能性の高いPCR試薬の検証には、新調試薬を一つずつ入れ替えて検証する方法が効率的である。

試料が古いDNAでPCR阻害物を含む可能性がある場合は、牛血清アルブミン(BSA)の添加が有益な場合もあるが、近年のPCR試薬にはすでにバッファー中にBSAを含むものがあるので、添付文書にて事前に確認しておく。また、プライマーダイマーが濃く検出され、予期したバンドは薄いか、または検出されず、他の非特異バンドが検出された場合は、プライマーと鋳型DNAの比率を変えてみる。

プライマーの濃度が鋳型DNAを越えて過剰に存在する場合は、DNA鋳型上でプライマー自身もしくは相互にアニーリングすることがある。このような現象では、DMSOの追加、または、ホットスタートPCRの採用により解決できることがある。もし、これらの対処法で解決できない場合は、プライマーの再設計が必要かもしれない。

PCR産物のアガロースゲル電気泳動にラダー状やスメア状の産物が検出された場合は、大小さまざまな非特異バンドが産生されていることを示し、PCRのストリンジェンシーが過度に低いことを意味する。対処法としては、ストリンジェンシーを高めるPCR条件の最適化が必要である。また、種々のサイズのスメア状バンドを産生する別の要因としては、ゲノムDNAを増幅する際に多くの反復配列に設計されたプライマーでも生じる場合がある。しかし、同じプライマーを使用してもプラスミド上の標的配列の増幅では問題とならないこともある。

プライマーにより形成された、プライマーダイマーおよびヘアピンループ構造や変性鋳型DNA中に形成されたヘアピンループ構造は、これらの分子が目的とするDNAカウンターパートと塩基対を形成しないので、PCR産物ができず増幅を妨げる可能性がある。この要因の一つに高GC含量がある。PCRでは、特に標的部位のGC比は重要なため事前に充分な解析調査が必要である。特に、GCリッチな領域のPCR(GC含量>60%)は、PCRにおいて難儀な課題を提起する場合が多い。

しかし、近年では、これらの課題を緩和するのに有益な、いくつかの添加剤やプロトコルが提唱されている。GCリッチな鋳型DNAおよび強力な二次構造を形成する鋳型は、DNAポリメラーゼ活性をストールさせる原因となるが、このような場合、ベタイン、DMSOおよびホルムアミドの添加は、障害部位の増幅に有益な結果を生む。

4:PCR試薬の最適化

MgCl2 、KCl、dNTPなどPCRにおいて濃度が大切な試薬は、バッファー中に一体化して含まれており、濃度を増すことは可能でも減すことは困難なため、通常、マスターミックスタイプの試薬では、最適化の条件も添加試薬の濃度範囲も限定的である。従って、試薬濃度の適正化には、個別試薬バイアルの試薬キットの準備が必要となる。

試薬系のトラブルとしては、試薬の使用後に不適状態で長時間の放置、保管温度の過誤、試薬の密栓不良、凍結試薬の不完全な融解など、試薬の劣化や濃縮を原因とするPCRトラブルがあり、これらの事例は意外にも多い。特に複数の人が使用する試薬では、ミスの内容が正確に伝達されないケースもあり、原因解明は困難である。このような試薬の取扱い上の過誤による劣化や濃縮は、スプリアスアンプリコンをもたらし、反応のストリンジェンシーを低下させる原因となる。

1 マグネシウム塩Mg2+(0.5~5.0mMの最終反応濃度)
耐熱性DNAポリメラーゼ反応には、マグネシウムが補因子として不可欠である。ただし、Mg2+は触媒として作用し、反応上消費されることはない。PCR反応中Deoxynucleotide(dNTP)はdNMPに解離し、隣接するヌクレオチドの3’OHと次のヌクレオチドの5’リン酸との間にホスホジエステル結合を形成する。ここで、Mg2+はdNTPのαリン酸基に結合し、dNTPからβおよびγリン酸を除去するのに寄与する。Mg2+の濃度を増加すると、Taq DNAポリメラーゼの活性は増加するが、特異性は低くなることが報告されている。他方、Mg2+の濃度が低ければTaq DNAポリメラーゼの活性は低下するが特異性は高まる。さらに、Mg2+はリン酸主鎖の負電荷を安定化させることで、プライマーおよびDNAテンプレート間の複合体形成を促進する。

Mg2+を最適濃度より高い濃度に添加するとPCR産物の収量は増加するが、DNAポリメラーゼの忠実度を減少させ、非特異的増幅レベルを増加させる可能性がある。Mg2+が多すぎると、二重鎖を安定化することにより鋳型DNAの完全な変性を防止すると同時に、誤った鋳型部位へのプライマーの誤ったアニーリングを安定化させ、非特異的PCR産物をもたらす。逆にMg2+が不足すると反応は進行せず、PCR産物は得られない。

これらの理由から、PCR実験では、各ターゲットに最適なマグネシウム濃度を検証し、確定する必要がある。検証には、0.5~5.0mMの範囲で、0.5~1.0mM増分のMg2+を含む一連の反応液を設定し、マグネシウム濃度と生成物の最高収量および非特異的生成物の最小量生成を視覚化し決定する。

Mg2+濃度および最適濃度範囲の影響は、特定のDNAポリメラーゼ酵素によっても変わる。例えば、Pfu DNAポリメラーゼはMg2+濃度への依存性は低いが、最適化が必要な場合の最適濃度は通常2~6mMの範囲内とする。
Tth DNAポリメラーゼなど一部のDNA ポリメラーゼは、Mg2+よりもMn2+を必要とするが、一般的に、Mn2+存在下でのDNAポリメラーゼ反応は、Mg2+存在下に比べ正確性が著しく低下する。

テクニカルエラーの対策として、塩化マグネシウムの単独溶液の場合は、使用前に塩化マグネシウム溶液を完全に解凍し、数秒間ボルテックス撹拌をしてからピペッティングを行う(ボルテックス不可の試薬構成品もあるため事前確認が必要)。塩化マグネシウム溶液は、凍結融解の反復による結果として濃度勾配を形成することがあり、均一な溶液を得るためにはボルテックスによる混合が必要である。

一般に、塩化マグネシウムの最終濃度を1.5mMと固定濃度での使用を好む研究者が多いが、Huらは、マグネシウムを含有する反応緩衝溶液の濃度差による性能変動を報告している(Huら、1992)。実験では、PCR増幅を用いた配列特異的オリゴヌクレオチド(SSO)タイピングにおいて、塩化マグネシウム濃度は増幅収量に劇的に影響した。また、バッファー液を90℃で10分間加熱することにより、溶液の均質性が回復したとの報告もある。これは、凍結融解サイクルを複数回行うことにより生じた塩化マグネシウムの沈殿を再溶解したものと推測される。

ほとんどのPCR試薬キットでは、PCR緩衝液にMg2+を含んでいるが、各反応別にMg2+濃度を最適なレベルに調製できるように、マグネシウム不含の反応バッファーと25mM MgCl2のチューブとに分けた試薬キットもある。さらに、一部の研究者は、マグネシウムを含有するPCR緩衝液を-20℃ではなく、冷蔵保存(4℃)することを推奨している。

2 カリウム塩K+(最終反応濃度35~100mM)
カリウムイオンは、DNAポリメラーゼ活性を高める。カリウム塩(KCl)非存在下での活性よりも50~60%の活性増加が見られ、終濃度は50mMが最適と考えられる。しかし、75mM以上の過剰なKClは酵素の活性を阻害する。しかし、まれなケースとして、アンプリコンが長いPCR産物(10~40kb)では、KClを35~40mMに下げた方が良好な結果が得られる場合もある。このときは、DMSOおよびグリセロール添加と併せて使用することが多い。

また、目的とするアンプリコンサイズが1000bp未満で、同時に長い非特異バンドが出現するケースでは、KCl濃度を70~100mMと濃くして特異性を高めた例もある。ただし、KCl濃度を変える場合は、MgCl2の濃度は変えないことを厳守すべきである。
PCRバッファーで汎用される陽イオンは、DNA骨格で負電荷を持つリン酸基と結合してこれらの負電荷を中和する。そのため鋳型DNAとプライマー分子間の静電的な反発力を弱め、プライマーのハイブリダイゼーションをより安定化させる。

ほとんどのPCRバッファーは1価の陽イオンK+を1種類だけ含む。K+イオンは特異的および非特異的なプライマーのアニーリングを共に安定化させるため、スメア状の増幅産物を生じ、非特異的なDNAが増幅されて収量の低下に繋がる。一部のPCRバッファーでは、プライマーのアニーリング特異性を高める目的でK+とNH4+の配合比を至適化し、ミスマッチ結合している塩基間の弱い水素結合をNH4+イオンにより不安定化させて、特異性を改善した反応液を採用している。

3 デオキシヌクレオチド5’-トリフォスフェイト(最終反応濃度20および200µM)
デオキシヌクレオチド5’-トリフォスフェイト(dNTPs)は、最適かつ等濃度(すなわち、[A]=[T]=[G]=[C])でない場合、および凍結・融解の反復による不安定性のために濃度ムラが生じた場合、PCRに問題を引き起こす可能性がある。通常のdNTP濃度は、4種のdNTPが各50µMである。各dNTP濃度は同一でないと、誤った取り込みを生じる原因となる。

また、DNAポリメラーゼの取り込みエラーの現象はdNTP濃度に強く依存する。PCRでは、通常20~200µMの濃度範疇に許容され、一般的な市販のTaqポリメラーゼは、200µMのdNTP濃度で最大活性を示すように組成を調製している。過剰濃度のdNTPはPCRを阻害する一方、より低濃度のdNTPは反応の特異性および忠実度を高める。しかし、長いPCRフラグメントでは、生合成の都合上、高濃度のdNTPを必要とする。 また、使用Mg2+の濃度によってもdNTPの至適濃度は変化する。

5:PCRエンハンサー添加剤(増幅増強剤)

PCR増強剤の添加は、標的PCR産物の収量を増やす、もしくは標的産物以外の産生量を減少させるときに用いる。これらの目的のために、多くの異なる機構を介して作用する多くのPCRエンハンサーが存在する。しかし、これらの試薬はすべてのPCRを強化するものではなく、有益な効果は、鋳型DNA特有、もしくはプライマーに特異的であることもしばしばあり、その有用性は実験的にのみ決定される。

GCリッチな鋳型DNAは、2本のDNA鎖の非効率的な分離、または相補的なGCリッチなプライマーが鋳型へのプライマーアニーリングと競合する分子間二次構造を形成する傾向をもつことが問題となる。DMSOおよびホルムアミドは、2本のDNA鎖の間の水素結合の形成を妨害することにより増幅を助けると考えられる(GeiduschekおよびHerskovits、1961)。

エンハンサーが無い条件下では増幅が不充分な反応の場合は、ベタイン(1M)、DMSO(1~10%)またはホルムアミド(1~10%)を添加するとPCR産物の収率が高くなる。しかし、DMSOの濃度が10%、またホルムアミドの含有量が5%を超えると、Taq DNAポリメラーゼや他のDNAポリメラーゼの反応を阻害する傾向がある(Varadaraj and Skinner、1994)。

いくつかのPCR実験では、BSA(0.1mg/mL)、ゼラチン(0.1~1.0%)および非イオン性界面活性剤(0~0.5%)などの一般的な安定化剤は、PCRによる増幅困難もしくは失敗例を救済した。これらの添加剤は、DNAポリメラーゼの安定性を高める、もしくはチューブ壁への吸着による試薬の損失を低減するなどの効果が見られる。また、BSAはRT-PCRにおいてメラニンの阻害効果を克服することが示されている(Giambernardiら、1998)。

Tween(-20)、NP-40、およびTriton(X-100)などの非イオン性界面活性剤は、0.01%SDS(Gelfand and White、1990)などの微量な強イオン性界面活性剤の阻害効果を抑制する。アンモニウムイオンは、非最適条件下の増幅反応においても、より強固な反応性を示す。このため、いくつかのPCR試薬は10~20mM(NH42SO4を含む 。他のPCRエンハンサーとしては、グリセロール(5~20%)、ポリエチレングリコール(5~15%)および塩化テトラメチルアンモニウム(60mM)がある。

これらの添加試薬は、他のすべてが失敗した場合に良好な結果を得る可能性がある。どのような試薬が所望するPCR産物に最も効果的かを決定するには、試薬の使用目的・効果およびそれらがどのように使用されるかを理解することが重要である。また、同時に添加試薬を反応に加えることは、1つの試薬の作用が別の試薬の作用濃度に影響する可能性が考えられ、より複雑となる。今日では、カタログ調査を行えば、これらの試薬に加え、独自の市販添加物が多くのバイオテクノロジー企業から入手可能である。(表4)

表4 PCR添加物およびエンハンサー

添加剤 目的と機能 濃度
7-デアザ-2’-デオキシグアノシン;
7-deaza dGTP
GCリッチ領域増幅。二本鎖DNAの安定性を低下させる。 完全にdGTPを7-デアザdGTPで置き換える;
または、7-deaza dGTP:dGTP 3:1で使用
ベタイン
(N,N,N-trimethylglycine
=
[carboxymethyl]trimethylammonium)
GCリッチ領域増幅を容易にするTmを低下させる。
二重鎖の安定性を低下させる。
3.5M~0.1Mのベタインを使用。 ベタインまたはベタイン(モノ)水和物を使用し、ベタインHClは使用しない。
BSA
(bovine serum albumin)
BSAは、メラニンのようなPCR阻害剤を含む古いDNAまたは鋳型の増幅に有用。 0.01µg/µl~0.1µg/µlのBSA濃度を用いることができる。
DMSO
(dimethyl sulfoxide)
DMSOは二次構造を減少させると考えられ、特にGCに富む鋳型に有用。 10%DMSOはTaqポリメラーゼ活性を50%低下させるため、2~10%のDMSOが鋳型増幅に使われる。ルーチン的に使用すべきではない。
ホルムアミド 二次構造が減少し、特にGC豊富なテンプレートに有用。 ホルムアミドは、一般に1~5%で使用される。 10%を超えないようにする。
非イオン性界面活性剤
例えばTriton X-100、Tween 20または
Nonidet P-40(NP-40)
非イオン性界面活性剤は、Taqポリメラーゼを安定化させ、また二次構造の形成を抑制する可能性がある。 0.1~1%Triton X-100、Tween 20またはNP-40は、収量を増加させるが、非特異的増幅も増加させる可能性がある。 鋳型DNAからの0.01%SDS混入を、0.5%のTween-20または-40が中和。
TMAC
(tetramethylammonium chloride)
TMACは、潜在的なDNA-RNAミスマッチを低減し、ハイブリダイゼーション反応のストリンジェンシーを改善するために使用する。 それはTmを高め、ミスペアリングを最小限に抑える。 TMACは、一般に、非特異的プライミングを排除するために15~100mMの最終濃度で使用。

Certificate of Analysis & Product Manual, PCR Additives & Enhancers(Gene Link社)を改変
(PDF)http://www.genelink.com/Literature/ps/M40-3021-PCR_Additives_Ver5.1.pdf

『Chapter 2 PCRの一般的なガイドライン』(ロシュ・ダイアグノスティックス社)にも詳細に記載されている。
(PDF)https://roche-biochem.jp/pdf/prima/molecular_biology/pcr/PCR_manual_J/third_edition/PCR_manual_chapter2_J.pdf

6:GCリッチテンプレートに役立つ添加剤

1 ジメチルスルホキシドDimethylsulfoxide:略称DMSO(最終反応濃度:1~10%)
鋳型DNAが、特にGC構成の高い(GC含量>60%)PCR実験において、DMSO添加により塩基対形成を破壊し、効果的にTmを低下させ反応を増強する。DMSOは多くの有機化合物や無機塩を溶解する非プロトン性極性溶媒かつ酸化剤である。また、皮膚浸透性が非常に高いことでも知られる。
Tm計算ソフトのなかには、PCR実験に使用するDMSOの濃度を加える可変エントリーを含むものがある。反応系に2%を超えるDMSOを添加すると、Taq DNAポリメラーゼへの阻害作用がみられるためDNAポリメラーゼの追添加が必要である。

2 ホルムアミド(最終反応濃度:1.25~10%)
ホルムアミドは、DMSOと同様に塩基対形成を分断し、プライマーアニーリングのストリンジェンシーを高め、非特異的プライミングおよび増幅効率の増加をもたらす。また、GCリッチ鋳型のエンハンサーであることが示されている。
ホルムアミドは、ギ酸から誘導されるアミドで、水と任意比で混合する。また、水に不溶な多くのイオン性化合物を溶かす溶媒として用いる。器官や組織の抗凍結剤、RNAゲル電気泳動では、RNAを脱イオン化し安定化させる。

3 7-デアザ-2’-デオキシグアノシン5’-三リン酸;7-deaza-2’-deoxyguanosine 5’-triphosphate(最終反応濃度;3 dc7 GTP(3パート):1dGTP(1パート)=50µM)
dc7 GTP(3 パート 37.5µM)を、dGTP(1パート 12.5µM)では、生成物中の二次構造の形成を不安定にする。アンプリコンまたは鋳型DNAが変性されると、それはしばしばヘアピンループのような二次構造を形成する。DNAアンプリコンへのdc7 GTPの取り込みは、これらの異常な構造の形成を妨げるものと推測される。また、dc7 GTPはエチジウムブロマイド染色のシグナルを減衰させるため、dGTPと3:1の比率で使用する。

4 ベタイン;Betaine (N,N,N-trimethylglycine)(最終反応濃度:0.5~2.5M)
ベタインは、双性イオン性アミノ酸類似体であり、アミノ酸のアミノ基に3個のメチル基が付加した化合物の総称としても用いられ、生体物質としてはカルニチン、トリメチルグリシンなどがある。ベタインは、DNAのヌクレオチド組成によるTmを低下させるため、GCに富む標的のPCR増幅を助ける添加物として使用される。ベタインはDMSOと組み合わせて使用されることが多く、高いGC含量の標的DNAをも増幅可能となる。

5 TMAC:Tetramethyl ammonium chloride(最終濃度:15~100mM)
上記1~4の添加剤とは用途が異なるが、塩化テトラメチルアンモニウム(TMAC)は、極めて吸湿性が高い無色の結晶で、水や極性有機溶媒に可溶な第四級アンモニウム塩であり、[(CH3)4N]Clと表される。ハイブリダイゼーションの特異性を高め、Tmを上昇させる。GC、ATに富む領域では熱乖離の温度条件が異なるが、TMACはDNAのAT塩基対に結合して安定化させる性質があり、3mol/Lの濃度では塩基による熱安定性の差を完全に解消させる。このため、アミノ酸配列から演繹した、もしくは塩基変異を網羅するための縮重プライマー(degenerate primer::混合塩基プライマー)を使用するPCR条件ではしばしば使用される。一般に、TMACは、非特異的プライミングを排除するために15~100mMの最終濃度で使用し、DMSOおよびベタインと組み合わせて使用する。

また、「縮重プローブを用いたサザンブロッティングにおいては、縮重プローブはGC含量の異なる複数のプローブの混合物であり、通常はGC含量が最も低いプローブに反応温度を合わせるため、GC含量の高いプローブが偽陽性を生じる難点があった。しかし、3mol/LのTMACを含む反応系では、プローブのGC含量に依らず一定の温度で対合が起こるため偽陽性が減少する。低濃度では、PCRの収量や特異性の向上を目的とし用いられる。60mMの濃度では、AT塩基対の安定化により収量を5~10倍に向上させることが示されている。 」(Wikipedia「塩化テトラメチルアンモニウム」より引用)
これらPCR添加物は、ある種の増幅に対して有益な効果を示すが、どの薬剤が特定の状況において有用であるかを予測することは困難であり、テンプレートとプライマーとの各組み合わせについて実験的に施行する必要がある。

7:PCR阻害物と増幅阻害物の存在下で、PCRをヘルプする添加物

1 阻害物の種類

表5には試料中に存在する既知のPCR阻害物を例示したが、PCR阻害剤は血液や組織、便、尿、喀痰などの排泄物、および生物、植物、土壌など検査対象となる試料中に混在するものや、試料の前処理やDNA抽出操作により添加された試薬類など広範囲に渡る。これらは、何らかの機序で核酸と結び付き、試料の前処理や抽出操作を通過するものと推察される。さらに、KClおよびNaClなどの過剰な塩やデオキシコール酸ナトリウム、サルコシルおよびドデシル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate, SDS)のようなイオン性界面活性剤、さらにはエタノール、イソプロパノールおよびフェノールなどはさまざまな阻害機序を介して増幅低下を招く。

表5 試料中に存在する既知のPCR阻害物

阻害物 阻害物起原 リファレンス
胆汁酸塩 糞便 Lantz, P.G. et al. (1997)
多糖類複合体 糞便、植物材料 Monteiro, L. et al. (1997)
コラーゲン 組織 Kim, C.H. et al. (2001)
ヘム 血液 Akane, A. et al. (1994)
フミン酸 土壌、植物材料 Tsai, Y.L. and Olson, B.H. (1992)
Watson, R.J. and Blackwell, B. (2000)
メラニンおよびユーメラニン 髪、肌 Eckhart, L. et al. (2000)
Yoshii, T. et al. (1993)
ミオグロビン 筋肉組織 Belec, L. et al. (1998)
多糖類 植物 Demeke, T. and Adams, R.P. (1992)
プロテイナーゼ ミルク Bickley, J. et al. (1996)
カルシウムイオン ミルク、骨 Powell, H.A. et al. (1994)
尿素 尿 Khan, G. et al. (1991)
ヘモグロビン、ラクトフェリン 血液 Al-Soud, W.A. and Radstrom, P. (2001)*
免疫グロブリンG(IgG) 血液 Al-Soud, W.A. et al. (2000)*
インディゴ染料 デニム Shutler, G.G. et al. (1999)

*Radstrom, P. et al. (2004) Pre-PCR processing :Strategies to generate PCR-compatible samples. Mol. Biotechnol. 26, 133-46.より引用
 Au Introduction to PCR Inhibitors(プロメガ社)を改変
(PDF)https://www.promega.es/-/media/files/resources/profiles-in-dna/1001/an-introduction-to-pcr-inhibitors.pdf?la=es-es

すでに、PCR実験の作業工程における阻害物のアタックポイントの概略を図2に示したが、一部の阻害物は試料中にも混在し、阻害機序は試料処理および抽出過程から始まり、各工程で諸種の阻害形式を発揮する。核酸と反応性物質とが干渉、逆転写を阻害、鋳型DNAを分解または修飾、アニーリングの妨害、DNAポリメラーゼの分解・阻害・変化およびプローブの結合またはフルオロフォアへの干渉などが挙げられる。当然、個々の阻害機序を詳細に解析すると、より具体的な対応策が可能となる。表6に体系的な阻害機序と阻害剤一覧を示した。

表6 PCR阻害剤およびその作用機序の例

インヒビター 作用機序 参考文献
ポリフェノール
 多糖類

細菌細胞
 細胞破片
 洗剤
 PCR添加物
 タンパク質
 多糖類
 塩
 溶媒
ポリフェノール
 多糖類
 フミン酸
 コラーゲン
 メラニン
フミン酸
 腐植物質
ヘマチン
 インジゴ
核酸との共沈降;沈殿したRNAを再懸濁する能力の低下

核酸の分解/隔離







核酸との架橋; 核酸の化学的性質の変化



核酸および酵素への結合/吸着

DNAの不完全な溶解

John(1992)、Sipahioglu et al.(2006)、Su and Gibor(1988)、Wan and Wilkins(1994)、Wilkins and Smart(1996)
Burkardt(2000)、Katcher and Schwartz(1994)、Peist et al. (2001)、Rossen et al. (1992)、Weyant et al. (1990) and Wilson (1997)





John (1992)、Opel et al. (2010) and Wilkins and Smart (1996)



Abbaszadegan et al. (1993)

Opel et al. (2010)

金属イオン
浄化剤
 プロテアーゼ
 尿素
カルシウム
 コラーゲン、 ヘマチン
 ハーブ、代謝産物
 IgG、メラニン
 ミオグロビン、多糖類
 ナトリウム、タンニン酸
プライマーの特異性低下
ポリメラーゼの分解


DNAポリメラーゼまたは逆転写酵素活性の阻害




Abbaszadegan et al. (1993)
Powell et al. (1994)、Rossen et al. (1992)、Saulnier and Andrenomont (1992) and Wilson (1997)
Al-Soud et al. (2000a)、Al-Soud and Rådström (1998)、
Eckhart et al.(2000)、Opel et al. (2010)、Peist et al. (2001) and Wilkins and Smart (1996)


ポリフェノール
 タンニン酸
EDTA

カルシウムイオン
抗ウイルス薬
 物質(例.アシクロビル)

Exogenic DNA
金属イオンのキレート化

Mg++を含む金属イオンのEDTAキレート化
ポリメラーゼの補因子との競合
ヌクレオチドとの競合、DNA伸長の阻害

テンプレートとの拮抗
Abbaszadegan et al. (1993) and Opel et al. (2010)


Rossen et al. (1992)
Bickley et al. (1996)、Opel et al. (2010)
Yedidag et al. (1996)

Tamariz et al. (2006)

EDTA, ethylenediaminetetraacetic acid; PCR, polymerase chain reaction.
C. Schrader et al. Journal of Applied Microbiology 113, 1014-1026 を改変

2 増幅阻害物の存在下でPCRをヘルプする添加物
1.
非イオン性界面活性剤は、二次構造形成を抑制し、DNAポリメラーゼの安定化に作用する。アンプリコン産生を増加させるために、トリトンX-100 (Triton X-100)、Tween 20、またはNP-40のような非イオン性界面活性剤(Non ionic detergents)を0.1~1%の反応濃度で使用する。しかし、1%を超える濃度では、PCRに対して阻害的に作用する。非イオン性界面活性剤の存在は、PCRストリンジェンシーを低下させ、偽の産生物を形成する可能性がある。これらは、DNA抽出プロトコルからの汚染物質であるSDSの阻害作用を中和する。

2.
400ng/µLで使用されるウシ血清アルブミン(Bovine serum albumin:BSA)または150ng/µLのT4遺伝子32タンパク質(T4 gene 32 protein)などの特異的タンパク質の添加は、FeCl3、ヘミン(hemin)、フルボ酸(fulvic acid)、フミン酸(humic acid)、タンニン酸(tannic acids)などの阻害物が存在する場合、もしくは糞便、淡水および海水から抽出した試料でのPCR増幅を救済する。しかし、胆汁酸塩、ビリルビン、EDTA、NaCl、SDS、またはトリトンX-100 などを含むいくつかのPCR阻害物は、BSAまたはT4遺伝子32タンパク質のいずれかを添加しても緩和できない。

8:サイクル条件の変更

1 アニーリング温度の最適化

通常、アニーリング温度は、Tm値から2~5℃低く設定するが、プライマー対の温度の差異、標的部位の塩基配列の特性などにより規定通りにはいかないことがある。特に、文献などから引用したPCRでは、使用サーマルサイクラーの機種の相違などにより最適化が必要な事例がある。多くのPCRにおいてアニーリング温度の最適化は、目的とするPCR反応が促進される、または、他の添加剤とを組み合わせ、さらに効果的な成果を生む場合がある。

一対のプライマーのTm値が異なる場合は、2つのプライマーのアニーリング効率を近似させるため、まずはそれらの温度(Tm-(2~5℃)のアニーリング温度)の中点に設定する。この条件で非特異的なPCR産物が出る場合は、アニーリング温度を1~2℃ずつ上げる。この結果、非特異的なPCR産物が出ない条件が、当然Tm値を超えることもある。さらに、この条件でPCR産物の収量を望む場合は塩濃度を上げるなどの適正化が必要である。

2 ホットスタートPCR

最初の変性時間を3~9分間と長く設定し、修飾により不活性化状態のDNA ポリメラーゼを活性化する方法で、設定アニーリング温度以下の低温域でのプライマーの非特異的なPCR反応を防ぐ反応系である。この改変は、サイクリング条件に対する他の改変の有無にかかわらず組み込むことができると同時に、アンプリコン形成のための添加物と組み合わせても使用できる。ホットスタートは、反応の特異性および忠実度を向上させながら、アンプリコン収量を増加させ、Tm以下の反応を防ぐ結果として、プライマー二量体および非特異的プライミングを排除できる。これには、多くの手法があり、固体ワックスバリア、抗DNAポリメラーゼ抗体およびアクセサリータンパク質の使用などがある。

3 タッチダウンPCR(Touchdown:TD-PCR)

PCRサイクリングのパラメータのアニーリング温度に変更を加え、特異性の向上をめざすアプローチである。最初の数サイクルのアニーリング温度を、プライマーの最も高い融解温度(Tm)より数℃~10℃高く設定し、PCRの増幅当初から増幅するプライマーダイマーや非特異的プライマーテンプレート複合体の形成を抑制することにより、非特異的なPCR産物を減らして、特異的な増幅産物の産生を促進するが、増幅産物の収率は低下する。

このため、最初の数サイクルにおいて、各サイクルでアニーリング温度を毎サイクル1℃(実験系によっては0.5℃)ずつ下げることにより、特異的なアンプリコンの収量を高める。アニーリング温度が最適温度(通常、最も低いプライマーTmよりも3~5℃低い)に到達(タッチダウン)したら、さらに残りのサイクル(20~25サイクル)により、通常のPCR同様にそのアニーリング温度を維持し増幅する。これにより、特異的なアンプリコンを増量する。類似の方法として、ステップダウン(Stepdown)PCRがある。

4 Slowdown PCR

TD-PCRの改変で、ランプ速度および冷却速度の調整が可能な最新のサーマルサイクラー機能を用いたプロトコルで、非常にG-Cに富む(83%を超える)配列を増幅する場合に有益である。プロトコルはまた、増幅反応を阻害する2次構造形成を減少させる目的で、dc7GTPを使用する。ランプ速度はアニーリングサイクルで2.5℃/秒に、冷却速度を1.5℃/秒に低下させた。第1段階はアニーリング温度70℃(Tm+10℃)から、アニーリング温度58℃に達するまで3回ごとに1℃ずつ下げた。その後、第2段階は、58℃のアニーリング温度で15サイクル増幅した。48サイクル実行し、プロトコルは5時間を要した。本法は、非常にGCリッチな領域の増幅だけでなく、アニール温度の異なるテンプレートのルーチンDNA診断および薬理遺伝学のための汎用的な方法としても期待される。

5 COLD-PCR (co-amplification at lower denaturation temperature-PCR)

COLD-PCRは、野生型と変異を含むDNAの混合物から変異型対立遺伝子を増幅する改変PCRプロトコルである。過剰の野生型対立遺伝子の存在下で微少多型および低レベル体性 DNA変異を優先的に増幅する手法として、腫瘍などの突然変異検出に有用である。COLD-PCRでは、通常より低めの変性温度が特徴である。
検査の樹 Vol.11 こんなとき、この方法を試してはいかがでしょうか参照)

6 ネステッドPCR

熱サイクリングの変更ではないが、スプリアス増幅産物を排除するために使用される強力なツールで、ネストされたプライマーの使用は、単一のゲノムに複数のパラロガス遺伝子が存在する場合、または異種配列の異種集団内に標的配列のコピー数が低い場合に特に有用である。基本的には、DNAの単一の領域を増幅する2組のプライマーを含む。外側のプライマーは、目的のセグメントにまたがっており、20~30サイクルでしばしば非特異的であるPCR産物を生成するために使用される。 次いで、最初の50µLの反応から約5µLの小さなアリコートを鋳型DNAとして使用して、第1のセットに対して内部位置にアニールする第2のプライマーセットを用いて20~30サイクルの増幅を行う。

他のPCRプロトコルとしては、より特殊化された RACE-PCR、Multiplex-PCR、Vectorette-PCR、定量的PCR(Quantitative-PCR)、Inverse PCRおよびRT-PCRなど多くが存在する。

まとめ

PCRは、生物科学分野において不可欠なツールであり、その応用範囲は拡大の一途をたどっている。 また、基本的概念をマスターすれば比較的容易に確立できる分析系でもある。さらに、関連試薬の充実も極めて豊富で、使い勝手のよい試薬系へと急速に改良・改善されている。このことは手技的に慣れた人には便利な反面、不慣れな方は選択に迷うこととなる。このとき知識を高め的確に選択できた人はよいが、誤った選択をした場合、結果に大きな過ちを犯しかねない。それはまた、何の兆候もなく結果を誤らせることになる。例えば、GC比の高い標的遺伝子を何の躊躇もなく通常試薬で増幅し「陰性」と結果を報告することは、度々生じる過誤である。また、分析担当者が何も気づかなければ陰性が最終結果となりかねない。このような過誤が生じかねない事例は身近にひそんでいる。この回避には、担当者、もしくは共同担当の仲間同士が切磋琢磨して基礎知識の向上を目指す必要がある。さらに、今日では次世代シーケンサーの出現や、諸種の分子生物学に関連した分析機器など、次々に最新機器が登場している。このためにPCRなど遺伝子増幅の基礎的分析技術は陳腐な感が歪めない。しかし、これらの機器も全て斯様な分析をベースとして生み出され、さらに、これらの最新技術系を最大限活用している機器も少なくない。従って、遺伝子増幅の基礎的知識・技術の修得と熱い探求心こそが、明日の新規発想を生み出す礎となるものと確信している。

参考文献・web site

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図1イラスト/菅原 智美

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